魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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75・ソフィア 上

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 おかみさんは、私達の注目を集めたことに気をよくしたのか、ますます調子にのって喋りだした。
「一昨日の夜、まだ混みだす前だねぇ。最初、水色の髪の魔導師様が1人で入って来たんだよ。『何か軽いものを食べたい』って、あたしゃすっかり男の人かと思ってたから、その声聞いてびっくりしてねえ。……で、席についたと思ったら、今度はえらく色っぽい魔導師様が入ってくるじゃないか」

 私はエリスと顔を見合わせる。
「おかみさん、その人……、ワイン色の髪の、30歳くらいの……?」
「そうだよ、知り合いかい? ああ、魔導師様同士だもんねえ」

 カインが適当に頷きつつ、さらに聞いた。
「じゃ、その人は魔導師の服装をしてたんですね?」
「そうとも、2人ともだよ」
それから2人が来た正確な時間を尋ねたけれど、はっきりした答えは返ってこなかった。
「御主人もその2人、見てましたか?」
「ああ、後からきた美女にびっくりして口開けてたからね、覚えてると思うよ」


 そのままおかみさんについて食堂へ行ってご主人に聞いてみると、確かに覚えていた。ご主人の記憶によると、カイン達がサラ様の部屋へ踏み込んで、サラ様が消えた、それから1時間も経っていないらしい。
「あの後堂々と魔導師の姿のまま町を歩いていたなんて……」
エリスが悔しそうに唇をかんで呟いた。

「それで、2人はその後どうしたんですか?」
「ああ、後から来たほうが何か話しかけて、自分は食事もしないで出て行きましたよ。背の高いほうは、頼んだものを食べてから、急ぎ足でそっちのほうへ行きました」
アデルが向かったのは町の門があるほうだ。
 私達は門へ行ってみることにした。


「失敗したよ、アデルの名前が出たときに、すぐに確認すればよかった」
 館へ戻っても、3人は悔しそうに話し合っている。
 門番はアデルが通ったのを覚えていた。
 サラ様の行方を追うときに、門を通ったとか馬車に乗ったとかは当然調べた。でもアデルについては、リーズの町で行方不明になったという頭があったので、モルシェーンでの足取りは調べていなかったのだ。

「まさか、こっちでサラとアデルが接触してたなんてな……」
「そうすると、あの後サラと町の外で会ったってこともあり得るのか」
「サラが門を抜けた情報はないが、服装を変えて人に紛れれば……絶対に見つけられたとは言えないしな」


 そこへウェインが帰ってきた。ウェインは今日は騎士団長のバート様と、捜索に同行していたのだ。
「よう、何か見つけたらしいな?」
早速エリスが、さっきからのことを説明すると、ウェインは顔をしかめた。

「もしも、だけどよ……。リーズの町で目撃されたアデルが、既に乗り移られた後だったら……?」
「え?」
カインの顔色が変わった。エリスが早口で言う。
「そうか、町を出てどこかでアデルに乗り移ってしまえば、もう何の心配もいらない。堂々と馬車にも乗れるし、下手をしたらもう一度町に入り込むことだって……」
グリフが立ち上がり、駆け出した。
「もう一度門番に確認してくる!」

 私はおそるおそる口を挟んだ。
「ねえ、そうしたらもしかして……?」
「ああ、ウェインの説が正しければ、サラの遺体はこの町の近くにあるのかも知れない」


 ウェインの説は、まもなく裏付けられた。ちょうど交代した門番に尋ねたところ、アデルが戻ってきたところは誰も見ていなかった。でもその門番は、翌朝一番の馬車に乗り込むアデルを、確かに覚えていたのだ。そして調べさせた結果、門の近くの小さな宿に、アデルが泊まっていたことが分かった。

 改めて近隣の捜索がなされた。そして次の日の昼過ぎ、王都から一番近い森で、サラの遺体が見つかった。





 セフの森。王都から歩いても30分とはかからない、町の人にとっては手頃な散歩コースとして親しまれている小さな森だ。その外れに、今はもう使われていない、森番のための小屋がある。
 遺体は、その中に隠されていた。

「ミア、……本当に大丈夫か?」
小屋から出てきたカインが、心配そうに私を見た。私は黙って頷き、小屋へ入る。大丈夫、私を襲わせたのも、薬を飲ませたのも、サラではないのだから。

 あんなに若く美しかったサラの亡骸は、まだ傷んではいないものの、10歳以上は歳をとったように見えた。魔力が抜けてしまったからだろうか。

 小屋の中は既にカイン達が調べたが、とくに変わったことはなかった。私の役目は魔力の残滓を探ること。サラの体にも、小屋の中にも、不自然な魔力は感じられない。
 少なくともここでは、私のときのように、誰かに襲わせたりはしていないようだ。あの時、乗り移るためには、心身ともに弱らせる必要があると言っていた。アデルにはどんな仕打ちをしたのか……。


 最後に、開いたままだった目を閉じてあげようとして、ふと思った。
 ソフィアにとって、サラは本当に替わりでしかない、あくまで自分のものではない体だったんだな、と。少しでも自分として愛着があれば、こんなところに目さえ閉じさせずに放置するなんてできないはずだ。新しい体に乗り移ってしまえば、ソフィアにはもはや脱ぎ捨てた服も同じ、ということなのか。

 でもそうしたら、サラの、アデルの魂はどこへ行ってしまうのだろう。もしあの時助からなかったら、私の魂は今頃どうなっていたのだろう……?
 今まで何人の魂を、そうやってどこかへ追いやってきたのか。それをしたのは、今目の前に横たわるこの人ではない。顔の見えない、100年以上も前から存在していたという女性、ソフィア。

「ひどい……」
誰かを許せないと思ったのは、それが初めてだった。


 サラの亡骸は騎士達が運び出し、王宮へ戻された。今回は陛下の判断で、「魔導師サラ」には問うべき罪はないとされ、王宮の魔導師たちで葬ることになった。

 魔導師は魔導師によって送られる。サラの身体は、複数の魔導師たちの浄化を受けて、きらきらと輝いて消えていった。








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