魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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100・妾はソフィア 下

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 館へ戻った私達を、皆のもの問いたげな視線が迎えた。
「―――飯はいい。先に一杯だけ飲ませてくれ」
重い疲労を抱えた声でカインは言うと、私はどうするかと視線を向けてきた。
「私も、後でいい……」
「なら、座ってろ。今飲み物持ってきてやるから」
 グリフに甘えて長椅子に身体を預けると、そのままクッションに沈んでいきそうな気がした。カインはまっすぐに酒を注ぎに行くと、私の隣に掛けてぐっと呷り、深く息を吐きだす。

「ほら、ミア。アンナが作っておいてくれたんだ」
そう言ってグリフが持ってきてくれたのは、ワインを温めて酒精を飛ばし、蜂蜜やスパイスを加えたもの。自分でも作れるけれど、アンナさんのレシピは最高に美味しい。
 今日の私のために作っておいてくれた優しさが嬉しくて、少し疲れが軽くなる気がした。


 横でカインが、今日の様子を報告している。
「本人がソフィアだと認めた。いっとき激昂したからだが、俺達にはそれでいい。だが、結局それでも何の証拠にもならない。……幸運だったのは、ミアと魔導長官が、以前乗り移っていた魔導師の気配を感じたってことだな」
意味が分からない4人(ショーン様もいる)が、そろって私を見る。
「サラと、その前のエレインの気配が残っているのを長官様が感じたの。―――ソフィアの魔力は、完全に消えてた。それが無くなって、今まで魔力で隠れていた気配が見えたみたい」
「今までは強すぎる魔力が邪魔して見えてなかった、ってこと?」
「うん、そう」
「宰相閣下は、それでサラとカナを結び付けられると言ってたが……」
サロンが沈黙に包まれる。
「どちらにしても、あれだけの罪を犯したんだ。陛下も悩むことだろうな」



 ◆◇◆

 国王は悩んでいた。
 さすがに執務室から引き上げて私室に戻ってはいるが、夜になってもなお今日の調べの記録を何度も読み返し、頭を抱えている。
「今日はもうそれくらいにしたらどうかね」
横から宰相ミルカが声をかけたが、帰ってくるのは生返事だけだ。

「陛下」
「……このような事態は前例がない」
唐突に話し始めた国王に、ミルカは座り直した。
「その通りだな。ではどこまで公表する?」
「ソフィアの名は出したくない」
「ふむ」
「同じくその能力……他人に乗り移るなどというものも伏せたい。伝わり方を間違えれば、国中が疑心暗鬼に陥るだろう」
「うむ、それはあるやも知れぬ。だがそうすると、サラの起こした魔物の異常発生はどうなる?」

 国王は片手で髪をかき回した。隙なく撫で付けられた髪は、すでにくしゃくしゃに乱れている。
「それだ、叔父上。あれだけの被害を出した罪を問わずには済ませられない。だが、今のカナに背負わせる訳にも……」
 その夜、2人は遅くまで話し合い、部屋の灯りが消えることはなかった。



 ◆◇◆

「傷は、もう大丈夫なのか?」
「うん。ショーン様に回復してもらった時にほとんど塞がってたし、前に作った回復薬も飲んだから」
ソフィアに刺された背中の傷だ。自分でも白魔法で回復に努めたので、完全に傷跡も消えている。
「……安心したよ」
カインが目を細めて私の頬に口づける。
「心配かけてごめんなさい」
「ミアが謝ることじゃない。ああして囮にするしか出来なかった、俺たちの方こそすまなかった」
私は黙って首を振る。もうそんな言葉は必要なかった。

 昨日3人でかわるがわる私を抱きしめてくれたあの時、カインの手は震えていた。エリスの手は氷のように冷たく、グリフに至っては完全に泣いていた。誰よりも強い3人が初めて見せた動揺に、私はやっと、自分をどれだけ心配してくれたか、そして怪我だけで済んだことがどれだけ幸運だったかを思い知ったのだった。


 抱き寄せられて、私もカインの背に両手をまわす。
 かたく抱きしめあったままベッドに倒れ込むと、カインは性急に私の寝衣を剥ぎ取っていく。何故かは分かっているので、私も自分で身体を返した。
 カインが私の腰を食い入るように見ているのが感じられる。
「……もう、分からないでしょ? だから心配しないで」
「……良かった……本当に……」
震える唇が、傷と寸分違わぬ場所に触れた。傷痕は完全に消えたけれど、カイン達の中にはまだ鮮明に残っているのだろう。

 母親が子供の怪我にする呪(まじな)いのように……唇が優しく触れては離れる。羽のような口づけはいつしか長く、強くなり、這うように背中に広がってゆく。
「あ……」
唇は肩から首へ辿り着き、両腕が胸に回された。
「ああん、カイン……!」
 背中越しでは物足りなくなって身体を捩って、カインの首にしがみついた。ちゃんと分かって抱き返してくれるカインの、被さる身体の重みさえ嬉しい……。

 存在を確かめ合うように、見つめあって、唇を合わせ、舌を絡ませる。いつしか互いに溺れ、あられもない声をあげる私の胸に、カインの汗が滴る。
 そしてカインの腕の中で、私は眠りについた。


 カインがそんな私を見つめて、何を考えていたか。――――私がそれを知るのは、もう少し後のことになる。


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