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第一章 聖者降臨

〇二一 頑張りましたね

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正気を取り戻してみると、それまでの異常さに気付き戦慄した。
エリアスがいなかったら俺は今頃どうなっていたんだろう。
自分のものではない意思に突き動かされて、記憶もところどころ曖昧模糊で、あのままならきっと俺が全て支配されて俺が俺でなくなっていたに違いない。
あれほど規格外で出鱈目な治癒を施すことができる闇魔法が何故失伝したのか、その理由が今なら理解できる。

どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
こんなことになるなんて知らなかったんだ。
闇魔法は失伝したはずだとエリアスから聞いていたのに。
想像力が足りなかった。
浅慮だった。
確かに俺は、異世界に来てチート能力を得て、聖者様とか呼ばれて調子に乗ってはしゃいでいた。
闇魔法士にジョブチェンジしたときもメンナクとか見当違いな俄か発言して黒に染まってたし。
あれは古参の闇の中二病患者に失礼だっただろう。
元の世界へ帰りたいのは本心だけど、やれやれ系ヒーロー気取りで「帰りてーマジ帰りてーわ」ってミサワな部分もあったと思う。
だけど、俺は良いことをしていたはずなんだ。

俺の治癒能力は闇魔法で、使えば今度もまた今日と同じようになってしまうだろう。
理由は分からないけど、何故かエリアスの子種しか贄として受け付けなくなってるようだから、治癒能力を使うならそのたびにエリアスとセックスすることは免れない。
それ、俺が毎回エリアスに頼むのか。
俺はこれからどうするんだろう。
怪我や病気で苦しむ人を見て、また治癒を施すのだろうか。
それとも見なかったことにして見捨てるのだろうか。
俺にそれが出来るのだろうか。
きっと、逃げ帰っても寝る前に目を閉じるとその人たちの顔が脳裏にずっと張り付いて離れないんだ。
こんなに凹んだのは、消防のころ初めてVIPにスレ立てて鼻っ柱折られて以来だった。

「ナナセ、こちらを見てください、ナナセ」
「……」

今はエリアスの顔を見られない。
だって、見られるわけないだろ。
俺、エリアスから逃げたのに、結局エリアスに助けて貰ったんだぞ。
独り反省会中で頭も心も尻の中もぐちゃぐちゃで考えが纏まらないんだ。
それにもうちょっとメスイキの余韻に浸っていたい……分かってる、これは言い訳だ。

いつまでも振り向く気配がない俺に痺れを切らしたのか、エリアスは強硬手段に出て俺の脚を掴むと、挿入したまま強引に仰向けにひっくり返されてイイとこ掠められて喘ぎそうになったところで頬を撫でられる。
頬に優しく触れてくる指で涙を拭われて初めて、俺は自分が泣いていることに気付いた。
エリアスはてっきり俺に怒っていて責められると思っていたのに、触れてくる手も俺を見詰める瞳も予想に反して優しかった。

そして気付く。
俺はこのときまで、エリアスがこんなことで俺を責めたりする奴じゃないってことすら知らなかったし、知ろうとしなかったんだ。

「今日はよく頑張りましたね」

頑張ったと、そうくるか。
多分、旅先で発情状態になる危険を押してまで陛下に治癒を施したことを言っているんだろう。
どこまで知っているのか知らないが、陛下の暗殺未遂の後、城からあんな船が迎えに来たくらいだから、情報は全部伝わっていると見て間違いない。
高位の魔法士が使う異世界のインフォメーション・テクノロジーも捨てたもんじゃないからな。

でも、そういうことは俺に突っ込んでるその聖剣を抜いてから言えよ。
こいつ何言っても絶対抜かないよな。
細かすぎて伝わらない部分でキャラがブレない。

それと、弱っているときに優しい言葉は掛けるなよ。
涙が止まらなくなるだろ。
俺はただただ、自分が情けなくて、恥ずかしくて、悔しくて、こみあげてくる嗚咽をどうすることも出来なかった。
エリアスはそんな俺を抱き起こし、俺の頭を自分の胸に押し付ける。
……だから挿入したまま動かされると変なとこ当たるし、もうこれ確信犯だろ。

白騎士隊の制服を汚してしまいそうで、両腕を突っ張って突き放そうとしたが、腕力の差で徒労に終わり、俺はエリアスの胸で声を殺して泣き続けた。

俺はエリアスから逃げたのに、なんで助けてくれるんだよ。
なんで優しくするんだよ。
ここまでする必要ないだろ。
訊きたいことも言いたいこともたくさんあったが、今はただ、エリアスが何も言わず胸を貸してくれていることが有難かった。

――と思っていた時期が俺にもありました。
泣いて泣いて、泣き疲れた俺の嗚咽がどうにか落ち着くころ、おずおずと顔を上げると忽ち淡褐色と淡緑色の入り混じる榛色ヘイゼルの瞳に掴まって、お礼を言おうと口を開きかけた俺に向かってエリアスは言ったのだ。

「ナナセ、教えてください。陛下と殿下に何をされたのですか?」

それ今訊く!?
でもまあ、挿入中に他の男の名前は出さず敬称だけに留めたリテラシーだけは評価する。

「キスはされましたか?」
「……」

あれら一連の行為は俺の発情状態を緩和するための、謂わば緊急避難だったから俺としてはノーカンにしたい。
出来れば答えたくないし、どう返事をしたものか、居た堪れなさに視線を逸らすと、下手な返答よりそれが揺るぎようのない答えになってしまったのか、エリアスは一瞬だけ睥睨した後で唇を重ねてきた。

「……っんむ……!?」
「何回……くらい?」

キスの合間に喋るな!
至近距離でイケメンをガン見したままキスするのつらいです。
エリアスのキス、気持ち良いから余計に。
何度も何度も口付けて、漸く解放されたときには、すっかり俺の息が上がっていた。
なのにエアリスが至って余裕なのが腹立つな。

「……後でこちらもすべて痕を付け直します」

そう言われて撫でられた自分の身体を見ると、そこかしこに鬱血の痕がついていた。
それはもう性質の悪い伝染病か何かかと思うくらいに。
全然気付かなかった……。
だが、付け直すとはこれ如何に。

「今はナナセから一刻も早く他の男の記憶を消し去りたい。ナナセ、私だけを見ていてください。他はすべて忘れてしまいなさい。私の記憶だけでナナセを満たしたい。だから……」

――もしかして、エリアス嫉妬してる、のか?

俺、これ知ってる。
マックでJKが言ってた。
お清めセックスってやつだ。
英語で言ったらマジカル・ヒーリング・コックな。
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