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父と娘とすれ違い
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「わぁ、おしゃれなお店~」
曾祖父母がやっていた居酒屋を改装したと聞いたから、古臭いお店なんじゃないかと思ったけど。
白い天井に、黒く艶がある梁。淡いオレンジ色を放つランプシェードが、優しく店内を照らしている。
凝ったインテリアは置かれていないけど、木造の店内や調度品はしっかりと磨かれ、掃除が行き届き、すべてがきれいに整えられている。
そう言えば美海が一人ぐらししている家も、日本家屋という響きが持つ薄暗さや黴臭さを感じなかった。
「お家の方も改装したの? 私、日本家屋って初めて入ったんだけど、思ってたより明るいしおしゃれだよね?」
専用のかごで眠る黒猫の大吉を撫でながらそう聞くと、美海は瞳を輝かせて振り向いた。
「そうなのよ! 日本家屋の雰囲気を残しつつ使いやすいようにって、何回も工務店の方と相談しながら決めたんだから~」
美海は奥の壁に設えられた大きな黒板に「本日のケーキ」「エッグタルト」と書く。店内は焼き上がったばかりのエッグタルトの甘い香りが漂っていた。
「あのさ、美海ちゃんて歳いくつなの?」
カランカラン♪
喫茶・木漏れ日の鐘がなる。開店前だというのに誰かがやってきたようだ。
「おはよう美海ちゃん。はい! 今日の分、持ってきたでぇ」
スポーツ刈りの、高校生くらいの男子が大きな黄色い箱(あれ、何て名前なんだろう?)を抱え、満面の笑顔で入店する。
「おはよ! いつもご苦労様~陽向《ひなた》君。そこ置いといてね~」
と、美海も笑顔で答えた。
男の子は、白い割烹着(っていうのかな?)を着ていて、カウンターに黄色い箱を置いた。ふいに目が合う。
「あれ? バイト入れたーん?」
男の子の問いに、美海は嬉しそうに答えた。
「そう! かわいい子でしょ~?」
「なんや~。店、緩い感じでやってんのかと思ったけど、どういう心境の変化なん?」
「スタンスは変わってへんよ~?」
男の子につられて、関西のイントネーションで美海が返すと、男の子は私にお辞儀して、笑った。
「よろしく。いつも美海さんには、ひいきにしてもろてます。太平庵《たいへいあん》ていう和菓子屋なんです」
屈託のない笑顔。そんな言葉が自然と脳裏によぎるほどの純度の高い笑顔だった。和菓子屋ってことは持ってきた箱の中には和菓子が入ってるのだろうか?
「あ、ど、どうも」
私は、しどろもどろに答えながら、お辞儀を返す。
「ええ子やね。また、妹なん?」
男の子は、そう美海に問いかけた。
「そう、妹なん」
「やっぱり! せやけど、あんまりお母さんには似てへんねぇ?」
瞳を輝かせながら男の子は私のそばまで寄ってきて、私の顔をまじまじと観察する。
人を疑うことをしなさそうな人懐っこい笑顔は、両親に愛されて育ってきたからなのだろうか?
男の子は、ハッとして手を打った。
「そうや! あの女優に似てへん? あの、ドクター×ドクターで女医の役してた、えっと、松下」
「やめてよ!!」
と、私は、とっさに叫んでいた。
男の子はキョトンとしている。
「え?」
「私、その人嫌いだし!」
感情が抑えられずに、つい強い口調で言ってしまった。男の子は、動揺しつつも申し訳なさそうに頭を下げた。
「そ、そうなん? なんか、ごめんな」
「陽向《ひなた》く~ん。油を売ってたらまたお父様に叱られるわよ~」
と、美海が声をかけると、男の子は、ぱっと明るい表情に戻る。
「大丈夫。今日は来月のお菓子の提案持っていくから遅うなるって言ってあるねん。ってあ! 提案書忘れてきた! すぐ持ってくるわ! 待ってて!」
「ふふふ。うん。楽しみにしてるね~」
あわただしく店から出てく男の子に、美海はにこやかに手を振った。
「一個食べる?」
美海は、男の子が持ってきた箱のふたを取りにっこりと笑った。
「え?」
美海は、箱の中を指さしていた。
「私、和菓子あんまり好きじゃ……」
覗き込むと、クリスマスカラーの四角い紙皿に数個ずつ盛られている一口サイズの大福が、きれいに並んでいた。
大福は栗色で、白い粉砂糖だろうか? が、振りかけられていて、もみの木のピックが刺さっている。
「わ! かわいい」
「でしょ? 陽向君はね、紅茶やコーヒーに合うような、和菓子や和洋菓子を毎月提案してくれているのよ。今月は和栗のクリーム大福!」
「和栗のクリーム大福!」
絶対美味しい奴だ!
