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64・陛下の苛立ち 下
しおりを挟む2日後、騎士の訓練に出ていたカインが、急に戻ってきて私を呼んだ。
「ミア、陛下がお呼びだ。そのままでいい、すぐ一緒に来てくれ」
「はい」
カインと急いで陛下のサロンへ行ってみると、そこには長官様もいた。そして陛下は、窓の外を向いて立っていらしたが……、そのお背中が、怖い。私にも分かるほど、苛立ちが噴き出している。
私はほんの少し、カインの近くに寄った。
「陛下、カインと魔導師ミア参りました」
カインが声をかけるが、陛下はすぐには振り返らない。そっと様子を伺って、長官様が言った。
「魔導師の記録を調べ、魔力の高い者は確認しました。しかしやはり、例の能力らしきものは見つからなかった」
私達は黙って頷く。やはり、という感じだ。
「何とか調べる方法はないのか? こうしている間にも、また新たな異常発生が起きぬとも限らんのに!」
陛下が振り返り、声を荒げた。長官様は恐縮したように頭を下げる。
「その度に追いかけて討伐に行くだけでは、完全に後手後手だ。未だ何の手がかりもないとは!? 騎士達も、魔導師たちも、疲れはてているではないか!」
「陛下、そのようななことはありません。我々はまだ、何処へでも行けます」
カインの答えも、陛下は一蹴してしまう。
「下らん、いずれそうなる。根本的な解決が出来なければ何の意味もない」
「申し訳ございません」
この件を依頼されたのはカインだ。私達はただ頭を下げるしかない。
「……そうではない」
目を閉じてひとつ息をして、陛下はお気持ちを静めたようだ。
「許せ、誰を責めるつもりもなかった」
カインは黙って頭を下げる。私もそれに従った。
「だが、このままにはしておけぬ。ジェスト、そなたから見て、魔導師の見極めが優れた者は誰だ?」
ジェストというのは長官様の名前だった。
「陛下、それは何と言いましても……ルカ殿ですな」
ルカ様の名前が出されたとき、私も驚いたけれど、陛下のお顔といったらなかった。
「そうか、ルカか……よし」
陛下の目が爛々と輝き、口角がきゅっと吊りあがって笑みをかたちづくる。……たとえ死んでも言えないけれど、まるで悪魔の笑いのようだ、と思ってしまった。
そのまま陛下は声をあげる。
「使いの鳥をこれへ……、いや、よい。こっちの方が早い。ミア!」
陛下の表情に呆然としていた私は、急に呼ばれて心臓が止まりそうになる。
「は、はい陛下!」
「例の魔法だ、今すぐルカを呼べ!!」
『……ミア、どうした?』
風の向こうからルカ様の声が聞こえたとたん、私に答える間を与えずに、陛下が怒鳴った。
「ルカ! すぐに来い、勅命だ!!」
そして足音も荒く、サロンを出て行ってしまわれた。
『……は?』
「……ルカ様、陛下は本気でいらっしゃいます……。お願いします……」
風の向こうから、深い……、深いため息が返ってきた。
ルカ様はなんと、2時間もしないうちに王都へ到着した。
まず「勇者の館」に寄ったルカ様は、カインと私から事情を聞き、それから陛下のところへ出掛けて行った。連絡係として付いていったエリスによると、「口が裂けても言えない」ような舌戦が、陛下との間で繰り広げられたらしい。
……聞かなくて良かった。
ルカ様は滅多に使わないけれど、王宮内にお部屋を持っている。おそらく今日はそこに泊まるだろう。
お食事にお呼びした方がいいだろうか? 後でカインに聞いてみよう。そう思いながら作業部屋で、討伐に行った先で採ってきた植物や種を整理していた。
「ミア?」
振り返ると、訓練を終えて着替えたらしいグリフが、開け放した扉から覗いていた。
「グリフ、お帰りなさい。お疲れ様です」
目顔で確認してから、グリフは作業部屋に入ってきた。私は手早く、作業台の上を片付ける。
「ああ、この前ガザル砂漠の手前で採ったやつか」
「はい。また討伐に出たりしないうちに、整理しておこうと思って」
「だよな。……大丈夫か、ミア?」
グリフは心配そうに、私の顔を覗きこんだ。
「え?」
「こっちへ来てから、ものすごく忙しいだろ? 負担になったりしてねえか?」
私は手を止めて、グリフに向きなおった。
「大丈夫。確かにものすごく忙しいですけど……。ちゃんと回復も出来るし、皆がいるから」
「そっか。良かった」
グリフは微笑んで、大きな手で私の頭を優しく撫でてくれる。
「グリフ、嬉しいけど……私、子供みたい?」
身長差がありすぎるから余計そう感じてしまい、私は頬を染める。するとグリフは笑って言った。
「ご褒美のつもりだったんだけど、ミアは可愛いからな。……なら、こっちだ」
撫でていた手を頬に添えて、屈んで唇が寄せられた。
「んっ……」
優しく啄む口づけが、角度を変えて何度も落ちてきて、私はグリフのシャツにしがみついてしまった。
「あん、グリフ……」
「ミア、そんな顔すんな、……止められなくなる。もう皆が帰ってくるだろ」
そう言いながらも、グリフは再び口づけて……、私の唇を割って舌を絡めとる。
「んん……」
足の力が抜けて、完全にグリフにもたれかかったその時。
「ミア、いるか? ルカ師をお連れしたぞ」
カイン達の戻った声がした。グリフは苦笑して、最後に額にひとつ口づけを落としてから、静かに部屋を出て行った。
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