魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

文字の大きさ
76 / 104

76・ソフィア 下

しおりを挟む


 遠慮がちに扉を叩く音がして振り返ると、作業部屋の入口にグリフが立っていた。
「王妃様からミアにって、なにか届いてるぜ?」
「え、王妃様から?」
慌てて立ち上がって、グリフと一緒に下へ降りていく。

「何か考え込んでたみたいだけど、大丈夫か? カインが心配してたぜ、役目とはいえ、亡骸なんか見せなきゃよかった……って」
「ああ、違うの。そのせいじゃなくて……」
「うん、後で本人に言ってやれよ」


 1階に降りると、食堂のテーブルの上に美しい包みが乗っていた。
「さっき届けられたんだ。王妃様からミアに、お見舞いだって伝言があったよ」
 エリスに言われて開けてみると、おそらくお城の厨房で作られたのだろう、芸術品のような繊細な焼き菓子が、籠に注意深く包まれて並んでいた。

「きれい……」
「うわ、すげえな。食べるのもったいないみたいだ」
「グリフに一口で食べられちゃうんじゃ、確かにもったいないよね」
2人の声を聞きながらうっとり眺めていると、籠の隅に小さなカードを見つけた。

『ミアさん
 詳しくはわかりませんが、なにか大変なことに巻き込まれたようですね。傷を癒すことはできませんが、甘いものは心をなだめてくれます。私からも陛下にお願いしておきますから、ゆっくり休んでくださいね』
「王妃様……」
嬉しくて、ありがたくて涙が出そうだ。こんなにも私を気にかけてくださるなんて。

 王妃様だけじゃない。私の周りにいる人は、みな私を気遣って、大切にしてくれる。それが嬉しくて、私も同じように喜んでもらいたいと思うのだ。

 エリスが私のためにお茶を淹れてきてくれた。
「ミア、ほら、早くいただいてみなよ」
「そうだよ、王妃様の好意だ、たくさん食べろよ?」
私は何日ぶりか、痛いくらいに目じりを下げて、何の屈託もなく笑えた。


 王妃様の甘いお菓子で、私の頭の中まで甘くなったわけではないけれど。
 ソフィアが王宮に入ったときには、こういう人達には恵まれなかったのかもしれない……と思った。




 ◆◇◆

 王都から馬車で3日ほど離れた町、ティオ。王都モルシェーンに次いで大きな町であるティオには、毎日何台もの馬車が旅人を運んでくる。そんな馬車から降りた中に、特に目立って背の高い娘がいた。
 娘は宿をとり、まだ明るいうちに外へ出た。店が立ち並ぶ一画へ向かい、化粧品を買い揃え、装身具もいくつか求める。


 彼女はもちろんリーズの魔導師アデル……ではない、もはやソフィアだ。
 もしリーズの町の者がいたとしても、彼女が町の魔導師だったアデルだとわかっただろうか。魔導師のローブではなく普通の娘の服装をし、水色の髪は目をひくので、くすんだ茶色に染められていた。

 この国では髪の色は皆ちがうのが普通なので、今はもう、髪を染めることはしない。はるか昔、ソフィアの母親たちの間で流行った、草で染める方法だ。遠い記憶をたよりに染めたが、あまりに地味な色に仕上がってがっかりしていた。


 そもそもこのアデルという娘には不満だった。
 まず体格からして気に入らない。背が高すぎるし、身体つきも、細いのは良いとしても凹凸が無さすぎる。水色の髪は美しいと言えなくもないが、こんなに短く切り揃えてあっては何の楽しみもないではないか。

 ……全く、男に生まれたほうが良かったわね。ソフィアは胸のなかで毒づいた。
 それに比べると、あのミアという小娘は良かった。
 本当に、もう少しだったのに。


 ミアが見抜いた通り、ソフィアにとって乗り移る身体というものは服を着替える感覚に等しく、愛着など湧いたことはなかった。長く纏うものだから良く吟味するし、なるべくなら美しいほうが良いが、まず魔導師であることが一番の条件だし、魔力の高さも譲れない。

