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第三章 黎明と黄昏

〇一七 勘は良くないのに嗅覚は鋭い①

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ヒューが半人半魔であることを指摘する俺の言葉に驚いたのは、ヒュー本人とエミールだけで、エリアスは驚かなかった。
俺が気付くくらいだからエリアスはとっくに気付いていたのだろう。
ただ、エリアスにとって重要なのは俺とエリアス自身だけであって、その他は十把一絡げだから誰の種族が魔族だろうがクッソどうでもいい問題なので興味を抱くことはない。

「……何時から気付いていたんですか」

何かがおかしいと思ったのは、実は最初からだ。
そもそも魔物に襲撃された農村は、派遣された隊が全滅し、俺たちが駆け付けた時にはかなりの時間が経っていたはずで、その段になって無傷の子供が屋外で蹲っていることがおかしい。
俺はそんな違和感に気付くよりも、今にも魔物に襲われそうになっている子供がいるという目の前の現実を優先させた。
それは独りよがりかもしれないが、反省はしても後悔はしたくないという俺の信念に基づく行動だ。

疑惑は魔王城でヒューと再会したとき確信へと変わる。
幾ら魔王の所有を示す首輪を填められていたとはいえ、魔物の巣窟の魔王城でただの人間が小間使いのような真似を出来るだろうかと不審に思った。
なにより、ヒューは農民の子にしては頭が良すぎたのだ。

この世界には義務教育という物がない。
宮廷で治癒術士をしていた所長がリタイヤ後に王都の下町で診療所を開いて、合間に私塾なんてものをやっていることからも平民階級の教育レベルが窺い知れるだろう。
王都でもそんな状況なのに、ヒューのいた郊外の農村なら推して知るべし。

小さな村のことだ。
ヒューが半魔であることはきっと誰も知っていただろう。
もしもヒューが半魔でなく純粋な人族だったら、村の発展のために村長や村の有力者が金を出して才気溢れる若者のヒューを王都かそれに準ずる都市部の学校へ通わせていただろう。
ヒューがあの村でどんな扱いを受けていたのか俺は知らない。
俺に分かるのは、きっとヒューの居場所はどこにもなかったことくらいだ。

「気付いたのは魔王城で捕らわれている間だ。考えを整理する時間だけはたっぷりあったからな」
「ほとんど最初からじゃないですか」
「だってお前、あんまり人間臭くないからな。魔王の側近のトムソンガゼ……じゃなくて、レンとかいう黒髪赤眼の魔族が父親だろ?」

ヒューは恐らくレンがあの農村の女に産ませた子供だろう。
弟と妹はヒューとは年が離れていてまだ幼かったようだから、レンに襲われた未婚の女がヒューを生み、後に村の男と結婚して儲けた子たちだということは想像に難くない。
それならヒューだけ殺されなかった得心がいく。
そしてレンは俺を罠に掛けるため、自分の息子で半人半魔であるヒューを使った。
魔王城でエリアスが救出に来たことを知り、ヒューと二人で逃げる最中、俺に絡んできたレンがヒューを見逃したのも、ヒューが自分の息子だったからだろう。
魔族に親子の情があるかどうかは分からないが、半人とはいえ高位の魔族の血を引く半魔に闇属性を纏った反撃をされれば厄介なのかもしれない。
その隙に俺に逃げられるくらいならヒューを見逃す――。

勇者であるエリアスには当然気付かれるだろうが、俺の庇護対象となってしまえばエリアスはヒューに手出しも口出しもできない。そう踏んだのだろう。
それで魔族に脅されて犯した罪の意識から吃音症になってしまった可哀想な子供を演じていたのだ。

俺が自分の推理を語って聞かせると、ヒューは額に手をやり呆れたように息を吐いた。

「……勘は良くないのに嗅覚は鋭いとかありですか」

そこを突っ込まれると俺も痛い。
ここんとこ連続で、魔王を宇宙人だと勘違いしたり、ヴェイラをエリアスの元カノの霊だと勘違いしてたからな。

「それで、おれは罷免ですか。それとも牢にでも入れますか」

ヒューは自嘲気味に笑って、挑むようにこっちを見た。
俺がどんな判決を下すのかという重要な局面にも拘わらず、その様子はいっそ楽しそうですらある。
こういうところを見るとヒューは間違いなく半魔なのだ。

だったら俺も人族代表として最も人間らしい言葉をヒューに告げてやらなければならない。
三者三様に息を呑んで俺の言葉を待つ中、俺はさもなんでもことのように言ってやった。

「そんなことするわけないだろ。中二病の断罪イベントなんて黒歴史もいいとこだ。ヒューは俺の従僕だから雇い主として一応確認しておきたかっただけだ。だからこの話はこれで終わりな」
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