うみのない街

東風花

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コイバナ?

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「美海ちゃんて、恋人いないの?」

 もう何度か繰り返した食後のまったりとした時間に、編み物をしている美海をぼんやりとみていると、なんとなく気になって、ストレートに聞いてみる。
 美海は、編み物から目を離さず、

「いないいよ~」
 
「もしかして、今まで誰とも付き合ったことないの?」

 美海は、やっと手を止め静かにほほ笑んだ。

「ダメ?」

 ドキッとした。誰とも付き合ったことがないということが、ダメなのことなのかダメじゃないのか、そう聞かれると、もちろんダメじゃない。
 でも……と思う。
 私の知っている女の子たちは、誰と誰が付き合ったとか、あの子はまだだとか、あの人がかっこいいだとか、そんなことばかり話題にしていて、恋愛に興味がないのは単にモテないからだとか、つまらない子だとか言われてしまう。
 だのに、そんな風に堂々と言い切れる美海に憧れると同時に、もしかして異性に興味がないのだろうか? などと考えてしまう。
 なんだか、毒されてるなぁ。形ばかりのオトモダチに。

 こたつに寝ころびゴロゴロとしていた紬が、バッと起き上がった。その目はキラキラと輝きを帯びている。

「美海ちゃんは、高1の時から5~6年くらいお付き合いしてた人いたんだよ?」

「え? 本当? どんな人? 知りたい知りたい!」

 やっぱりいるんじゃない! 美海ちゃんがお付き合いする人って、どんな人なんだろうか?

「えっとね、名前は確か~。なんだっけ?」

 紬が首をかしげながら、美海に視線を移した。

「さあ、私も忘れたわ」

「もう! 嘘ばっかり! 大体何で分かれたのよ! 仲もよくてさ美男美女でお似合いだったのに」

 そうなんだ。

「見てる未来が違ったからよ」

 美海の声はとても静かだった。

「え?」

 よく分からないけれど、美海のその女神の様なほほ笑みに胸が高鳴ってしまう。

「あいかわらず、むずかしいこと言うよね~?」

 5年も6年も付き合っていて仲もよかったのに、さらりと分かれてさらりと忘れてしまえるものなんだろうか?

「ところでりんちゃんこそ恋人いないの?」

 美海がそう聞いてくる。

「あ、今はね。付き合ったことは何度かあるけど続かないんだよね」

「りんちゃんが、続ける気なかったんでしょ?」

「何でわかるの?」

「なんとなくかな?」

 美海は意味深な笑みを浮かべた。なんだか恥ずかしくなって下を向く。

「ねね、りんちゃんはさ、どんな人がタイプなの?」

 と、紬。

「ん~? 分かんない。年上は偉そうにするから好きじゃないし、でも同年も年下もガキっぽすぎてさ」

「偉そうにしない年上もいるわよ?」

 美海が言った。
 でも、そうだろうか?
 年上なのに偉そうにしない人って本当にいるのだろうか?
 まだ、15だし人生経験なんてぜんぜん豊富じゃないけど、私の知っている年上の男の人たちはみんな私に対して偉そうだったし、そうじゃなかった人も付き合うと偉そうな態度をとるようになった。

「陽向君はどう?」

「ど、どうって?」

 美海が唐突に、思いもかけない名前を出すので動揺をしてしまう。

「陽向君、今高校3年生でりんちゃんの年上だけど、偉そうじゃなかったでしょ? 恋人候補にはなりそうにないかしら?」

「何、なに? 二人いい感じなの?」

 紬は嬉しそうだ。

「なわけないじゃん! だ、だいたい、あいつ声デカいし、スポーツ刈りだし、ずうずうしいし、タイプじゃないよ!」

 もちろんそれは本音だが、なんでだか声が上ずってしまった。誤解されてなければいいけど。

「そっかぁ、残念だなぁ私二人とも好きだから、いい感じなってくれると嬉しかったんだけなぁ」

 美海は本当に残念そうな様子で、この分じゃ陽向の気持ちには気づいていないだろう。

 美海はふと柱時計に目をやる。

「あ、そろそろお布団敷くね?」

 そう言って、美海は居間から出ていった。

「もう大丈夫だからさ~」

 紬が穏やかな声でそう言った。

「え?」

 意味が分からず、ぽかんとした顔で紬の方を見ると、紬もこちらに顔向け、いたずらっぽい、でも穏やかな笑顔を見せた。

「ここにいたら、もう大丈夫!」

 私は俯いた。意味が分からなかったからじゃない。意味が分かったからだ。紬は私の境遇を知って励ましてくれているのだ。

 でも、モヤモヤする。
 紬は、私を可哀そうな子だと思ってるんじゃないの?
 そんなひねくれた考え方をした私だけど、すぐにそれは間違いだと気づく。そうだ紬も私とあまり変わらない境遇にいたんだ。
 紬が、独り言のように語りだした。

「私さ~。美海ちゃんと違って母親と一緒に暮らしてたんだけど、あの人あんな性格だからさ、愛情を感じたことなかったんだよね。だから、年頃にはしっかりとグレちゃったんだ。そしたらさ、手に負えなくなったのか美海ちゃんに私を押し付けたんだよ? 信じられる?」

 私は、小さく首を横に振る。

「美海ちゃんさ、その時は店の改装資金を貯めるために、この町から出て朝から晩まで働いていたんだ。で、狭い部屋でグレた私のためにさ美味しいご飯作ってくれんのよ。なんかそれがさ、あったかいわご飯がおいしいわで、すんごく泣けてきちゃって。もうそっから私、美海ちゃんの虜なんだ~」

 ああ、笑顔がまぶしい。

「美海ちゃんだってさ、ろくに愛情をもらったことがないはずなのにさ、なんかすごいよね? ひいじいじとひいばあばと、ここで一緒に住んでたのだってほんの数年でさ、その前まではずっと親戚の家にたらいまわしにされてたんだよ?」

「そう、なんだ」

 なぜだろう。私は美海がそんな風に育ったなんて一度も考えたことがなかった。きっと、幸せな人生を歩んできたのだろうと、勝手に想像していたんだ。

「そそ、だから大丈夫。美海ちゃんと一緒にいたら愛情いっぱいもらえるから」

 紬が言うように、実際そうなんだろう。美海といればたくさん愛情をもらえるんだろう。
 でも私は別に、愛情が欲しいわけじゃない。
 だけど幸せそうな笑顔で語る紬を前に、そう反論できなかった。

 そうだ、私は別に愛情なんか欲しくない。今さら欲しいなんて思わない。
 だけどわかってる。
 体の真ん中にぽっかり空いた空洞を。
 得も言われぬ虚しさを。

 ココニハ、ドンダケアイジョウヲソソイデモ、イミガナイ

 私は、愛情を受け取る器が欠けてしまっているんだ。
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