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「俺って、雨男なのかもしれないなぁ」
ショーンがバツが悪そうに口を尖らせる。
「肝心の旅立ちの日だっていうのに、雨なんて」
そんなショーンの言葉を聞いて、ポールが天を見上げた。
曇天の空からは、小雨がサラサラと落ちてくる。
ポールは少し物寂しげな微笑みを浮かべ、「おじさんの心境を表してるんじゃないのか・・・」と肩を竦めた。
ショーンも「そうかもね」と小さく答える。
ショーンの背後では、ブルブルと震えるバスの鈍い銀色の車体があった。行き先を告げるサインには、『ニューヨーク』とある。
荷物はもう積み込んであった。あとはショーンの身体と肩に掛けたギターケースだけだ。
長距離バスの発着場は、平日ともあって閑散としている。
無事卒業することが決まったショーンは、皆が楽しみにしている卒業式を待たずして旅立つことに決めた。
町でもはや語りぐさとなっているあの舞台公演から幾数月。
あの舞台に立つチャンスをくれたジョン・シーモアが、更なるチャンスを与えてくれたためだった。
何でも、ジョンの知り合いの大手音楽会社のプロモーターが、新しく売り出すロックバンドのために腕のいいギタリストを捜しているという。口利きをしてやるから、オーディションを受けてみなさいとつい五日ほど前に電話がかかってきた。舞台俳優ではなく、純粋にミュージシャンとして生きてみたいと願うショーンの気持ちを汲んでの話だ。
万が一そのオーディションに受からなくても、ショービズの世界で中心地である土地で修行するのもいい。当面の面倒は、こちらで見てあげるから・・・とジョンは言ってくれた。
こんな片田舎の名もない少年のために、業界屈指の著名演出家がそこまで申し出てくれるとは、またとないチャンスだった。
あの舞台公演を境に、更に友情を深めたポールや新しくできた友達、町の人々らとこんなに早く別れることになって正直寂しくないと言ったら嘘になるが、このチャンスが逃すべきものではないということは明らかだった。
出発の日のことは、数ある友人の中でポールだけにしか言わなかった。
大勢の人に見送られるよりは、本当に大切な人だけと静かに別れを味わいたかった。
だから今日は、ポールとスコットしかここにいない。
スコットは今、近くのストアでショーンが道中困らないようにと買い物に行った。
ひょっとしたらただ単に、息子との別れの寂しさを紛らわせようとしたのかもしれない。
世話になったクリスにも今日のことを知らせたが、出発の十分前になっても姿を現さないところを見ると、彼もこういう別れは苦手なのだろうか。
あの舞台公演以来、少しずつだが町は変わった。
僅かではあるが、また以前のようにスコットに接してくれる人が現れ始め、自動車の整備を直接スコットに依頼してくる人まで現れた。流石に件数は少なかったためそれだけで食べることはできず、町の外に仕事を探しにいこうとしていた矢先、ショーンの学校の校長先生がスコットにフットボールチームのコーチを依頼してきた。
以前にもスコットをフットボールチームのコーチにという声は上がっていたが、ショーンとの時間を割くためにとスコットが断っていた仕事だった。
報酬は少なかったが、それでも自動車整備の収入と合わせると、それなりの金になる。それに、本心を言えばスコット自身もやりたいと思っていたことだったので、今回はすぐに契約する運びとなった。今では、スコットの熱心なコーチぶりに父兄会の方からもいい反応が返ってきているそうだ。
そしてショーンはというと、言わずもがな彼は一晩で学園のスターの地位を確立してしまった。
以前よりその容姿の良さを取りざたされることはあったが、彼のアーティスト性に惹かれた者が男女問わず現れた。
