魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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78・予兆 下

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 帰り道、街道には特にそれらしい人影もなかった。
「ね、エリス?」
私はエリスと馬に乗りながら、おそるおそる、気になっていたことを聞いてみた。
「もし、さっきの気配が……ぜんぜん関係ない魔導師とかだったら……、それはそれでまずかったんじゃない?」
「ん? ああ、僕が森でミアにいけないことしてた、みたいな?」

その言い方はどうかと思うけれど、とりあえず頷く。するとエリスは王子様の顔で……鼻で笑った。
「そんな噂のひとつやふたつ、握り潰せない僕だと思う?」
「エリス……」
常々カインとグリフが、「一番敵に回したくない」って言っている理由が、よく分かりました……。


「それにしても残念だったね」
「え、何が?」
振り仰いで聞くと、エリスが笑う。
「もう少し時間があったら、あのままミアを苛めてみたかったのに」
そして腰を抱えている手をさわさわと動かして、胸の脇を撫で上げる。

「や、あっ……」
思わず声をあげてしまいうつむくと、エリスが唇を寄せて囁いた。
「ミア、指先まで真っ赤になってるよ?」
耳に息がかかり、唇が耳朶を掠める。身をすくめても、既に抱えられて馬上にいるのだ。動くことはできない。
 近くに人は見えないけれど、真っ昼間に街道でこんなこと……と思うと、もう顔も上げられない。

「ひ……ぁ」
エリスが耳朶をそっと啄み、舌で辿る。
「エリス……、お願い、もうやめて……」
もうそろそろ王都に近くなる。誰か来たらと思うと、私は必死だ。エリスは最後に頬に口づけてから言った。
「うん、残念だけどもうやめるよ。後は帰ってのお楽しみにね」






 帰りがけに町の門で聞いてみると、今日は私以外には魔導師の出入りはなかったらしい。顔の知れている町の住人は多数出入りし、旅人や王都に用があって来たらしい人でも何十人もいるそうだ。
「ここで把握するのは無理だね。今ならまだみんな訓練場にいるかな」
私達は王宮を目指した。

 まだ昼前だったので、カインもグリフも、エリスの言った通り訓練場にいた。
「よう、ミア! どうした?」
グリフが早速近寄ってきて、私を見てざわめく若い騎士達を牽制する。その間にエリスはカインに事情を説明したらしい。
「分かった、俺も行く。グリフ?」
「おう、任せとけ。―――おい、もう一戦やるぜ!」
グリフは私に微笑んで、また騎士達の方へ戻っていった。


「と、いう訳なのです、陛下」
謁見から戻った陛下に許された私達は、いつものサロンに通され、森での経緯を話し終えたところだった。陛下は数ヶ月ぶりに苦々しい表情を浮かべ、こめかみを押さえるようにして聞いていられた。けれど、私達と同じ結論に至っているのは明らかだった。

「ショーンの奴め、ぼんやりしているようでなかなか良いことをしてくれる」
苦笑いのように独り言ちてから、陛下は私を見て尋ねた。
「やはり、それ以上のことは分からないか」
「申し訳ございません、陛下」
私はまず頭を下げてから続けた。

「特殊魔法はもともと、魔力の流れや気配を感じさせないものだそうです。私では、ショーン師に教えていただいた通り、わずかな気配を感じるのが精一杯でした」
「陛下、どちらにしても姿すら見ることが出来なかったのです。果たして我々が考える人物なのか、それを確認する手立てを講じなくてはなりません」
カインの進言に、陛下は椅子に深くもたれて考え込んだ。


「今日はそなたの他には、魔導師は出入りしなかったと言ったな?」
「はい、陛下」
「ならば、その魔法を使ったと思われる者は、外から来て、王都へ入らずにそのまま帰ったというのか?」 
陛下は誰にともなく尋ねる。
「王都の中の者で、何日か留守にしている者はいないでしょうか」
「しかしそれでは、そやつは始めから、王都にいたことになってしまうではないか」

 こういう時、とりあえず何か考えを出せるのはやっぱりエリスだ。ちなみにカインは、よくよく考えてから発言することが多く、グリフはたくさん相づちをうっていて、突然鋭いことを言ったりする。
 エリスと陛下のやりとりが滑らかに進んでいるうちに、カインが結論を見いだしたことも多い。
 話がそれてしまった。

 結論、ではないけれど、私は思いついたことがあった。
「陛下。魔導師の姿をしていなければ、門を通っても大丈夫なのではありませんか?」
陛下だけではなく、カインとエリスも揃って私をみた。
「変装していたということ?」
「それもあります。……もう一つ、私が考えていたのは、まだ魔導師の資格をいただいていない人のことです」
3人とも目を見開いた。陛下は押し殺したような声で、続きを促す。
「……詳しく言ってみよ」

「はい。例えば、私が初めて王都に魔導師の試しを受けに参りました時は、もちろん、まだ魔導師ではありませんから、服装も普通の娘のものでした。ですが、既に魔力が顕現しているのです、当然魔法は使えます」
「……そうか、それなら門番は、魔導師だと認識しないな」
「はい。この王都モルシェーンほどの町なら、町の者でない人間などいくらでも出入りします。魔導士の服装をしていなければ、魔力のあるなしは探る気で見なければ分かりませんから……。それに、もし彼女が既に次の……だとしたら、記録に残っている魔導師は避けると思います」

 陛下は念のため魔導長官に使いを出し、魔導師の出入りと、ここ何日かで魔導士の試しを受ける者がいるかを確かめさせた。少なくとも届けられた出入りはなく、試しを受けるのは3人いたけれど、今回は男性ばかりだった。


「だが、それでは……、出入りが出来ると分かっただけで、探しようがないではないか」
おっしゃる通りなので、それ以上何も言うことは出来ない。そのとき口を開いたのはカインだった。
「陛下、今日の人物がミアが森にいたのを知ったとしても、ミアが自分に気づいたとは思っていない筈です。彼女はミアが特殊魔法を感じとれることは知らないのですから」
「確かにそうだ。ルカでさえ分からないことになっているからな」
陛下が頷く。

「ですからそれを活かして、今日の魔力の主を探すしかありません。受身な方法ではありますが、その人物が彼女であるなら、必ずまた近くに来るでしょうから」
「……そうだな、今はそれしかないであろうな。よいな、分かっているだろうが、絶対に1人にしないように」
カインとエリスが恭しく頭を下げた。

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