きつく結んで、解けないように。

しち

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きつく結んで、ほどけないように。

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 まだほんの小さな子どものころ、夜ふと目を覚ましたらイオと小指が繋がっていたことがあった。ママが編み物によく使う、少しふわっとした赤い糸。二段ベッドの下、俺の横で安心したように眠るイオの顔をよく覚えている。
 一定のイオの寝息を聴くうちに俺もそのまま眠っていて、朝、白いイオの肌をいっそう透き通って見せるやわらかな光の中で目が覚めたら、まだ小指は繋がれていた。

『これなに?』

 尋ねる俺に、イオは少し興奮したように『あのね、テレビでね。あかいいと、でむすばれてるひとたちは、ずーっといっしょにいられるんだって!』と言って、『ごうとイオもいっしょだね』と眩しいものを見るような目で糸を見た。俺は、こんなものなくても、そんなの当たり前なのになぁと思いながら、うれしそうな弟の顔がかわいくて、確かその日は夜までそのまま過ごした。トイレは行きにくかったし、着替えも食事もお風呂もめちゃくちゃやりにくかったし、途中糸が切れてイオが泣き出したときは大変だったけど。
 今思えば、賢いイオは俺より本能的にわかっていたのかもしれない。俺たちが一生、「ずーっといっしょ」にいることの難しさを。
 商店街の閉店セールのカゴの中に入れられた赤を見つけたとき、ふとそう思った。
 その瞬間、思わずそれを掴んで、気付いたらレジで会計を済ませていた。

「ただ、いま……」

 一人暮らししていてるマンションの玄関で見つけたイオのローファー、傍らに置かれたスーツケースにふ、と顔が緩む。一週間前イタリアのファッションショーに向かったイオはきっと、帰国後そのままうちに来てくれたんだと思う。逸る気持ちを抑えて、部屋の静けさを考えて、なるべく足音を立てないように部屋に入ってリビングの奥のドアを開けると、俺のベッドの上でイオは行儀よく眠っていた。律儀に隣にひとりぶん空いたスペースに、何故か鼻がツンと痛む。

「おかえり……」

 イオに向けた声が、静かな部屋にひっそりと溶けていく。
 一週間間前、イオがイタリアに飛び立つ前夜に俺たちは軽いケンカをした。いや、正々堂々ケンカと言っていいのか何なのか、微妙な、でも気付かないふりもできないすれ違いだった。大人になって、仲の良い兄弟、から誰にも言えない恋人関係になって数年。俺からすると何に対してかわからない、意味のない罪悪感を抱えたイオはいまだにちょっとしたことで不安に揺れるし、イオが抱えているものを十全に理解できない俺はその気持ちにちゃんと寄り添うことができない。
 関係性が兄弟だけだったころはいくらでも思ったことを言ってケンカできたのに、長年きっと密かに抱えていた恋愛感情というものを自覚して、それを確認し合っただけで呑み込む言葉がずいぶん増えた。イオの長い睫毛は震えて、もの言いたげに伏せられることが度々あるし、俺は職業柄短く切り揃えた爪が掌に食い込む感触をいつでも、ありありと思い出せる。

 それでも、やっと手に入れた何よりも愛しい存在を、絶対離したくないし離れたくない。家族で、兄弟なんだからどんな形だってきっと縁が切れることはないけど、俺はイオといつまでも恋人でいたかった。

 うちに来てからお風呂に入ったんだろう。イオが気に入ってうちの定番になったシャンプーの匂いがする前髪をかき上げて、額にキスを落とす。しゃがむ瞬間、手に持った薄茶色の紙袋がくしゃりと音を立てた。俺は滑らかな肌から唇を離しながら、イオの帰国に少し忘れかけていたその存在を思い出してふ、と微笑む。


