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「名前は?」

「…レイン」

「いい名前だ」


そう言って笑ってくれた貴方を忘れた日はない。

街の外れに薄汚い人形のように座り込んでいた自分にとって、まるで神様のような、美しい人の手を取ったのが全ての始まりだ。

身寄りのない自分が今、一国の王子の側近としての地位を手に入れられたのも、その神様のおかげだ。
自分が生まれてきたのは、きっとその神様の役に立つためだったのだと思う。



「やぁレイン。図書館へ行くのかい?」

「ええ。アルディス様が資料をお求めなので」


「相変わらずだな~殿下は~」と陽気に笑う彼は騎士団の団員であり、たまに側近としても役割を果たすマーロさん。
ダンディな髭が特徴だが、側近としてお役目を果たすときはいつも泣く泣く剃られているようだ。


家格どころか家族さえおらず身分がない自分にこんな風に気軽に接してくれる人もいるが、そんな人ばかりではない。



「あれって…まさか彼?」

「そうそう、殿下に拾われたって話だぜ」

「2年前までは殿下専用の書庫の整理を任されていたとか…」



広い廊下を歩けばたちまちこんな感じだ。
そりゃそうだ。いきなり殿下の側近として現れた身分もない、剣も握れない、特に才もない人間だ。

身分が生きる上で大きな要因となるこの世界で、自分みたいなのは幸運中の幸運。そんな境遇の上、口下手な自分は余計周りから浮いてしまう。



社交性のなさを再確認してため息をつく。
でも…彼の役にさえ立てれば…。

やっとたどり着いた大きな扉をノックする。



「失礼します。」


扉の先には広い窓を背に、光を一身に受けてその美しいブロンドの髪を輝かせている我が主の姿が。

アルディス・ダリア・ハートナイト。
この国の第一王子の名称だ。
優秀で周りからの人望も厚く、剣の才能も優れており、たまに息抜きで騎士団を訪れることもある。
また顔立ちも整っており、たまに参加される夜会ではご令嬢の目線を独り占め。

我が主ながら出来すぎた人で困る。



「レイン。やっときた。」


エメラルドグリーンの瞳が俺を捉え、その目を細める。彼の笑顔は昔から変わらない、俺を安心させてくれる優しい目だ。


「お待たせしました。こちらです。」


「違うよ。こっちきて。」


手渡した資料は適当に机に置かれ、自分の手がアルディスに引かれる。


「え、ちょ、何…」


戸惑いながら手を引こうとするとそれより大きな力で手を握らせる。


「資料なんて口実に決まってるだろ。お前が全然構ってくれないから。」



そう言って麗しの王子は俺の掌にキスをした。

冗談でもよくない。これはよくない。幼馴染に対するいたずらだろうが、キスするのは俺の手じゃなくてご令嬢達の手だろう…!



「何やってんだよっ」


「はは、真っ赤だ」


今度は頬にアルディスの指先が触れる。
そこからまた熱を帯びた頬はさらに赤く染まる。色白な俺は赤くなるとすぐにわかってしまうらしい。



「仕方ないじゃないですか。俺は側近は側近でも、常に側にいられる実力がないのですから」


そう。剣術体術共に才のない俺は謂わばお飾りの側近だ。アルディスが自分を側に置くため無理やり側近にしたのだとマーロさんからは聞いた。

きっとアルディスは自分の体裁を気にしてくれているのだろう。優しい彼のことだから、俺が王宮で不自由なく暮らせるように施してくれたのだ。



「何言ってるんだ、お前は俺の側にいてくれるだけで十分役割を果たしてくれる。」


そっちこそ何言ってるんだ。またそんな風に微笑んで。まるで…。



「馬鹿なこと言ってないで、執務片付けちゃってください。」


掴まれていた手をゆるりと解いて後ろを向き本棚を整理し始める。

「はいはい」と声がして、やっと静かな執務室に。

…なったはずなのに、静かなせいでやけにうるさく聞こえるのは自分の心臓の音。



恥ずかしい。
アルディスはただ幼馴染と戯れてるだけ。
それなのに自分は彼の指先の動きひとつでこんなに動揺してしまう。

こんなのアルディスにバレたら側にいられなくなる。
手に持つ本にやけに力が入ってしまうのけど、気のせいだと思い聞かせた。


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