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82・勅命 下
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王宮から北西に3日ほど行ったところにある町、ティオ。この町には2人の魔導師が住んでいる。
1人は古くから町に住む、年老いた男性魔導師。もう1人は中年の女性魔導師だ。いまはこちらのほうが、町の依頼を請け負って働いている。男性のほうはやはり歳をとったためか、ときおり子供たちの魔力を見たり、魔法を指導したりして静かに暮らしていた。
その男性魔導師ユッカは、ここ何日か気にかかることがあった。近所に住むカナという15歳の娘が、最近顔を見せないことだ。10日程前に来たときはかなり魔力が高まってきていて、いつ顕現しても不思議でないからと、本人にもそう言っておいたのに。まだ顕現しないのか、それとも風邪でもひいたのか。
気にはなるが、足の悪いユッカは自分から訪ねていくのは辛かったので、もう少し待ってみることにした。だから、カナが5日も前から行方不明になっていることを、ユッカは知らなかった……。
もちろんカナの両親は、必死になって娘の行方を捜していた。しかし王都に次いで大きな町であるティオでは、未だ顕現前で子供とはいえ、若い娘が何らかの事件に巻き込まれることが、全く無いとは言えなかった。町の人たちはそのように考え、早くも諦めの気配を漂わせていた。
行方不明になったのが魔導師なら、即座に知らせが行っただろう。せめて顕現した後なら、カナが魔導師を目指せるほどの魔力を持っていたと報告が上がった筈なのだが……。
◆◇◆
サロンには、陛下と長官様の他に、なんと宰相閣下もいらしていた。宰相閣下は先王の弟、陛下の叔父にあたる方なのだそうで、公の儀式以外では陛下から叔父上と呼ばれている。
呼ばれてもいないのに場違いなところへ来てしまったと思って焦ったけれど、カインもエリスもまったく気後れする様子はない。
「お忙しい中お時間を賜り、感謝いたします」
カインが堂々と挨拶をし、ここ何日かの特殊魔法の気配について説明した。そしてさっきウェインと話したことについて、
「何としても捕えるために、ぜひともお考えを承りたい」
と願った。
「と、いう訳なのだ。叔父上の考えを聞かせて欲しい」
宰相閣下は、陛下に頷いた。
「まず、ソフィアの扱いだが」
閣下の話は理路整然として分かりやすかった。
まず前提として、ソフィアは王族として扱わない。ソフィアの姿をしていないことを根拠に、あくまで表面的に『ソフィアを名乗る女』として処分する。
もちろん裁判にかけなくてはならない。だが、ソフィアの線を追求しても、そもそも5代も前の王妃、しかも後妻の名など知られていないし、証明する方法がどこにもない。その点『名乗る女』の線でいけば、1人の魔導師の起こした事件ということで片付けられるだろう。
「騒ぎを大きくしても、何の意味もないからな」
閣下はそう締めくくり、陛下も頷いた。
「それから、ソフィアの魔力についてだが……」
途端に辛そうな顔をする長官様に、宰相閣下が問いかけた。
「ジェスト、話を聞く限り、勇者カインの言うことは最もだと思う。魔導師の立場も分かるが、ここはそのソフィアとやらを捕らえるのが先決と思うが」
私には、なぜ閣下が長官様にそんなことを仰るのか分からなかった。
長官様は、しばらく目を伏せて沈黙していた。けれど陛下も閣下も、それが当然という表情で、ただ長官様が口を開くまで待っている気らしい。
やっと顔をあげた長官様の言葉は、予想外のことだった。
「陛下、この部屋の結界を強化させていただきます。ミア殿、あなたも自分の魔法で、さらにこの部屋を封じてください」
陛下のサロンはもともと幾重にも結界が重ねられ、一切漏れないようになっていた筈だ。それをさらに、そして私にもという理由が分からない。
たぶんその思いが顔に出ていたのだろう。
「これから話すことは、魔導師にとっては、使い方によっては運命を左右することです。自分でこの場の安全を確認してほしいのです」
「……そんな話を、わたくしがうかがって良いのですか?」
思わず息をのんで腰を浮かせた私に、
「いや、そなたは知っておいたほうがいい。ジェストの言うとおりに」
陛下が口を添えてくださった。隣で閣下も頷いている。
「は、はい。では、おっしゃるとおりに……」
いったい何を言われるのか、背中を冷たいものが駆け上がるように感じながら、私は長官様に従って封の術をかけてゆく。
「ジェストが言おうとしていることは、魔導師には命にも等しいことだ。ゆえに、それを知らされるのは通常は王族と宰相、そして魔導長官のみとされている」
私達は顔を見合わせる。それを身振りで留めながら、閣下は続けた。
「まあ実際は、必要な時には王が認めた者には知らせて良いというのが通例だ。おそらくルカは知っているだろう、王よ?」
「ああ、伝えた。『余計なことを』と怒っていたがな」
「ふ、あの男らしいな。もっともジェスト、おまえも長官になる前から知っていたな」
「はい。閣下がまだ王弟殿下と呼ばれていた頃に教えてくださいました」
閣下は微笑んだ。
「私とジェストは、今の王とルカのような間柄でな。昔は共に旅をしたものだ」
そして僅かに和んだお顔を引き締めて、長官様を促して言った。
「さて、あとはジェストに任せよう」
長官様はゆっくりと話し始めた。
「カイン殿の懸念のなかにあった、ソフィアの魔力を封じることについては、方法があります」
長官様が何を言おうとしているのか分からないのに、なぜか嫌な予感がする。膝の上に揃えた両手が冷たい。
「実は、魔導師から魔力を失わせる秘薬があるのです」
それは、王家に古くから伝えられたレシピで、薬そのものは保存されていない。高い魔力を持つ魔導師と、高度な薬草の知識と技術をもつ者が協力しないと出来上がらず、その効果は作られてから数ヶ月で消えてしまうからだ。代々その存在だけが伝えられ、高位の魔導師が乱心した場合などに使われるらしいが、実際に使われた記録はほとんど残っていない。
「確かに、そんなものがあると知られたら……、魔導師は安心して眠ることもできないですね」
エリスが呟くように言った。確かに、もし悪用されでもしたら、大変なことになる。私は膝の上で両手を握りしめた。
「しかし、そのレシピは信頼できるのですか? 実際に使われた記録がないのでは……」
カインのもっともな疑問に、陛下が頷いた。
「問題ない。詳しいことは省くが、このレシピを残した魔導師は他にも役立つレシピを残していて信用できる」
そして宰相閣下は私を見て言った。
「魔導師ミア、そなたの魔力と、ルカ直伝の薬草の知識を使えば、この秘薬を作ることができるだろう」
「ええっ?!」
宰相閣下の言葉に、私は思わず大きな声をあげてしまった。
「わ、私が、ですか?」
陛下が不思議そうに聞く。
「適任だろう。どうした?」
「陛下、それほど簡単な話ではありません」
長官様がさらに説明してくれる。
「魔導師であれば、魔力を損なうものを恐れます。それは、獣が危険を避けるに似て、もはや本能的なもの。ミア殿も、この話を聞いただけでも気が進まないのは当然な反応です。しかし、それだけでは済みません。実際に薬を作るのは、相当な恐怖を伴うかもしれません」
「そんな……」
カインもエリスも愕然としている。
「……そうか、それは辛いことだろう。だが、すまぬがそれでもソフィアは捕えなくてはならぬ。魔導師ミア、勅命である。王家の秘薬を精製せよ」
長官様の言うことは正しかった。もうすでに怖い。それでも目を閉じてひとつ息を吐き、私はその場に跪いて答えた。
「――――勅命、承りました」
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