 まだイオの入った温かさの残っているバスルームで身体を洗って、髪を乾かすのも、イオに口すっぱく言われているスキンケアもそこそこに、キッチンばさみで三十センチ程度に切った糸を手にベッドに戻った。イオは安らかな寝息を立てて、仰向けに眠っている。そのすっかり力の抜けた手を取って、ほっそりしたイオの右手の小指と、自分の左手の小指に糸で作った輪っかを通して繋ぐ。イオが痛かったり鬱血しないように、イオのは特に指から隙間を開けてゆるめに結んだ。難しいかな、と思ったけど、手先は器用な方だから割とすぐにできた。橙色の照明の下、繋がれた小指を見つめると自分でも驚くほど心が安らいだ。起きたらなにこれ、ってちょっとぶっきらぼうに言われるだろうな、そう思って頬が緩む。明日、イオがこの家を出ないといけない時間までこのまま過ごしてもいいかもしれない。イオの照れたような顔を想像するとますます心が和らいで、すぐにでも眠りにつけそうだった。

「なに、これ……」

 思っていたよりずっと早く、静かな声が聴こえて、ハッと目を開けて隣を見る。イオの静かな眼差しは、はっきりと俺の方に向いていた。

「起きてたの?」
「まぁ……」

 ぐい、と引っ張られる。仰向けのまま、繋がれた指を天井に翳す。

「いと……?」
 
 不思議そうな声。『ずーっといっしょにいられるんだって!』イオは覚えていないのかもしれないと思うとなんだか急に恥ずかしくなって、「ごめんね痛い?外そうか」と身体を起こしかけたけど、イオを引っ張ってしまうと気付いて途中でやめた。「ねぇ」中途半端な体勢のまま部屋着の裾を引かれてまたシーツに背をつける。そのまま観念してイオの方に身体を向けると、イオもこっちを向いて小さな声で言った。

「緩いよ、これ」
「……え」
「とれちゃう、から……もっときつくして」

 小さな、それでも確かに切実さを孕んだ声に、プチンと切れたのは。結んだ糸じゃなくて、俺の理性だった。




「ん……っは……っ、ごぉ……っ」

 息継ぎの合間に、イオが切なげに俺を呼ぶ。その鼓膜を溶かすような声をもっと聴いていたいのに、急くようにまた塞いでしまう。今まで触れた誰よりもやわらかい、自分のとは何か別の素材でできてるんじゃないかと本気で思うほど薄い舌はカンタンに俺のに捕まって、絡めながらなぞるように愛撫するたびに身体と一緒にビクビクと震えた。

 欲しい、と思う。さっきまでこのまま昔みたいに朝まで眠ろうと本気で思っていたのが嘘みたいに。仲直りの言葉も子どもみたいな悪戯(俺の中ではそんな軽いもんじゃないんだけど)の言い訳も放り投げて、イオを全部、頭から足の先まで食らい尽くしたいと思う自分がいる。
 喘ぐような呼吸が弱々しくなってるのを感じてイオの唇を開放すると、透明の糸が俺たちを結んで消えた。思わずハッと小指を見ると、赤い糸はまだ外れずに俺たちを繋いでいる。「……いい?」自分でも笑ってしまうような切羽詰まった声で訊くと、イオは俺の顔を見てこくりと頷いた。

「して……ごう……、したい」

 利き腕が自由でよかった。とぼんやり思う。さほど長くない糸で指が繋がっているから、できることは限られるけど。イオの上着をたくし上げて、小さいけどツンと誘うように勃った乳首を舌で刺激しながら、片手で下着ごとズボンをずらす。勃ち上がった前が少しつらそうに熱を持っているのが分かったけど、イオと一秒でも早く繋がりたくて、軽く先端に触れただけでとろりと垂れた雫のぬめりを借りて、奥の蕾に触れる。

「ん……っぁ……ッ」
「ぬれてる……」
 
 思わず洩れた言葉に、イオの首と顔がさわわ、と面白いように赤くなっていくのが、控えめな灯りの下でも見えた。

「準備してくれてた?」
「ひさびさだし……する、かなとおもって……寝ちゃってたけど」
 
 うれしくて、海外から帰ったばかりで疲れてるだろうイオを起こしちゃったのがちょっと申し訳なくて、でもやっぱりうれしくて、勢いあまって胸を覆うやわい肌に軽く噛みついてしまう。イオは「うぁ……っ!!」と俺の腰骨を砕くような声を洩らして、少量の精を溢した。

