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91・秘薬精製 4
しおりを挟む「今日も、サロンにいてくれるの?」
朝の食堂で私は皆に尋ねた。私は今朝も朝食は摂らない。果物を搾って、蜂蜜を加えたものを少し飲むだけだ。カイン達は心配したけれど、あれだけのことをする前なので、胃が固形物を受け付けないのだ。
「ああ、カインは朝のうちだけ出るけど、あとはいるぜ。どうした?」
今日また一緒にいてくれるグリフが首をかしげた。
「あのね、私がどういう状態になるか、やってみないと分からないんだけど……。もし大丈夫そうだったら、完成するときには、皆一緒に見ていて欲しいと思って。助けてもらわなかったら、今日ここまでだってきっと出来なかった。だから……」
するとウェインが言った。
「嬉しいことを言うじゃねえか、嬢ちゃん。俺もいいのか?」
私は頷く。
「もちろん。だって、ウェインに叱ってもらったのが一番効いたもの」
ウェインは笑って、私の頭をくしゃりと撫でた。
「そういうことなら、待ってるぜ、嬢ちゃん。……がんばれよ」
カインとエリスも微笑んで、それぞれ私に口づけてから食堂を出て行った。
「よし、ミア。行こうか」
グリフが私に手を差し出した。
◆◇◆
粗末なベッドと、小さな机と椅子。それだけ置いたらいっぱいになってしまう薄暗い部屋で、シーラ―――ソフィアは化粧をしていた。
部屋には鏡すらなく、窓も最小限の大きさだ。宿の共用の浴室には鏡があるのだが、シーラ以外の宿泊客はほとんど男性なので使えない。扉の隙間から見えないように気を付けて、自分の鏡を出して使っている。この鏡はサラの時代に手に入れたもので、シーラのような娘が持つには不釣り合いな高級品だ。もう少し大人の体なら、こんな不自由をする必要のない、高級な宿に泊まるのに。
昨日モルシェーンの町を歩きながら考えたが、シーラが不自然でなく滞在できる場所は、やはり見つからなかった。もともと住んでいたのだから、町の事情には詳しい。あとどうにかなりそうなのは、食堂や市場の下働きか、お針子の見習い。もちろんこちらから願い下げだ。そんなことをするくらいなら、いっそ町の外に潜んで、毎日通ってくるほうがましだ。
あとは娼館か。しかしこのシーラの見た目では、下女からのスタートだろう。これも問題外。サラなら最高級で召使付きの待遇だったろうに。
やはり、一度町を出るべきだろうか。父親を探すにしては、滞在が長くなりすぎた。お人好しの主夫婦も、そろそろ不審に思うかもしれない。
それに、どうも嫌な予感がするのだ。王宮の方向に、この数日、なにか不吉なものを感じる。
最近ミアを見ないことと、何か関係があるのだろうか。
その「不吉な何か」が何か、もちろんソフィアは知らない。
◆◇◆
「今日は、何をするんだ? ミア」
グリフにも例の「おまじない」をしてもらい、私は漉し器を開けた。薄紫の液体は、もう光ってはいない。
「口で言うとすごく簡単そうなんだけど……。これに、モルフォリアの皮を剥いだ半透明の部分、あれを細かく切って入れるの。そうするとモルフォリアが秘薬を吸い込むから、また絞って集めれば出来上がり」
グリフは不思議そうに私を見る。
「……確かに、すげえ簡単そうに聞こえるな。問題は何だ?」
「うん、問題はね。絞るのに、手を触れずに魔力で……ってことと、今の時点で、もうかなり怖いってことなの」
正直なところ、もう傍にいるのも気分が良くないけれど、あとは、やってみなくては自分でも分からない。
刻んでおいたモルフォリアを、少しずつ薄紫の液体に入れ始める。
「へえ……」
グリフが私の後ろから、思わず声をもらした。
モルフォリアは一瞬で液体を吸ってぷっくりと膨らみ、半透明のゼリーのようになっていく。
