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63・陛下の苛立ち 上
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「よし次じゃ、サラマンダーは地域によって4つの違いがある。まずはカラム砂漠の……」
王宮の一画、魔物研究の第一人者ダールの部屋。ダールは弟子に、今回の異常発生についてを書き残させるため口述していた。
知識が詰まったダールの口述はよどみなく、流れるように口をついて出る。しかし書くほうはたまったものてはない。ほとんど目の見えないダールは、ペンにインクをつける間も待ってくれないのだ。
「せ、先生、少し待ってください! ……えーと、カラム砂漠のところからで……」
「全く焦れったいのう。そうだ、その先はお前が書いてみい」
勝手なものだが、ダールとこの弟子、レノは不思議と気が合っていて、気難しいことで有名なダールの身の回りのことは、すべてレノが手配していた。
「ええ? ……えーと、カラム砂漠のサラマンダーの特徴は鉤型の爪で、ガザル砂漠のは首の後ろのヒレに切れ込みがあって、ゴレ火山のには尾に独特な模様が……」
「馬鹿者、模様は背だ」
「ああ、そうでした。……で、トゥルチ山のは……えーっと?」
「未熟者め。尾に刺があるのだ」
「そうそう。今思い出しました」
「ぜんぜん覚えてないではないか」
叱られてもレノは平気で、ダールのほうがぶつぶつ文句を言う。これもいつものことなのだが。
「だって、そこまで気にするのは先生くらいですからねぇ。大した違いじゃないんだし、同じサラマンダーなんだからいいじゃないですか。誰も気がつきゃしませんよ」
「この大馬鹿も……」
言いかけた、ダールの視線が突然宙に浮いた。
「そうか……、そういうことか……!」
「え、……あの、先……生?」
「馬鹿者! さっさと行け!!」
恐る恐る声をかけたレノは、今度は突然怒鳴り付けられて目を白黒させる。
「早く! 陛下に面会を願うんじゃ! それからあの騎士らと、長官も呼べと言え、今すぐに!!」
「は、はいぃ!」
転がるように走り出て行った弟子を見送って、ダールは椅子に深く沈みこんで頭を抱えた。
「まさか、そんなことが……、しかし、それしか考えられん……」
◆◇◆
ダール様の弟子が陛下に面会を申し込んだとき、私達はちょうど、先の討伐の報告に上がったところだった。
「ダールのほうから言ってくるとは珍しい。これは早いほうが良いだろう」
陛下はそうおっしゃってすぐに長官を呼ばれ、一度引き返した弟子のレノさんが、ダール様の手を引いてきた。
「陛下、すぐに時間をとって下さってありがたい」
「良い。何があった?」
「実は、さっき弟子がこんなことを言いおってな……」
ダール様が言ったのは、レノさんとの会話の、
『大した違いじゃないんだし、同じサラマンダーなんだからいいじゃないですか。誰も気がつきゃしませんよ』
というところだった。壁際に控えたレノさんは発言することはできないので、真っ赤になってうつむいている。
「あやつを責めようというのではない。大概の者は、魔物の小さな差など……同じように気にしないものか、と初めて思い至ったのじゃ」
確かに、ぱっと見て「サラマンダーだ」と認識できれば、小さな差など気にしないどころか、気がつきさえしないかもしれない。
「なるほど、そうかも知れん。しかしダールよ、それがどうだと言うのだ?」
「陛下……わしは前から、この異常発生がなにか変だと思っておった。必ず小さな違いのある魔物や、あるいは本来いないところに、一時だけ大量発生すること」
陛下も私達も頷く。確かにおかしなことだ。
「だがわしは、魔物のほうに原因があって、その差が現れるのだとしか考えていなかった」
また全員頷く。もっとも私には、ダール様の考えなど全く想像もつかない。
「だが、魔物に原因がないとしたら?」
「……な?」
さすがの陛下も意味が分からずに眉をひそめられる。ちらりと見ると、カイン達も同じようだ。
「ダール、はっきり言ってくれぬか」
陛下の声に、僅かに苛立ちがにじむ。ダール様は重い口調で言った。
「陛下、この騒ぎは、人が起こしたことだと思う」