相変わらずショーンのことをよく思わない連中がいることも事実だったが、ショーンが向き合わなくても周囲の者がそんな連中を一蹴してくれた。── 流石に、毎日どこかで女生徒に呼び止められて愛の告白をされることには閉口したが。
あれからショーンは、毎日クリスの劇場を訪れるようになった。
ステージが空いた時間には思う存分ギターを弾かさせてもらい、それ以外の時間はクリスの仕事を手伝った。夜にはショービズの世界の話を色々聞かせてもらって、劇場を訪れる出演者達と交流もさせてもらえた。
あれからクリスとも、もちろんスコットとも肌を合わせることはしなかったが、それでも心地よい愛情を二人から十分に感じることができた。クリスはとても天の邪鬼で、間違ってもそんな感情を口に出したりはしなかったが。
けれどショーンの髪を掻き乱す時や、何気なくハグしたりする時に今までにはない親しみを感じた。
やはりああいう些か変わった形でとはいえ、ショーンの初めての相手をし、身近でショーンの成長を目の当たりにすることになって、クリスの中にも父性にも似た感情が芽生えてきたのだろうか。
一方クリスとスコットの間には、あの後も何回かそのようなことがあった気配を感じたが、ショーンはあえて気付かない振りをすることにしていた。
理由は自分でも分からなかったが、不思議と気持ちの中に曇りはなかった。むしろ、スコットに頼るべき相手ができたことの方が嬉しく思えた。
そしてショーンとスコットの関係は・・・。
「ごめん、待たせた」
スコットは、両手に沢山の買い物袋を抱えて帰ってきた。
「うわ、こんなに持っていけないよ!」
驚きの声を上げるショーンを見て、ポールが笑う。
「新しい下着だって持ってるし、こんなにお菓子もいらないよ。なんだってトイレットペーパーまで詰め込んでるんだよ?!」
「道中なかったら困ると思って」
いつもしっかりしているスコットとは大違いで。
その慌て振りが如何にも息子との突然の別れに動揺していることが窺えた。
「分かったよ、ショーン。これは持って帰る。でも、これだけは持っていってくれ」
スコットは懐から分厚い封筒を取り出した。
そこには、苦しい生活の中でも地道に貯金してきたお金が入っていた。その金額を見て、ショーンは一瞬言葉を失った。
「・・・こんなに・・・」
顔を強ばらせるショーンに、スコットはいつもの優しげな微笑みを浮かべた。その目は、既に一泣きしてきたのか赤く充血している。
「本当は、ショーンが大学を卒業して俺のもとから巣立つ時に渡そうと貯めていたお金なんだ。だから元々これはお前のお金なんだよ。俺もまさか、ショーンがこんなに早く巣立っていくとは思わなかったけどね」
ショーンはグスリと鼻を鳴らすと、スコットの身体を抱きしめた。
その視線の先で、ポールが気を利かせて建物の向こうに姿を消してくれるのが見えた。
「・・・大学、行かなくてごめんね。夢を壊しちゃった」
スコットはずっとショーンに一流大学を卒業して欲しいと願っていた。それを蹴る形で旅立たねばならない自分を許して欲しいとショーンは思った。
スコットがゆっくりとショーンの背中をさする。
「何言ってるんだ。この先、お前がどうなろうと、お前は俺の夢だし、誇りだ」
スコットがショーンの両肩に手をやり、身体をそっと放す。
「・・・それに・・・夢を壊したのは俺の方だったじゃないか・・・。俺は、お前の気持ちに応えられなかったんだから・・・」
再びスコットの涙腺が緩む。
「ショーン・・・ごめ・・・」
ショーンはスコットの唇に指を押し当て、言葉を塞いだ。
ショーンは穏やかな微笑みを浮かべる。
「それ以上言わないで、父さん」
スコットが目を見開く。
「俺、父さんの子で本当によかったよ。凄く愛してる。もちろん息子として」
ぽろりと涙を零すスコットの大きな蒼い瞳が、細められる。
「Thank you, ..... my son」
笑顔の形を浮かべたスコットの唇が、ショーンの額にそっと押しつけられた。
ファンファン!
