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92・秘薬の完成
しおりを挟むグリフに呼ばれて上がってきた3人は、私の様子をみて戸惑ったようだ。
「なんか、元気だな……」
「もう、怖くなくなったの?」
聞かれたグリフも困惑気味に首をかしげている。
「まだ怖い。というか、完成寸前の今が、やっぱり一番怖い。でも無理に我慢しない。泣いたり騒いだりするかもしれないから、全員で助けてね」
そしてカインの腕を引いて、グリフと同じように私から口づける。それを見て固まったエリスにも同じようにし、ウェインの前に立つ。指で私の額をちょんちょん、と指してにっこり笑うと、ウェインが吹き出した。
「なんだ嬢ちゃん、それが地なのか?」
そう、王都へ来てからは、「4属性持ちのエメラルドの乙女」なんて評判が先に広まってしまったこともあり、カイン達にふさわしく見えるようにと気を使っていた。無理をしていたつもりはなかったけれど、ルカ様の館にいたころに森の中を駆け回っていたような、自由奔放な部分は出さないようにしていたのだ。
「そう。『勇者の専属魔導師』になる前の私」
「―――気に入ったぜ、最初からそうしときゃ良かったのになぁ」
そして笑いながら、私の頭を片腕で抱えこんで、額にチュッと大きな音を立てて口づけた。
「え……?」
「ああっ!?」
それを見てちょっと情けない声をあげる3人にちらりと微笑みかけて、私は顔をひきしめた。
「一緒にきて。これで最後だから」
作業台の上にある、両手に乗るほどの大きさの鉢。ほんの何歩かのその距離が、海のように遠く感じる。それでもグリフに手をとってもらい、必死で一歩ずつ進む。後ろから、カイン、エリス、ウェインが私を守るようについてくる。傍から見れば滑稽かもしれないけれど、今の私には、それが竜の巣穴よりも恐ろしいのだから仕方ない。
それにいつかはカイン達が、本当に竜のもとに向かう時がくる。その時には、私も一緒に同じ道を行くのだ。
ならば、皆がついていてくれる今、それが出来ないはずはない。
とはいえ、ほんの何分か前の元気など、この秘薬の前では消えてしまう。ようやく鉢の前に立った私は、さっきまでとは完全に別人のようだと思う。震える膝はともすればがくんと力が抜けそうになり、両脇をグリフとカインに支えられてやっと立っている有様。こめかみからは脂汗が伝い、血の気が引いているのか耳鳴りまでする。
「ミア……」
かけられた声も素通りしていくようで、耳に入っている気がしない。
「お願い、エリス、ウェインも。私に触れていて」
すぐにエリスが左肩に手を置いた。ウェインもそっと右肩に手を置いてくれる。カインが言った。
「ミア、これで俺達全員がついてるって分かるだろう? 心配するな、何があっても助けてやる。だからもう少しだけ頑張ってくれ。これが最後だ」
頷いた私は、いったん心の中から秘薬の鉢を閉め出し、腕と肩に触れてくれている4人の手の温かさに意識を向ける。大丈夫、守ってくれているから。大丈夫。
敢えて鉢の一点だけを見る。わき上がる恐怖をなんとかぐっと抑え込み、私は大きく息を吸う。
そして、長い呪文を一気に唱えはじめた。
秘薬のレシピで、最後は手を使えないと知ったときから考えて編み上げておいた呪文。風と土の魔法を組み合わせ、見えない重しをかけてゼリー状のモルフォリアを搾ってゆく。恐怖に負けて呪文を途切れさせても、早口になりすぎてもいけない。
―――あと、もう少し。
それなのに、手足が冷たい。あと少しなのに、息が苦しい。目がちかちかする……。
あと少しなのに。
その時、カインが私を支える腕にぐっと力をこめた。続けてグリフも。エリスとウェインは、もう片方の手を添えてくれる。
またも負けそうになっていた私は、もう一度お腹に力を入れて、最後の呪文を紡ぎだした。
◆◇◆
「―――!?」
市場の隅で休憩をしていたシーラは、いきなり感じた衝撃で、手に持っていたカップを揺らした。露店で買ったお茶がこぼれて手にかかるが、そのまま王宮のほうを振り返る。
何だろう、これは? ほんの一瞬で、もう今は何も感じられないが、さっきのような衝撃は今まで感じたことがない。
そこで初めて手が濡れているのに気づいて、ポケットから布を出して拭く。よく見ればその手はまだ震えている。
王宮で何かあったのだろうか。この前から感じている嫌な予感は、これと関係あるのかしら?
シーラはそのまま少し考えていたが、急に立ち上がった。急いで宿へ帰り、適当な口実をつけて宿代を支払い、荷物をまとめた。そのまままっすぐに町を出て、人目のないところで魔法を使う。
シーラの姿はたちまち見えなくなった。
◆◇◆
「ミア、ミアっ!?」
「嬢ちゃん?」
頬を叩かれて気が付くと、作業部屋の床の上で、4人が私をのぞきこんでいた。どうやらまた倒れたらしい。長いこと、気を失っていたのだろうか?
「大丈夫だ、ほんのちょっとの間だけだ。まだ何分もたってねえ」
その言葉に安心し、はっと気付いて尋ねる。
「あ、……あれ、は?」
「心配いらない。ちゃんと出来上がって、瓶に栓をしてから倒れたんだよ、ミア」
エリスが指で示した作業台の上には、小さな瓶が一つ。
「ひっ……!!」
自分で作ったものながら、見た瞬間に竦み上がるほどの力を感じた。
「カイン、お願い。あれを……、向こうの棚の箱にしまって……!!」
その箱は完成した秘薬のために用意したもの。幾重にも封の術が施され、気配が漏れることはない。カインはすぐに秘薬を箱に入れてくれる。
私はそこで全身から力が抜け、今度こそグリフの腕の中に倒れ込んだ。
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