すると何故か、今日は最初から恐怖を感じていたけれど、なぜかそれが一気に、急激に膨れあがった。目の前にあるのは小さな器。なのにそれが、圧倒的な威圧と禍々しさをもって私を脅かす。
「……!!」
瞬時に凍り付いた私に気付いて、グリフがすぐに抱きかかえて支えてくれる。そうしてくれなかったら、膝から崩れ落ちていたかもしれない。
グリフに縋り付いて震える私に、ルカ様の言っていた言葉が浮かんできた。
―――モルフォリアは、いわば触媒だ。
―――爆発的に効果が凝縮され『王家の秘薬』が出来上がる。
モルフォリアを加えたことで、もう「王家の秘薬」は、ほぼ効果が定まっているのだろう。手を触れてはならないのは当然、というより手など触れられる訳がないのだ。
「……ミア、大丈夫か?」
「グリフ……。あれ、は。もうほとんど、秘薬……」
グリフはすぐに察して、私を遠ざけてくれた。
「そうか、後はもう絞るだけってことか。どうする、出来るか?」
私は震えながら頷いた。
「……やる。お願い、このまま抱いてて」
両肩を抱いてもらう。少し動きにくいけれど、既に刻んであるものを入れるだけだ。震えながらも、なんとかモルフォリアを、水気がなくなるまで入れることが出来た。
あとは絞るだけ、なのだけれど。情けないことに、もう1分だって近くにいられない。グリフに言って部屋の端まで避難して、少し休憩することにした。
「口開けた竜の前で、座ってるような気分なのかな……」
魔力のないグリフが、自分の場合に当てはめて眉を下げる。
「……グリフやカインでも、竜は怖いの?」
グリフが背中で秘薬から遮ってくれている安心感で、私はやっと震えがおさまった。
「そりゃあ、竜は別格さ。もっとも、オレ達はまだ直接竜と戦ったことはねえ。前の勇者、モース殿が討伐に行くときに、まわりの雑魚対策でついていっただけだ。―――それでも、ほんの遠くから見えただけでも、そりゃもうすげえ威圧を感じたぜ。マジでちびるかと……、っと悪(わり)い」
私はくすりと笑い、グリフの胸に寄りかかる。
「それでも、行くのよね? 竜が出れば」
「当然さ。それがオレ達の役目だからな」
「役目……」
グリフが頭を下げて目を合わせる。
「ん、こういう言い方は重たいか? でもいやいや行くわけじゃねえぞ。オレにだって、故郷には親がいるし、ガキの頃の仲間たちも沢山いる。それに、王都(こっち)に来てからの騎士の仲間たちや町の知り合い。みんな大事だ。……オレは、そんな人達を守りたいんだ」
私を抱く腕に力がこもり、ほんの少し苦しくなるけれど、それが心地良くて安心もする。
「もし騎士でなく、他の仕事についてたら。たとえ竜が出ても、大事な人達を守れなかった。でもオレは騎士だ、その力をもらった。―――だから行くんだ」
そこまで言って、グリフはふと照れたように笑った。その笑顔に、こんな時だというのに胸がしめつけられる。
そしてふと思う。ならば私も、同じなのでは?
グリフの言葉を借りて言うなら、私は魔導師。その力をもらった―――顕現前後のことを思えば、まさに『もらった』というのがふさわしい。
勇者の助けになれる、王家の秘薬を作る、そのための力を、私はもらった。―――それなら。出来ないことを恐れるのではなく、だからといって無理に背伸びをするのではなく、今の私にできる精一杯を。
「グリフ」
私は今までにないことをした。グリフの首に手を廻して引き寄せ、自分から口づけたのだ。
「―――!?」
驚いて目を見開いたままのグリフの唇を離すと、私は膝から跳ねるように下りた。
「皆を呼んで? あと少し、頑張るから」
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