ふいにバスのクラクションが鳴り響いた。
出発の時間だ。
「向こうに着いたら、必ず電話するんだぞ」
「ああ、分かってるよ」
「向こうは危ないことだらけだ。くれぐれも気を付けて」
「うん。父さんもね」
「困ったことがあったら、いつでも連絡してくるんだぞ。すぐに飛んでいくから」
「了解。・・・・・ね、父さん」
「ん?」
ショーンはタラップに足をかけた状態で振り返る。
「本当にありがとう」
その一言には、言葉にしきれない、いろんな気持ちが篭もっていた。
スコットにもそれが伝わったのだろう。
とうとうボロボロと本格的に泣き始めたスコットが、うんうんと頷く。
「クリスのバカにもよろしく伝えといて。あのおっさん、本当に天の邪鬼なんだから」
クリス顔負けの毒舌でショーンはそう言うと、そこで少し寂しげな表情を浮かべた。
姿を見せないのがクリスらしいとは思っても、やはり最後に顔を見られないのは寂しい。
でも、行かなきゃ。
運転手が焦れるように自分を見ていることに気が付いて、ショーンはバスに乗り込んだ。
バスの中は空いていて、ショーンは好きな席に座ることができた。スコットの姿がよく見える窓際の席に座り、窓を開ける。
バスが動き始めた。
スコットとポールが懸命に手を振る。
ショーンも手が千切れるほど手を振り替えして、やがて二人の姿が見えなくなった。
別れというものは、あっけないものだ。
それでもじわじわと寂しさが募ってくる。
ショーンは大きく息を吐き出して涙を腕でグイッと拭うと、窓を閉め、座席に腰を下ろした。
と、その時。
町を出る橋のたもとで、雨に濡れながら欄干に身を預け立っているクリスの姿が見えた。
ショーンは「あ!」と声を上げ、窓ガラスに張り付く。
彼はバスの中のショーンを見つけると、一回だけ手を振った。
バスはあっという間に通り過ぎ、クリスがどんな表情を浮かべているかも分からなかった。
・・・でも、あの人らしいや。
ショーンは何とも言えない気持ちになって、車窓を流れていく大きな川の水面を眺めた。
バスは、どんどん慣れ親しんだ町を離れていく。
この先、どんな未来が待っているのだろう。
それを考えると、今までショーンの心を支配していた悲しみが少し和らいで、ドキドキと胸が高鳴ってくる。
どんな未来が待っていようとも、スコットを悲しませるような人間にだけはならない。それに必ず、あの二人よりももっともっと好きでたまらなくなる人に出会うんだ、絶対に。
ショーンは、ゆっくりと微笑んだ。
折しも、雨雲の切れ間から差し込んだ陽の光と同じ色を、その瞳に浮かべながら。
「俺って、雨男なのかもしれないなぁ」
ショーンがバツが悪そうに口を尖らせる。
「肝心の旅立ちの日だっていうのに、雨なんて」
そんなショーンの言葉を聞いて、ポールが天を見上げた。
曇天の空からは、小雨がサラサラと落ちてくる。
ポールは少し物寂しげな微笑みを浮かべ、「おじさんの心境を表してるんじゃないのか・・・」と肩を竦めた。
ショーンも「そうかもね」と小さく答える。
ショーンの背後では、ブルブルと震えるバスの鈍い銀色の車体があった。行き先を告げるサインには、『ニューヨーク』とある。
荷物はもう積み込んであった。あとはショーンの身体と肩に掛けたギターケースだけだ。
長距離バスの発着場は、平日ともあって閑散としている。
無事卒業することが決まったショーンは、皆が楽しみにしている卒業式を待たずして旅立つことに決めた。
町でもはや語りぐさとなっているあの舞台公演から幾数月。
あの舞台に立つチャンスをくれたジョン・シーモアが、更なるチャンスを与えてくれたためだった。
何でも、ジョンの知り合いの大手音楽会社のプロモーターが、新しく売り出すロックバンドのために腕のいいギタリストを捜しているという。口利きをしてやるから、オーディションを受けてみなさいとつい五日ほど前に電話がかかってきた。舞台俳優ではなく、純粋にミュージシャンとして生きてみたいと願うショーンの気持ちを汲んでの話だ。
万が一そのオーディションに受からなくても、ショービズの世界で中心地である土地で修行するのもいい。当面の面倒は、こちらで見てあげるから・・・とジョンは言ってくれた。
こんな片田舎の名もない少年のために、業界屈指の著名演出家がそこまで申し出てくれるとは、またとないチャンスだった。
