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第三章 黎明と黄昏

〇一六 その吃音症は演技だろう②

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「今のところはないよ。ありがとう。それより話があるんだけど、ヒュー、今いいか?」
「は、はい。何でしょう」

俺がそう切り出すとヒュー本人に加えてエリアスとエミールが何事かと俺を見たが、構わずヒューに向き直って用件を告げる。

「ヒュー、お前さ、その吃音症は演技だろう」

刹那、ヒューは驚愕に目を見開くと、ややあってから深く息を吐き出した。

「……気付いていましたか」
「逆にどうして俺が気付かないと思ったんだよ。馬鹿にしてんのか?」
「勘が良いようには見えませんでしたので」

開き直ったのか、ヒューの言葉から吃音が消える。
エリアスが聖剣の柄に手を掛けながら音もなく立ち上がった。

「エリー、お前も知ってて俺に黙ってたろ?」

俺の突っ込みはエリアスにとって完全に想定外だったらしく、気まずそうに口を真一文字に引き結んだが、ヒューからは目を離さない。

「俺、すげー悩んだんだぜ? お前ら二人して俺に何か隠してるから、最初は誕生日のサプライズかと思って昨日まで知らんぷりを決め込んでたけど、違っただろ? だから、エリーが俺に飽きてヒューに乗り換えたんじゃないかとか、二人は既に付き合ってるんじゃないかとか……」
「それはない!」
「まさか!」
「ぶっは!」

最後のはエミールだ。噴出しやがった。
間髪を入れずに返ってきた二人の答えと、心底嫌そうな顔に満足して、俺は続ける。

「エリーが黙認しているなら大したことないんだろうと思うけど、何が目的だ、ヒュー?」
「えっ……?」
「は……?」
「へえ……?」

刹那、ヒュー本人だけでなくエリアスとエミールまでもが揃って呆れた顔で俺を見た。
ん?
なに?
どゆこと!?
俺なんかした?

戸惑いを隠しきれずに二人の呆れ顔を交互に見ていると、エリアスは説明するつもりはないというように目を逸らし、それを見たヒューが諦めたように溜息を吐いて仕方がなさそうに口を開く。

「……おれが、聖者様をお慕いしているだけですよ」
「オシタイシテイル」

意味が分からなくて俺は思考停止したままオウム返しに呟いた。

「考えてもみなかったという素直な反応ですね。でも心配いりませんよ。叶わぬ恋だということはよく分かっていますから」
「……お、おう。悪い……俺こういうの慣れてないもんで……」
「ご質問は『何が目的』かでしたね。お答えしましょう。おれはただあなたのお傍にいられるだけで良かった。それでは答えになりませんか?」
「居場所が欲しかったってことか――」

なるほど、そういうことか。
ヒューほど能力の高い奴なら、あの農村は狭すぎる。
かといって、あのまま魔王城で奴隷のような扱いを受けるのも嫌だろう。

「――ていうかヒュー、お前、半人半魔だろ?」

幾ら異世界人の俺だって、人質でもないただの人間が魔王城なんてところで無事でいられることに疑問を抱かないほど世間知らずではないつもりだ。
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