「た、食べたい! でも朝ごはん食べたばっかりだし!」
「いいじゃない♪ たまには」
美海の顔をじっと見る。
美海は笑顔で頷いた。私も、にやけ顔を押さえられずにこくりと大きく頷いた。
「じゃあ、紅茶入れるわね♪」
美海がそう言った時、
カランカラン♪
もう開店時間なのだろうか?
また一人、店にやってきた。
美海は、客人に笑顔を向ける。
「あら、いらっしゃい悠斗《ゆうと》君」
ゆうと、と呼ばれた細身の青年は、ほほ笑み返して言った。
「おはようございます。表にお客さん、かな? 立ってらしたけど」
言われて視線を後ろに向けると、不安そうな顔をしたスーツ姿の男が立っていた。
「あ!」
スーツの男は、美海に向かって深く頭を下げた。
「お世話になっております。あの、りんの父の……」
美海がポンと手を打った。
「ああ! りんちゃんのお父様ですか! どうぞ中へ」
「何で来たのよ!」
父は、私に一瞥もくれず美海をまっすぐに見つめて話をしだす。
「すまない。昨日も話したけど、やっぱり普通じゃないよ。君に、この子を預けるなんて」
あの男に無視されたくらいで、なんとも思わない。思わないけど!
「何なのよ! ほんと、ムカツク!」
泣きそうな声になっていることは、自分でも気づいた。
でも、泣かない!この人が、私を見ていないのなんて、昔からだ!
ああ! 嫌だ!
ここにいたくない!
同じ空気を吸いたくない!
振り向かない、おっさんの背中を見ていると頭の中が、ぐちゃぐちゃになるようだった。
私は踵を返し走り出していた。
「美海ちゃん! 来月のお菓子なんやけどな~って、あれ?」
偶然戻ってきた陽向に肩がぶつかったが、気にせず走り続けた。
「追いかけて! 陽向君!」
「お、おう!」
鬼気迫る美海の声と、動揺している陽向の声が、遠くで聞こえたような気がした。
曾祖父母がやっていた居酒屋を改装したと聞いたから、古臭いお店なんじゃないかと思ったけど。
白い天井に、黒く艶がある梁。淡いオレンジ色を放つランプシェードが、優しく店内を照らしている。
凝ったインテリアは置かれていないけど、木造の店内や調度品はしっかりと磨かれ、掃除が行き届き、すべてがきれいに整えられている。
そう言えば美海が一人ぐらししている家も、日本家屋という響きが持つ薄暗さや黴臭さを感じなかった。
「お家の方も改装したの? 私、日本家屋って初めて入ったんだけど、思ってたより明るいしおしゃれだよね?」
専用のかごで眠る黒猫の大吉を撫でながらそう聞くと、美海は瞳を輝かせて振り向いた。
「そうなのよ! 日本家屋の雰囲気を残しつつ使いやすいようにって、何回も工務店の方と相談しながら決めたんだから~」
美海は奥の壁に設えられた大きな黒板に「本日のケーキ」「エッグタルト」と書く。店内は焼き上がったばかりのエッグタルトの甘い香りが漂っていた。
「あのさ、美海ちゃんて歳いくつなの?」
カランカラン♪
喫茶・木漏れ日の鐘がなる。開店前だというのに誰かがやってきたようだ。
「おはよう美海ちゃん。はい! 今日の分、持ってきたでぇ」
スポーツ刈りの、高校生くらいの男子が大きな黄色い箱(あれ、何て名前なんだろう?)を抱え、満面の笑顔で入店する。
「おはよ! いつもご苦労様~陽向《ひなた》君。そこ置いといてね~」
と、美海も笑顔で答えた。
男の子は、白い割烹着(っていうのかな?)を着ていて、カウンターに黄色い箱を置いた。ふいに目が合う。
「あれ? バイト入れたーん?」
男の子の問いに、美海は嬉しそうに答えた。
「そう! かわいい子でしょ~?」
「なんや~。店、緩い感じでやってんのかと思ったけど、どういう心境の変化なん?」
「スタンスは変わってへんよ~?」
男の子につられて、関西のイントネーションで美海が返すと、男の子は私にお辞儀して、笑った。
「よろしく。いつも美海さんには、ひいきにしてもろてます。太平庵《たいへいあん》ていう和菓子屋なんです」
屈託のない笑顔。そんな言葉が自然と脳裏によぎるほどの純度の高い笑顔だった。和菓子屋ってことは持ってきた箱の中には和菓子が入ってるのだろうか?