「すごい……トロトロ……」
「うっ、さい……ね、は、やく……」

 そこは久しぶりなのに熟したように解れていて、ツンツンと突いただけで、熱を持った襞がヒクヒクと誘うように指の腹に吸い付く。ほんの入り口でこれなら、ナカはどんなにーー。ごく、と音を立てて喉ぼとけが動く。繋がれていない右手だけで自分のパンツを下げると勢いよく飛び出たそれは触れられてもいないのに熱く脈打っていて、いくら準備してくれたとはいえいきなりこんなのをイオに挿れてしまったら壊してしまわないかと心配になる。

「そんな……やわじゃないよ」

 何も言葉にしていないのに、イオは繋がれた指を伸ばして俺の唇に触れた。思わず舌を伸ばすとしなやかで、ちょっとひんやりした長い指はびくりと震えて、そのまま俺の喉元に落ちていく。白くて長い脚がゆっくり、甘えるように俺の腰に巻き付く。くちゅ、性器が触れた場所から濡れた音がして、表面が擦れただけなのに、ざわざわ、と神経を嬲るような甘い快楽が走った。歪む顔を見上げて、イオが俺を呼ぶ。ごう。

「もっとしばって」
「どこにも行けないくらいに」
「ぎゅう、って……きつく……」

 言い終わって、イオは切実な目をしたまま繋がった指をぐ、と引く。それ自体は大した衝撃じゃなかったけど、イオの言葉に頭を殴られたようになった俺は手繰り寄せられるように前に倒れて、イオの身体を押し潰した。痛いくらいに張り詰めた前が入り口を圧迫する。その圧に腕の中でイオがくっ、と顎を上げる。腰を引く、という選択肢はもう俺の頭にはなかった。そのまま、押し入って、暴いて。ギチギチのナカを嬲るように進んで、繋がる。


「ぐ……っ、アぁっ、んぁっ、あっ……ッ~~!!」
「キツい……?よね、ごめん」

 直截触れるしどけなく濡れた粘膜が、吸い付くように俺を包んで、もっと奥に来て、って蠢く。右手で身体を支えて、左手はシーツにつけずに軽く上げたままで。いつもよりバランスは悪いけど、曲がりなりにも鍛えているせいか、それくらいのことは貪るように腰を使うことを阻む要因にはならなかった。繋がったばかりのときは一ミリも動けないんじゃないかと思うほどキツくて狭かったイオの中は、馴染むまで歯を食い縛ってしばらくの間止まっているとまるで俺を赦すみたいにきゅうきゅうと甘く収縮し始めた。ドク、ドク、心音に合わせるように突くたびにイオの唇から悲鳴のような声が上がるのに、それにすら煽られて。媚肉が蕩けるような感触のあと、ぷっくりと主張し始めたイオのスイッチを、しつこいくらいに擦り上げる。
 いつの間にか俺の腰から離れた脚が、ぷるぷると震えながら宙を蹴る。足の先が丸まって、イオの限界が近いのが分かった。

「い……っ、ぃっちゃ……ごぉ……っ!!」
「いいよ……っ、俺のでイって……?」
「ひ、くっぁ……っぁあっ、ん……ぅ゛っ~~!!うあぁッ!!」

 触れてもいない前からとぷ、と零れた白濁は、勢いよく一気に全部出るんじゃなくて、まるで壊れた蛇口みたいに、突くたびにとろとろと流れ出る。その様子が挿れるんじゃなくて挿れられて引き出されたせいでダラダラと長引く絶頂を物語っていて、押し付けられて可動域の狭い中で細い腰が可哀想なくらいに跳ねるのに思わず舌舐めずりしてしまう。同時にぎゅ、と閉じられた瞼の端からぽろぽろと零れる涙を舌で掬い取りたくて、ビクビク震える華奢な身体を折り畳むようにしてまたぴったりと胸を合わせる。角度を変えてさっきよりも奥まで充たしてしまったせいで、イオがくぅ……と小さく鳴いた。
 
(あ、……)

