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クライ、ベイベー
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一人で暮らしてるマンションから外に出て、六月とは思えない青空から注がれる日差しに一瞬立ち尽くす。昨日の雨で濡れた木々の緑も、アスファルトも、似通った一軒家の屋根も、すべてがキラキラしていて。朝の澄んだ空気に、胎の内に抱えた罪も全部見透かされているような気分になるけど、そんなのはただの感傷だとおれは知っている。
何度結んでも思うような形の窪みが作れなかったネクタイに、ほとんど無意識に触れて。
『こういうの意外とニガテだよね、イオ』
舌に力を入れて思わず呼びそうになった名前を呑み込んだら、スマホを取り出し、親に送るメッセージを作りながら歩く。
【今から向かうよ】
今日はごう、兄の結婚式。
朝陽が昇るまでおれの中にいた人は、今日、別の人と結婚する。
「もうやめよう」と先に言いだしたのはたぶんごうだったと思う。
大袈裟でも比喩でもなく、生まれたときから、おれはごうが好きだった。それは家族、兄弟に対する親愛とたぶん最初から何かが明確に違っていた。その違いに自分の中で具体的な名前がついたのは、第二次性徴に入るころだと思う。おれは誰よりそばにいる兄に対して、明確な欲望を抱いていた。抱き締めて欲しい、キスしたい、その声でおれだけを呼んで、おれ以外の誰にも、触らないで欲しい。そういうふうに、ごうを愛していた。
誰にも言えない、ごうにとって害でしかない欲望を抱いているという罪悪感といっしょに育ったおれは、それがごうも同じだとわかったとき、もうこのまま死んでしまいたいと思うくらいの幸福を感じた。おれかごうか、最初に相手の身体に触れたのはどっちだったか覚えてないけど、同じ両親のもとに生まれて共に育った、正真正銘の兄弟でありながら、おれとごうは長年誰にも言えない関係をひっそりと結んできた。
子どもの頃からバスケ一筋だったごうがプロになったのを追うように、おれも10代前半でスカウトされたモデルへの道を本格的に進んだ。バレたら即終わり、公表なんてできっこない爆弾を抱えて、生まれついての、人並み外れている、らしい容姿とセンス(これはごうだけだと思うけど)お互いの存在を糧にして目指した道をひたすら進んだお陰で、知名度だけは上がっていって。
新人賞、有名雑誌のカバー撮影、リーグトップの決定率とファン投票一位を飾る人気、ハイブランドのアンバサダーに国内外ショーへの参加、日本代表招集……
こわいくらいにトントン拍子で色を変えていく世界。
自分たちを見つめる目が、称賛する声が多くなればなるほど、こわくなった。
『他の人なんて関係ない。俺はイオがいればいい』
子どものころからずっと、誰にでも愛されて、求められて。世界を照らす、太陽みたいなごう。
『こわがらないで、俺だけ見て、信じて。イオがいちばん大事なんだよ?』
その太陽に、翳りをもたらすとしたら、それはおれでしかない。
おれの存在が、血のつながった弟と関係を結んでいるという事実が、もしも明るみになって。
『大好きだよ、イオ。それだけはずっと、変わらない』
この太陽を、壊してしまったら――?
ごうとダメになった頃の記憶はあやふやだけど、自分が著しく不安定だったことと、おれを見るごうの心痛な表情は覚えている。
ごうは、子どもの頃からずっと繋いでいたおれの手を、そっと離した。
『もう、やめようか……庵』
たぶん、それはごうという太陽を失う恐怖で、自分の足で立つことすら危うくなった俺にごうが与えられる、最後の愛だった。
ごうが結婚すると聞いたとき、ああやっと、ごうのいない灰色の世界が終わってくれた、と思った。ここからは真っ黒な世界だ。焼け付くような胸の痛みも、ごうの不在がもたらす喪失感すら、もうわからない。
おれはいっそ明るく、ここ数年見せていなかった笑顔で「おめでと、ごう」と笑うことができたと思う。ごうは視線を落として、「……ありがと」と小さな声で言って笑った。ごうを、ひとりの男として愛していたおれはあの瞬間に死んだ。
これからは、真っ暗な世界で、ちゃんと弟として、ごうを愛していく。
「なんで……ごう、」
「ごめん」
昨日は朝からずっと静かな、不安になるほど細い雨が降っていた。明日には止むらしいけど、半分ガーデンウェディングとか言ってたけど大丈夫かな、と思いながら、おれは明日着るシャツにアイロンをかけていた。チャイムが鳴ったのは、十二時少し前で。ドアの前に立っていたのは、どうやってここに来たのか、少し伸びた前髪に雨粒を纏ったごうだった。
「俺……、どうしてもイオ、に」
「ごう……」
「ごめん……これで最後にする……から」
〝庵に触りたい〟
暗い玄関で、濡れていてもどこか温かい、震える腕に抱き締められながら懺悔するような声で言われて、おれは思考を手放した。
やわらかいねと笑ってとごうが何度も指で掬った髪も、大きな掌で触れた頬も、世界から隠れるように初めて合わせた唇も、ごうよりずっと頼りない首も、肩も脇も腹も脚も内臓だってぜんぶ、おれの身体はごうに触れられるために創られたものだ。それを差し出すのに、今更躊躇いなんて。
おれは濡れたごうの、腕とは違ってハッとするほど冷たい頬に触れて、その唇を塞いだ。そして、ひそやかな声で強請る。
「触って、ぜんぶ」
ごうのにして。それで、おれの真っ黒な世界を終わらせてほしい。
ごうの言葉は少ない。
でも何も言わなくても、抱き合ったときの鼓動が、おれに触れる手の熱が、苦し気な呼吸音が、どうしてもこうせずにはいられないと叫ぶように訴えるから、おれはできる限り力を抜いて、ごうを受け入れる。
「……っぁ……くぅ……」
「……痛い?」
「だいじょ、……ぁっ、う……」
長らく誰とも繋がっていない身体は、おれの意思を置き去りにしてごうを押し出すように締め付ける。ごうの汗が寄せられた眉の間から落ちて、自分の痛みも苦しみも忘れて眉間の皺を撫でた。
「だいじょうぶ……だから」
もっと奥に来て、誘うようにごうの首に腕を、胴に足を巻き付ける。この夜の罪を、ごうだけのものにしたくなかった。少しカサついた唇が、まっすぐにおれのに近付いて、遭難者が砂漠で水を分け合うようなキスをする。
「ん……っん、……ふっ」
「はぁ……っ」
柔らかくて厚い舌、細胞レベルで、一つになるような感覚。ごうとキスするたび、母親の産道を通って世界に生まれ落ちたときの戸惑いと歓喜が綯い 交ぜになった感覚を思い出す気がする。うれしい、こわい、あいたい。
長いキスに身体が、ごうの形を思い出したように甘く柔らかく溶けて媚び始める。舌がもたらす快楽に落ちた涙を舌で掬って、ごうがゆっくりと動き出す。絶頂に至る長い、細やかな痙攣は、もうその瞬間から始まっている。
「うぁ……っ、んぁ……っ、きもち……っ、ごう……っ」
「イオ、庵……、ぁ」
