魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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65・魔導査閲官ルカ 上

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  『魔導師ルカ
    勅命をもって魔導査閲官に任ず』

 翌朝一番の公布に、王宮の関係者は等しく驚愕したと思う。

 陛下とも親しく「伝説の魔導師」と広く名を知られたルカ様が、何故に今、しかも勅命をもって役職につくのか。そして、今までなかった「魔導査閲官」とはいかなる役職なのか?
 そして続く知らせで「国内の魔導師すべての面接を行う」と聞き、特に王宮の魔導師の困惑は、一層深まったらしい。

 朝からさまざまな憶測が飛び交い、夕方までに魔導師たちが行き着いたのが「ルカが魔導長官の後任になるための布石だろう」という結論。
 今でこそ小さな村の一魔導師という身だが、もとは王太子時代の陛下の腹心。その後も年に何度も王宮に来ていたし、その際の扱いも別格だ。いつ王宮の重職に就いても不思議ではない、というもの。
 ルカ様ならそう思われるのも当然なのだろう。


 実は、役職も公布も、ルカ様に魔導師の面接をさせる、それだけのためのもの。 

 ただ面接をすると言っても魔導師達が受け入れないことは分かりきっていたので、新しい役職を作り、今回のような仰々しい公布を行い、あえて大げさに誤解されるよう狙ったのだ。

 もともと多少なりとも権力に関心のある人ばかりだ。ルカ様が陛下に呼びつけられて何度も王宮へ来ていたことも逆に幸いし、皆が深読みに走った。結果、ルカ様の地位と機嫌を伺うことに意識が向いて、本来の目的である魔導師の面接は、さほど注目されていない。



「さすがにルカ師だと、誰も疑わないね」
夕食を摂りながら、エリスがそう言って笑う。
 陛下と一緒にその筋書きをたてたのは、エリスだ。
「カインとエリス、敵に回したくないのはエリスだよな」
しみじみそう言ったのは、もちろんグリフ。後ろでウェインも真面目に頷いていた……。

 そして当の本人、ルカ様は……ずっと不機嫌だ。よほど王宮が合わないのか、それとも陛下のいいように使われるのが嫌なのか。
 それでも、長官様と一緒に予定を組んで、まずは王宮の魔導師から面接を始めた。長官様も同席していることもあり、初日は特に問題もなく終わったようだ。


 面接2日目。今日は私も、形だけ面接を受けることになっている。
「勇者カイン専属、魔導師ミア参りました」
面接に使われている部屋へ入ると、いつも通り穏やかな長官様と、無表情なルカ様が座っていた。何も知らない魔導師なら厳しい顔だと思うかもしれないが、私にはわかる。もうこれ以上ないほど機嫌が悪い時の顔だ。

「こちらへ座りなさい」
促されて座っても、ルカ様は口をきかない。
「…………あの?」
すると長官様が苦笑した。
「ルカ殿、いい加減にしてください。ミア殿、あなたには面接は必要ないのですが。誰かに聞かれた場合に備えて、説明をしておきましょう」
「はい、わかりました」

「面接で聞くのはこうです。…………現在の魔力、属性。自分独自の魔法を持っているか。このあたりは王宮でも把握していますので、簡単に聞き取ります。それから、特殊魔法の有無と、最近魔力が増減したりしていないか。術はどれくらい使っているか。…………こんなところです。そして、その間、ルカ殿が魔導師の気配を探ります」

 私は少し驚いて、ルカ様を見た。
「気配を、ですか?」
「そうです。魔力が顕現したばかりの子供にするでしょう。ルカ殿はもう少し深く見ることが出来ます」


 その時初めて、ルカ様が口を開いた。
「しかし長官殿、必ず分かる保証などないのですから…………」
「分かっています」
おそらく何度も同じ会話をしたのだろう、長官様の声は宥めるように穏やかだった。
「ルカ様、ご迷惑なのは分かります。でも私からもお願いします」

