転生魔王は逃げ出したい〜元カレが勇者になってやってきた〜

砂月美乃

文字の大きさ
22 / 29

22・謙斗の真実 上

しおりを挟む
 
「あ、あんなの本気じゃないんだから!」

 またもグチャグチャのどろどろ、しかもボロボロにされた私は、お姫様抱っこで浴室へ連れて行かれながら、必死で訴えていた。

「し、してる時に無理やり言わされただけなんだから、無効よ、あんなのっ!?」
「ふうん、俺が好きってのは嘘だってか」
「決まってるじゃない! だいたいあの時だって、謙斗は―――」

 勢い良くお湯をかけられ、半ば怒鳴りかけていた私は慌てて口を閉ざした。

「ちょっと、何で……」
「いいから黙ってろ」

 ドスの聞いた声で言われたことより、その謙斗の表情に驚いて私は黙った。
 眉間にほんの少し皺を寄せた顔は、召喚されて以来、初めて見る。苦いものに耐えるような、苦しそうな顔。

 ―――謙斗が、こんな顔をするなんて。

 そのままほとんど口をきかず、謙斗は私を洗い流し、またベッドに戻ってきた。出来る侍女のエリーが、いない間にシーツを替えて、きっちり整えてくれている。毎回ベッドがあんなになるなんて、さぞや仲が良いと思われているかも……と複雑な気持ちだ。


「あの時は悪かった」

 突然謙斗が口を開き、私は咄嗟に何のことか分からなかった。でもいつになく真剣な目の謙斗を見て、私が死んだ日のことを言っているのだと気がついた。

「……落ちたのは、謙斗が悪かったわけじゃないわ」

 いろいろ思うところはあるけれど、事実だし、そう言うしかない。謙斗は相槌のように軽く頷いた。

「でも、もっとちゃんと話し合っていれば、あんなことにはならなかった」
「……それは、どうかしら」

 あの時の私は浮気に怒っていたのだから、話し合ってどうにかなったとは思えない。


 すると謙斗が、ほんの少しだけ声を強めた。

「おい、ちょっと待ってくれ。今ならもう信じてくれてもいいだろう? 俺はあの時、本当に浮気なんかしちゃいなかったんだぞ」

「……え?」

 この3年半をひっくり返す発言に、私は固まった。言われてみれば確かに、もう嘘などつく必要はない。お互いこちらの世界に転生しているし、謙斗は私を(強引ではあるけど)手に入れているのだから。それでも、昨夜からあんな目に遭わされているというのに、なぜか謙斗の言葉を疑う気にはならなかった。

「どういうこと……?」
「俺はあの日も、同じことを言ったんだ。おまえは完全に信じ込んで、俺が何を言っても聞いてくれなかったがな」

 確かにあの日は何を言われても、私には言い訳だとしか思えなかった。そして店を飛び出して、私は……。そんな、それが私の勘違いだったっていうの……?

「じゃあ、私……まるで馬鹿じゃないの」
「だから、悪かった」
「馬鹿……っ! 謙斗は悪くないんでしょ!?」


 思わず怒鳴ってしまったせいか、謙斗が歪んで見える。

「おい、泣くな。……魔王のくせに」

 謙斗の困ったような声に、私は初めて自分が泣いているのだと知った。

「泣いてない、怒ってるの!」

 あの時の自分に。どうしようもない思い込みに。そしてその結果起きた、取り返しのつかない過ちに。
 謙斗があの時止めてくれたら良かったのに。ううん違う、謙斗は悪くない。でも、あの時……。
 ああ、もうぐちゃぐちゃだ。

「もうやだ、謙斗の馬鹿ぁ!」

 謙斗の胸を拳でどかどか叩く。分かってる、完全な八つ当たりだ。ううん、それどころか怒られるべきは私、謝るのは私のほうだ。
 なのに、謙斗は黙って私に叩かれている。こんなのは攻撃にならないのか、それとも謙斗があえて許してくれたのか分からない。しゃくり上げ、腕が上がらなくなっても、思い出したように拳を握る私を、謙斗は止めようともせずにただ受け止めてくれた。

「ごめん、なさい……」

 意識が落ちる寸前にやっと言えた。でもその言葉が謙斗の耳に届いたのかどうか……私にはもう分からなかった。



しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

唯一の味方だった婚約者に裏切られ失意の底で顔も知らぬ相手に身を任せた結果溺愛されました

ララ
恋愛
侯爵家の嫡女として生まれた私は恵まれていた。優しい両親や信頼できる使用人、領民たちに囲まれて。 けれどその幸せは唐突に終わる。 両親が死んでから何もかもが変わってしまった。 叔父を名乗る家族に騙され、奪われた。 今では使用人以下の生活を強いられている。そんな中で唯一の味方だった婚約者にまで裏切られる。 どうして?ーーどうしてこんなことに‥‥?? もう嫌ーー

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒
恋愛
後宮に入り、妃となって二年。 それなのに一度も皇帝に抱かれぬまま、沈翠蘭は“お飾りの妃”としてひっそりと日々を過ごしていた。 ある日、文部大臣の周景文が現れ、こう告げる。 「このままでは、あなたは後宮から追い出される」 実家に帰れば、出世を望む幼い弟たちに顔向けできない――。 迷いの中で手を差し伸べた彼にすがるように身を預けた翠蘭。 けれど、彼には誰も知らない秘密があった。 冷たい後宮から始まる、甘くて熱い溺愛の物語。

処理中です...