魔女と桃と少年

エル

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魔女と桃と少年

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 森の中は暗く、静寂な闇は人間から見れば恐怖でしかないだろう。

 そこが魔女――私だけが住む、「シルフィアの森」。

 私の森に、赤ん坊が捨てられていた。

 あるいは、生贄のつもりなのだろうか。

 私は、戯れにこの子を育てることにした。

 これで、しばらくは退屈をせずに済むだろう。

 そんな軽い気持ちだった。

 だから、名前も適当に「アドル」と名付けた。

 それからの数年間は、とにかく大変だった。

 それでも、いつの日かそんな日常に慣れていく自分がいた。

 その子はとても優しく素直な子で、屈託のない笑顔で魔女の私に懐いた。

 正直言って、とても可愛くて仕方なかった。

 私は、この子に出来るだけの知識を与え、魔術も教えた。

 結構筋が良かったのか、簡単な魔術なら使いこなせるようになった。

 その頃からだっただろうか。私はこの関係に抵抗がなくなっていた。


「ママ!」

「なんだい、アドル坊や?」

「もう坊やじゃないよぉ」

「ナマ言ってるんじゃないわよ」


 そんなやり取りが続く毎日。

 その言葉を聞く度に、私の心の中はくすぐり続けられる。

 いつからか、その子は坊やと呼ばれるのを嫌がりはじめ、名前で呼んでくれるようにせがんだが、それが照れているように見えて、それがとても愛おしい気持ちになっていた。

 今にして思うと、この時点であの子の中で何かが変わっていたのかもしれない。

 

悠久の時の中で、はじめて芽生えた感情――。

 

 ああ……私もれっきとした女であり、母性があるのだと気付いてしまった。

 でも、この想いは私の胸の中にだけ秘めておこうと決めていた。

 きっと、私も照れていたんだろう。

 この子がいれば、なにもいらない――そう思いはじめた頃。

 

 ――その子は忽然と、姿を消した。


 何が起きたのか、最初は理解できなかった。

 理解するのにとても時間がかかった……と、思う。

 理解できた時、私の心の中にあるのは、虚無感と失望――そして、寂しさだった。

 哀しくて、寂しかった。

 魔女と人間が暮らすなんて、はじめから無理だったんだ。

 それでも、私は泣かなかった。

 魔女は泣いたら、自分の涙で溶けてしまう。

 それでもいいとも考えたが、結局涙は流れなかった。

 だから、あの子のことを「なんて馬鹿な子」と、思うようにした。

  そうするしか、虚しさを埋めるすべを知らなかったから。

 そうして幾年かの月日が過ぎた。

 一人でいる生活に再び慣れ始めた頃、その子は突然帰ってきた。

 逞しい青年に成長したその子は、何故かボロボロの格好だった。

 正直、その子が帰ってくるとは、夢にも思っていなかった。

 だから、嬉しくないかとと言われれば、嘘になる。

 でも、それ以上にいなくなったときのショックが大きく、複雑な気分になる。

 

 またすぐ出ていってしまうんじゃないか……?

 そういう思いが私の心思いがよぎり、私の心は大きく揺さぶられる。

 だからつい、今更帰ってきて何のつもりだと、冷たくあしらった。

 私の精一杯の、強がりだ。

 すると、その子はいきなり懐から桃を取り出し、私の目の前で平らげた。

 状況の掴めない私に、その子はこれまでのことを話てくれた。

 それを聞いた私は、思わずあっけにとられた。


 ***

 

