Please Say That

国沢柊青

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 自分で作った穏やかなバラード曲を歌った後、ショーンは今夜のコンサートの主人公である今は亡きアーティストの力強いダイナミックなヒット曲を一曲歌い、先程とはまるで違う、沸き上がるようなギターサウンドと迫力ある歌声を披露して、狂喜乱舞した観客の声に包まれながらステージを降りた。
「ショーン!!」
 ルイが一番に駆け寄ってきて、ショーンを抱きしめる。
「ああ、何て事だ!! 他に言葉が浮かばない・・・」
 いつも冷静沈着なルイが、顔を真っ赤に上気させて、そう早口で捲し立てる。
 周囲も同様の反応で、スタッフばかりかショーンと同業者の有名なアーティスト達も、自分達の楽屋からわざわざ出てきて、ステージを終えたショーンを出迎えた。
「素晴らしかった! 本当に君のパフォーマンスは素晴らしい!!」
 ショーンはあっという間に人垣に周囲を囲まれ、次々と言葉をかけられた。
「一曲目は一体誰の歌だい?」
「本当に感動したわ」
「俺でも、まったく聴いたことがない曲だよ」
「これで原曲はヒットすること間違いなしだな」
「あっ、あの・・・」
 ショーンが口を開くと、途端に皆、口を噤んだ。
「あれ、お、俺が作った曲なんです・・・」
「何だって?!」
 ショーンの耳元でルイが叫ぶ。
「君が、君が書いたのか? あの歌・・・」
 ショーンは小刻みに頷く。
「タイトルもまだないんだけど・・・。ちょっと荒削り過ぎたかな・・・? 勝手に歌っちゃってごめん」
 ショーンがそう言うと、ルイは再度ショーンを抱きしめた。それも力一杯。
「ちょっ、ちょっと・・・っ、ルイ、苦しっ・・・、し、死じまう・・・っ」
「ごめんなんて謝るな! 君は、君の才能は、本当にとどまることを知らないんだな・・・」
 ショーンを解放したルイの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
 ショーンを取り囲んだアーティスト達が口々に言う。
「ぜひ、ぜひ発売すべきだよ」
「こう言ってはなんだが、イアンが歌うのではなく、君自身が歌うべきだ」
「そうよ。でなければ、あの曲の輝きは失われてしまうわ」
「今夜我々は奇跡を見ることができたんだな」
 誰もが興奮気味で、矢継ぎ早にそう言った。
 そんな中、イアンと並ぶと言われるロック界の重鎮、ロバート・ジェンソンがショーンの肩を抱いた。
「本当に素晴らしかったよ、ショーン・クーパー。── ほら見たまえ、観客の恍惚とした顔」
 ショーンは彼に連れられ、舞台袖から観客席を見やった。
「皆、君の歌声の魔法にかかった人々だ。現にご覧、君がステージを降りてから、スタッフが興奮して次のプログラムに進めないでいるというのに、誰も文句を言ったりしてないだろう。皆、『君』という余韻に浸っているんだよ」
「ミスター・ジェンソン・・・」
 ジェンソンは白髪の髪を揺らして笑いながら、「君は全く分かっちゃいないんだな」と言った。
「それほど、君の歌は人を感動させたんだ。どうだい? 感想ってやつは?」
 ポカンとしていたショーンは、みるみる顔を赤くして、微笑みを浮かべた。
「・・・最高・・・最高かも」
「じゃ、もう一度、観客に挨拶をしてこい。君の心に素晴らしい感動を与えてくれた人達に」
「はい」
 ショーンは、ジェンソンに押し出されるようにステージにもう一度立つと、満面の笑顔を浮かべて観客に声援に答えた。
 それはバルーンのショーン・クーパーが初めて観衆に見せる、最高にチャーミングでキュートな等身大の笑顔だった。
 
 
 羽柴を乗せた車は、驚異的なスピードでスタジアムに到着した。
 といっても、スタジアムの敷地は広い。
 車は、スタジアムの広大な駐車場を抜け、どんどん奥へと入って行く。
 案の定、途中でスタッフに止められた。
 運転手が窓を開けると、スタジアムから聞こえてくるドンドンというバスドラの重低音が車内にまで響いてくる。
「ここから先は関係車両以外、立入禁止だ」
 例の如く例の台詞を言われると、運転手はこう返した。
「チャリティーコンサートの出演者が、私のホテルの宿泊客でして。迎えに来いと言われております」
「えぇ? パスカードは預かってないのか?」
「ええ。生憎と・・・。返ってこちらが問い合わせさせていただきたいほどで」
「しかし・・・。こちらも、確認が取れない車両を入れるわけには・・・」
 スタッフは、明らかにホテルマンの証である従業員証にペンライトを当てながら、言葉を濁す。
「では、確認してもらえませんか? 楽屋の方に。お手数をおかけするのは十分分かっておりますが、こちらも仕事ですので。お約束の時間に遅れると、ホテルのプライドにも関わります。どうか、早急にお伝えください」
