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60・クラーケン討伐 下
しおりを挟むヒューリ様は念のため結界も強化した。私はそれを待って攻撃を再開する。
「効くことが分かったので、強めにいきます」
無詠唱で手をかざすと、さっきと同じ暗雲と雷鳴……、そして3倍以上の太さの稲妻。
クラーケンが跳ねあがり、触手が数本浮き上がって海面を叩いた。
「……やはり避難させて正解だな。ミア、よく気がついてくれた」
「カイン、何度か続けて攻撃するから……」
「分かった、頼む。湊も見ておくよ」
同じ程度の雷を何度か放つと、その度にクラーケンは跳ねあがり、海面は激しく揺れた。さっきまで町の人がいた湊にも、飛沫がかかるようになっている。
「ミア殿、一度攻撃を変えてみませんか」
ヒューリ様が遠慮がちに言ったのは、さっき言った風の刃のことを言っているのだろう。
経験の長いヒューリ様が言うのだから、何か理由があるのかもしれないと思い、私は従ってみることにする。
揺れるクラーケンの触手が海面に出るところを狙い、かなり大きな刃を放つ。触手1本でもひとかかえほどの太さなので、かなり集中しないと一度でスパッと切ることができない。
―――シャッ!
刃は海面をなぞるように走り、クラーケンの触手の1本を3分の2ほど切り飛ばした。
「切れた!」
声をあげたのはウェインで、私は休む間もなく切れた触手のほうに、細い雷を落とす。これには浄化もつけてある。良かった、切れた触手は無事に浄化されて消えた。
「嬢ちゃん、上手いぞ! 本体のほうが再生でもしないうちに、続けてやってみてくれ」
「はい」
私は同じ攻撃を繰り返し、さらに何本かの触手を切り離して消した。
「カイン、少しは弱ったと思いますか?」
「……と思う。試してみてもいいんじゃないか?」
戻ってきていたグリフも頷いたので、私は小クラーケンに使った雷の珠を放つ。
数百本に別れた細い光が、すべてクラーケン本体に集まり……、細い稲妻が絡み付くようにクラーケンを包み込んできらめいた。
「どうだ、効くか……?」
浄化も発動したにも関わらず、クラーケンは消えなかった。ほとんど動かず、残った触手が時折揺らめくだけ。
「まだ早かったでしょうか?」
もう一度、同じ攻撃をする。しかしクラーケンは消えない。
「ほとんど瀕死に見えるがなあ……」
ウェインが首をかしげる。グリフも腑に落ちない様子だ。
「あれ以上は効かねえって感じだな……」
私達は顔を見合わせた。
「やっぱりダール殿の言った通りなのか?」
「失礼、ダール殿とは?」
首をかしげるヒューリ様に、カインが手早く説明して言った。
「やはり親方に船を出してもらうようだな。ヒューリ師、口添えを頼みます」
湊へ行ってヒューリ様が声をかけると、あっという間に船の準備が整った。親方の持ち船の中で、大きくはないが最も小回りがきいてスピードも出る船だ。通常は8人で漕ぐ船に、若くて強い漕ぎ手を12人も集めてくれた。
その間にカインが私を呼んだ。
「ミア、船に乗ったことはあるのか?」
「いえ……、全く初めてです」
「……どうする、陸で待つか? クラーケンに近付けば相当揺れるかも知れないぞ?」
正直言って本当はけっこう怖い。でもやっぱり陸で待つなんて出来ない。ならば……。
準備が出来た船に乗り込むと、出発前にカインが挨拶と説明をした。
場合によってはクラーケンが暴れ、相当揺れるか、最悪の場合は触手が直撃するおそれがあること。
もし万一何かあったら、自分の安全を優先してほしいこと。
そして最後に私をみた。私は頷いて口を開く。
「私は渡し舟さえ乗ったことがないので、皆様にご迷惑をかけないために、揺れてきたら魔法を使います。……私が突然空に浮かんでても、驚かないでくださいね」
すると若い漁師さんたちがどっと笑い、すごい歓声が沸き起こった。
……真剣なんですけど……。
エド親方の言った通り、船はものすごい速さで進んでいった。
「大丈夫かい、ミア様?」
「無理すんなよ?」
船の中ほどに網を固定する柵のようなものがあったので、私は漁師さん達にからかい混じりに心配されながらも、それにしがみついて何とか立っていた。カイン達は陸にいるときと全く変わらない様子で歩き回っているのに。
いよいよクラーケンに近づいて、親方の激がとぶ。
「てめえら、ミア様ばっか見てねえで、奴の足に気を付けるんだ! 船ごと跳ね上げられたら終わりだぞ!?」
そこへグリフの声が響く。
「みんな、奴の足は右前2本と、後ろ側の両端が生きてる! 左前方から近づいてくれ!」
うぉーい、みたいな返事をした漁師さんたちは、舵方に合わせてきれいに回り込んでいった。
ほとんど動いていなかったクラーケンは、この気配にさすがに動き出した。とはいえ、8本の触手のうち4本しかなく、しかも偏っているのでうまく体を動かせないようだ。
海のタコの急所は目と目の間で、脳に達するまで深く刺さなくては効かない、と親方が教えてくれた。大きさも違うし魔物だけれど、「おそらくクラーケンも同じだろう」とカイン達の意見も一致した。
「よし、慎重にいくぞ。……ダン、右前足の動きを知らせろ! トミーは左後ろ足だ!」
舳先にカインとグリフが並んで立ち、ウェインは私の前を固めてくれる。
「親方、右足近すぎるぜ!」
「左は沈んでらぁ!」
「もう少し回れ……、よし、このまま突っ込め!」
船がクラーケンに迫ろうとした、まさにその時。右足を見ていたダンが叫んだ。
「ああ、外側の足が!」
右前足は2本残っていて、ダンは船に近い内側の足に気を取られていたのだろう。その隣の足が急に浮き上がり、鎌首をもたげた蛇のように、舳先の2人を狙おうとした。
「ミア!」
「はい!」
カインの声に、私はすかさず風の刃を放った。
ザァッ!
浮き上がった触手はそのまま海面に落ち、船に大量の飛沫がかかった。クラーケンは今の衝撃でバランスを崩し、斜めになっている。
「今だ!」
カインがグリフの肩を踏んで、舳先から飛び出した。空中で狙いを定め、切っ先から飛び込むようにおりていく。剣が吸い込まれるように、クラーケンの目と目の間に消えた。
その瞬間、クラーケンの色が赤く変わった。
「やったか!」
ウェインが叫んだが、親方の声のほうが大きかった。
「気を付けろ、最後のひと暴れがくる!」
まるで断末魔のもがきのように、クラーケンの残りの触手がうねって暴れる。
「ミア、離れとけ!」
ウェインの指示で私は船の後方へ飛んだ。カインの姿は見えない。クラーケンはぐるぐると回転し、親方と漁師たちは触手を避けるのに必死だった。
そして、突然クラーケンは回転をやめた。触手の先端から、抜けるようにクラーケンの色が白っぽく変わって行き……全体が同じ色になった。そこへグリフの声がする。
「ミア、浄化だ!」
カインがどこにいるのか見えないけれど、グリフが言うのだから疑う余地はない。私はクラーケンに白い浄化の光を叩き込む。小さな島ほどもあったクラーケンの頭部が、今度こそ白く光って……消えた。
「やった……」
ウェインも舳先に駆け出していき、グリフがロープを掴んで投げる。するとほどなくして、カインがするすると上がってきた。漁師たちが歓声をあげる。
私も甲板に降り、船はお祭りのような騒ぎになった。
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