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77・予兆 上
しおりを挟む結局、魔導師アデル……ソフィアは見つからなかった。巡回の騎士たちは常に注意を払っていたけれど、ついにそれらしい人物には会わなかったようだ。
もしかしたらもう他の人に乗り移ってしまったかもしれない。アデルの亡骸をどこか見つからない場所に隠してしまえば、魔法の気配を感じられない騎士たちには探しようがない。
あれほど多発した魔物の異常発生は、あれ以来ぴたりと止んだ。やはりあれもソフィアのしたことだったのだろう、と陛下も判断なさり、今回の一件はひと段落とされた。ソフィアが見つからないことをのぞけば。
ソフィアの行方が分からないのは、指先に刺さった棘をそのままにしているようで落ち着かない気持ちだったけれど、それでも「勇者の館」での毎日は過ぎてゆく。
カインの元へ来てすぐに魔物の異常発生騒ぎに巻き込まれたので、王都へ来てからの私はものすごく慌ただしい毎日を送っていた。それが、ソフィアの件が(解決はしていないけれど)落ち着いてみると、思ったよりも穏やかな生活が待っていた。
カインら騎士達は、朝食を摂ってからたいてい王宮の訓練場へ向かう。自分たちの訓練はもちろん、若い騎士達や見習い騎士たちの訓練をみたり、剣の稽古をつけたりする。何もなければ昼食はそこで食べて、午後に館に戻ってくる。ウェインはもう少し自由にしているようだ。
私はその間、作業部屋で薬を調合したり、新しい魔法を考えたり。アンナさんと料理をすることもある。森へ薬草を採りに行くのだけは、1人では行ってはいけないことになったけれど、これは仕方なかった。
もちろん魔物討伐に出ることもある。どこそこの街道に魔物が出たとか、森の魔物が増えすぎて村人が困っているとか。それでもしっかり腰を据えて討伐に集中できるのがありがたい。しばらく中断していた乗馬も再開して、「もう少し頑張ったら討伐に乗っていこう」とウェインが言ってくれた。
勇者のチームとして王宮の行事にも何度か出席したり、王妃様にお茶にお招きいただいたり、そんな経験もした。
そして気が付くと季節は秋。ソフィアの一件からもう3ヵ月、私が王都へきて、早くも半年近くになっていた。
王都モルシェーンはさほど冬の厳しいところではないけれど、それでも雪は降る。冬が来る前に森で薬草を採っておきたかった私は、ある日、エリスと一緒に王都から少し離れたタソワの森へ来ていた。
サラの亡骸が見つかったセフの森よりも遠いので、町の人の姿は見えない。他愛ないことを話しながらのんびり薬草を探していた私は、ふと何かを感じた。
……これは、何だっただろう? この気配は知っているような……?
薬草に手を伸ばしかけたまま止まった私に、エリスが不思議そうな顔をする。
「ミア……?」
その時、もう一つ、これは魔導師なら皆分かる気配を感じた。魔力を探られる気配だ。
それに気づいたとたんに、最初の気配の意味が分かった。
「!!」
他に考えが浮かばなくて、私は咄嗟にエリスにしがみつく。
「ミア?」
驚きながらも私を抱き返してくれたエリスの手を取って、掌に文字を書く。
「だれかがわたしの」
そこまで書いたところでエリスが頷いて、土の上に私を座らせた。そしてマントで二人をくるむようにして、落ちていた枝を渡して地面を指さす。
エリスの頭の良さは知っていたけれど、この勘の良さもすごいと思う。
『誰かが魔力を探ってる。気付いたと知られたくない』
頷いたエリスはにっこり笑って、そのまま私に口づけた。
「!?」
意味が分からず、驚いた私は思わず胸を押しかえそうとしたけれど、当然かなう訳がない。
「ああ、ミア可愛い。せっかく2人きりなんだから、ね……?」
エリスのわざとらしい言葉でようやく分かった。こんなことをしているから、気付いていない、ということ……。でも、もしも見えていたら、この気配は分かってしまうのでは? と思うと恥ずかしい。それでも他にどうしていいか分からず、頬に、首に、口づけられるままに任せていると、調子に乗ったらしいエリスがローブの合わせに手を差し入れてきた。
「え? やっ! エリス、駄目っ!」
「大丈夫、誰も見ていないから」
さすがに合わせ目をはっきり広げることはしないけど、指先がさわさわと胸の頂を掠めてゆく。
エリスがどこまで本気なのか分からない私は、恥ずかしさに震えながらも拒むこともできない。
「あ、やあ、だめ……、ん」
瞼のふちに浮かんだ涙をちゅっと吸い取って、エリスが喉の奥で笑った。
「もう、本当に苛めがいがあるなあ、ミアは」
思わず何か言い返そうとしたとき、あの気配が止んだ。
「!!」
思わず「あ」みたいな顔をしてしまったので、エリスが眉をあげる。私が頷くと、
「じっとしてて」
と囁いて、また口づけるように顔を寄せる。でも実際は目をじっと細めて、森の向こうを凝視していた。
やがて、
「……姿は見えなかったけど、もう行ったみたいだね」
そう言いながら身体を起こした。
「で、どういうこと?」
私は小声で説明した。
何か覚えのある気配を感じたけど、すぐには思いだせなかったこと。その後魔力を探られていると分かって、その瞬間に思いだしたこと。
「それは?」
「うん、あの気配は、誰かが特殊魔法を使ったときの気配なの。前にショーン様に見せてもらって……」
そこまで話せば、2人とも考えることは同じに決まっている。
「まさか……とは思うんだけど」
「姿が見られなかったのが悔やまれるね。しょうがない、帰って報告しようか。……薬草足りなかったら、また付き合うよ」
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