〝愛してる〟
その言葉は、唇で塞いだ。それを聞いてしまったらきっとおれは、明日ここから出られない。
ごうがおれの頭を抱えて、打ち付けるように腰を使う。奥が甘い悲鳴を上げる。
「……っ!」
ゾクゾクするような甘い吐息を洩らしながらナカのモノが震えて、ゴム越しに吐き出された熱を知る。おれも、ごうの腹筋をドロドロに汚していた。
終わった、と弛緩した身体を離して、ごうが無言でゴムを外してまた新しいのを着けた。
獰猛な目に射抜かれる。終わりじゃないんだ、と浅ましく悦ぶ心と身体を見抜かれるのが嫌で、今度はごうの身体を押しておれが上になった。
「イオ……?」
おれも無言でごうのゴムを外して、そのまま跨って腰を下ろす。何年もごうに抱かれてきたせいか、さっきまで硬く閉じていたことを忘れてあっさりとその用途を思い出したような器官が、くちゅ、と音を立ててごうの先端を含む。
「庵……っ、だっ……」
ごうが焦ったような声を出す。
ただでさえ不健全で無理のある行為だ。互いの身体を慮って、今まで必ずゴムは着けてきた。
最後の夜に、愚かすぎるだろ。
誰かの無機質な声が聴こえた気がしたけど、関係ない。
「おれのナカに出してよ、ごう」
この夜に、おれたちの今までに、罪しかないとしても、いや、だからこそ。
それはごうじゃなくて、全部おれの中に。
身体の力を抜いて、ズルズルと、ごうの全部を咥え込む。
「ーーー~~っ!!」
息が止まるような強烈な快楽が全身を貫いて、言葉もなく天を仰いだ。見慣れた自室の天井が歪んで、チカチカとちいさな星が舞って味わったことのない浮遊感に呼吸の仕方を忘れる。
やがてナカの痙攣を掻き分けるように、ごうの熱が動き出す。
見下ろしたごうは、もうさっきまでの躊躇いを完全に塗り潰した、獲物を喰らう獣のような目をしている。おれはその熱を余すことなく飲み干したくて、揺さぶられながら浅ましく腰を振る。
上に下になって、貪り合うように互いを求める。
『最後にするから』
臓器を潰すような刺激に目が眩むたび、頭の中のごうの声に引き戻される。これで、これが最後、だから。
「ごぉ……っご……、ぁあっ」「イオ……っ、イオ……」名前を呼んで、伝えたい、でも決して伝えてはいけない想いを口の中で殺す。想いの死骸を呑み込んで、また胎の中から上がってきたそれを飼い慣らすように転がして殺し、呑み込む。何度も繰り返すうちにそれはやがて制御不能の不明瞭な喘ぎに変わって、それでおれはようやく安心して意識を手放すことができた。
今、ごうに伝えたいたった一つのおれの願い。そんなもの、ごうは一生知らなくていい。
目が覚めたら、朝の光の中、やっぱり世界は真っ黒なままそこにあった。
終わらせてもらえなかったな――。まだごうの重みを記憶しているようなシーツに触れて、依然として拓かれた感覚の残るお腹を撫でる。しばらく待ってみたけど、涙は、出ない。少し腹筋に力を入れてみたけど、中から何かが出てくる気配も、腹が痛むこともなかった。
サイドテーブルには、常温のペットボトルと目が悪いおれがいつも朝探し回ってる眼鏡とティッシュが置いてあった。けど、身体のどこも汚れていない。ゴミ箱も空だった。きっと綺麗にしてくれたんだろう。
薄く笑って立ち上がると、すぐに膝から力が抜けた。へなへなと冷たい床に座り込んで、完璧なまでに静かな、他の誰の気配もしない部屋を見渡す。見慣れた、喪失と疲労を孕んだ部屋を。