誰も口を開かなかった。陛下でさえも、皆が、ダール様の言ったことが聞こえなかったかのように……次の言葉を待っていた。
「魔物の突然変異は、ないことではない。……じゃが、こうもたて続けに起きるなどありえない」
ダール様はそう言いきった。
「ならば、魔物自体の原因で起きたものではない。この、いかにも魔物の細部を無視したような変化は、自然では起きえない」
……正直いって、ますます分からない。ただ、さっきから一言も口をきかない長官様は、何か思い当たるところがあるようで、少し顔色が悪くなっている。
「そこで魔導長官殿にお聞きしたい。魔物を生み出す、あるいは呼び出すことができる……そんな能力を持つものに心当たりはないか」
長官様は、すぐには答えなかった。目を臥せて、深く考えに沈むようにしていたが、ようやく口を開いた。
「つまり、ダール殿は……、この王宮の魔導士のなかに、この騒ぎを起こしたものがいるとおっしゃりたいのですか?」
さすがの魔物一筋のダール様も、それでは王宮の魔導士全体を敵に回すと理解したのだろう。
「……そういう意味ではない。長官殿なら、そのような能力そのものについてご存知かと思っただけだ。わしは魔物のことしか知らんでな」
長官様は頷いて、ひとつ息を吐いた。
「ダール殿はご存知かどうか、特殊魔法については本人が言わない限り、なかなか分かりませぬ。ですから、今王宮にいる魔導師の特殊魔法でさえ、すべてを把握してはいないのが実情なのです」
「調べることは難しいのか」
「はい。6つの属性については、ある程度の魔導士なら見極めることができます。しかし、特殊魔法については、たとえ私やミア殿が見ても、ほぼ見極めることはかないませぬ。まれに、何かありそうな気配を感じるのがせいぜいです」
「むう……」
室内を沈黙がつつむ。それを破ったのはエリスだった。
「長官殿、誰が、ということは別にして……、先ほどダール師がおっしゃったような能力自体については、本当に存在し得るのでしょうか?」
「……少なくとも、今、私の知る中にはいません。しかし、過去の記録の中には、魔物召喚という能力……見たことがあります」
「本当か、それは。いつ頃のことだ?」
長官様は首をかしげる。
「陛下、確認しませんと正確なところは……。ですが、たしか祖父君であられる先々代陛下の御代、おそらく70から80年ほど前の記録でございます」
「よし、それは後で確認をしてくれ。……とは言えさすがにもう生きてはいまい。似たような能力の持ち主を、何とかして探せないか?」
陛下が腕組みをして考えこむ。
「ですが、王宮以外にも魔導師は多くおります。そこまで把握出来ますかどうか……」
長官様はまだ信じたくないのだろう、今一つ煮え切らない返事をしている。
それまで黙って聞いていた私だけど、ひとつ思いついたので思いきって口を開いた。
「長官様。私は魔導師の資格をいただくのに、王宮で試しを受けました。国中の魔導師は、すべて同じく試しを受けているのですよね? その際の……魔力の記録は、残されているのですか?」
長官様が、迷いなく答える。
「属性と最大値など、すべての魔導師の記録が残っています」
「でしたら、一定以上の魔力の持ち主をご確認下さいますか」
「……どういうことだ?」
私は慎重に言葉を選んで答える。
「はい、陛下。コカトリスのときもクラーケンのときも、尋常でない数の魔物が発生していました。あの数の魔物を、本当に召喚したのだとすれば……相当な魔力が必要だと思うのです。……ただ、私と違って、何度でもチャージができる方という可能性もありますが……」
最後は自分で言っておきながら、少し赤くなってしまい……、カインがニヤリと笑っていた。
長官様は当然そんなことに気付かない。
「なるほど、確かにそうだ。中には王宮を辞めた者もいるし……、早速調べてみましょう。少しでも絞り込めれば、調べやすいかもしれません」
結局、はっきりした結論は出ないまま、今日のところは解散となった。それでも長官様はあくまで内密に、魔導師達の記録を確認すると言っていた。
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