 夢中で体勢を変えた勢いで、緩いままだったイオの指から糸が外れる。『とれちゃう、から……もっときつくして』俺はそれをイオに悟らせたくなくて、解けた糸ごとイオの左手をきゅっと痛いほどに握って。まだ蜜を溢し続けて長い絶頂から降りられていない身体を、より深く、鋭く、穿った。

「うぁ……っ!?あっ、やぁっ、まって…まってまだ……っ」
「ごめん、欲しい」

 無意識にか上へと逃げる身体を、痛いくらいに手を握ることで、体重をかけることで、シーツに縫い付けるようにして腰を使う。体勢的に大きく動けない分、重く串刺しにするようなやり方で追い詰めてしまう。トロトロに蕩けたナカも、俺の欲望で充たされた薄いお腹も。中から外から押し潰すような動きに、「ひ……っぐぅ……っ!!」イオの身体がさらに烈しく痙攣する。掌の中、一回り小さな手が縋るように糸を握り締めるのを感じて、気付けば身体の最奥で欲を放っていた。

「ふ……っぅ……く、ぁ……」
「あう……っんっ、……ご、の……こんな、いっぱい……っ」

 手を繋いだまま、身体を繋いだまま、声を上げずにはいられないほどの快楽とともに搾り取るように吸い付いてくるナカに欲を全部を出し切る。まるでコートの中を思い切り全力疾走した後のような荒い息を吐いてイオを自由にしようと身体を起こそうとして、自分の身体の変化に俺は泣きそうになる。

「どうしよう……」
「ぁ……っ、ぇ、な……っ?」
「治まんない……」

 それでも歯を食い縛ってカケラほど残った理性で絡みつくイオの胎内からすっかり硬さを取り戻したそれを引き抜こうとするけど、ローションとイオと俺の体液でぬちゃ、と糸を引いているのを見た瞬間、頭の中が真っ赤に染まって。さらに質量を増したものをほとんど脊髄反射で押し込んで、熱くて狭くてトロトロの粘膜で覆われたイオの中に戻っていた。



「く……っ、は……」
 
 正面からイオの身体を貪り続けて、一向に緩まることのない蠕動を続ける腸壁に塗りつけるようにして何度も果てて。ようやく身体の芯からジリジリと焼きつけるような欲望が凪いだころ、イオは俺の腕の中で意識を飛ばしてしまっていた。

 いつまでも入っていたいような心地良い場所から唇を噛んで自身を引き抜くと、ごぽ、と音を立てるようにして欲望が纏わりついて溢れる。
 掌の中、握りしめた形のまま解けないイオの手を取って、もういいんだよ、というように指の一本一本を伸ばしてやる。すっかり解けてしまった糸を知ってか知らずか、力の抜けたイオの手はまた小さく震えながら小指だけを残して丸まった。

『やくそくしよう、ごお』

 不意に蘇る、幼い声。
 そうだたしか、ずっとくっついてる俺たちに手を焼いたママにさすがにもう取りなさい、って言われて。嫌だって泣くイオをどうにかなだめて糸を解いたとき、イオが言ったんだ。

『こんなのなくても、おれたちはずっといっしょだよ』
『……ほんと?』
『おれがイオにうそいったこと、ある?』
 イオは唇を尖らせて少しだけ考えて、朝露をまとった小さな花びらがそっと開くように笑った。
『ない』
『でしょ?』
『じゃあさ、ごう』

〝約束しよう。〟
 二人だけの秘密を抱える悦びと微かな痛みを受け入れるような静かな声で、イオは言った。何も付いてない小指を立てて、ちいさくてあどけない顔に似合わない、とても真剣な表情で。

 俺は自分の指に残っていた糸を外して握り、眠るイオの指に、小指を絡める。

「約束……しよう」

「ずーっといっしょ」にいることがどんなに難しくても、苦しくても。俺は今までもこれからも、イオに嘘をつくことはない。嘘になんかしてやらない。そういう生き方を、自分で選んだから。

「いらないね……赤い糸なんて」

 微かな寝息を立てながら、俺の声に応えるみたいに細い指が絡む。祈るように目を閉じて小さくそれを振ると、掌の隙間から赤い誓いがはらりと落ちた。
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