 運転手はそう言いながら、スタッフに小さく折り畳んだお札をそっと手渡す。
 スタッフもさり気なくそれを受け取ると、「一体誰を迎えに来たんだ?」と訊いてきた。
「ミスター・クーパーです。ミスター・ショーン・クーパー」
 運転手がそう言うと、スタッフは「ああ」と思い当たる表情を浮かべた。
「本番直前になって参加することが決まったアーティストだ。それなら、パスの発行が間に合わなかったのかもしれんな」
 スタッフはわざと大きな声でそう言って、ゲートを通してくれる。
 羽柴は後部座席で、運転手のしたたかさに目を剥いた。
 運転手は羽柴を振り返って、ウインクする。
「こんなこと、いつもしてる訳じゃないですよ。今日はほら、ホテルのプライドがかかってますから」
 羽柴は思わず微笑んだ。
 アメリカ人のこういう大胆な優しさに触れると、心底有り難いと思う。
 昨今は何かと他国間で痛ましい争いや憎しみが蔓延しているが、国レベルでなく個人レベルならどんな国の人間も優しいのだ。本当は。
 数々あるゲートを運転手は同じ手法でくぐり抜け、車はとうとう、音響運搬関連のトラックが並ぶ心臓部にまで辿り着いた。
 目の前にはスタジアムの大きな壁があり、奥の非常灯に照らされた大きなドアには、『staff only』の紙が貼られてある。
「どうやら車で来られるのは、ここまでですね・・・」
 車を停めた運転手は、そう呟く。
「どうします? ミスター・ハシバ」
 運転手は羽柴を振り返って言った。
「そのまま羽柴さんが行っても、つまみ出されるだけですよ」
「そうだな・・・」
 羽柴は、親指の爪を噛む。
 ビジネスマン丸出しのスーツ姿で行けば、不審者としてたちまち放り出されるだろう。
「俺が突入してみましょうか。ホテルマンの格好をしていたら、さっきの言い訳がまだ通じるかもしれない」
「けれど、それで摘み出されるようなことになれば、君にも迷惑がかかるし、ホテルにも迷惑が・・・」
「そんなことは気にしないでください。シラーはそれを百も承知であなたをここまで届けるように言ったんです」
「・・・分かった。トライしてみよう。ただし、ここからは俺が行く。これは俺の問題だから、君に任せっきりだなんて、男が廃る」
 羽柴の台詞に、運転手が微笑みを浮かべる。
「すまないが、君のその制服と俺の服を取り替えてもらえないだろうか」
「なるほど。分かりました!」
 運転手は後部座席に乗り込んでくると、まずは帽子と手袋を脱いで羽柴に手渡した。
 
 
 ようやく次のプログラムが進み始めた様子を耳にしながら、ショーンとルイは楽屋まで降りた。
 楽屋は通常なら野球選手が使用するロッカールームが、スタッフ用の楽屋として仕立てられている。
 急に空腹感を覚えたショーンは、楽屋の中央に設けられている広いテーブルの上のサンドイッチを二、三個口に突っ込んだ。
「祝杯を挙げたいところだが、生憎君は未成年だからな」
 ルイはそう言って、オレンジジュースをショーンに手渡した。
「ジュースでもいいじゃない。祝杯には違いないよ」
 ショーンはそう言って受け取り、ルイと乾杯を交わす。
「それにしても凄かったな・・・。本当に。皆呆気に取られてたよ、ショーンが突然歌い出した時。俺なんか、夢じゃないかって思ったぐらいだ」
 フフフとショーンは笑う。
「大げさなんだよ」
「大げさなもんか! それに、何万という観客の前・・・それどころか、テレビの前の視聴者をあわせたら、とんでもない数の人の前で大胆な告白までやらかしたんだぞ! 俺はもう、気絶しそうだよ・・・」
 ルイは額に手を当てて言う。ショーンは、その芝居がかったポーズに、益々笑い声を上げた。
「それにしてもあのショーン・ボーイが片想いとはなぁ・・・。お前の相手、相当鈍感か、余程視力が悪いんだな」
「う~ん・・・それはどうかなぁ・・・。ま、確かに、他の人には俺が恋してることどんどんバレるのに、なぜか彼は気付いてないなぁ・・・」
「ほら見ろ!・・・って、お前今、『彼』って言った?」
「うん」
「え・・・。ショーンの好きな人って、男なのか?」
「うん」
 ルイは周りを見回すと、自分達のいるロッカールームにたまたま誰もいないことを確認して、そそくさと周囲のドアを閉めた。そして最後のドアを閉めると、大きな溜息をつく。
「全く・・・お前というヤツは・・・」
 ルイは、ドアに両手をついたまま、まるで祈るような格好でブツブツと呟いている。
「どこまで俺を心配させたら気が済むんだか・・・」
「別にルイが困ることじゃないよ」
 ジュースを飲みながらそう言うショーンに、ルイは振り返って噛みついた。