今何時だろ。そろそろシャワーを浴びて、身支度を整えないと。シャツのアイロンも途中だったし。そういやネクタイはどれにしよ。随分前に決めたはずなのに、思い出せない。朝ごはん……はいらないか。どうせ式で色々食うだろうし、今は少しもお腹がすかない。昨日の夜もまだだった。空っぽの冷蔵庫、ごう見たかな。作り置きして帰られてたらどうしよ。まさかそれはない、って思いたいけど、ごうだしなぁ……。
「はは……っ、は……」
何がおかしいのか。何もおかしくない。でも笑いだけがこみ上げて、身体を九の字に折った。笑って、笑って、どさくさに紛れて涙が出てくるのを待ったけど、目は乾いたままで、口から洩れるのはどこか嗚咽に似た笑い声だけだった。
ひとしきり笑ったあと、ふいに、ここを出るごうがおれにかけた言葉を思い出した。現実と夢のはざまで聴いた、大好きな人の、世界一やさしくて残酷な言葉を。
『大好きだよ、イオ。それだけはずっと、変わらないから』
髪を漉く優しいてのひらの感触。迷いのない声と、遠ざかって行く聴き慣れた足音。
身体を起こし、床に落ちていたスマホのホーム画面を見る。
ごうの、大切な兄の結婚式まで、あと数時間だ。
何度結んでも思うような形の窪みが作れなかったネクタイに、ほとんど無意識に触れて。
『こういうの意外とニガテだよね、イオ』
舌に力を入れて思わず呼びそうになった名前を呑み込んだら、スマホを取り出し、親に送るメッセージを作りながら歩く。
【今から向かうよ】
今日はごう、兄の結婚式。
朝陽が昇るまでおれの中にいた人は、今日、別の人と結婚する。
「もうやめよう」と先に言いだしたのはたぶんごうだったと思う。
大袈裟でも比喩でもなく、生まれたときから、おれはごうが好きだった。それは家族、兄弟に対する親愛とたぶん最初から何かが明確に違っていた。その違いに自分の中で具体的な名前がついたのは、第二次性徴に入るころだと思う。おれは誰よりそばにいる兄に対して、明確な欲望を抱いていた。抱き締めて欲しい、キスしたい、その声でおれだけを呼んで、おれ以外の誰にも、触らないで欲しい。そういうふうに、ごうを愛していた。
誰にも言えない、ごうにとって害でしかない欲望を抱いているという罪悪感といっしょに育ったおれは、それがごうも同じだとわかったとき、もうこのまま死んでしまいたいと思うくらいの幸福を感じた。おれかごうか、最初に相手の身体に触れたのはどっちだったか覚えてないけど、同じ両親のもとに生まれて共に育った、正真正銘の兄弟でありながら、おれとごうは長年誰にも言えない関係をひっそりと結んできた。
子どもの頃からバスケ一筋だったごうがプロになったのを追うように、おれも10代前半でスカウトされたモデルへの道を本格的に進んだ。バレたら即終わり、公表なんてできっこない爆弾を抱えて、生まれついての、人並み外れている、らしい容姿とセンス(これはごうだけだと思うけど)お互いの存在を糧にして目指した道をひたすら進んだお陰で、知名度だけは上がっていって。
新人賞、有名雑誌のカバー撮影、リーグトップの決定率とファン投票一位を飾る人気、ハイブランドのアンバサダーに国内外ショーへの参加、日本代表招集……
こわいくらいにトントン拍子で色を変えていく世界。
自分たちを見つめる目が、称賛する声が多くなればなるほど、こわくなった。
『他の人なんて関係ない。俺はイオがいればいい』
子どものころからずっと、誰にでも愛されて、求められて。世界を照らす、太陽みたいなごう。
『こわがらないで、俺だけ見て、信じて。イオがいちばん大事なんだよ?』
その太陽に、翳りをもたらすとしたら、それはおれでしかない。
おれの存在が、血のつながった弟と関係を結んでいるという事実が、もしも明るみになって。
『大好きだよ、イオ。それだけはずっと、変わらない』
この太陽を、壊してしまったら――?