あの舞台公演を境に、更に友情を深めたポールや新しくできた友達、町の人々らとこんなに早く別れることになって正直寂しくないと言ったら嘘になるが、このチャンスが逃すべきものではないということは明らかだった。
出発の日のことは、数ある友人の中でポールだけにしか言わなかった。
大勢の人に見送られるよりは、本当に大切な人だけと静かに別れを味わいたかった。
だから今日は、ポールとスコットしかここにいない。
スコットは今、近くのストアでショーンが道中困らないようにと買い物に行った。
ひょっとしたらただ単に、息子との別れの寂しさを紛らわせようとしたのかもしれない。
世話になったクリスにも今日のことを知らせたが、出発の十分前になっても姿を現さないところを見ると、彼もこういう別れは苦手なのだろうか。
あの舞台公演以来、少しずつだが町は変わった。
僅かではあるが、また以前のようにスコットに接してくれる人が現れ始め、自動車の整備を直接スコットに依頼してくる人まで現れた。流石に件数は少なかったためそれだけで食べることはできず、町の外に仕事を探しにいこうとしていた矢先、ショーンの学校の校長先生がスコットにフットボールチームのコーチを依頼してきた。
以前にもスコットをフットボールチームのコーチにという声は上がっていたが、ショーンとの時間を割くためにとスコットが断っていた仕事だった。
報酬は少なかったが、それでも自動車整備の収入と合わせると、それなりの金になる。それに、本心を言えばスコット自身もやりたいと思っていたことだったので、今回はすぐに契約する運びとなった。今では、スコットの熱心なコーチぶりに父兄会の方からもいい反応が返ってきているそうだ。
そしてショーンはというと、言わずもがな彼は一晩で学園のスターの地位を確立してしまった。
以前よりその容姿の良さを取りざたされることはあったが、彼のアーティスト性に惹かれた者が男女問わず現れた。
相変わらずショーンのことをよく思わない連中がいることも事実だったが、ショーンが向き合わなくても周囲の者がそんな連中を一蹴してくれた。── 流石に、毎日どこかで女生徒に呼び止められて愛の告白をされることには閉口したが。
あれからショーンは、毎日クリスの劇場を訪れるようになった。
ステージが空いた時間には思う存分ギターを弾かさせてもらい、それ以外の時間はクリスの仕事を手伝った。夜にはショービズの世界の話を色々聞かせてもらって、劇場を訪れる出演者達と交流もさせてもらえた。
あれからクリスとも、もちろんスコットとも肌を合わせることはしなかったが、それでも心地よい愛情を二人から十分に感じることができた。クリスはとても天の邪鬼で、間違ってもそんな感情を口に出したりはしなかったが。
けれどショーンの髪を掻き乱す時や、何気なくハグしたりする時に今までにはない親しみを感じた。
やはりああいう些か変わった形でとはいえ、ショーンの初めての相手をし、身近でショーンの成長を目の当たりにすることになって、クリスの中にも父性にも似た感情が芽生えてきたのだろうか。
一方クリスとスコットの間には、あの後も何回かそのようなことがあった気配を感じたが、ショーンはあえて気付かない振りをすることにしていた。
理由は自分でも分からなかったが、不思議と気持ちの中に曇りはなかった。むしろ、スコットに頼るべき相手ができたことの方が嬉しく思えた。
そしてショーンとスコットの関係は・・・。
「ごめん、待たせた」
スコットは、両手に沢山の買い物袋を抱えて帰ってきた。
「うわ、こんなに持っていけないよ!」
驚きの声を上げるショーンを見て、ポールが笑う。
「新しい下着だって持ってるし、こんなにお菓子もいらないよ。なんだってトイレットペーパーまで詰め込んでるんだよ?!」
「道中なかったら困ると思って」
いつもしっかりしているスコットとは大違いで。
その慌て振りが如何にも息子との突然の別れに動揺していることが窺えた。
「分かったよ、ショーン。これは持って帰る。でも、これだけは持っていってくれ」
スコットは懐から分厚い封筒を取り出した。
そこには、苦しい生活の中でも地道に貯金してきたお金が入っていた。その金額を見て、ショーンは一瞬言葉を失った。
「・・・こんなに・・・」