 昔、まだ力をよく分かっていなかったころ、魔力の低い娘に乗り移った。すると6000近かった魔力が半分近くまで下がってしまった。そういえば初めて自覚した時は侍女になっていて、ソフィアの魔力がほとんど封じられてしまい苦労した。

 サラの身体はまあ悪くなかった。見た目は今までで一番だったし、あのワイン色の髪は気に入った。風属性しか使えなかったけれど、今までに得た特殊魔法が使えたので良しとした。封じられたままのソフィアの魔力でも影響するのか、かなりの間若くいられた。でもそろそろ年齢的に限界だったし、これ以上若いままいても、却って怪しまれてしまうだろう。

 だから3年ほど前から、新しい体を探し始めた。
 王宮には年に何人もの見習い魔導師が、試しを受けるためにやってくる。そこから探すのが最も手っ取り早い。サラの時もそうだった。
 女性の試しの時の案内を引き受け、そっと魔力を探り、チャージ方法や住んでいるところなどを聞き出した。気長に探すつもりではあったが、それでも王宮の魔導師になれる程の魔力を持ち、ソフィアの条件に当てはまる娘は多くはなかった。

 アデルは王宮から声をかけられていたので、これだと思った。見た目に不満はあったけれど、王宮に入る時に入れ替われば、知り合いもいないので怪しまれることはない。そう思って心づもりしていたのに、アデルは断って町へ帰ってしまった。ソフィアとしてはできれば王宮にいたかったので、残念だが諦めた。


 ルカがミアを連れて来たとき、見た瞬間に分かった。既に『エメラルドの乙女』などと噂になっていたが、それ以上だと。圧倒的な魔力、アデルなど比ではない。この娘、この体が欲しい。
 とはいえこれは難題だった。何しろルカの愛弟子だ。何の準備も無しに、迂闊に乗り移るようなことをしたら、あのルカの事だから、すぐに何かおかしいと気付くだろう。もう少し近づいてみようと思い、化粧をしてやったが、それだけでもルカは既に不審そうだった。

 そしてミアも王宮に入る意思はないようで、すぐにルカと帰って行った。アデルの時はここで諦めたが、ミアでは諦めきれなかった。何年かかっても、絶対に手に入れてみせる、そう決めた。


 勇者が交代する。そして騎士カインが、あろうことかあの娘を専属に迎えるらしい―――。
 流れてきた噂を聞いて、これはまたチャンスかとも思った。しかしこれもまた無駄な期待だった。あの生意気な騎士達は、ぴったりとミアに貼り付いて片時も離れない。どうやら3人が3人とも、すっかりミアに夢中になっているようだ。ミアに乗り移った時に彼らを思い通りに操れるのなら良いが、あまりに今のうちから親密になられてはやりづらい。

 忙しくさせておいたらどうだろう。そう思って、以前から退屈しのぎにやっていた魔物の召喚を、次々とあちこちで起こしてみた。
 幸い勇者一行で討伐に出ることも増えて、忙しさに別行動をすることもあるようだった。まだあの娘が1人になることはないようだったけれど。

 もっともこれはソフィア自身も忙しくなり、おまけに墓穴を掘ることとなった。大量の魔物召喚は思ったよりも魔力を必要とし、サラのチャージは『朝日を浴びる』だったので、ソフィアのチャージで手っ取り早く回復するには、何人かの男を部屋に呼ばなくてはならなかった。

 そして一連の騒ぎを重く見た国王らは、ついにルカを担ぎ出して魔導士の面接などということを始めた。今まで誰にも疑われたことなどないが、これは下手をすると自分の身が危なくなるかもしれない。


 その焦りが、判断力を鈍らせたのか。今思うと、あのタイミングでミアを襲わせたのは失敗だった。その結果が、これだ。
 それにしても、良くあの時、部屋を抜け出せたものだ。そしてアデルが、面接でまた王都へ来ていたことも良かった。
 ……大丈夫、まだツキはある。
 ソフィアは自分に頷いた。

 人の多いこのティオの町なら、目立たずに身を潜めていられる。町の外に隠しておいた金貨も持ち出してきたので、しばらく生活にも困らないはずだ。ほとぼりが冷めたら、次の策を行動に移すのだ。
 微笑んだソフィアの顔には、もうアデルの面影などどこにも見えなかった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...