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最終章 砂漠の薔薇

〇〇九 薔薇の掟②

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だが実際、舌を噛んで死ぬのは非現実的だ。
噛み切ることは生存本能で抑制されてしまうし、例え噛み切れたとしても収縮した舌が喉に詰まって窒息死することになるので時間が掛かる上に、その間に喉に指を突っ込んで気道を確保されてしまえば生き残ってしまう可能性が高い。
もっと別の確実な方法を考えなければ。
俺は死んでも男娼になんかならないからな。

ギデオンは厨房で明日の仕込みをしていた。
調理場には大きな桃が並べてあって甘い香りを放っていたんだが、熟成待ちなのかそういう品種なのかまだ黄色っぽくて硬そうだ。
だが俺はその大きさに五度見くらいしちまった。
だって南瓜くらいのサイズなんだぜ?
俺が桃から目が離せずにいる間にナズーリンが事情を話し、ギデオンは顎に手を当てて少し考える素振りを見せる。

「……お茶漬けでいいか?」

お茶漬け最高!
腹減ってるけど夜だしもう眠いし多分それくらいが丁度いい!

俺が夢中でブンブンと首を縦に振ると腹の虫がまた鳴いて、ギデオンはちょっと笑いながら「座ってろ」と言って調理場の作業用の大きなテーブルに椅子を一脚持ってきてくれる。

「ギデオン、ボクの椅子は~?」
「ナズは夕飯食っただろ」
「お茶漬けならボクも食べたいよ~!」
「わかったわかった。ナズの分も作ってやるから食うなら椅子くらい自分で持ってこい」
「わ~い! やった~! 椅子持ってくるね!」

お茶漬けの具は、なんと焼いた海老だった。
丁寧に殻を剥いて背腸を取られ香ばしく焼き色の付いたシュリンプがゴロゴロと盛られていたのだ。
それに刻んだ茗荷に分葱に三つ葉と海苔まで載ってゴマが散らしてあって、ご飯はインディカ米みたいな長粒種じゃなくてジャポニカ米だったし、薫り高い緑茶が掛かっていた。
凄い。砂漠で稲作や緑茶栽培してんのかな。

つーか海老茶漬け初めて食ったけどうめえ!
俺、海老大好きなんだよ。
自分の名前は忘れても、そういうことは覚えてんだよな。
俺は大好物の海老を最後の楽しみに一尾だけ残しておいて、木の匙で夢中でお茶漬けをかき込んだ。
だがしかし、一旦器を置き、ふうと一息ついて改めて大事にとっておいた最後の海老に手を付けようとしたそのとき、悲劇は起こった。

「ナナシ、海老残したの? じゃあボク貰っちゃおっと!」

ぱくり。

一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。
気付けば俺の最後の海老はナズーリンの腹に収まっていた。

「……俺の海老」
「え? 海老残したんじゃなかったの?」
「海老……」

海老……。

「えっと、なんかごめん……取っておいたなんて思わなかったから……」

海老……。

「どうしよ、ギデオン~!」
「ええい、煩い! 焼いてやる! 焼いてやるから待ってろ!」

海老♡

手痛い洗礼を受けてしまったが、ギデオンがまた海老を焼いてくれた。
多分、この国は俺が考えているよりずっと貧しく、そして疲弊している。
ナズーリンの「取っておいたなんて思わなかった」という言葉は真実なのだろう。
この娼館に売られてきた男娼たちは、きっと皆、飢えている。
砂漠では食べ物は早く痛むし、限られた物資はすべて奪い合いになることは想像に難くない。
食べ物を取っておくという発想がないのだ。

だから好きなものは最初に食べろ。
それが薔薇の掟なのだ。
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