魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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57・ナーシュの街 上

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 王都モルシェーンからはるか東の果ての湊町、ナーシュ。建国当時から続く古い歴史のある町で、東の大海から採れる豊富な魚介類が有名らしい。 
 しかし現在、その湊に人の姿はみえない。船もすべて陸に上げられ、まるで嵐の前のようだった。来るのは嵐ではなく、もっとたちの悪い……魔物だったが。
  
 ナーシュの町には魔導師がいた。なかなか魔力の高い魔導師だが、彼は結界を張って町を魔物から守ることで精一杯だった。
  
  
 宿舎に馬を置き、働き通しの馬達の世話を依頼してから、私達は町長に案内されて岬の灯台を訪れた。そこからは湊から沖合いまで見ることができる。
  
「これは……」
海を見下ろしたカインが絶句した。私も海を眺めて、息をのむ。
「ちょうどあの辺りで、急に深くなっているのです。クラーケンはあそこから動きません」
  
 船が湊を出て少し行ったあたりに、小さな島にも見える、真っ黒な塊。―――クラーケンだ。
「あれが……?」
「でかいな」
そしてクラーケンの周りに、黒く泡立つ波が揺れている。その黒い海面は、本来は紺青の海を埋め尽くすように広がっている。
「おい、あれ全部……そうなのか?」
「そうです。まるで泡がたつように次々と、まるで湧いてくるように増えるのです……。こんなことは初めてです」
  
 町長の答えを聞いて、私達は凝然と海面を見つめる。無数に浮かぶ黒い塊、それはすべて小さなクラーケン……としか言い様のない魔物だった。小さいとは言っても、クラーケンに比べれば、というだけで、大きなものは馬くらい、小さいものでも犬よりは大きいように思われる。
  
 そしてクラーケン本体とは違い、次々に湧いては湊や砂浜、さらには漁船に押し寄せ、触手を伸ばして人を襲う。今は町の魔導師が結界を張って抑えているけれど、既に何人も被害が出ているし、漁師たちも船を出すことができない。
「この町の半数近くは漁で生計を立てています。このままでは生活ができません」
町長は悲痛な声で訴えた。





 町長には先に町へもどってもらい、私達はそのまま岬で話し合う。

 一般的に水に棲む魔物には雷魔法が効くと言われる。試しに、小クラーケン(便宜上そう呼びます)が群れているところにむけて、雷を落としてみた。
 確かに効く。1体だけを狙い打ちするのはもちろん、大きな雷を海面に落とすと、海面を伝わって複数を一時に倒すこともできる。
 問題は、そのあと浄化させるのが難しいということ。倒したそばから波と魔物に揉まれて、海中に飲み込まれてしまうのだ。

「これじゃ無限に再生させるようなもんだ」
ウェインが呻き、私も頷く。やはり攻撃と同時に、一撃で浄化させなくては意味がない。
 ならばコカトリスの時と同じ方法ではどうかと思い、また試してみる。確かに浄化されるのだが、今度は著しく命中率が低い。光の珠が何本に分かれたとしても、なぜか3割ほどしか効かないのだ。
 やはり弱点でないと効かないのか……。私はどうしたら良いのか、考えてしまった。


「陸から攻撃するのは限りがある……というよりほとんど無理だな」
「船を出しても駄目だよな、なにせ数が多すぎる」
「だいたい本体……っていうか、あのでかいのはどうする?」
私が魔法を試している横で、3人もいろいろと意見を出し合っているが……、やはり剣では効率が悪いという結論になる。

「ここはやっぱり、魔法でなんとかしてもらうしかねえな……」
「ああ、 あとは応援の魔導師を動員するかどうか……。ミアの考え次第だな」
3人も、いまいち有効な手が思いつかないようだ。


 雷は効く。浄化も必要。
 でもそれぞれ問題があって、効率が悪い。
 それなら……。

「あの、少し長い呪文を編むので、しばらく話しかけないでもらえますか?」
カイン達は頷いて、予期せぬ邪魔が入らないよう、町へ続く道の方を警戒する。グリフは少し離れて立ち、私を見守ってくれる。

 私は岬の突端に向かい、口の中で次々に呪文を唱え、繋げて編み上げていく。前に光の珠の魔法を編んだときは半日近くかかったが、今回はそれを下敷きにするので、そんなにかからない筈だ。そして一度編み上げてしまえば、あとは詠唱なしで放つことができる。

 私の周りにきらきらした光の欠片が舞い、雲が集まるように、次第に凝ってゆく。その光は金色がかって、ぱちぱちと弾けるような音を立て始めた。
 私はさらに呪文を唱えながら、両手を高くかざす。弾ける光はそこに集まり、球体を形作り、ぎゅっと凝縮されてゆく。魔法の効果と呪文を結びつける、最も集中が必要な部分で、私の額に汗が浮かぶ
 光は音をたてながら、さらに小さく、眩しさを増してゆき……、掌に乗るほどになった。最後の固定の呪文を唱えると、それは掌に吸い込まれるように消えた。


「はあ……っ」
30分くらいで出来たようだ。
 崩れそうな膝に手をついて、少し息を整えてから、私はカイン達を振り返った。
「できました……」
カイン達が駆け寄ってくる。近くにいたグリフはすぐに私を支えて、背中をさすってくれた。
「新しい魔法ができた、ってことなのか?」
カインが私の顔色を見ながら心配そうに聞いた。
「はい、そうです。……ありがとうグリフ、もう平気」

 魔導師的な魔法の説明は、魔力を使わない騎士達には理解しにくいらしい。だからいつも、ごく簡単に伝えるようにしている。
「コカトリスの時みたいな魔法を雷属性で作って、それに浄化をつけてみました。試してみていいですか?」
「……それって、2つの属性を組み合わせたってことか? 嬢ちゃん、そんなことができるのか」
ウェインが驚いているけれど、他の2人は意味がよくわかっていないようだ。
「はい。……とにかく一度やってみます」


 再び掲げた手から、金色の光の珠が放たれる。白い珠とはちがって、爆(は)ぜるような音を発して、金色の火花のようなものが散っている。……それはよく見れば、小さな稲妻。
 高く上がった珠が、轟音とともに弾けて光の筋になり、小クラーケンに降り注ぐ。突き刺さった光は稲妻となって魔物の体を駆け巡り、息の根を止めた。そして同時に発動した浄化によって消えていく。黒い海に、ぽっかりと水面の見える空間ができた。

「……大丈夫、みたいですね」
私はほっと安心して呟いたけれど、誰も何も言わない。不思議に思って振り返ると、3人揃って口を開けていた。
「いやあ……、いい加減慣れようとは思うんだが……。嬢ちゃん、本当にすげえなあ……」
「……そうですか?」


 とりあえず魔力もまだ足りるので、小クラーケンだけでも少し減らしてみようということになった。私はそのまま岬から、今の魔法を立て続けに放つ。
 海面はかなり空いたけれど……、さっき町長が言っていたように、またすぐ増えてしまうのだろうか。
 見ている限りでは、倒すと同時に次が出てくる……ということもなさそうだったので、少し安心する。

 とはいえ、本体の方をどうするか……、それが決まらない。
「どうする、カイン? 本体のほうも、嬢ちゃんの魔法で一回攻撃してみるか?」
ウェインが尋ね、グリフも私もカインをみる。
「反応を見たい気もするが……。反撃されたり、町に攻めてきたりされても、まだ備えがないからまずい。今日はここまでにして、宿舎で作戦を練ろう」
「分かった。じゃ、戻ろうぜ」


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