ごうとダメになった頃の記憶はあやふやだけど、自分が著しく不安定だったことと、おれを見るごうの心痛な表情は覚えている。
ごうは、子どもの頃からずっと繋いでいたおれの手を、そっと離した。
『もう、やめようか……庵』
たぶん、それはごうという太陽を失う恐怖で、自分の足で立つことすら危うくなった俺にごうが与えられる、最後の愛だった。
ごうが結婚すると聞いたとき、ああやっと、ごうのいない灰色の世界が終わってくれた、と思った。ここからは真っ黒な世界だ。焼け付くような胸の痛みも、ごうの不在がもたらす喪失感すら、もうわからない。
おれはいっそ明るく、ここ数年見せていなかった笑顔で「おめでと、ごう」と笑うことができたと思う。ごうは視線を落として、「……ありがと」と小さな声で言って笑った。ごうを、ひとりの男として愛していたおれはあの瞬間に死んだ。
これからは、真っ暗な世界で、ちゃんと弟として、ごうを愛していく。
「なんで……ごう、」
「ごめん」
昨日は朝からずっと静かな、不安になるほど細い雨が降っていた。明日には止むらしいけど、半分ガーデンウェディングとか言ってたけど大丈夫かな、と思いながら、おれは明日着るシャツにアイロンをかけていた。チャイムが鳴ったのは、十二時少し前で。ドアの前に立っていたのは、どうやってここに来たのか、少し伸びた前髪に雨粒を纏ったごうだった。
「俺……、どうしてもイオ、に」
「ごう……」
「ごめん……これで最後にする……から」
〝庵に触りたい〟
暗い玄関で、濡れていてもどこか温かい、震える腕に抱き締められながら懺悔するような声で言われて、おれは思考を手放した。
やわらかいねと笑ってとごうが何度も指で掬った髪も、大きな掌で触れた頬も、世界から隠れるように初めて合わせた唇も、ごうよりずっと頼りない首も、肩も脇も腹も脚も内臓だってぜんぶ、おれの身体はごうに触れられるために創られたものだ。それを差し出すのに、今更躊躇いなんて。
おれは濡れたごうの、腕とは違ってハッとするほど冷たい頬に触れて、その唇を塞いだ。そして、ひそやかな声で強請る。
「触って、ぜんぶ」
ごうのにして。それで、おれの真っ黒な世界を終わらせてほしい。
ごうの言葉は少ない。
でも何も言わなくても、抱き合ったときの鼓動が、おれに触れる手の熱が、苦し気な呼吸音が、どうしてもこうせずにはいられないと叫ぶように訴えるから、おれはできる限り力を抜いて、ごうを受け入れる。
「……っぁ……くぅ……」
「……痛い?」
「だいじょ、……ぁっ、う……」
長らく誰とも繋がっていない身体は、おれの意思を置き去りにしてごうを押し出すように締め付ける。ごうの汗が寄せられた眉の間から落ちて、自分の痛みも苦しみも忘れて眉間の皺を撫でた。
「だいじょうぶ……だから」
もっと奥に来て、誘うようにごうの首に腕を、胴に足を巻き付ける。この夜の罪を、ごうだけのものにしたくなかった。少しカサついた唇が、まっすぐにおれのに近付いて、遭難者が砂漠で水を分け合うようなキスをする。
「ん……っん、……ふっ」
「はぁ……っ」
柔らかくて厚い舌、細胞レベルで、一つになるような感覚。ごうとキスするたび、母親の産道を通って世界に生まれ落ちたときの戸惑いと歓喜が綯い 交ぜになった感覚を思い出す気がする。うれしい、こわい、あいたい。
長いキスに身体が、ごうの形を思い出したように甘く柔らかく溶けて媚び始める。舌がもたらす快楽に落ちた涙を舌で掬って、ごうがゆっくりと動き出す。絶頂に至る長い、細やかな痙攣は、もうその瞬間から始まっている。
「うぁ……っ、んぁ……っ、きもち……っ、ごう……っ」
「イオ、庵……、ぁ」
〝愛してる〟
その言葉は、唇で塞いだ。それを聞いてしまったらきっとおれは、明日ここから出られない。
ごうがおれの頭を抱えて、打ち付けるように腰を使う。奥が甘い悲鳴を上げる。
「……っ!」
ゾクゾクするような甘い吐息を洩らしながらナカのモノが震えて、ゴム越しに吐き出された熱を知る。おれも、ごうの腹筋をドロドロに汚していた。
終わった、と弛緩した身体を離して、ごうが無言でゴムを外してまた新しいのを着けた。
