88 / 104
88・秘薬精製 2
しおりを挟む翌朝、昨日と同じ白いローブと手袋をつけた私は、これも同じく、カインに今日の手順を説明していた。
違うのは、カインは椅子に座らず、私のすぐ横に立っていること。
「でも一日がかりだから、疲れたら座ってね?」
「分かってる。ミアもちゃんと言えよ」
私はカインの目を見て頷いた。今日はもう、無理な我慢はしない。
「カイン……、お願いがあるの」
カインは口元に笑みを浮かべて私を見る。
「言ってほしいの。『私にはできる』って……」
するとカインがすぐに私を抱きしめて言ってくれた。
「大丈夫だ。ミアにならできる」
カインにしがみついて、私は頷いた。大丈夫、今日は大丈夫。
私が息を整えたのをみて、カインは手を緩め、一歩下がった。
もちろん手順は昨日と同じだ。大鍋に、レシピ通り材料を入れて火にかけていく。昨日もここまでは問題なかった。
鍋のふちがふつふつと泡立ち、薄く湯気が上がり始めた。ここからは集中しなくてはいけない。けれど慎重に火加減と湯気の状態を見守りながらも、私は思い切ってカインに話しかけてみる。
「昨日はここから、幻覚が始まったの。湯気が黒い瘴気になって、私に迫ってきて……。最後には蛇に変わって、飛びかかられた」
「なるほど、気絶するわけだ。今は大丈夫なのか?」
「うん。今のところ、何もないみたい。……最初のおまじないが効いたのかも」
言いながら少しかがんで、火加減を調節する。昨日もこうすれば良かったのにと思いながら。
「変わったことがあったらすぐ言えよ?」
カインは必要以上に話すことはしない。私のペースを乱さないようにしてくれている。
時々思い出したように一言ふた言会話をしながら、大鍋を煮詰める作業は続き、まだ半分にはいかないけれど目に見えて量が減ってきた。刻んだ薬草もすっかり溶けて、かなりどろっとした液体になってきている。
あともう少し、煮詰めないとかな……?
そう思って全体を大きくかき混ぜたその時、匙が何かに引っかかる手応えがした。
「え……?」
鍋をのぞき込むと、匙の先からぶくぶくと泡が立ち上って、中から小さな蛇が這いあがってきた。
「う……あ……」
もちろんまた幻覚なのだ。ところがこの時の私は既に幻覚に呑まれてしまっていたのか、動くことができなかった。
その時、
「ミア、どうした!?」
鋭い声とともに、私の空いた手が強く掴まれた。
「あ……!」
その瞬間に呪縛は解けた。
「カイン!」
「また何か見えたんだな」
私は上の空で何度も頷き、それでも何とか意志の力を振り絞り、焦げないようにひとまずかき混ぜてから火を弱めた。
そしてカインにしがみつく。カインがすぐに抱き返してくれ、その暖かさにほっとする。
「また、蛇が……。でも、カインのおかげで解けた……」
あまり鍋を放置してはいられない。
しばらくは空いた手を繋いでもらい、火加減をもとに戻し、続ける。何しろ出来る限りゆっくり、ごくごく少しずつ煮詰めなくてはならないのだ。眉を寄せるようにしてじっと鍋の表面を見つめていると、集中しているだけに逃れにくく、すぐに幻覚に襲われてしまう。
カインは私の表情を伺い、私が少しでも恐怖を感じると、肩を抱いたり、時には頬に口づけたりした。それでも私の作業を妨げないように、細やかに気を使ってくれている。カインが触れたり、声をかけてくれたりするだけで、ふっと幻覚が消えることもあれば、なかなかカインの声が届かず、あわやまた気絶してしまうのでは、というときもあったらしい。
それでもカインのおかげで、幻覚や恐怖にも何とか耐えて、夕方。
色も濃さも、ようやく指定通りにまで煮詰めることができ、私は大鍋を火からおろした。
そしてこれを、濾し器にかけて麻布で濾し、一晩置く。絶対に余計な力を加えずに、自然に滴り落ちるに任せるのだ。
1日大鍋をかき混ぜ続けた腕は震えて、もうほとんど力が入らなくなっていた。けれど最後の力を振り絞って、鍋の中身を空けた。
もう、それが限界だった。漉し布の下から、無事にはじめの1滴が滴るのを確認すると、ほっとした途端にふうっと気が遠くなり、カインの腕のなかに倒れこんだのだった。
カインはずっと私の様子を見ていて、気がゆるんだらそうなると分かっていたらしい。倒れる直前まで、
「もうこれで、今日は終わりなんだな?」
「これ以上、手をかけることはしないんだな?」
「この状態で、朝まで置いておくんだな?」
と、くどいほどに確認していた。
だから倒れた私は、速やかにベッドに運ばれた。そして数時間後に目を覚ますと、カインだけでなくエリスもグリフもいて、それはもう大げさなくらいに世話をやかれてしまった。食事を口許まで運ばれ、髪を梳かれ、しまいには着替えさせるとか湯あみを手伝うとか……。それは丁重に、そして必死にお断りした。
「今日は頑張ったな」
カインが私の身体を引き寄せて言った。引き締まった腕に包まれて、カインの胸に頬を寄せると、すごく安心というか、幸せな気持ちになる。
……1日中作業をしたうえ最後には気絶しているのだから、普通なら体力温存のために控えるところなのだろうけど。私の場合、それが魔力のチャージ兼回復になるので、カイン達はそれに関しては遠慮したことはない。さすがに今日は、私が疲労困憊というか、精神的に消耗していた。そのせいか、どちらかというと激しいのが好きなカインにしては、ひどく優しかった。
私も最初のころとは違って、3人それぞれの個性も好みも分かっている。騎士としての3人も、心から尊敬している。初めて会ってからまだ1年も経っていないけれど、知れば知るほど、肌を合わせるほどに、何故か同じだけ好きになっていく。あんなに個性の違う3人なのに、だからこそ、なのか。
カインもエリスもグリフも、本当に好き、と思えるのだけど……、やっぱり3人とも好き、なんていうのはおかしいのだろうか? そう考えると、いつも不安になる。
「どうした?」
私の身体がわずかに緊張したのを感じ取って、カインが頭を起こした。
「何でもない。大丈夫」
私は首を振って、さらにカインに寄り添った。
――――今は、やめよう。
そんなことを考えている場合ではない。むしろ、3人がいるからこそ、こうして助けてもらえるのだから。しばらくの間だけ蓋をして、今回のことがすべて終わったら、ゆっくり自分と向き合ってみよう。
カインが上掛けを引き上げてくれるのを感じながら、私は眠りに落ちていった……。
0
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる