陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

文字の大きさ
上 下
16 / 87
中間テスト期間

十六、

しおりを挟む


 「杉野別に現代文苦手じゃなくない?」

昼休憩、弁当を食べながら清水に「現代文やばい」とポロっともらすとそう言われた。平田は今日はいない。

「他の教科と比べると十点近く落ちるし」
「そもそもが九十点代じゃん。それにあの先生で八十点取れるなら上等だろ」

 清水も現代文の加藤が苦手なようだ。同じくらいの成績の清水のそう言われるなら、と少し気が楽になる。

「それより俺は数学がやばい。中間にしては範囲広くない?」
「あー、それは分かる。教えようか?」
「ありがと。でも部活あるしタイミング合わないかも」

 先週、テスト期間中に部活が無くて辛いと嘆いていた清水だったが、インターハイ予選が近いことから部活動の実施は各部に任せるとなったため喜んでいた。だが、もちろん優先すべきは勉強でテスト期間中の部活動は強制では無いと部員に周知させることや、終了時間を早めること、成績が著しく下がった生徒には出場を取りやめることなどが同時に決定された。
 この学校のバレー部は結構強いらしい。試合を見たことはない為、詳しくは分からないが。

 「放課後は難しくても朝でよければ」
「確かに。朝練は無いし助かる。ありがと」

数学の範囲は……と頭の中で少し思い出していると、清水にじっと見られていることに気づく。

「なに?」
「いや。杉野なんかあった?」
「何が?」

質問に質問で返されて困惑する。

「杉野から教えてくれようとするなんて珍しくて。頼んだら引き受けてくれるけど、杉野から言われることって今まで無かったから」
 
確かにそうだ。だが、課題を見せてくれた借りもある。清水は元々頭が良いしすぐに理解するだろうから教えるのは問題無さそうだった。

(でも、ケリーが色々としてくれるから自分が気づかぬ所で心の余裕ができてきるのかも。)

「別になんでもない。ただの気まぐれ」
「そっか。あげる」
「え、ああ。ありがと……」

今日はキャラメルをもらった。最近清水からお菓子を度々もらう。理由は不明だが、平田に「清水の習性だから気にしないでいいよ」と言われたのでそれ以上考えるのはやめた。清水について深く知るのはなんだか少し怖い。


 「今日は英語?」
「うん」

バイトが休みだったので、早い時間に帰宅しゆっくり勉強していると、料理をしていたケリーに背後から声をかけられた。その声があまりにも近くから聞こえた為、少し驚く。振り返ると、すぐ横にケリーの顔があった。

 (ケリーってふとした瞬間の距離が近い。)

「お疲れさま。晩ごはんできたけど、もう少し後にする?」
「もう?って、もうこんな時間か」

 時計を見ると七時半だった。随分集中して勉強していたようだ。意識した途端、お腹がすいてくる。

「食べる」
「わかった!準備してくるから片付けといて」
「うん」
教科書とノートを閉じ、端に寄せる。布巾でテーブルを拭いていると料理が運ばれてきた。

「レバニラ……」
「苦手だった?」
「別に苦手ではないけど。もしかして、今日血吸う予定?」
「バレたか。いいかな?」

貧血にレバーは定番だし、聞いてみると案の定そうだった。体調を気遣いながら献立を考える姿が容易に想像できる。

「いちいち聞かなくても大丈夫だよ」
「そうは言っても勉強中で疲れてるだろうし!嫌になったらいつでも言ってね」
「嫌じゃないって。むしろ……」

(……むしろ、なんだ?俺今なに言おうとした?)

嫌じゃないっていうのも厳密に言うと可笑しい。ケリーが再三確認をしてくる「怖くないか」については本当に怖くなかった。だが、そんなに痛くないにしても注射のような痛みと血が抜かれていく不快感はある。「嫌じゃないか」については我慢できる範囲ではあるがむしろ嫌なはずだった。

 「むしろ、なに?」
「いや……何でもない。食べよ」
「え、ああ、分かった」

 怪訝な表情を浮かべていたケリーだが、それ以上は聞いてこなくてホッとした。

 レバニラにきんぴらごぼう、漬物、みそ汁がテーブルに並ぶ。
(ケリーが働いていたお店はこういう定食を出していたんだろうな)
茶碗にごはんをよそってくれて、手渡されるがいつもより少し多い。

「ケリー、これ多い……」
「血吸われるんだからしっかり食べないと!」
「……はい」

吸血ハラスメントだ。
しおりを挟む

処理中です...