魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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99・妾はソフィア 上

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 ◆◇◆

「……なあ、ウェイン」
「何だ?」
王宮へ出向き、ミアの体調不良を理由に全ての調べを翌日にしてくれるよう伝えた後、ウェインは館へ戻ろうとはせず、ショーンをつれて町へ出た。以前からの馴染みの店に落ち着き、周りの耳も気にならなくなったところで、ショーンが遠慮がちに尋ねたのだ。

「どうして俺たちは、こんな早いうちから飲んでるんだ?」
「飲めりゃかまわねえだろ。今戻ったって邪魔なだけだし」
「邪魔?」
「―――ああ、どうせ今頃はべったりくっついて……、いや、何でもない。いろいろ事情ってもんがあるんだよ」
 ショーンは何となく分かったような顔で頷き、グラスを傾けた。

「それにしても良かったな」
ショーンのつぶやきに、ウェインが顔を上げる。
「あの子、ミアのことさ。無事で良かったよ、本当に」
「……ああ、それにあの女も捕えられたしな」
2人は頷いてグラスを合わせ、澄んだ音を響かせた。



 ◆◇◆


 翌日、私は初めて王宮の北東にある塔、通称「北の牢」へ足を踏みいれた。
 牢とは言っても、実際に牢となっているのは塔の2階以上で、1階部分には塔以外の建物も付属している。そこは主に罪人の取調べに使われていて、他に裁判が行われる小さな広間もあった。

 部屋に一歩入った瞬間に、強い術の気配を感じる。幾重にもかけられた封の術に、この件の重さを痛感した。
 通常は専任の取調べ官が聞き取りをするのだけれど、今回は司法長官が自ら務める。そして内容が内容なので、宰相閣下も立ち合われる。他に魔導師の代表として魔導長官、騎士を代表してカイン。私は被害者というか、当事者としての立ち合いだ。
 今回は国王陛下の勅命により、この件に関しては一切口外ならずとされ、結果をどこまで公表するかも陛下に判断が委ねられることになっている。


 全員が席についたところで、ソフィアが連れてこられた。
 後ろ手に縄をかけられたまま入って来たソフィアは、一言も口をきかないまま用意された椅子に座らされ、椅子に縄を固定された。

「ティオの娘、カナ」
ソフィアの現在の身体がカナのものである以上、調べはそこから始めるしかない。というより、今目の前にいる娘が、100年も前から身体を乗り移り生き続けている、しかも元王妃だなどという話を、どこまで証明出来るものか。
 15歳になったばかりのカナの身体は、こうして近くで見ると思った以上に幼かった。艶のある栗色の髪は乱れ、今は無造作にまとめられている。華奢な体つきで手足も細く、胸も腰も未だ育っていないようだ。一見か弱い少女が捕らえられているようで哀れにも見える。でも黙って俯いているその瞳は言い知れぬ光を放ち、ただの15歳ではないことを物語っている。

 カナ―――ソフィアの返事はない。
 司法長官はソフィアの行動を並べていった。細部をカインが補いながらも、時系列をさかのぼって行動を追うというのは長官も初めてだったらしく、いくらか言いにくそうだったけれど。


 まず、カナが広場の真ん中で私を刺した件。これはカインら騎士をはじめ、沢山の町の人たちも目撃している。少なくともこれに関しては逃れようがない。
 そして王都を脱出してから、魔導師アデル、そしてカナと2人に次々と乗り移ったこと。

 魔導師サラの時代には、罪に問うべきことが多い。
 私に乗り移るために、若い魔導師と王宮の文官の2人の男性に強力な媚薬を使い、正気を失わせたこと。
 私を拉致し、前述の男性2人に私を襲わせたこと。同様に私にも媚薬を盛ったこと。
 全部で30件余りもの魔物の異常発生を起こし、魔物によって多くの人命が失われたこと。そして無意味な討伐を繰り返させた結果、多くの損害を与えたこと。

 ここで魔導長官に交代し、サラ以前にソフィアが辿ってきたと思われる魔導師たちが明らかにされた。驚くことに、ソフィアは10人以上の女性に乗り移って生き延びていた。乗り移るということは、その相手の人生を奪うこと。宰相閣下は「これは、自分の都合で相手の命を奪うのと同様」と断言した。


「さてカナ、どうだ? これまでのこと、何か言うべきことがあるか」
カナは沈黙したまま、視線すら動かさない。
「沈黙を守るのは構わぬ。その場合、我らは今回に限り、すべて肯定したものと見なす。―――いずれにせよ証拠などなく、証明することも出来ないのだから」

「……証明もできぬ罪を、私に着せようというのですか」
俯いたまま発せられた低くしわがれた声は、15歳の娘とは思えぬ暗さで響いた。昨日秘薬を浴びた際の悲鳴で、喉を潰したようだった。
「そなたが自ら説明してくれなければ、残念ながらそうなる。もっとも、証明できぬというだけで、ない罪を着せようという訳ではないがな」
カナは再び沈黙した。


 その間に私は魔導長官に促され、カナの魔力を確認した。昨日、私の背後に駆け寄るまでは、隠しようもなく発せられていた強い魔力。確かに王家の秘薬は効いたようで、今はその魔力の欠片も感じられない。

「……それでも、サラ様の気配を……わずかに感じます。魔力とは別のものですが、かすかに」
私の発言に、カナがキッと眦を吊り上げた。
「そう言われれば、確かに。……エレインの気配もする」
魔導長官も頷いた。エレインとは、ソフィアがサラの前に使っていた魔導師だ。

「圧倒的な魔力がなくなって、隠れていた気配が初めて表に出たのだろうか。私でもエレインまでしか分からない……。それ以前の者を知るものなど、いないでしょうからね」
魔導長官はアデルの気配も探ろうとした。でもカナになる前、わずかな日数しか関わらなかったせいか、アデルの気配は感じ取れなかった。

 魔導長官は向き直って言った。
「宰相閣下、司法長官殿。私と魔導師ミア殿との確認により、これなるカナの魔力は消滅していること。そして魔導師サラ、魔導師エレインの気配を有していることから、先ほどの説を裏付けられることをご報告いたします」
閣下は重々しく頷いた。
「それだけ分かれば十分だ。少なくともサラの時代に犯した罪は問えるだろう。ご苦労だった」


 そしてカナに向かって、もう一度聞いた。
「言いたいことがあれば聞こう。おそらく最後の機会だぞ、カナ」
「―――その名で呼ぶな!」
カナは初めて顔をあげて、閣下をひたと睨み据えた。
わたしは王妃ソフィア。107年前、国王クラウス陛下の妃に迎えられた。決してこんな、つまらぬ小娘などではない!」

 その場にいた全員が、息を呑んで彼女を見つめた。ややあって、宰相閣下が静かに尋ねる。
「ならば聞こう、ソフィア。そなたはなぜこのようなことになったのだ」
「……知らぬ。王宮の、すべて王宮のおまえたちが悪いのだ。魔力目当てに妃に迎えさせ、陛下が亡くなればこの魔力を疎い、邪魔にする。……わたしは生きたかっただけだ」

 低く絞り出すような声ながら、私には悲鳴のように聞こえた。けれど宰相閣下はにべもなく言い切った。
「……そなたに害された者とて生きたかったであろう。己が生きるために他の者の命を奪い取ったものに、そのようなことは言わせぬ」

 ソフィアはそれきり口を閉ざし、連れ出されていくまで床をにらんだままだった。
 気が付けばもう日が傾き、西日が差しこんでいる。ソフィアのいなくなった部屋に、司法長官が思わず吐いた重い息が響いた。


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