 この子はいつの頃からか、私の事を「女」として見ていたこと。

 魔女は不老不死だから、自分と一緒の時間を生きることが出来ないと知ったこと。

 だから不老不死になるため、遥か遠い東の国へ仙果の桃を取りに行っていたこと。

 桃を手に入れるのに、数年間に及ぶ試練を乗り超えてきたこと。

 そして、目の前で食べたのが、その「桃」だったということ。

 すべてを聞いた私は、いろいろな意味で呆れ返った。

 私の目は、きっと点になっていたに違いない。


 仙果の話は、聞き覚えがある。

 それにしても、まさかそれを取りに行っていたなんて――。


 私は、思わぬ形でその子の覚悟が本物だと見せつけられてしまったのだ。


 ***


「結婚してくださ、いや。してくれー!」

「ちょっと待て! そもそも、順番が逆であろう? いきなり求婚せずに恋人として付き合ってもだな――」

「やだ。そんなことをしてたら、あなたは飄々とかわし続けるでしょ……じゃない、かわし続けるだろ。違う?」

 え……? 

 私は、少なからず動揺した。

 あの子に、自分の気持ちを見破られていただなんて。

 それが嬉しくもあり、また悔しくもある。

 でも――裏を返せば、それだけ私のことを見ていたと言うことだ。

 あの子の覚悟はわかった。

 そして、至って真剣な申し出だということも、心の底から理解出来た。

 ここまで来た以上、私も肚を括るしかないだろう。

「やれやれ……お前がかような生意気なことを考えていたとは、のぅ」

「ダメなの……じゃない、ダメ、か?」

 返事をする前に、私はこの子に聞いてみた。

「そもそも、魔女の心臓を半分を分けてもらえばお前も簡単に不老不死になれるのだぞ? その話は私が教えたろうに……なのに、どうしてお前は私に相談しなかった んだい?」

「……それは……」

 その子は口をもごもとさせながら、答えた。

「それってさ、あなたの体を傷つけることになるでしょう? ぼ……俺はあなたを傷つけることだけは絶対に嫌だ。それに、これは自分自身の力でやらないといけないって思ったから。人任せで不老不死になっても意味がない。自力でその力を手に入れなきゃ行けないって思ったから……」

 それに――と、その子は続ける。

「僕……じゃなくて俺は、あなたを一人にしたくない。一人の男として、あなたを 永遠に守りたいんだ」

 私は、思わず天を仰いだ。

 全く、なんて子なのだろう。

 もともと優しい子だったけど、ここまでとは……。

 しかも、それは全て私のためを考えてのことだったのだ。

 この子がここまでしてくれたのなら――私にはそれに応える義務がある。

 いや、それはただの言い訳だ。

 素直に認めよう。

 私がそれを望んでいる。

 だから。

 だからこそ。

 あの子には、絶対伝えておかなければばいけないことがある――。


 ***


「ま……まあ、よい。お前の想い、叶えてやってやらないでもないさ。だが、とても難しい条件があるぞ?」

「なぁに?……じゃない。な、なんだよ?」

「――決して、私を泣かせるでないぞ。でなければ、私はお前の目の間から消えてしまわなければなるやも知れぬからな。それでも、約束を守れ――」

 その子は私の言葉を遮り、きっぱりといい切った。

「約束する。一生守り続ける。幸せにする。だから……俺と結婚してれ、シルフィ ア!」

 言うが早いか、その子は満点の微笑みを浮かべ、私を包み込むように優しく抱きしめた。思わず、わたしもそれに応えてしまう。

「……あなたは一人じゃない。これからは、俺がずっと一緒だ、シルフィア」

「アドル……」 

 私の心に、あの子のあたたかい気持ちが流れこんでくる。

 そして、私たちは自然にお互いの唇を重ねる。

 この子、いや……アドルが私を本当に必要にしてくれていると実感出来てしまった。

 ああ……これが幸せっていうものなのだなと、私はふと、思う。

「約束……だぞ?」

 私が胸の中でとても小さな声でつぶやくと、アドルは穏やかに、優しくささやく。

「ああ。俺達は、永遠に一緒だ」


 

***
 




 ああ……本当に、なんて馬鹿な子なの。

 さっきも、言ったのに。

 そんなことをされたら、今すぐ泣きそうになっちゃうじゃないの――。
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