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さよならの前のふんわりパン
五十二、
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「大、丈夫……」
咄嗟にそう言って、首を捩ってケリーを振り向いた。
(近い……。)
普段は見上げる位置にあるケリーの顔が、高さも距離もこれまでより近くにあって驚き、気恥ずかしくなって目を逸らす。後を追うように鼓動が速くなって、思ってもみなかったことで戸惑った。
(なんでドキドキなんて……踏み外してびっくりしたからかな)
胸の高鳴りの理由が分からず、無理矢理そう結論付けた。床に降りてケリーから離れたが、触れられたままの腕のせいでなぜだか緊張してしまう。
「落ちるかと思った!本当に大丈夫?」
「別に、落ちてもたかがしれてるし……」
慌てるように言うケリーに、つい素っ気ない態度をとってしまった。気恥ずかしいというのもあるが、そもそも梯子はもう何段か降りていて、床からも近い位置であった為、落ちても少し体を痛めるくらいであったはずだ。慌てるような高さでは無いし、心配しすぎだとほんの少し呆れるような気持ちもこもっていた。
ケリーが何か言いたげな様子で口を開いたが、言葉を飲み込むように一度閉じた。ふっと表情を緩めて頭を撫でられる。
「……低い場所から落ちても怪我はするかもしれないでしょ。踏み外した時に足首とか痛めてない?」
「うん、痛くない。大丈夫」
「そっか、良かった」
普段通りのケリーの様子に、俺の気持ちも落ち着いてきた。撫でられるのは心地よいが、テーブルの上に置かれたホームベーカリーに意識を向ける。テテが興味深そうに箱を見上げていて、時折ペタペタと触っていた。
「テテ、パン食べられる?」
「食べるよ!一緒に食べられるね」
「ぴゃー!」
両手をあげてテテが嬉しそうにする。パンを作る機械というのがわかったようだ。箱から出すと、黒色で、炊飯器のような形の物が出てきた。縦に若干長く、もっと全体的に四角い。箱を開けて上から見たことしかなかったので、全体像を見るのは初めてだった。
「これでパンが焼けるんだ」
「へー!すごい!」
箱に入っていた説明書をざっと読む。大体四時間程で出来上がるようだ。昼は過ぎてしまうが、思いの外早くできるようで今日中に食べることができそうだ。
だが、急に思い立ったが為に一つ問題があった。
「材料あるっけ?」
「どうだろ」
パン用の材料がこのアパートに常備されているはずもなく、また、何が必要なのかも詳しくは知らなかった。説明書に書いてあるのを見ると、塩や砂糖はあるがそもそも小麦粉があるかも怪しい。
(やっぱ作るの難しいかな。)
「ドライイーストだけ無いね」
「……え?」
買うもの多いと大変そうだから諦めるしかないか、と思っていた時、ケリーが説明書を見ながらそう言った。まさかと思って、驚いて聞き返す。
「ドライイーストだけ?」
「え?うん。他はあるよ」
「小麦粉は?」
「ある!カレーにも入れたし!」
「この、スキムミルクは?」
「ある!パスタのソースとかに使ってたよ!」
ケリーが普段どのような食材で料理を作っているのか把握しきれておらず予想外だったが、殆どの材料が揃っていた。いつも美味しく食べていた料理だったが随分と手が込んでいたのだと、分かっていたつもりでもしっかりと理解できていなかった気がして申し訳なくなる。
(ケリーは気にしないかもしれないけど。)
「ドライイースト、買ってくる」
謝るのは違う気がして、せめて足りない材料は買いに行こうと財布を手に取った。だが、ケリーが首を横に振る。
「俺行ってくるよ!清飛は待ってて」
「いや、でも……」
立ちあがろうとしたが、肩に手をかけられて止められてしまった。俺が返事をする前にケリーは「行ってきまーす!」と言ってアパートから出て行った。
「元気……」
「ぴゃー!」
「テテ、テテのご主人は元気だね」
俺の指にギュッと抱きつくテテを、反対の手で撫でながらそっと話しかける。
ふと、もしかしたら二人でゆっくり話せるチャンスなこれが最後かもしれないと思った。掌を広げると、テテがピョンと乗った。顔の前で、じっとテテを見る。
「テテとも明日でお別れだね」
「ぴゃ?」
「最初はびっくりしたけど、賢くて優しくて、テテとビー玉で遊ぶの楽しかったよ」
「ぴゃー」
「好きになってくれてありがと。テテのこと大好きだよ」
頬を擦り寄せられ、指が少し濡れたような感覚がした。不思議に思って見てみると、テテが薄らと涙を浮かべているのが見えた。愛しさがこみあげ、胸がいっぱいになる。
「また泣かせちゃったね」
「ぴゃー……」
「ごめんね」
テテの小さな頬に触れて涙を拭うと、小さな掌が俺の指にそっと触れた。
咄嗟にそう言って、首を捩ってケリーを振り向いた。
(近い……。)
普段は見上げる位置にあるケリーの顔が、高さも距離もこれまでより近くにあって驚き、気恥ずかしくなって目を逸らす。後を追うように鼓動が速くなって、思ってもみなかったことで戸惑った。
(なんでドキドキなんて……踏み外してびっくりしたからかな)
胸の高鳴りの理由が分からず、無理矢理そう結論付けた。床に降りてケリーから離れたが、触れられたままの腕のせいでなぜだか緊張してしまう。
「落ちるかと思った!本当に大丈夫?」
「別に、落ちてもたかがしれてるし……」
慌てるように言うケリーに、つい素っ気ない態度をとってしまった。気恥ずかしいというのもあるが、そもそも梯子はもう何段か降りていて、床からも近い位置であった為、落ちても少し体を痛めるくらいであったはずだ。慌てるような高さでは無いし、心配しすぎだとほんの少し呆れるような気持ちもこもっていた。
ケリーが何か言いたげな様子で口を開いたが、言葉を飲み込むように一度閉じた。ふっと表情を緩めて頭を撫でられる。
「……低い場所から落ちても怪我はするかもしれないでしょ。踏み外した時に足首とか痛めてない?」
「うん、痛くない。大丈夫」
「そっか、良かった」
普段通りのケリーの様子に、俺の気持ちも落ち着いてきた。撫でられるのは心地よいが、テーブルの上に置かれたホームベーカリーに意識を向ける。テテが興味深そうに箱を見上げていて、時折ペタペタと触っていた。
「テテ、パン食べられる?」
「食べるよ!一緒に食べられるね」
「ぴゃー!」
両手をあげてテテが嬉しそうにする。パンを作る機械というのがわかったようだ。箱から出すと、黒色で、炊飯器のような形の物が出てきた。縦に若干長く、もっと全体的に四角い。箱を開けて上から見たことしかなかったので、全体像を見るのは初めてだった。
「これでパンが焼けるんだ」
「へー!すごい!」
箱に入っていた説明書をざっと読む。大体四時間程で出来上がるようだ。昼は過ぎてしまうが、思いの外早くできるようで今日中に食べることができそうだ。
だが、急に思い立ったが為に一つ問題があった。
「材料あるっけ?」
「どうだろ」
パン用の材料がこのアパートに常備されているはずもなく、また、何が必要なのかも詳しくは知らなかった。説明書に書いてあるのを見ると、塩や砂糖はあるがそもそも小麦粉があるかも怪しい。
(やっぱ作るの難しいかな。)
「ドライイーストだけ無いね」
「……え?」
買うもの多いと大変そうだから諦めるしかないか、と思っていた時、ケリーが説明書を見ながらそう言った。まさかと思って、驚いて聞き返す。
「ドライイーストだけ?」
「え?うん。他はあるよ」
「小麦粉は?」
「ある!カレーにも入れたし!」
「この、スキムミルクは?」
「ある!パスタのソースとかに使ってたよ!」
ケリーが普段どのような食材で料理を作っているのか把握しきれておらず予想外だったが、殆どの材料が揃っていた。いつも美味しく食べていた料理だったが随分と手が込んでいたのだと、分かっていたつもりでもしっかりと理解できていなかった気がして申し訳なくなる。
(ケリーは気にしないかもしれないけど。)
「ドライイースト、買ってくる」
謝るのは違う気がして、せめて足りない材料は買いに行こうと財布を手に取った。だが、ケリーが首を横に振る。
「俺行ってくるよ!清飛は待ってて」
「いや、でも……」
立ちあがろうとしたが、肩に手をかけられて止められてしまった。俺が返事をする前にケリーは「行ってきまーす!」と言ってアパートから出て行った。
「元気……」
「ぴゃー!」
「テテ、テテのご主人は元気だね」
俺の指にギュッと抱きつくテテを、反対の手で撫でながらそっと話しかける。
ふと、もしかしたら二人でゆっくり話せるチャンスなこれが最後かもしれないと思った。掌を広げると、テテがピョンと乗った。顔の前で、じっとテテを見る。
「テテとも明日でお別れだね」
「ぴゃ?」
「最初はびっくりしたけど、賢くて優しくて、テテとビー玉で遊ぶの楽しかったよ」
「ぴゃー」
「好きになってくれてありがと。テテのこと大好きだよ」
頬を擦り寄せられ、指が少し濡れたような感覚がした。不思議に思って見てみると、テテが薄らと涙を浮かべているのが見えた。愛しさがこみあげ、胸がいっぱいになる。
「また泣かせちゃったね」
「ぴゃー……」
「ごめんね」
テテの小さな頬に触れて涙を拭うと、小さな掌が俺の指にそっと触れた。
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