 私も事情は分かっている。せめてもの気持ちで頭を下げると、ルカ様が息を吐いて、長官様に頭を下げる。
「…………分かっている。申し訳ない、長官殿。私はどうも王宮が苦手なので」
「それも分かっておりますよ」
長官様が柔らかく笑った。
 私は、なぜルカ様がそんなにも王宮を嫌うのか興味があったけれど、まさか聞くわけにもいかないので黙っていた。





 面接の次の日、私達はまた異常発生の討伐に出た。今回は王都からそれほど離れていないところで、上手くいけば明日には帰れそうだ。
 発生したのはブラッディバット。血を吸うコウモリで、一体が人間の子供くらいの大きさらしい。基本は森の奥の洞窟にいて、小動物の血を吸うのだが、森から出て人や家畜を襲ったと報告がきた。その数およそ30体。

「魔法も効くし、剣でも倒せる。早めに片付けたいな」
「ああ、そうだな。明日早いうちに、クルム村に行けるといいが」
 そう、今回の発生場所からクルム村は通り道なのだ。私は、王宮に詰めさせられてしまったルカ様に、村に回って館の子供達を一度見てくるよう頼まれていた。
「そろそろ顕現しそうな子供が数人いるのだ。頼む」
もちろん私に断る理由はないし、むしろ楽しみにしている。


「えっ…………」
「何だ、これ?」
昼すぎ、ブラッディバットの発生地であるバメルの森に到着した私達は呆然としていた。

「何だこの数…………。報告と違うだろ」
「30体程度じゃなかったのか?」
ブラッディバットが、バメルの森のあちこちにぶら下がっていた。しかも森の入り口から見えるだけで、すでに20体を超えている。

「どうする、カインさんよ?」
ウェインが聞くと、カインは思わずひとつ舌打ちをして答えた。
「なんでこの数なのか知らないが…………やるしかないだろうな」
「だよね。…………ミアは、防御と回復を優先で。処理も頼まないとだから無理しないでね」
「はい」

 森の入り口からこれなら、奥の洞窟までに何体を数えるだろう。確かにこの数は想定外だ。コカトリスの時と違って弱点は炎なので、私には使えない。これをすべて浄化させることを考えたら、他のことに魔力を使うわけにはいかなそうだ。


「よし、行くぞ」
「おう!」
「よっしゃ」
4人は森の中へ足早に入っていく。私はなるべく4人の間にいるよう心がけてついていった。


 今さら言うことではないけれど、200人以上いる騎士達のなかでも、トップクラスの実力を誇る4人だ。剣をひと振りするごとに、飛びかかるブラッディバットがばっさバッサと切り伏せられて落ちていく。鋭い牙も爪も、彼らには傷ひとつつけることは出来ない。私は彼らの邪魔にならないよう気を付けながら、骸を浄化していった。


「しかし、多いな…………。嬢ちゃん、大丈夫か?」
「はい、まだ大丈夫ですけど」
大丈夫には違いないが、そろそろ残りが気になるところだ。
 どうしてこんなに報告と差があるのかは分からないけれど、とにかく数が多い。そろそろ日が傾くころになって、ようやく洞窟の入り口にたどり着いた。

「さて、どうするか…………?」
一歩でも踏み込むと、中のブラッディバットが目覚めて一気に襲ってくるおそれがあるので、外で声を潜めて話し合う。
「この洞窟はそれほど深くないとは聞いているけど…………」
「だからって、全部やってたら夜になっちまうんじゃないか?」
「殺すことはできても、嬢ちゃんの魔力が切れたら処理ができないぞ?」
「…………そうだよな」

 カインは少し考えた。
「よし、予定とは違うが一度撤退だ。このままクルム村へ行って、村の騎士宿舎へ泊まろう。ミアにはルカ師の用を済ませてもらって、明日また出直す」
「分かった」
「はい」


 魔法の助けを借りて馬を飛ばしたので、暗くなる前にはクルム村に着くことができた。
「ミア様だ!」
ルカ様の館には、まだ私を知っている子も多い。ルカ様の不在の間、館をみてくれている村長の奥さんに挨拶をして、早速館に入らせてもらった。

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