顔を強ばらせるショーンに、スコットはいつもの優しげな微笑みを浮かべた。その目は、既に一泣きしてきたのか赤く充血している。
「本当は、ショーンが大学を卒業して俺のもとから巣立つ時に渡そうと貯めていたお金なんだ。だから元々これはお前のお金なんだよ。俺もまさか、ショーンがこんなに早く巣立っていくとは思わなかったけどね」
ショーンはグスリと鼻を鳴らすと、スコットの身体を抱きしめた。
その視線の先で、ポールが気を利かせて建物の向こうに姿を消してくれるのが見えた。
「・・・大学、行かなくてごめんね。夢を壊しちゃった」
スコットはずっとショーンに一流大学を卒業して欲しいと願っていた。それを蹴る形で旅立たねばならない自分を許して欲しいとショーンは思った。
スコットがゆっくりとショーンの背中をさする。
「何言ってるんだ。この先、お前がどうなろうと、お前は俺の夢だし、誇りだ」
スコットがショーンの両肩に手をやり、身体をそっと放す。
「・・・それに・・・夢を壊したのは俺の方だったじゃないか・・・。俺は、お前の気持ちに応えられなかったんだから・・・」
再びスコットの涙腺が緩む。
「ショーン・・・ごめ・・・」
ショーンはスコットの唇に指を押し当て、言葉を塞いだ。
ショーンは穏やかな微笑みを浮かべる。
「それ以上言わないで、父さん」
スコットが目を見開く。
「俺、父さんの子で本当によかったよ。凄く愛してる。もちろん息子として」
ぽろりと涙を零すスコットの大きな蒼い瞳が、細められる。
「Thank you, ..... my son」
笑顔の形を浮かべたスコットの唇が、ショーンの額にそっと押しつけられた。
ファンファン!
ふいにバスのクラクションが鳴り響いた。
出発の時間だ。
「向こうに着いたら、必ず電話するんだぞ」
「ああ、分かってるよ」
「向こうは危ないことだらけだ。くれぐれも気を付けて」
「うん。父さんもね」
「困ったことがあったら、いつでも連絡してくるんだぞ。すぐに飛んでいくから」
「了解。・・・・・ね、父さん」
「ん?」
ショーンはタラップに足をかけた状態で振り返る。
「本当にありがとう」
その一言には、言葉にしきれない、いろんな気持ちが篭もっていた。
スコットにもそれが伝わったのだろう。
とうとうボロボロと本格的に泣き始めたスコットが、うんうんと頷く。
「クリスのバカにもよろしく伝えといて。あのおっさん、本当に天の邪鬼なんだから」
クリス顔負けの毒舌でショーンはそう言うと、そこで少し寂しげな表情を浮かべた。
姿を見せないのがクリスらしいとは思っても、やはり最後に顔を見られないのは寂しい。
でも、行かなきゃ。
運転手が焦れるように自分を見ていることに気が付いて、ショーンはバスに乗り込んだ。
バスの中は空いていて、ショーンは好きな席に座ることができた。スコットの姿がよく見える窓際の席に座り、窓を開ける。
バスが動き始めた。
スコットとポールが懸命に手を振る。
ショーンも手が千切れるほど手を振り替えして、やがて二人の姿が見えなくなった。
別れというものは、あっけないものだ。
それでもじわじわと寂しさが募ってくる。
ショーンは大きく息を吐き出して涙を腕でグイッと拭うと、窓を閉め、座席に腰を下ろした。
と、その時。
町を出る橋のたもとで、雨に濡れながら欄干に身を預け立っているクリスの姿が見えた。
ショーンは「あ!」と声を上げ、窓ガラスに張り付く。
彼はバスの中のショーンを見つけると、一回だけ手を振った。
バスはあっという間に通り過ぎ、クリスがどんな表情を浮かべているかも分からなかった。
・・・でも、あの人らしいや。
ショーンは何とも言えない気持ちになって、車窓を流れていく大きな川の水面を眺めた。
バスは、どんどん慣れ親しんだ町を離れていく。
この先、どんな未来が待っているのだろう。
それを考えると、今までショーンの心を支配していた悲しみが少し和らいで、ドキドキと胸が高鳴ってくる。
どんな未来が待っていようとも、スコットを悲しませるような人間にだけはならない。それに必ず、あの二人よりももっともっと好きでたまらなくなる人に出会うんだ、絶対に。
ショーンは、ゆっくりと微笑んだ。
折しも、雨雲の切れ間から差し込んだ陽の光と同じ色を、その瞳に浮かべながら。
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