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act.32
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感慨深く見つめ合うルイとショーンの楽屋のドアが、けたたましく叩かれた。
ルイがドアを開けると、スタッフの一人が肩で息をしながらそこに立っていた。
「すみません、お疲れのところ。プレス連中が早くも騒ぎ始めてます。今は、このコンサートを記事にする予定の音楽雑誌数社と新聞社が2社だけですが、クーパーさんのインタビューが欲しいと言っていて・・・。きっとライブ映像のことを聞きつけて、他の報道も今に押し掛けてきますよ」
ルイの表情が険しくなった。
「絶対にプレスラインから出すな。── ショーン、どうする? インタビュー受けるか?」
ルイがショーンを振り返ると、ショーンは首を横に振った。
「そこまではホントにまずいから。事務所にこれ以上迷惑をかけたくないし」
「分かった」
ルイは再度スタッフの青年に向き直ると、「ショーンを先に会場から出すようにしよう。その方がいい。車用意できるか?」と言った。ルイはすぐさま、「はい」という返事が返ってくるかと思ったのだが・・・。
「それが・・・」
スタッフの青年は、何とも歯切れの悪い返事をした。
「何だ?」
ルイが怪訝そうに顔を顰めると、青年はルイの肩越しにショーンを見て言う。
「迎えが来てるんです。ショーン・クーパーさん宛てに。本当に手配されたんですか?」
「え?」
ショーンは、テーブルに凭れ掛かっていた身体を起こした。
「何でもホテルからの迎えとかで・・・。通行許可書のパスを持ってなかったから、楽屋口で揉めてるんです。こっちもホテルの車がライブ会場まで乗り込んで来るなんてことなかったですから、戸惑っちゃって。一応身なりはホテルの運転手って格好なんですが・・・」
「はぁ・・・? それって、新手のストーカーか何かか?」
さすがのルイも思わずマヌケな声を出してしまう。スタッフも、「こんなこと報告するべきじゃなかったですかね・・・」と奇妙な顔つきで話した。
「分かりました。追い返します」
スタッフがそう言いながらドアを閉めようとした時、そのドアをショーンの手が止めた。
「 ── それって、どこのホテル?」
「だから、本人に確認してもらえれば、分かります」
羽柴は、自分を生涯の敵のように下から睨み付けてくる若者の視線に閉口していた。
スタッフカードを首からぶら下げた若者は、攻撃の手を緩めようとしない。真っ白いそばかすの浮かんだ頬を赤く上気させながら、捲し立てる。
「ニューヨークの気取ったホテルで、日本人の運転手が雇われてるだなんて聞いたこともない」
そう言って、彼はピンク色の唇を突き出した。
いかにもロックオタクっぽいその若者は、下から上へ、舐めるように羽柴を眺めてきた。
胸元にホテルのロゴが刺繍された漆黒の上下スーツにネクタイ、上品な黒のウールコート、白い手袋、そして頭には制帽。
確かに格好は一人前のホテルお抱え運転手だ。
「その発言は、アジア人に対する差別発言ですな」
羽柴がチクリとやり返すと、相手は益々不機嫌になった。
自分がこれまでの人生の中で黄色人種の人間に頭の上から見下ろされることもなかっただろうし、日本訛りのまったくない流暢な英語でやり込められたのも初めてのことだから、気にくわないこと甚だしいといったところだろう。
「とにかく、確認が取れ次第、アンタには速やかにここから立ち去ってもらう。それが僕の使命だから」
“そばかす君”が憧れのアーティストを守る最後の防衛戦といった決意で望んでいるのがありありと分かる。
それはそれで素晴らしいことだと思うが、今の羽柴には些か辛い状況には違いない。
ひょっとしたらショーンはホテルの名前などもう忘れているかもしれないし、ホテルから迎えが来ていること自体、ショーンのところまで情報が届いていないかもしれない。
客観的に考えてもおかしい状況だったし、相手が警戒して然るべき状態だった。
── さすがにここで、体格にモノを言わせて強行突破すると、警察まで連れて行かれるかな・・・?
羽柴がそう考え始めた頃、若者越しに見える楽屋口の廊下の先が途端に騒がしくなった。
羽柴も羽柴を食い止めていた若者も、揃って怪訝そうな顔つきをして奥に目をやる。
「・・・コウ・・・ッ!」
騒ぎ声の中に、微かにショーンのそんな声が聞こえてきたような気がした。
── 幻聴だろうか・・・。
そう思った矢先、人混みの中からショーンの赤毛が垣間見えた。
一度は振り返ったものの、何事もないと判断した若者も、羽柴に向き直る前にその視界の隅で赤毛を捉えたのか、ギョッとした顔で再度振り返る。
その性急な動きに、バランスを失った若者は筋力の弱さも手伝ってか、その場でよろめいたので、羽柴は思わず彼を後ろから支えてやる格好になってしまった。
「・・・ああ! 本当に、本当に信じられない!!」
人混みをかき分けて廊下に立ち止まったショーンは、運転手姿の羽柴を見て、一瞬怪訝そうに眉を顰めた。
羽柴が気恥ずかしそうに唇を噛みしめると、ショーンの緩く開かれた唇が何か言おうと動いたが、結局上手く言葉が繋げずに首を横に振ると、真っ直ぐ駆け寄ってきて、その首に飛びついた。
間に挟まれた若者もろとももみくちゃにしながら、ショーンは羽柴の身体をギュッと抱きしめる。
「お、おい・・・。変に思われるよ・・・」
慌てて羽柴が小さく囁くと、「あ、そうか」とショーンは慌てて身体を放した。
「ああ、まさかあのホテルでも超ベテランで伝説と言われているあなたにわざわざ迎えに来てもらえるとは。大変光栄です」
ショーンは畏まってそう言った。
「思わず感極まって、失礼な真似を・・・。すみません」
「いえ、ロックスターの方々には、いつも熱烈に喜んで頂いておりますので、慣れております」
羽柴も歪んだネクタイを直しながら、咳払いをする。
「へぇ、それは凄い。他の方は、どのような?」
「ええと・・・、ミック・ジャガー様には熱い抱擁だけでなく、強烈なキスもしていただきました」
「それは大変ですね」
「いえ。ホテルの運転手たるもの、心得ておりますので」
「さすがです」
そう言うショーンの瞳は、明らかに笑っている。それに答える羽柴の目も笑いを必死に堪えていたが、二人の間に立った若者は、口をポカンと開けてロック界の若きカリスマと一流ホテルの運転手の姿を交互に眺めていた。
彼が羽柴に向ける目は、今までの蔑んだものではなく、むしろ尊敬と憧れが入り混じったかのような視線であった。
「すみませんが、荷物を運ぶのを手伝って頂けますか?」
「もちろんです。どうぞお客様は、そのままで。ご指示をいただければ、私が運びます」
「じゃ、そこのギターケースと布袋を・・・」
今までショーンが立ち止まってたところに放り出されている荷物を目で指して、ショーンは言う。
羽柴はしなやかな身のこなしで荷物を手に取ると、「こちらでございます」とショーンを案内して外に出た。
“そばかす君”もつられるようにして、外に出る。
羽柴の服を着て運転席に座っていた本当の運転手は、本物のショーン・クーパーが出てきたことが驚きだったのか、運転席で飛び上がって天井に頭をぶつけ、顔を顰めながらも慌てて運転席から降りた。慌ただしくトランクを開け、ショーン用に後部座席のドアを開ける。
一般ビジネスマンの格好をした男の淀みない動きに、“そばかす君”がとんちんかんな顔つきをしているのを見て、ショーンは大声で言った。
「さすが、伝説の運転手ともなると、お弟子さんもつくのですね」
トランクにショーンの荷物を収め終わった羽柴が、「え?」とマヌケな声を上げて顔を上げると、いつもの癖で開けたドアの前で直立不動になっている自分の分身の姿に、思わず引きつった笑顔を浮かべた。
「ジョシュ、もういいよ。君は助手席で待機していなさい」
「え・・・? あ・・・、はい!」
運転手は顔を真っ赤にして、助手席に座った。
代わりに羽柴が後部座席の開いたドアの前に立つと、ショーンはやっと車の側まで歩いてきた。
ショーンはふと後ろを振り返ると、そこで呆然と立ちすくむ“そばかす君”に対して、小悪魔的なキメの笑顔を見せ言った。
「君は本当に素晴らしい仕事をしてくれた。・・・ええと・・・、ジミー」
スタッフカードの名前を見てそう言うショーンに、ジミーは完全に舞い上がってしまったようだ。
真っ白い顔を真っ赤にして、「ありがとうございます!!」と彼は何度も何度もヒステリックに叫んだ。
ショーンは車に乗る間際、羽柴と顔を併せて軽くウインクすると、ロックスターの風格よろしく、優雅に堂々と車に乗り込んだのだった。
羽柴がハンドルを握る帰りの車内は、大爆笑の渦だった。
ショーンも運転手のジョシュも、そしてあんなに疲労困憊していた羽柴でさえも、最後の一幕が視聴率の悪いコメディドラマのようで、何度も腹を抱えて笑った。
「いや・・・、すみません、お客様の前でこんな・・・」
ジョシュはそう言いながらも、笑いが堪えられず、再び笑い声を上げる。
羽柴も目尻に浮かんだ涙を拭いながら、「いや、今は俺が運転手だから。気にしなくていい」と笑った。
「ミック・ジャガーから熱烈なキスをされた運転手なんて、世界中どこ捜してもいやしないよね」
後部座席にひとりで座るショーンも、仕切りと涙を拭っている。
「ああ、こんなに笑ったの、久しぶり」
ショーンは、鼻をぐずぐずいわせた。
「それで、ショーン。どこに送り届けたらいい? 君の自宅かい? それとも事務所?」
羽柴が運転しながら訊くと、「できればこのまま、本当にホテルまで行ってもらってもいい?」と返事をした。
羽柴がバックミラーを見ると、ショーンはテレくさそうに頭を掻いた。
「また潜伏生活しないといけないようなこと、やらかしちゃったから」
ペロッと舌を出す。
ふいに羽柴は、笑みを消した。
「 ── 大丈夫なのかい?」
バックミラーの中のショーンは、揺るぎない笑顔を浮かべ、頷く。
「自分で決めてしたことだから。何があっても後悔だけはしない」
そんな笑顔を、羽柴は眩しい思いで見つめたのだった。
ホテルに着くと、羽柴とショーンは連れだって車を降りた。
「じゃ、私はここで。羽柴様の服は、後でお部屋までお届けいたします」
そう言う運転手と別れ、羽柴とショーンは礼を言った。
ホテルのポーターは、運転手姿の羽柴に戸惑ったようだが、すぐにそれが羽柴だと分かると、ショーンの荷物を受け取って、フロントまで案内した。
この時間、幸運なことにホテルのロビーは客の姿がなく、羽柴とショーンは急ぎ気味にフロントに向かった。
「心よりお待ちしておりました、ミスター・スミス」
フロントではシラーが出迎えてくれる。ショーンは、その出迎えの言葉に、思わず微笑みを浮かべる。
シラーは羽柴の格好を見て片眉を上げると、「羽柴様は随分とご活躍されたようですな」と呟いた。
「そうなんだ・・・」
そう答えた羽柴だったが、疲労のピークはもう限界に達していたのだろう。
次の瞬間にはグラリと身体が揺れ、ポーターとショーンが両側から慌てて彼の身体を支えた。
「コウ!」
ショーンが羽柴の顔を覗き込むと、びっしりと汗を掻いた羽柴の顔は真っ青で、意識は既に朦朧としていた。
シラーがカウンターから飛び出してきて、ポーターから羽柴の身体を受け取る。彼は素早く羽柴の体温をチェックした。
「熱はないが、逆に体温が低すぎるような気がする・・・。恐らく過労に違いないが、念のためフィンチ先生に連絡を取って。それから、車いすの用意を。・・・ご安心なさってください、ミスター・スミス。私共がついております」
不安そうに瞳を泳がせるショーンに向かって、シラーが落ち着いた声でそう言う。ショーンは、肩に羽柴の重みを感じながら、困惑した顔つきのまま頷いた。
そのまま羽柴は彼の部屋まで迅速に運ばれ、数人の男手でベッドに横たえられた。むろん、ショーンもそれを手伝った。
ショーンは、彼の心底大事にしているウールコート・・・このコートだけは運転手の衣装を借りても彼自身が着ていた・・・をくしゃくしゃにされる前にクローゼットにしまい、上着を脱がせるのを手伝い、洗面所から取ってきたタオルで、羽柴の顔の汗を拭った。
シラーは、羽柴の着ている白いYシャツの胸元をくつろがせながら、部下に予備のタオルを持ってくるように指示を出した。
一方ショーンは、靴と靴下を脱がせて、足の裏にもびっしりと掻いていた汗を乾いたタオルで丁寧に拭い、その後濡らして硬く絞ったタオルで更にもう一度拭った。
あの頑丈な羽柴が倒れるなんて思っても見なかったから不安で堪らなかったが、早く彼の気分がよくなるようにと機敏に動いた。
後から召集されたベテランのメイドが入ってきて、寝室のクローゼットから羽柴のパジャマを取り出すと、数人がかりで着替えさせた。
「凄く汗を掻いてらっしゃっるから、念のため、替えのパジャマも用意しておきますわ」
彼女はそう言うと、運転手の制服を抱えて一旦外に出た。寝室は、シラーとショーンだけが残る形となった。
「冷たいタオルと温かいタオル、どっちがいいだろう・・・」
なおも足を拭きながらショーンがシラーに訊くと、「どうぞ我々にお任せください」と言った。
ショーンが泣きそうな顔をして言う。
「 ── どうか手伝わせて。お願い」
シラーはじっとショーンを見つめると、「不躾なことを申しまして、申し訳ありません」と言って頭を下げた。
「両方用意しましょう。温かいタオルで全身の汗を拭いて、冷たいタオルで頭部を冷やすようにした方がいいのかもしれません。私は、スープか何かを用意するようにいたします。実は、彼に夕食もとらせず、あなたの元に行かせたのは私ですから・・・。空腹が疲労に拍車をかけたのかもしれません。反省しております」
「そうだったんですか・・・」
ショーンが思わず息を飲み込むと、シラーは苦々しい表情で「本当にホテリアとして失格です。ここのところ羽柴様は、連日残業なさっていて、とても疲れておいででしたから。彼に無理をさせてしまいました」と言った。
「 ── 君のせいなんかじゃないさ・・・」
「コウ!」
ふいに枕元から羽柴のか細い声が聞こえ、ショーンはベッドサイドまで回る。
羽柴は、シラーの腕を掴み、「君には凄く感謝してる・・・。これ以上にないホスピタリティだよ。おかげで、王子様をゲットできた。全く・・・夢みたいな話だ・・・」と言った。
「羽柴様・・・」
「君がもし、今回の件で始末書なんか書いたら、俺はもうこのホテルに泊まりには来ないからな。支配人にそう伝えてくれ」
「確かに、お伺いしましたよ」
寝室の入口から、聡明な女性の声が聞こえてきた。
ホテル・アストライアの総支配人・・・つまりシラーの上司であるナタリー・ケインだった。
「当ホテル一番のお得意さまが泊まられないとあれば、ホテル・アストライアの大変な損失です。ご安心なさって、ミスター・ハシバ。あなたが心配することはありません。ケイブ、羽柴様とスミス様に食べやすい夜食をご用意して差し上げて。それから羽柴様、一応、医師の診察を受けてくださいね。私達のことも、安心させてください」
淡いブロンドに白髪が混じる上品な物腰の彼女は、提携している病院の医師を寝室に通した。
医師はすぐに過労からくる貧血の診断を下して、羽柴に点滴を施した。
連日の激務に加え、食欲不振だったことや、精神的疲労も重なってのことだろうと言った。
「とにかく、休息を取ることです。今日と明日ぐらいは、ゆっくり眠るように。いいですね」
点滴が終わる頃には、温かな食事が羽柴の元に届けられた。
コーンミールを柔らかく煮込んだポレンタ、ほうれん草のポタージュスープに数種類の豆と魚を圧力鍋で煮込んだもの、野菜のジュース、冷たく冷やされた果物、ホットミルク、バターナットスカッシュとりんごのベイクなど・・・。どれもホテルのレストランで華々しく並べられるメニューとは違い、素朴なアメリカの家庭料理といったものが並んでいた。いずれも羽柴の身体のことを考えた、優しい食事だった。
「食べられるものだけ、お食べください」
「もちろん、全部いただくよ・・・」
点滴を終えた羽柴は大分具合も落ち着いてきたのか、再び食欲が戻ってきたようだった。
医師もその様子を見て満足そうにし、「これなら大丈夫」と太鼓判を押して羽柴の部屋を後にした。
その食事はもちろんショーンの分も用意されたが、寝室で一緒に食べる訳にもいかず、ショーンは後から食べることにした。
シラーは、食器は明日の朝下げに来るので、ゆっくり食事なさってくださいと言い残し、ショーンに羽柴の分の着替えのパジャマに加え、ショーンの分のパジャマまで手渡して、部屋を出て行った。
急に部屋がシンと静まり返る。
まるで今日一日の騒がしさが嘘みたいに。
ショーンはホッと息をついて、寝室に戻った。
ベッドに身体を起こした羽柴は、ベッドの上に設けられたトレイの上に並ぶ食事を、ゆっくりと口に運んでいた。
── よかった・・・。本当に食べてる。
ショーンは、さっきまで医師が座っていたベッドサイドのイスに腰掛けた。
「ご飯、おいしい?」
ショーンが訊くと、羽柴は頷いた。
「よかった。食事の味が分かるんなら、本当に大丈夫そうだ」
ショーンが柔らかく微笑むと、羽柴は逆に顔を苦々しく顰め、「心配かけちゃったな・・・。ごめん」と謝った。
「人前でこんなになるなんて、初めてのことだよ。本当に恥ずかしい」
ショーンは首を横に振った。
「ううん。酷く疲れてたんでしょ? こうなって当たり前だよ。俺の方こそごめんね、余計な気を使わせちゃって」
そう言ったショーンはしばらく羽柴の顔を見つめて、ふいにポロポロと涙を零した。
そのことに、ショーン自身が驚いた様子だった。
彼は慌てふためくと、ゴシゴシとトレーナーの袖で涙を拭った。
「ご、ごめん! 何だか、コウが倒れたことで動揺しちゃったのかな・・・。ホント、ごめんね」
「ショーン・・・」
羽柴がスプーンを置いて、ベッドの上のショーンの左手をギュッと握った。
ショーンは感極まったのか、両手で羽柴の手を握り返すと、額をそこに押しつけて泣いた。
羽柴もいたたまれない気分になる。
だがショーンはすぐに顔を起こすと、側にあったタオルで顔を拭いた。プハッと息ついて、肩の力を抜いた。
「もう大丈夫。落ち着いた」
そう言って彼は、極上の笑顔を浮かべる。
その繊細な表情の移り変わりは、彼が本当にさっきまであんなに大勢の観客を魅了した人物とは思えないほどナイーブに見えた。
けれど、次の瞬間には穏やかな大人の男性がするような落ち着いた表情を見せる。
十代から二十代に移り変わろうとしている特別な年代特有の、微妙な変化、成長。
ショーンの次々と変わる表情は、見る者にそれを痛感させる。
「コウは・・・さっきのライブ、見てたの?」
「ああ、偶然ね。俺もまさか君がもうニューヨークに戻ってきていて、あんな風に人前で歌えるようになっていただなんて、思ってもみなかったよ」
「じゃ、あの歌も、俺の言ったことも、全部聞いた?」
「ああ・・・」
「そう。・・・公共の電波にのせちゃったことだから、いずれはコウの耳にも届くとは思ってたけど、正直俺も、こんなに早くコウが知ることになるだなんて思ってもみなかったよ」
確かに、本当なら羽柴はこの頃まだ日本にいる予定だったのだ。
羽柴がニューヨークにいたのは、羽柴が休日を返上した上に会社の命令があったせいで、まったくの偶然だった。
ショーンは、羽柴の手を再び両手で握ると、真っ直ぐ羽柴を見て言った。
「でも・・・ちゃんとこれだけは言わせて。── 俺、コウのことが好き」
『Love』という単語に反応してか、ピクリと羽柴の指が震える。
ショーンは、静かに続けた。
「絶対に負担に思って欲しくないけど、俺がコウのこと好きだってことは、分かって欲しかったから」
「うん・・・」
「別に、コウからいい返事が聞けなくってもいいんだ。コウにとって、俺の気持ちに応えるのが難しいことも分かってる。── 年の差のこともそうだし、俺はいつでもマスコミに追われてしまう身だし、昔のコウの大切な思い出のこともあるしね。・・・でも、俺がコウを好きだって気持ちには変わりないから」
大きな茜色の瞳が寝室の柔らかい光に照らされ、深い緋色に燃えていた。
感情を吐き出すような告白とは違う、落ち着いた静かな告白だったがために、余計に羽柴の心に染みた。
羽柴は、真っ直ぐ見つめてくるショーンの美しい瞳に耐えられず、ふいっと顔を伏せた。
「・・・ごめん、ショーン・・・」
そう言って、羽柴は言い淀む。
だが、ショーンはちっとも取り乱すことはなかった。
傍らでショーンが立ち上がる気配がする。
「いいんだよ、本当に。気にしないで。俺は十分満足してる。今まで、無理矢理この気持ちを押し潰そうとして苦しい思いをしてたんだもの。それに比べたら今は、本当にすっきりして清々しい気分。だから、変に気は使わないで。今はゆっくり休むことだけ考えて。── 部屋、シラーさんに頼んで別に取ってもらうね。本当は最初から、そのつもりだったんだ」
そう言って寝室を出ていこうとしたショーンを、「待ってくれ」と羽柴は止めた。
ショーンが振り返る。
羽柴は言った。
「随分・・・随分都合がいい話だとは思うが・・・。俺も思い切って言ってみることにする」
ショーンの瞳が瞬いた。
羽柴は続ける。
「結論から言うと、今ショーンとは恋人同士になれない。けれどそれは全く駄目だという訳でなく・・・何というかその・・・怖いんだ。はっきりいって、5年も経った今になって自分を持て余してる。だから、さっきも言ったけど・・・何というか・・・すぐ答えは出せなそうもなくて・・・。── 時間が欲しい」
羽柴は、少し視線を外して大きく息を吐き出すと、「こんな中途半端な返事で、ごめん」と謝った。
「コウ・・・。それって、まだ俺にも見込みがあるってこと・・・?」
ショーンは大きな瞳を更に大きく見開く。
羽柴はいまだ気まずそうな顔つきをして、「何とも言えないが・・・。そうだとも言える」と言葉を濁した。本当にショーンに対してすまなそうに。
だがショーンは、対照的に活き活きと表情を輝かせた。
「十分だよ! 十分だよ、コウ!」
ショーンが再びベッドサイドまで駆け寄ってきて、跪く。
「その返事が貰えただけで、凄く嬉しいよ、コウ・・・!」
「けれどショーン、時間が経っても駄目な場合だってあるんだぞ。それでもいいのか?」
「駄目になったら、その時にまた泣けばいいんだもの。今はそんな心配しないよ」
「君がこんなオッサンに飽きたら、いつでも切り替えていいんだからな」
「それも、その時に考えればいいことでしょ。でも、今の俺はコウ以外に考えられない。だって、出会った時から好きだったんだもの。あの日、この部屋でコウの胸に飛び込んだ時からね・・・」
二人の脳裡に、あの日の偶然の出会いが思い浮かぶ。
そして二人で微笑みあった。
「俺、コウがいいっていう時までコウに迫ったりしないし、キスとかその他のこととか、いろいろせがんだりもしないよ。でも・・・ひとつだけ我が儘言わせて」
「我が儘?」
ショーンが頷く。
「髪の毛、グシャグシャってして。前にしてくれたみたいに」
「何だ、そんなことか」
「そんなことって! 俺にとっては大切なことなの」
ショーンはそう言って、頭を差し出す。
羽柴は、大きな手でクシャクシャとショーンの赤毛の髪を掻き乱したのだった。
ルイがドアを開けると、スタッフの一人が肩で息をしながらそこに立っていた。
「すみません、お疲れのところ。プレス連中が早くも騒ぎ始めてます。今は、このコンサートを記事にする予定の音楽雑誌数社と新聞社が2社だけですが、クーパーさんのインタビューが欲しいと言っていて・・・。きっとライブ映像のことを聞きつけて、他の報道も今に押し掛けてきますよ」
ルイの表情が険しくなった。
「絶対にプレスラインから出すな。── ショーン、どうする? インタビュー受けるか?」
ルイがショーンを振り返ると、ショーンは首を横に振った。
「そこまではホントにまずいから。事務所にこれ以上迷惑をかけたくないし」
「分かった」
ルイは再度スタッフの青年に向き直ると、「ショーンを先に会場から出すようにしよう。その方がいい。車用意できるか?」と言った。ルイはすぐさま、「はい」という返事が返ってくるかと思ったのだが・・・。
「それが・・・」
スタッフの青年は、何とも歯切れの悪い返事をした。
「何だ?」
ルイが怪訝そうに顔を顰めると、青年はルイの肩越しにショーンを見て言う。
「迎えが来てるんです。ショーン・クーパーさん宛てに。本当に手配されたんですか?」
「え?」
ショーンは、テーブルに凭れ掛かっていた身体を起こした。
「何でもホテルからの迎えとかで・・・。通行許可書のパスを持ってなかったから、楽屋口で揉めてるんです。こっちもホテルの車がライブ会場まで乗り込んで来るなんてことなかったですから、戸惑っちゃって。一応身なりはホテルの運転手って格好なんですが・・・」
「はぁ・・・? それって、新手のストーカーか何かか?」
さすがのルイも思わずマヌケな声を出してしまう。スタッフも、「こんなこと報告するべきじゃなかったですかね・・・」と奇妙な顔つきで話した。
「分かりました。追い返します」
スタッフがそう言いながらドアを閉めようとした時、そのドアをショーンの手が止めた。
「 ── それって、どこのホテル?」
「だから、本人に確認してもらえれば、分かります」
羽柴は、自分を生涯の敵のように下から睨み付けてくる若者の視線に閉口していた。
スタッフカードを首からぶら下げた若者は、攻撃の手を緩めようとしない。真っ白いそばかすの浮かんだ頬を赤く上気させながら、捲し立てる。
「ニューヨークの気取ったホテルで、日本人の運転手が雇われてるだなんて聞いたこともない」
そう言って、彼はピンク色の唇を突き出した。
いかにもロックオタクっぽいその若者は、下から上へ、舐めるように羽柴を眺めてきた。
胸元にホテルのロゴが刺繍された漆黒の上下スーツにネクタイ、上品な黒のウールコート、白い手袋、そして頭には制帽。
確かに格好は一人前のホテルお抱え運転手だ。
「その発言は、アジア人に対する差別発言ですな」
羽柴がチクリとやり返すと、相手は益々不機嫌になった。
自分がこれまでの人生の中で黄色人種の人間に頭の上から見下ろされることもなかっただろうし、日本訛りのまったくない流暢な英語でやり込められたのも初めてのことだから、気にくわないこと甚だしいといったところだろう。
「とにかく、確認が取れ次第、アンタには速やかにここから立ち去ってもらう。それが僕の使命だから」
“そばかす君”が憧れのアーティストを守る最後の防衛戦といった決意で望んでいるのがありありと分かる。
それはそれで素晴らしいことだと思うが、今の羽柴には些か辛い状況には違いない。
ひょっとしたらショーンはホテルの名前などもう忘れているかもしれないし、ホテルから迎えが来ていること自体、ショーンのところまで情報が届いていないかもしれない。
客観的に考えてもおかしい状況だったし、相手が警戒して然るべき状態だった。
── さすがにここで、体格にモノを言わせて強行突破すると、警察まで連れて行かれるかな・・・?
羽柴がそう考え始めた頃、若者越しに見える楽屋口の廊下の先が途端に騒がしくなった。
羽柴も羽柴を食い止めていた若者も、揃って怪訝そうな顔つきをして奥に目をやる。
「・・・コウ・・・ッ!」
騒ぎ声の中に、微かにショーンのそんな声が聞こえてきたような気がした。
── 幻聴だろうか・・・。
そう思った矢先、人混みの中からショーンの赤毛が垣間見えた。
一度は振り返ったものの、何事もないと判断した若者も、羽柴に向き直る前にその視界の隅で赤毛を捉えたのか、ギョッとした顔で再度振り返る。
その性急な動きに、バランスを失った若者は筋力の弱さも手伝ってか、その場でよろめいたので、羽柴は思わず彼を後ろから支えてやる格好になってしまった。
「・・・ああ! 本当に、本当に信じられない!!」
人混みをかき分けて廊下に立ち止まったショーンは、運転手姿の羽柴を見て、一瞬怪訝そうに眉を顰めた。
羽柴が気恥ずかしそうに唇を噛みしめると、ショーンの緩く開かれた唇が何か言おうと動いたが、結局上手く言葉が繋げずに首を横に振ると、真っ直ぐ駆け寄ってきて、その首に飛びついた。
間に挟まれた若者もろとももみくちゃにしながら、ショーンは羽柴の身体をギュッと抱きしめる。
「お、おい・・・。変に思われるよ・・・」
慌てて羽柴が小さく囁くと、「あ、そうか」とショーンは慌てて身体を放した。
「ああ、まさかあのホテルでも超ベテランで伝説と言われているあなたにわざわざ迎えに来てもらえるとは。大変光栄です」
ショーンは畏まってそう言った。
「思わず感極まって、失礼な真似を・・・。すみません」
「いえ、ロックスターの方々には、いつも熱烈に喜んで頂いておりますので、慣れております」
羽柴も歪んだネクタイを直しながら、咳払いをする。
「へぇ、それは凄い。他の方は、どのような?」
「ええと・・・、ミック・ジャガー様には熱い抱擁だけでなく、強烈なキスもしていただきました」
「それは大変ですね」
「いえ。ホテルの運転手たるもの、心得ておりますので」
「さすがです」
そう言うショーンの瞳は、明らかに笑っている。それに答える羽柴の目も笑いを必死に堪えていたが、二人の間に立った若者は、口をポカンと開けてロック界の若きカリスマと一流ホテルの運転手の姿を交互に眺めていた。
彼が羽柴に向ける目は、今までの蔑んだものではなく、むしろ尊敬と憧れが入り混じったかのような視線であった。
「すみませんが、荷物を運ぶのを手伝って頂けますか?」
「もちろんです。どうぞお客様は、そのままで。ご指示をいただければ、私が運びます」
「じゃ、そこのギターケースと布袋を・・・」
今までショーンが立ち止まってたところに放り出されている荷物を目で指して、ショーンは言う。
羽柴はしなやかな身のこなしで荷物を手に取ると、「こちらでございます」とショーンを案内して外に出た。
“そばかす君”もつられるようにして、外に出る。
羽柴の服を着て運転席に座っていた本当の運転手は、本物のショーン・クーパーが出てきたことが驚きだったのか、運転席で飛び上がって天井に頭をぶつけ、顔を顰めながらも慌てて運転席から降りた。慌ただしくトランクを開け、ショーン用に後部座席のドアを開ける。
一般ビジネスマンの格好をした男の淀みない動きに、“そばかす君”がとんちんかんな顔つきをしているのを見て、ショーンは大声で言った。
「さすが、伝説の運転手ともなると、お弟子さんもつくのですね」
トランクにショーンの荷物を収め終わった羽柴が、「え?」とマヌケな声を上げて顔を上げると、いつもの癖で開けたドアの前で直立不動になっている自分の分身の姿に、思わず引きつった笑顔を浮かべた。
「ジョシュ、もういいよ。君は助手席で待機していなさい」
「え・・・? あ・・・、はい!」
運転手は顔を真っ赤にして、助手席に座った。
代わりに羽柴が後部座席の開いたドアの前に立つと、ショーンはやっと車の側まで歩いてきた。
ショーンはふと後ろを振り返ると、そこで呆然と立ちすくむ“そばかす君”に対して、小悪魔的なキメの笑顔を見せ言った。
「君は本当に素晴らしい仕事をしてくれた。・・・ええと・・・、ジミー」
スタッフカードの名前を見てそう言うショーンに、ジミーは完全に舞い上がってしまったようだ。
真っ白い顔を真っ赤にして、「ありがとうございます!!」と彼は何度も何度もヒステリックに叫んだ。
ショーンは車に乗る間際、羽柴と顔を併せて軽くウインクすると、ロックスターの風格よろしく、優雅に堂々と車に乗り込んだのだった。
羽柴がハンドルを握る帰りの車内は、大爆笑の渦だった。
ショーンも運転手のジョシュも、そしてあんなに疲労困憊していた羽柴でさえも、最後の一幕が視聴率の悪いコメディドラマのようで、何度も腹を抱えて笑った。
「いや・・・、すみません、お客様の前でこんな・・・」
ジョシュはそう言いながらも、笑いが堪えられず、再び笑い声を上げる。
羽柴も目尻に浮かんだ涙を拭いながら、「いや、今は俺が運転手だから。気にしなくていい」と笑った。
「ミック・ジャガーから熱烈なキスをされた運転手なんて、世界中どこ捜してもいやしないよね」
後部座席にひとりで座るショーンも、仕切りと涙を拭っている。
「ああ、こんなに笑ったの、久しぶり」
ショーンは、鼻をぐずぐずいわせた。
「それで、ショーン。どこに送り届けたらいい? 君の自宅かい? それとも事務所?」
羽柴が運転しながら訊くと、「できればこのまま、本当にホテルまで行ってもらってもいい?」と返事をした。
羽柴がバックミラーを見ると、ショーンはテレくさそうに頭を掻いた。
「また潜伏生活しないといけないようなこと、やらかしちゃったから」
ペロッと舌を出す。
ふいに羽柴は、笑みを消した。
「 ── 大丈夫なのかい?」
バックミラーの中のショーンは、揺るぎない笑顔を浮かべ、頷く。
「自分で決めてしたことだから。何があっても後悔だけはしない」
そんな笑顔を、羽柴は眩しい思いで見つめたのだった。
ホテルに着くと、羽柴とショーンは連れだって車を降りた。
「じゃ、私はここで。羽柴様の服は、後でお部屋までお届けいたします」
そう言う運転手と別れ、羽柴とショーンは礼を言った。
ホテルのポーターは、運転手姿の羽柴に戸惑ったようだが、すぐにそれが羽柴だと分かると、ショーンの荷物を受け取って、フロントまで案内した。
この時間、幸運なことにホテルのロビーは客の姿がなく、羽柴とショーンは急ぎ気味にフロントに向かった。
「心よりお待ちしておりました、ミスター・スミス」
フロントではシラーが出迎えてくれる。ショーンは、その出迎えの言葉に、思わず微笑みを浮かべる。
シラーは羽柴の格好を見て片眉を上げると、「羽柴様は随分とご活躍されたようですな」と呟いた。
「そうなんだ・・・」
そう答えた羽柴だったが、疲労のピークはもう限界に達していたのだろう。
次の瞬間にはグラリと身体が揺れ、ポーターとショーンが両側から慌てて彼の身体を支えた。
「コウ!」
ショーンが羽柴の顔を覗き込むと、びっしりと汗を掻いた羽柴の顔は真っ青で、意識は既に朦朧としていた。
シラーがカウンターから飛び出してきて、ポーターから羽柴の身体を受け取る。彼は素早く羽柴の体温をチェックした。
「熱はないが、逆に体温が低すぎるような気がする・・・。恐らく過労に違いないが、念のためフィンチ先生に連絡を取って。それから、車いすの用意を。・・・ご安心なさってください、ミスター・スミス。私共がついております」
不安そうに瞳を泳がせるショーンに向かって、シラーが落ち着いた声でそう言う。ショーンは、肩に羽柴の重みを感じながら、困惑した顔つきのまま頷いた。
そのまま羽柴は彼の部屋まで迅速に運ばれ、数人の男手でベッドに横たえられた。むろん、ショーンもそれを手伝った。
ショーンは、彼の心底大事にしているウールコート・・・このコートだけは運転手の衣装を借りても彼自身が着ていた・・・をくしゃくしゃにされる前にクローゼットにしまい、上着を脱がせるのを手伝い、洗面所から取ってきたタオルで、羽柴の顔の汗を拭った。
シラーは、羽柴の着ている白いYシャツの胸元をくつろがせながら、部下に予備のタオルを持ってくるように指示を出した。
一方ショーンは、靴と靴下を脱がせて、足の裏にもびっしりと掻いていた汗を乾いたタオルで丁寧に拭い、その後濡らして硬く絞ったタオルで更にもう一度拭った。
あの頑丈な羽柴が倒れるなんて思っても見なかったから不安で堪らなかったが、早く彼の気分がよくなるようにと機敏に動いた。
後から召集されたベテランのメイドが入ってきて、寝室のクローゼットから羽柴のパジャマを取り出すと、数人がかりで着替えさせた。
「凄く汗を掻いてらっしゃっるから、念のため、替えのパジャマも用意しておきますわ」
彼女はそう言うと、運転手の制服を抱えて一旦外に出た。寝室は、シラーとショーンだけが残る形となった。
「冷たいタオルと温かいタオル、どっちがいいだろう・・・」
なおも足を拭きながらショーンがシラーに訊くと、「どうぞ我々にお任せください」と言った。
ショーンが泣きそうな顔をして言う。
「 ── どうか手伝わせて。お願い」
シラーはじっとショーンを見つめると、「不躾なことを申しまして、申し訳ありません」と言って頭を下げた。
「両方用意しましょう。温かいタオルで全身の汗を拭いて、冷たいタオルで頭部を冷やすようにした方がいいのかもしれません。私は、スープか何かを用意するようにいたします。実は、彼に夕食もとらせず、あなたの元に行かせたのは私ですから・・・。空腹が疲労に拍車をかけたのかもしれません。反省しております」
「そうだったんですか・・・」
ショーンが思わず息を飲み込むと、シラーは苦々しい表情で「本当にホテリアとして失格です。ここのところ羽柴様は、連日残業なさっていて、とても疲れておいででしたから。彼に無理をさせてしまいました」と言った。
「 ── 君のせいなんかじゃないさ・・・」
「コウ!」
ふいに枕元から羽柴のか細い声が聞こえ、ショーンはベッドサイドまで回る。
羽柴は、シラーの腕を掴み、「君には凄く感謝してる・・・。これ以上にないホスピタリティだよ。おかげで、王子様をゲットできた。全く・・・夢みたいな話だ・・・」と言った。
「羽柴様・・・」
「君がもし、今回の件で始末書なんか書いたら、俺はもうこのホテルに泊まりには来ないからな。支配人にそう伝えてくれ」
「確かに、お伺いしましたよ」
寝室の入口から、聡明な女性の声が聞こえてきた。
ホテル・アストライアの総支配人・・・つまりシラーの上司であるナタリー・ケインだった。
「当ホテル一番のお得意さまが泊まられないとあれば、ホテル・アストライアの大変な損失です。ご安心なさって、ミスター・ハシバ。あなたが心配することはありません。ケイブ、羽柴様とスミス様に食べやすい夜食をご用意して差し上げて。それから羽柴様、一応、医師の診察を受けてくださいね。私達のことも、安心させてください」
淡いブロンドに白髪が混じる上品な物腰の彼女は、提携している病院の医師を寝室に通した。
医師はすぐに過労からくる貧血の診断を下して、羽柴に点滴を施した。
連日の激務に加え、食欲不振だったことや、精神的疲労も重なってのことだろうと言った。
「とにかく、休息を取ることです。今日と明日ぐらいは、ゆっくり眠るように。いいですね」
点滴が終わる頃には、温かな食事が羽柴の元に届けられた。
コーンミールを柔らかく煮込んだポレンタ、ほうれん草のポタージュスープに数種類の豆と魚を圧力鍋で煮込んだもの、野菜のジュース、冷たく冷やされた果物、ホットミルク、バターナットスカッシュとりんごのベイクなど・・・。どれもホテルのレストランで華々しく並べられるメニューとは違い、素朴なアメリカの家庭料理といったものが並んでいた。いずれも羽柴の身体のことを考えた、優しい食事だった。
「食べられるものだけ、お食べください」
「もちろん、全部いただくよ・・・」
点滴を終えた羽柴は大分具合も落ち着いてきたのか、再び食欲が戻ってきたようだった。
医師もその様子を見て満足そうにし、「これなら大丈夫」と太鼓判を押して羽柴の部屋を後にした。
その食事はもちろんショーンの分も用意されたが、寝室で一緒に食べる訳にもいかず、ショーンは後から食べることにした。
シラーは、食器は明日の朝下げに来るので、ゆっくり食事なさってくださいと言い残し、ショーンに羽柴の分の着替えのパジャマに加え、ショーンの分のパジャマまで手渡して、部屋を出て行った。
急に部屋がシンと静まり返る。
まるで今日一日の騒がしさが嘘みたいに。
ショーンはホッと息をついて、寝室に戻った。
ベッドに身体を起こした羽柴は、ベッドの上に設けられたトレイの上に並ぶ食事を、ゆっくりと口に運んでいた。
── よかった・・・。本当に食べてる。
ショーンは、さっきまで医師が座っていたベッドサイドのイスに腰掛けた。
「ご飯、おいしい?」
ショーンが訊くと、羽柴は頷いた。
「よかった。食事の味が分かるんなら、本当に大丈夫そうだ」
ショーンが柔らかく微笑むと、羽柴は逆に顔を苦々しく顰め、「心配かけちゃったな・・・。ごめん」と謝った。
「人前でこんなになるなんて、初めてのことだよ。本当に恥ずかしい」
ショーンは首を横に振った。
「ううん。酷く疲れてたんでしょ? こうなって当たり前だよ。俺の方こそごめんね、余計な気を使わせちゃって」
そう言ったショーンはしばらく羽柴の顔を見つめて、ふいにポロポロと涙を零した。
そのことに、ショーン自身が驚いた様子だった。
彼は慌てふためくと、ゴシゴシとトレーナーの袖で涙を拭った。
「ご、ごめん! 何だか、コウが倒れたことで動揺しちゃったのかな・・・。ホント、ごめんね」
「ショーン・・・」
羽柴がスプーンを置いて、ベッドの上のショーンの左手をギュッと握った。
ショーンは感極まったのか、両手で羽柴の手を握り返すと、額をそこに押しつけて泣いた。
羽柴もいたたまれない気分になる。
だがショーンはすぐに顔を起こすと、側にあったタオルで顔を拭いた。プハッと息ついて、肩の力を抜いた。
「もう大丈夫。落ち着いた」
そう言って彼は、極上の笑顔を浮かべる。
その繊細な表情の移り変わりは、彼が本当にさっきまであんなに大勢の観客を魅了した人物とは思えないほどナイーブに見えた。
けれど、次の瞬間には穏やかな大人の男性がするような落ち着いた表情を見せる。
十代から二十代に移り変わろうとしている特別な年代特有の、微妙な変化、成長。
ショーンの次々と変わる表情は、見る者にそれを痛感させる。
「コウは・・・さっきのライブ、見てたの?」
「ああ、偶然ね。俺もまさか君がもうニューヨークに戻ってきていて、あんな風に人前で歌えるようになっていただなんて、思ってもみなかったよ」
「じゃ、あの歌も、俺の言ったことも、全部聞いた?」
「ああ・・・」
「そう。・・・公共の電波にのせちゃったことだから、いずれはコウの耳にも届くとは思ってたけど、正直俺も、こんなに早くコウが知ることになるだなんて思ってもみなかったよ」
確かに、本当なら羽柴はこの頃まだ日本にいる予定だったのだ。
羽柴がニューヨークにいたのは、羽柴が休日を返上した上に会社の命令があったせいで、まったくの偶然だった。
ショーンは、羽柴の手を再び両手で握ると、真っ直ぐ羽柴を見て言った。
「でも・・・ちゃんとこれだけは言わせて。── 俺、コウのことが好き」
『Love』という単語に反応してか、ピクリと羽柴の指が震える。
ショーンは、静かに続けた。
「絶対に負担に思って欲しくないけど、俺がコウのこと好きだってことは、分かって欲しかったから」
「うん・・・」
「別に、コウからいい返事が聞けなくってもいいんだ。コウにとって、俺の気持ちに応えるのが難しいことも分かってる。── 年の差のこともそうだし、俺はいつでもマスコミに追われてしまう身だし、昔のコウの大切な思い出のこともあるしね。・・・でも、俺がコウを好きだって気持ちには変わりないから」
大きな茜色の瞳が寝室の柔らかい光に照らされ、深い緋色に燃えていた。
感情を吐き出すような告白とは違う、落ち着いた静かな告白だったがために、余計に羽柴の心に染みた。
羽柴は、真っ直ぐ見つめてくるショーンの美しい瞳に耐えられず、ふいっと顔を伏せた。
「・・・ごめん、ショーン・・・」
そう言って、羽柴は言い淀む。
だが、ショーンはちっとも取り乱すことはなかった。
傍らでショーンが立ち上がる気配がする。
「いいんだよ、本当に。気にしないで。俺は十分満足してる。今まで、無理矢理この気持ちを押し潰そうとして苦しい思いをしてたんだもの。それに比べたら今は、本当にすっきりして清々しい気分。だから、変に気は使わないで。今はゆっくり休むことだけ考えて。── 部屋、シラーさんに頼んで別に取ってもらうね。本当は最初から、そのつもりだったんだ」
そう言って寝室を出ていこうとしたショーンを、「待ってくれ」と羽柴は止めた。
ショーンが振り返る。
羽柴は言った。
「随分・・・随分都合がいい話だとは思うが・・・。俺も思い切って言ってみることにする」
ショーンの瞳が瞬いた。
羽柴は続ける。
「結論から言うと、今ショーンとは恋人同士になれない。けれどそれは全く駄目だという訳でなく・・・何というかその・・・怖いんだ。はっきりいって、5年も経った今になって自分を持て余してる。だから、さっきも言ったけど・・・何というか・・・すぐ答えは出せなそうもなくて・・・。── 時間が欲しい」
羽柴は、少し視線を外して大きく息を吐き出すと、「こんな中途半端な返事で、ごめん」と謝った。
「コウ・・・。それって、まだ俺にも見込みがあるってこと・・・?」
ショーンは大きな瞳を更に大きく見開く。
羽柴はいまだ気まずそうな顔つきをして、「何とも言えないが・・・。そうだとも言える」と言葉を濁した。本当にショーンに対してすまなそうに。
だがショーンは、対照的に活き活きと表情を輝かせた。
「十分だよ! 十分だよ、コウ!」
ショーンが再びベッドサイドまで駆け寄ってきて、跪く。
「その返事が貰えただけで、凄く嬉しいよ、コウ・・・!」
「けれどショーン、時間が経っても駄目な場合だってあるんだぞ。それでもいいのか?」
「駄目になったら、その時にまた泣けばいいんだもの。今はそんな心配しないよ」
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「それも、その時に考えればいいことでしょ。でも、今の俺はコウ以外に考えられない。だって、出会った時から好きだったんだもの。あの日、この部屋でコウの胸に飛び込んだ時からね・・・」
二人の脳裡に、あの日の偶然の出会いが思い浮かぶ。
そして二人で微笑みあった。
「俺、コウがいいっていう時までコウに迫ったりしないし、キスとかその他のこととか、いろいろせがんだりもしないよ。でも・・・ひとつだけ我が儘言わせて」
「我が儘?」
ショーンが頷く。
「髪の毛、グシャグシャってして。前にしてくれたみたいに」
「何だ、そんなことか」
「そんなことって! 俺にとっては大切なことなの」
ショーンはそう言って、頭を差し出す。
羽柴は、大きな手でクシャクシャとショーンの赤毛の髪を掻き乱したのだった。
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