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最終章 砂漠の薔薇

〇一〇 ミクロンの罠①

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翌朝、メイドが起こしに来て、朝食を取るために食堂へ降りて行くと、ナズーリンが昨夜の話に尾鰭を付けて吹聴していた。

「だってさあ、好きなものを最後に取っておくなんて普通は一ミクロンも思わないでしょ?」

単位ミクロンかよ!
ミクロンとは国際単位系の長さの単位で一ミリメートルの一〇〇〇分の一、つまり〇.〇〇一ミリメートルのことだが、国際的には一九六七年に廃止され、日本でも一九九七年十月一日以降使用が禁止されていて現在はもう使われていない。
そう、俺の生まれる前だ。
教科書もミクロンではなく現在は全てマイクロメートルになってるから、古い専門書を読む機会でもなければミクロン自体にお目に掛かれない。
ミクロンの罠に嵌ったか。
……やっぱり年上確定だよな。
それもかなり……下手したら俺の親世代だ。

だがそれで思い当たった。
そういえば、すっかり頭から抜け落ちていたけど今年が何年か分かれば俺の今の年齢くらい分かるかも知れない。

「ナズーリン、今って西暦何年か分かる?」
「西暦は分かんない。でもセレナイト王朝歴なら三一五年だよ」

ナズーリンはテーブルに置いてあった新聞をこっちへ寄越しながら、十八歳と言ったのと同じ口でそれを言う。

「そ、そっか」

自分についての情報は少しでも欲しかったんだが失敗に終わった。
俺は何となく受け取った新聞を開いて目を通す。
確かにセレナイト王朝歴三一五年の九月と書いてある。
訊けば、セレナイトというのがこの国を治める王家の名前で、紋章が薔薇なのでこの国ではアナルローズが人気なのだと言う。
最後の情報は聞きたくなかった。
この国は今、人気のあった前国王を弑逆した王弟が玉座についていて国政は荒れる一方で、正統な王位継承者である前国王の嫡子の王太子も行方不明なんだとか。

改めて新聞を見れば一面トップは、勇者が結婚相手の聖者を捜しているって記事だ。
すげえ。この世界、勇者や聖者が実在すんのかよ。
しかも三段ぶち抜きならぬ三列ぶち抜きでデカデカと掲載されている姿絵の勇者は見たことがないようなイケメンだ。

整い過ぎた顔はともすれば冷たそうな印象を受けるものだが、この勇者は甘めの童顔の少年のような可愛らしさと大人の男の色気が絶妙なバランスで共存していて、そんな印象を払拭している。

俺は決してホモではないんだが、男として勇者や英雄といった存在に憧れる気持ちはあるのでちょっと見惚れてしまう。

「ナナシ凄いね。字が読めるの?」

凄いね。俺もそう思う。
これぞ異世界転移の言語チートってやつだろう。
ナズーリンはこっちに来た時、チート能力なかったのかな。

「ボク、数字と簡単な文章しか読めないや。何て書いてあるの?」
「えーと、勇者の結婚相手が行方不明らしい」
「あ! それ、噂には聞いてたけど詳しいこと分かんなくて気になってたやつだ! 読んで読んで!」

さっきまで素っ気なかったスーリとショシャンナも気になっていたのか、朝飯を食べる手を止め興味津々で身を乗り出している。
もしかしてこの世界、識字率低いのか?
それとも男娼に余計に知識を付けさせないため敢えて教育してないのか?

「いいよ。でも朝飯食べてからな」

そう言ってやると皆一心不乱に食べ始めた。
約束通り朝飯後に読んでやった新聞記事によると事件の概要はこうだ。
つい先日、東の宇宙ルヴァのヴェイラ王国のヴェルスパ宮殿にて勇者と聖者の結婚式が執り行われる予定だったが、なんと結婚式当日に花嫁である聖者が何者かに攫われてしまったという。
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