98 / 104
98・ソフィアを捕らえろ 下
しおりを挟む◆◇◆
モルシェーンの町で感じた不穏な気配。あの時は本能的に避けた方が良いと思って、すぐさま町を出た。
ヨルンの町でのんびり休んでみたが、やはりどうにも、じっとしていられなくなった。何が起こっているのかも気になるし、第一にこの身体はもう嫌だ。やはり最初に決めた通りに、あのミアの身体に、もっと早く乗り移っておけばよかったのだ。
朝一番でヨルンを出て馬車に揺られながら、ソフィアはじっと床を見つめて、そればかり考えていた。
いよいよ王都モルシェーンの町が見えてきた。そっと目をこらすが、特に気配は感じない。あれは気の迷いだったのか。そう思ってしまうほど空は明るく、町は相変わらず賑やかだ。
いつも通り、門の前で騎士達が中を検める。もっとも人数や職業に旅の目的を聞く、ごく形式的なものだ。この前と同じに「父を探して」と言えば、むしろ同情してくれるだろう。
再び馬車が動きだした。降りたらどうするか、この間の宿は―――。
―――!?
ソフィアははっと顔を上げた。15歳の娘にはあり得ない、食い入るような目で前を見つめ、探し求める。
今、確かに感じたのだ。あの娘、ミアの気配を。絶対に近くにいる……!
「お客さん方、到着ですよ」
馭者が声を張り上げたその時、見つけた。あの鮮やかな緑色の髪。そして圧倒的な魔力の気配。他のものなど目にも入らなくなる。ソフィアはポケットに触れ、中身を確かめた。―――今日こそ手に入れる。どんな手を使っても……。
◆◇◆
布を外した私は、飾り物を眺めているふりで、広場に背を向けて立っていた。グリフも物陰に身を隠し、万一に備えて私を見守っている。詳しくは知らないけれど、他にも数名の騎士たちが、同様に潜んでいるらしい。
「栗色の髪、子供みたいな体。―――いたぜ、ミア」
店の陰から、グリフの囁き声がした。私は目で分かったと合図し、打ち合わせた通りに広場の中央へ向かう。絶対にソフィアの方を見ることはしない。広場の屋台や露店を眺め、ゆっくりと歩いていく。それでも、背後からもの凄い魔力が迫ってくるのが感じられていた。もはや探ろうとなどしなくても、勝手に伝わってくる。……カナの魔力は知られていないから、隠そうとも思わないの? 私の知っているサラの頃とはあまりに違うむき出しの気配に、不審を感じずにはいられなかった。
魔力の主が、一気に距離を詰めてきた。最後は軽い足音とともに駆け寄ってくる。周りの騎士たちが思わず一歩踏み出した瞬間、後ろから私の腰に、鋭い痛みを感じた。
「!?」
「ミアっ!?」
思わず叫んでしまったらしい、グリフの声が聞こえた、と思ったとき、頭上からバラバラと何かが降ってくる。
「……くっ」
「ううっ」
魔力の主―――カナの姿をしたソフィア―――が呻き、私も声をもらしてしまっていた。降ってきたそれは、ひどく不快で、息苦しい。さっきの腰の痛みも痺れるように広がって、意識が遠のきそうになる。
頭上から降ってきたそれは、いつか騎士たちに貸し与えられた、魔力を一時的に封じ込めるためのロープで編まれた網だった。ソフィアの出方によってはこれを使うと言われていたけれど、こんなに苦しいなんて……。
腰の痛みが、ひどく熱く、そして冷たくも感じられる。身体を伝う生ぬるい感覚に、血が出ているらしいと気付いた。
「ミア、血が……!」
「網ごと捕えろ! 可哀そうだが、こいつを押さえてから、ミアを出してやるんだ」
エリスやカインの声が、どこか遠くでざわざわと聞こえる。
カインとエリスが、さらに魔力封じの剣を手にしてソフィアに迫った。その周りをたくさんの騎士たちが囲む。
「今度こそ逃がさない、ソフィア」
不快感に耐え、荒い息を吐いて周りをうかがっていたソフィアが、急に目を見開いた。全身に脂汗を垂らしながら、何か口の中で呟いている。
「――――――!?」
不快感と傷の痛みで朦朧としていた私は、いきなり生じた感覚に、声にならない悲鳴を上げた。
何かが、むりやり私の中へ……、私の意識の中へ押し入ってくる!?
―――これが、ソフィアの。
魔力封じの網の中で、強引にそんなことをしたら、たとえソフィアの魔力をもってしても無事ではないはずなのに、信じられないほどの強さで、私の中を埋め尽くそうと広がってくる。私に乗り移ろうとして。
なにかの発作のような、かすれた荒い息遣いばかりが耳に響く……。
「ミア!」
誰の声かは覚えていない。
でもその瞬間、ほんの一時だけれど、私の残った意識が一斉に叫んだ。
―――させない!
カイン達の剣が網越しにソフィアに向かうと同時に、私は腰につけていた小瓶を開けて投げつける。魔導師の命とも言うべき魔力、それを永遠に失わせる「王家の秘薬」が、ソフィアの身体に降りかかった。
「ぎゃあああああああああぁ――――――!」
響き渡った悲鳴は、広場中の人を立ち竦ませた。目の前で見ていたカイン達でさえ、少女のような姿のカナの口から出た声とはとても思えなかったのだから、何も知らない町の人には何が起こったのか分かるはずもない。
ソフィアと私は、ほぼ同時に倒れた。カインの指示で、網に包まれたままのソフィアを用意した馬車で運び、私はグリフに抱えられ、すぐに館に運ばれたらしい。
私は腰をナイフで刺されていた。ただ、私がいつも植物の種をいれ、腰につけて持ち歩いている袋。そこに当たって狙いがそれ、出血は多かったけれど傷自体は浅かったらしい。すぐにショーン様が回復をかけてくれ、私が気が付いた時には、もう傷は塞がっていた。
「―――ソフィアは?」
長椅子に横たわったままで、私は尋ねた。
「やっぱりまだ気を失ったままだ。例の薬を浴びたから心配はいらないと思うが、念のため魔力封じのロープで手足を縛って寝かせてある。後で長官殿と一緒に、魔力を確認してほしいそうだ」
私は頷いて、自分の魔力を探る。するとショーン様が笑った。
「大丈夫だよミア。君の魔力はここにいてもひしひしと感じられるからね」
「ほんとに無茶するよな……」
私はそこで初めて、あの時ソフィアに乗り移られかけていたことを、彼らに話した。
「……あのね、実はあの時……」
全員が青ざめて言葉をなくした。
「信じられない……。知らないうちに、目の前でミアを失うところだったなんて……」
エリスが呟くように言ったけれど、他の誰も、それ以上口を開かない。
どれほどの時間が経ったのか、突然ウェインが立ち上がった。
「陛下に言って、この件の報告は『魔導師ミアの回復を待って』明日にしてほしいと言ってくる。ソフィアの調べも明日でいいだろ。―――おい、ショーン。付き合えよ」
「……え、ああ、そうか。分かったよ」
2人が急いで出ていったのと同時に、
「―――ミア!!」
カインが、エリスが、グリフが。飛びついてきて私を抱きしめた。
1
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる