魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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87・ウェインのお説教

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「嬢ちゃん、俺だ。入ってもいいかい?」
扉の向こうから、ウェインが控えめに声をかけてきた。


 あの後、私はカイン達に頼んでしばらく一人にしてもらい、失敗した鍋の中身を片付けた。使い物にならなくなった液体は、あんなに恐ろしかったのが嘘のように、まるで無害になっていた。それがかえって悔しくて、私は唇を噛みしめた。

 本当はその後、明日またやり直すための材料を準備しなくてはいけなかった。でもたった一度の失敗だというのに、私はまだ準備にとりかかれないまま部屋でぼんやりしていた。
 ただ単に失敗したからではない。正直なところ、まさか今日も今日、こんな早い段階でとは思ってもいなかったのだ。ほとんど形になってさえいないというのに。

 なんて情けないのだろう。こんなことで、本当に秘薬を完成させられるのだろうか? 勅命を受けておいて、もしできなかったら、きっとカイン達にも迷惑をかけてしまう。
 焦りと不安と、自分への憤りに秘薬への恐怖。さまざまな感情がギリギリと私を締め付け、思わず俯いて頭を抱えたその時、ウェインの声がしたのだ。


「……どうぞ」
封の術を解くと、ウェインが入ってきた。私が長椅子にいるのを見ると、目顔で確認して机の前の椅子を引いてきて、私の正面に座った。
「体は何ともないのか?」
私は頷く。もともと秘薬の力に当てられたようなものだ。
「じゃあ、聞くぞ。明日はどうするつもりだ?」
「もちろん、もう一度やります。今度こそ成功させないと……」
「どうやって?」
ウェインの目は真剣で、いつもの軽くて優しい雰囲気は微塵もない。
「レシピ通りにやるしかないから、同じやり方しか出来ません。でも2回めだから、きっと……」
「無理だな」

 信じられない思いで、私はウェインを見た。ウェインは別人のような冷たい目で、私を見ている。
「なん……で……、どうして?」
「分からねえかい?」
私は呆然として頷く。精一杯の準備をした。それでもあんなに簡単に失敗してしまったのは、私が弱すぎるということなのだろうか? 
「そうか」
ウェインは肘をついて額を支え、少し考えるようにしてから言った。


「じゃあ、ちょっと別の話をするぜ。カインは勇者だ。いずれどこかに竜が出れば、奴が討伐に当たるのは分かるだろ」
「? ……はい」
突然で話の意図が分からないながら、私は頷く。
「もしカインが、『竜と戦うのは自分の役目だ』って、嬢ちゃんの補助も回復も受けずに、1人でボロボロになるまで戦ってたら、おまえさんはどう思うよ?」
「え……」
「そんなカインを見て、どう思う」
「それは……もちろん、何かさせてほしいと……。せめて回復だけでもとか……」
「力になりたいと思うだろ?」
「もちろんです。――――あっ!」
「分かったか」
ウェインはやっと笑ってくれた。


「でも、今回のことは、手伝ってもらうわけには……?」
「例の薬は、そりゃあ手伝えないさ。誰も嬢ちゃんに剣を振るえとは言わねえだろ? それと同じさ。で、さっきのことを思い出してみろ。グリフの話じゃ、おそらく幻覚を見たんだろ? なんでもっと早く言わねえんだ?」
「目を離せないと思って……」
俯いた私に、ウェインはさらに言う。
「一緒にするなって怒るかもしれねえが。アンナが料理でナイフを使ってる時だって、手元から目は離さねえが口は達者に動いてるだろう。嬢ちゃんだってもう、昨日や今日に魔導師になったわけじゃねえ。一言呼ぶことくらいできるだろ」
 一言もない。確かに途中で、グリフに助けを求めようと思った。あの時声を出すことくらいは出来たはずだ。

「で、でも……。だからって、作業を替わってもらうわけにはいかないし……」
 するとウェインが、また厳しい目になった。
「それは嬢ちゃん。おまえさんの思い上がりだぜ」
思い上がり? どういうことだろう。
「今まで下準備の間、自分がどうしてたか忘れたのか?」
「下準備の間……」
「辛くなると、あいつらに頼ってたんだろ?」

 ああ、そういうことか。確かに、恐怖に負けそうになると、カイン達に手を握ってもらったり、抱きしめてもらったり……。そこまで考えて、私は突然赤面した。
「待って、どうしてウェインが知ってるの!?」
ウェインは唇の端で笑う。
「さてな。――――で、どうして今日はそれをしなかったんだ」
「え……?」
考えもしなかった。

「だからそれが思い上がりさ。全部自分ひとりで何とかする気だったからだ」
「あ……」
「手を取ってもらったり、たまには話しながらだってできただろう? どうせ思い上がるなら、自分の技術のほうに自信を持てよ。そのくらいのことで加減を誤るような嬢ちゃんじゃないだろ?」

「ウェイン……」
そうか、魔法と薬草のことだからと、いつの間にか、誰にも頼ってはいけない気になっていた。
 作業は私にしか出来ないけれど、もっと頼っても良かったんだ……。


 そのとき頭の中に突然、ルカ様の言葉が浮かんできた。
『大丈夫だ、おまえにならできる。たとえどんなに恐ろしくとも、おまえにはあの3人がいて支えてくれる。それを忘れるな』
「あ……」
 何てことだろう。モルフォリアを分けてもらったあの時、既にルカ様は同じことを言っていたのだ。それなのに私はぜんぜん気付くことも出来ずに……。

「分かったみたいだな」
ウェインが笑って立ち上がる。
「ウェイン、ありがとう。私が間違ってた……。心配かけてごめんなさい」
「なあに、柄にもねえ説教をしただけさ。それに、その言葉は」
そう言ってウェインはにやっと笑うと、足音をたてずに扉に近づいて、一気に引き開けた。
「こいつらに直接言ってやれよ」

「うわあっ!」
ウェインは私の部屋に入るときは、いつも扉を細く開けている。そこで立ち聞きしていたらしい3人が慌てふためいてバランスを崩し、部屋になだれ込んできた。
「ええっ!? いつからいたの?」
3人はきまり悪そうにお互いを見合っていたけれど、諦めたようにエリスが言った。
「ウェインが部屋に入ってすぐ……」
「えええ!?」
私は驚くばかりだったけど、ウェインはおかしそうに笑っている。
「最初っから、全然気配を隠せてなかったぜ」
そしてなおも笑いながら階下へ降りて行った。


「ごめん、ミア。立ち聞きなんかして」
3人が謝ろうとするのを、急いで遮った。
「ううん、謝るのは私。聞いてたんなら説明しなくていいのね? 本当にごめんなさい」
「ミアが元気になれば、謝ってもらうことなんてないよ」
「ああ、そうだな」
「――――明日もよろしくお願いします」
私が改めて頭を下げると、カインが微笑んで言った。

「何でも言ってくれ、ミア。明日は俺が一緒にいるから。なんならずっと、後ろから抱いててやるぞ」
「え、あの、それはちょっと……」
「遠慮することはないぞ」
思わず赤くなった私を、カインが引き寄せて口づける。
「あ、またカインは」
「すぐこれだ」
エリスとグリフも、交互に私を抱き寄せて……、なんだか急に、妙な空気になってきた。
 その後しばらく、長椅子に押し付けられて3人から甘い悪戯をされることになってしまい……。気絶までして心配かけた私が悪いんだけど、明日の準備がまだなので、必死で頼んで止めてもらった……。




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