「俺はお前のことを大切な弟だと思ってるんだぞ! その弟がみすみす困難な道を行こうとしているのに、心配しないでいる兄がどこにいる?!」
 真剣な顔でショーンを睨み付けるルイに、ショーンも真剣な眼差しでルイを見上げた。
「悪いけど、この想いを曲げる気はないから」
 その意志の強い、濁りのない茜色の瞳に適う人間は、ショーンの身の回りにはいない。
「それより・・・他に考えないといけないことはもっとある」
 ショーンはジュースをテーブルに置いて、傍らに立てかけてあったギターをケースにしまった。羽柴からプレゼントされた大切なオベーションだ。
「何だ? 考えないといけないことって」
「今に事務所から呼び出しがかかる」
 床に跪いてギターケースの留め金を閉めながら、ショーンは言った。
「いくら休暇中とはいえ、やっていいことと悪いことがあるからね」
「 ── ? 事務所には、このチャリティーコンサートに出演する許可はもらったんだろう? 事務所側も、いいギター慣らしになるからって、喜んでたじゃないか。アルバム発売前のいい宣伝になるって」
 ショーンは振り返って、ルイを見た。
「俺はね、ルイ。バルーンに入る時の契約書で、イアンに黙って歌を歌ってはいけないことになってるんだ」
「え・・・? それって・・・」
 そう呟くルイの表情が、みるみる硬くなる。
「おい、ショーン・・・。君は全て覚悟の上で・・・?」
 ショーンは立ち上がって頷いた。
「今回の騒動で、思い知ったんだ。自分を偽ってまで音楽は続けられないって。またギターに嫌われるだなんてことにはなりたくないんだ。けど、このまま今まで通りのバルーンを続けていくと、きっとまた同じことが起こる。でも、バルーンを変える訳にはいかないでしょ。バルーンはイアンのものだもの」
「で、でも、ショーン・・・」
 今やルイの顔色は真っ青だった。いつもの南国特有の健康的なハンサム顔が台無しだった。
「イアンに逆らった形でバルーンを辞めるという意味がどういうことか、分かってるのか・・・?」
「分かってるよ。少なくとも俺は、二年間ルイ以上にイアンの側にいたんだ。分からない訳がないじゃない。今日、公の場で自分の声で歌えたのは、最初で最後のチャンスだって思ってる。だからこそ、今日歌うことにしたんだ。今日という特別な日に。俺は、はっきりとした目的の元に歌を歌いたかった。しっかりとした自分の意志で、皆にメッセージを伝えたかった。だから満足してる。例えもう、歌うチャンスが奪われたとしても」
 ルイは、ただ呆然とショーンの言葉を聞いているようだった。
 ルイの瞳から、ついに一筋涙が零れ落ちる。
「・・・・俺は・・・、君の才能がみすみす失われてしまうのは・・・惜しい・・・。プロとして・・・いや、一人の音楽を愛する人間として・・・」
「・・・ルイ・・・!」
 ショーンはルイをギュッと抱きしめた。
 ショーンより少し背の高い、キューバから来たショーンの“兄”は、まるで恋人に懇願するかのように「行かないでくれ、ショーン・・・! どうか、どうか・・・」と涙声で訴えた。
「ルイ、ありがとう。どうかルイも俺みたいにバカなことは考えないでね。今日、俺がステージで歌うことを、ルイは知らなかった。これは突発的な事故だ。これは本当のことだから、そう言うしかないよね」
 ショーンはルイの両肩を掴み、真っ直ぐな瞳でルイを見つめた。
「ルイは今の仕事、絶対に辞めないで。辞めなきゃいけなくなるようなことはしないで。でなきゃ、俺が後悔する・・・」
 ルイは涙を手で拭いながら、「分かったよ、ショーン」と呟いた。
「でもショーン、これから大変だぞ。イアンのこともそうだが、マスコミだって、おもしろおかしく書き立てる。おまけに君は、意味深な告白までやらかしたんだ。ハイエナ達が嗅ぎ回るぞ、きっと・・・」
「そうだね。うまく乗り切れるかどうか分からないけど、でも・・・。俺は一人じゃないから。ルイみたいな味方も大勢いるし、世界中には俺の本当の姿を見てくれるファンがたくさんいるって信じてる。今では」
 今日ステージから見た、観客の顔・顔・顔。
 きっと今日のライブを見てくれたファンは、分かってくれるはずだ。そして、俺の心の支えにもなってくれるはず・・・。
 今日の観客の顔を、ショーンは一生忘れないと思った。
 バルーンの一員でいる時は、決して見ることのなかったこと。真実は、すぐそこにあったというのに。
 ルイが、ショーンの頭をポンポンと叩いて呟く。
「先月、ギターが弾けないってベソかいてた人間とは同一人物と思えないな・・・。ショーン、どうしてお前はそこまで強くなれたんだ・・・?」
 それは、ルイの素直な心から出た質問だった。
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