獰猛な目に射抜かれる。終わりじゃないんだ、と浅ましく悦ぶ心と身体を見抜かれるのが嫌で、今度はごうの身体を押しておれが上になった。
「イオ……?」
おれも無言でごうのゴムを外して、そのまま跨って腰を下ろす。何年もごうに抱かれてきたせいか、さっきまで硬く閉じていたことを忘れてあっさりとその用途を思い出したような器官が、くちゅ、と音を立ててごうの先端を含む。
「庵……っ、だっ……」
ごうが焦ったような声を出す。
ただでさえ不健全で無理のある行為だ。互いの身体を慮って、今まで必ずゴムは着けてきた。
最後の夜に、愚かすぎるだろ。
誰かの無機質な声が聴こえた気がしたけど、関係ない。
「おれのナカに出してよ、ごう」
この夜に、おれたちの今までに、罪しかないとしても、いや、だからこそ。
それはごうじゃなくて、全部おれの中に。
身体の力を抜いて、ズルズルと、ごうの全部を咥え込む。
「ーーー~~っ!!」
息が止まるような強烈な快楽が全身を貫いて、言葉もなく天を仰いだ。見慣れた自室の天井が歪んで、チカチカとちいさな星が舞って味わったことのない浮遊感に呼吸の仕方を忘れる。
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上に下になって、貪り合うように互いを求める。
『最後にするから』
臓器を潰すような刺激に目が眩むたび、頭の中のごうの声に引き戻される。これで、これが最後、だから。
「ごぉ……っご……、ぁあっ」「イオ……っ、イオ……」名前を呼んで、伝えたい、でも決して伝えてはいけない想いを口の中で殺す。想いの死骸を呑み込んで、また胎の中から上がってきたそれを飼い慣らすように転がして殺し、呑み込む。何度も繰り返すうちにそれはやがて制御不能の不明瞭な喘ぎに変わって、それでおれはようやく安心して意識を手放すことができた。
今、ごうに伝えたいたった一つのおれの願い。そんなもの、ごうは一生知らなくていい。
目が覚めたら、朝の光の中、やっぱり世界は真っ黒なままそこにあった。
終わらせてもらえなかったな――。まだごうの重みを記憶しているようなシーツに触れて、依然として拓かれた感覚の残るお腹を撫でる。しばらく待ってみたけど、涙は、出ない。少し腹筋に力を入れてみたけど、中から何かが出てくる気配も、腹が痛むこともなかった。
サイドテーブルには、常温のペットボトルと目が悪いおれがいつも朝探し回ってる眼鏡とティッシュが置いてあった。けど、身体のどこも汚れていない。ゴミ箱も空だった。きっと綺麗にしてくれたんだろう。
薄く笑って立ち上がると、すぐに膝から力が抜けた。へなへなと冷たい床に座り込んで、完璧なまでに静かな、他の誰の気配もしない部屋を見渡す。見慣れた、喪失と疲労を孕んだ部屋を。
今何時だろ。そろそろシャワーを浴びて、身支度を整えないと。シャツのアイロンも途中だったし。そういやネクタイはどれにしよ。随分前に決めたはずなのに、思い出せない。朝ごはん……はいらないか。どうせ式で色々食うだろうし、今は少しもお腹がすかない。昨日の夜もまだだった。空っぽの冷蔵庫、ごう見たかな。作り置きして帰られてたらどうしよ。まさかそれはない、って思いたいけど、ごうだしなぁ……。
「はは……っ、は……」
何がおかしいのか。何もおかしくない。でも笑いだけがこみ上げて、身体を九の字に折った。笑って、笑って、どさくさに紛れて涙が出てくるのを待ったけど、目は乾いたままで、口から洩れるのはどこか嗚咽に似た笑い声だけだった。
ひとしきり笑ったあと、ふいに、ここを出るごうがおれにかけた言葉を思い出した。現実と夢のはざまで聴いた、大好きな人の、世界一やさしくて残酷な言葉を。
『大好きだよ、イオ。それだけはずっと、変わらないから』
髪を漉く優しいてのひらの感触。迷いのない声と、遠ざかって行く聴き慣れた足音。
身体を起こし、床に落ちていたスマホのホーム画面を見る。
ごうの、大切な兄の結婚式まで、あと数時間だ。
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