「あ、ど、どうも」
私は、しどろもどろに答えながら、お辞儀を返す。
「ええ子やね。また、妹なん?」
男の子は、そう美海に問いかけた。
「そう、妹なん」
「やっぱり! せやけど、あんまりお母さんには似てへんねぇ?」
瞳を輝かせながら男の子は私のそばまで寄ってきて、私の顔をまじまじと観察する。
人を疑うことをしなさそうな人懐っこい笑顔は、両親に愛されて育ってきたからなのだろうか?
男の子は、ハッとして手を打った。
「そうや! あの女優に似てへん? あの、ドクター×ドクターで女医の役してた、えっと、松下」
「やめてよ!!」
と、私は、とっさに叫んでいた。
男の子はキョトンとしている。
「え?」
「私、その人嫌いだし!」
感情が抑えられずに、つい強い口調で言ってしまった。男の子は、動揺しつつも申し訳なさそうに頭を下げた。
「そ、そうなん? なんか、ごめんな」
「陽向《ひなた》く~ん。油を売ってたらまたお父様に叱られるわよ~」
と、美海が声をかけると、男の子は、ぱっと明るい表情に戻る。
「大丈夫。今日は来月のお菓子の提案持っていくから遅うなるって言ってあるねん。ってあ! 提案書忘れてきた! すぐ持ってくるわ! 待ってて!」
「ふふふ。うん。楽しみにしてるね~」
あわただしく店から出てく男の子に、美海はにこやかに手を振った。
「一個食べる?」
美海は、男の子が持ってきた箱のふたを取りにっこりと笑った。
「え?」
美海は、箱の中を指さしていた。
「私、和菓子あんまり好きじゃ……」
覗き込むと、クリスマスカラーの四角い紙皿に数個ずつ盛られている一口サイズの大福が、きれいに並んでいた。
大福は栗色で、白い粉砂糖だろうか? が、振りかけられていて、もみの木のピックが刺さっている。
「わ! かわいい」
「でしょ? 陽向君はね、紅茶やコーヒーに合うような、和菓子や和洋菓子を毎月提案してくれているのよ。今月は和栗のクリーム大福!」
「和栗のクリーム大福!」
絶対美味しい奴だ!
「た、食べたい! でも朝ごはん食べたばっかりだし!」
「いいじゃない♪ たまには」
美海の顔をじっと見る。
美海は笑顔で頷いた。私も、にやけ顔を押さえられずにこくりと大きく頷いた。
「じゃあ、紅茶入れるわね♪」
美海がそう言った時、
カランカラン♪
もう開店時間なのだろうか?
また一人、店にやってきた。
美海は、客人に笑顔を向ける。
「あら、いらっしゃい悠斗《ゆうと》君」
ゆうと、と呼ばれた細身の青年は、ほほ笑み返して言った。
「おはようございます。表にお客さん、かな? 立ってらしたけど」
言われて視線を後ろに向けると、不安そうな顔をしたスーツ姿の男が立っていた。
「あ!」
スーツの男は、美海に向かって深く頭を下げた。
「お世話になっております。あの、りんの父の……」
美海がポンと手を打った。
「ああ! りんちゃんのお父様ですか! どうぞ中へ」
「何で来たのよ!」
父は、私に一瞥もくれず美海をまっすぐに見つめて話をしだす。
「すまない。昨日も話したけど、やっぱり普通じゃないよ。君に、この子を預けるなんて」
あの男に無視されたくらいで、なんとも思わない。思わないけど!
「何なのよ! ほんと、ムカツク!」
泣きそうな声になっていることは、自分でも気づいた。
でも、泣かない!この人が、私を見ていないのなんて、昔からだ!
ああ! 嫌だ!
ここにいたくない!
同じ空気を吸いたくない!
振り向かない、おっさんの背中を見ていると頭の中が、ぐちゃぐちゃになるようだった。
私は踵を返し走り出していた。
「美海ちゃん! 来月のお菓子なんやけどな~って、あれ?」
偶然戻ってきた陽向に肩がぶつかったが、気にせず走り続けた。
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