99 / 104
99・妾はソフィア 上
しおりを挟む◆◇◆
「……なあ、ウェイン」
「何だ?」
王宮へ出向き、ミアの体調不良を理由に全ての調べを翌日にしてくれるよう伝えた後、ウェインは館へ戻ろうとはせず、ショーンをつれて町へ出た。以前からの馴染みの店に落ち着き、周りの耳も気にならなくなったところで、ショーンが遠慮がちに尋ねたのだ。
「どうして俺たちは、こんな早いうちから飲んでるんだ?」
「飲めりゃかまわねえだろ。今戻ったって邪魔なだけだし」
「邪魔?」
「―――ああ、どうせ今頃はべったりくっついて……、いや、何でもない。いろいろ事情ってもんがあるんだよ」
ショーンは何となく分かったような顔で頷き、グラスを傾けた。
「それにしても良かったな」
ショーンのつぶやきに、ウェインが顔を上げる。
「あの子、ミアのことさ。無事で良かったよ、本当に」
「……ああ、それにあの女も捕えられたしな」
2人は頷いてグラスを合わせ、澄んだ音を響かせた。
◆◇◆
翌日、私は初めて王宮の北東にある塔、通称「北の牢」へ足を踏みいれた。
牢とは言っても、実際に牢となっているのは塔の2階以上で、1階部分には塔以外の建物も付属している。そこは主に罪人の取調べに使われていて、他に裁判が行われる小さな広間もあった。
部屋に一歩入った瞬間に、強い術の気配を感じる。幾重にもかけられた封の術に、この件の重さを痛感した。
通常は専任の取調べ官が聞き取りをするのだけれど、今回は司法長官が自ら務める。そして内容が内容なので、宰相閣下も立ち合われる。他に魔導師の代表として魔導長官、騎士を代表してカイン。私は被害者というか、当事者としての立ち合いだ。
今回は国王陛下の勅命により、この件に関しては一切口外ならずとされ、結果をどこまで公表するかも陛下に判断が委ねられることになっている。
全員が席についたところで、ソフィアが連れてこられた。
後ろ手に縄をかけられたまま入って来たソフィアは、一言も口をきかないまま用意された椅子に座らされ、椅子に縄を固定された。
「ティオの娘、カナ」
ソフィアの現在の身体がカナのものである以上、調べはそこから始めるしかない。というより、今目の前にいる娘が、100年も前から身体を乗り移り生き続けている、しかも元王妃だなどという話を、どこまで証明出来るものか。
15歳になったばかりのカナの身体は、こうして近くで見ると思った以上に幼かった。艶のある栗色の髪は乱れ、今は無造作にまとめられている。華奢な体つきで手足も細く、胸も腰も未だ育っていないようだ。一見か弱い少女が捕らえられているようで哀れにも見える。でも黙って俯いているその瞳は言い知れぬ光を放ち、ただの15歳ではないことを物語っている。
カナ―――ソフィアの返事はない。
司法長官はソフィアの行動を並べていった。細部をカインが補いながらも、時系列をさかのぼって行動を追うというのは長官も初めてだったらしく、いくらか言いにくそうだったけれど。
まず、カナが広場の真ん中で私を刺した件。これはカインら騎士をはじめ、沢山の町の人たちも目撃している。少なくともこれに関しては逃れようがない。
そして王都を脱出してから、魔導師アデル、そしてカナと2人に次々と乗り移ったこと。
魔導師サラの時代には、罪に問うべきことが多い。
私に乗り移るために、若い魔導師と王宮の文官の2人の男性に強力な媚薬を使い、正気を失わせたこと。
私を拉致し、前述の男性2人に私を襲わせたこと。同様に私にも媚薬を盛ったこと。
全部で30件余りもの魔物の異常発生を起こし、魔物によって多くの人命が失われたこと。そして無意味な討伐を繰り返させた結果、多くの損害を与えたこと。
ここで魔導長官に交代し、サラ以前にソフィアが辿ってきたと思われる魔導師たちが明らかにされた。驚くことに、ソフィアは10人以上の女性に乗り移って生き延びていた。乗り移るということは、その相手の人生を奪うこと。宰相閣下は「これは、自分の都合で相手の命を奪うのと同様」と断言した。
「さてカナ、どうだ? これまでのこと、何か言うべきことがあるか」
カナは沈黙したまま、視線すら動かさない。
「沈黙を守るのは構わぬ。その場合、我らは今回に限り、すべて肯定したものと見なす。―――いずれにせよ証拠などなく、証明することも出来ないのだから」
「……証明もできぬ罪を、私に着せようというのですか」
俯いたまま発せられた低くしわがれた声は、15歳の娘とは思えぬ暗さで響いた。昨日秘薬を浴びた際の悲鳴で、喉を潰したようだった。
「そなたが自ら説明してくれなければ、残念ながらそうなる。もっとも、証明できぬというだけで、ない罪を着せようという訳ではないがな」
カナは再び沈黙した。
その間に私は魔導長官に促され、カナの魔力を確認した。昨日、私の背後に駆け寄るまでは、隠しようもなく発せられていた強い魔力。確かに王家の秘薬は効いたようで、今はその魔力の欠片も感じられない。
「……それでも、サラ様の気配を……わずかに感じます。魔力とは別のものですが、かすかに」
私の発言に、カナがキッと眦を吊り上げた。
「そう言われれば、確かに。……エレインの気配もする」
魔導長官も頷いた。エレインとは、ソフィアがサラの前に使っていた魔導師だ。
「圧倒的な魔力がなくなって、隠れていた気配が初めて表に出たのだろうか。私でもエレインまでしか分からない……。それ以前の者を知るものなど、いないでしょうからね」
魔導長官はアデルの気配も探ろうとした。でもカナになる前、わずかな日数しか関わらなかったせいか、アデルの気配は感じ取れなかった。
魔導長官は向き直って言った。
「宰相閣下、司法長官殿。私と魔導師ミア殿との確認により、これなるカナの魔力は消滅していること。そして魔導師サラ、魔導師エレインの気配を有していることから、先ほどの説を裏付けられることをご報告いたします」
閣下は重々しく頷いた。
「それだけ分かれば十分だ。少なくともサラの時代に犯した罪は問えるだろう。ご苦労だった」
そしてカナに向かって、もう一度聞いた。
「言いたいことがあれば聞こう。おそらく最後の機会だぞ、カナ」
「―――その名で呼ぶな!」
カナは初めて顔をあげて、閣下をひたと睨み据えた。
「妾は王妃ソフィア。107年前、国王クラウス陛下の妃に迎えられた。決してこんな、つまらぬ小娘などではない!」
その場にいた全員が、息を呑んで彼女を見つめた。ややあって、宰相閣下が静かに尋ねる。
「ならば聞こう、ソフィア。そなたはなぜこのようなことになったのだ」
「……知らぬ。王宮の、すべて王宮のおまえたちが悪いのだ。魔力目当てに妃に迎えさせ、陛下が亡くなればこの魔力を疎い、邪魔にする。……妾は生きたかっただけだ」
低く絞り出すような声ながら、私には悲鳴のように聞こえた。けれど宰相閣下はにべもなく言い切った。
「……そなたに害された者とて生きたかったであろう。己が生きるために他の者の命を奪い取ったものに、そのようなことは言わせぬ」
ソフィアはそれきり口を閉ざし、連れ出されていくまで床をにらんだままだった。
気が付けばもう日が傾き、西日が差しこんでいる。ソフィアのいなくなった部屋に、司法長官が思わず吐いた重い息が響いた。
0
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる