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さよならの前のふんわりパン
五十四、
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「……ケリーが?」
驚いてつい聞き返してしまう。
「うん」
「意外」
「そうだよね。兄弟たちが外で遊び回っている時にずっと家の中にいて切り絵とか工作してた。それで、ずっと親にひっついてて家事手伝ったり料理作ったりとかしてたんだよ」
切り絵と聞いてテテのおもちゃ箱に貼られていたのを思い出す。料理好きだと手先も器用なのかとあまり気に留めていなかったけど、昔から遊んでいたのか。
「一番最初に作ったのがサンドイッチだった。ハムとかレタスとか、火を使わなくてもできる具材で。不恰好だったけど、これまで手伝いしかしてなかった料理を一から作れたっていうのが嬉しくて、そこからハマっていった感じ」
「なんか、かわいいエピソード」
小さなケリーが一生懸命サンドイッチを作る姿を想像して、勝手に癒された。料理を始めたきっかけがなんともほっこりしていて、大人しい子だったというのは意外だったが、穏やかな性格のケリーなので容易に想像することができてなんだか嬉しかった。
(小さなきっかけから仕事に繋がったんだから、すごいなぁ。)
「ところで清飛って、俺と会う前って何を食べてたの?初めて料理した時、冷蔵庫に意外と食材はあったけど」
今度は逆に質問されて、ケリーと出会う前の記憶を探る。
「そのまま食べたりレンジでチンしたり、とにかく簡単に食べられるものを食べてた。学校ある日のお昼はパン買って食べてたよ」
「なるほど。自炊はしてたけど料理はあまりしてなかったんだね……。」
「とりあえずなんでも醤油かけてたら食べられたし」
豆腐、ほうれん草、もやし……適当に温めて醤油とか塩で味付けしたらそれなりに食べることはできた。卵かけご飯とかも簡単だし。
「栄養が足りてたのか心配になる……。」
「そう?日本人の食生活って意外と俺みたいなの多いと思うよ」
そう言ったのは実際に嘘では無いと思うし、明日帰ってしまうケリーに心配をかけたくなかったからだ。優しいが故に過保護な面もあったから、このままだと気がかりになってしまうかもしれないと思った。しかし、
「そっか。昨日いくつかおかず作って、タッパーに入れて冷蔵庫に保管してるから明後日から食べてね。冷凍庫には味付けしたお肉とお魚が入ってるから、ちょっと手間かもしれないけど解凍してフライパンで焼いたら食べられるから」
と言われて目を見開く。
「え、わざわざ作ってくれたの?」
「うん、勝手だけど心配だったから」
「そんな、いいのに……」
「俺が勝手にやったことだから」
「そっか……ありがと」
優しい声でそう言われて少し目が潤んだ。
(ああ、もう。寂しい気持ちになりたくないのに……。)
明後日からは元の日常に戻る、そう思っていたのにケリーとテテがいた日常の痕跡を探してしまいそうで辛い。ケリーが俺を心配して、してくれた行為はありがたいのに素直に嬉しいと思えそうになかった。そんな自分が嫌だと、悔しくなる。
悲しみを振り払うように別の話題を探す。思いつくままに色々と喋り、時々テテと遊びながら時間はあっという間に過ぎていった。
昼食は軽めにとって、パンが出来上がるのを待った。
「残り一分だ」
「待ち侘びたね」
液晶に映る文字をケリーと一緒に見る。残り一分と表示されていた文字が変わり、焼き上がりを知らせるメロディーが流れた。昼食のあとにお昼寝をしていたテテが、その音に飛び起きてキョロキョロと辺りを見渡した。俺たちがいる方を見てパンが焼けたのだと気づいたようで、一目散に駆け寄ってくる。
「パン焼けたよ、テテ」
「ぴゃん!」
「パンって言った?テテが喋った!」
蓋をパカリと開けると、まず良い香りが部屋の中に広がって、ケリーが「わー!」と声をあげた。
「できてる!」
「すごい、本当に焼けるんだ」
「ぴゃーー!!」
粉やバターでしかなかったものが、釜の上部にまで膨らんだパンに様変わりしていた。できあがった喜びがこみあげてきて、食べてもいないのに感動してしまう。
(ケリーがサンドイッチを初めて作った時の気持ちが、少し分かったかもしれない。)
材料を量って入れただけで、あとはホームベーカリーがやってくれたのにちゃんとパンが焼き上がったのが嬉しかった。今後俺もまた作ってみたいと、本当に思った。
まな板をテーブルに持ってきて、ケリーが釜から取り出してくれた。少し丸みを帯びた四角い形をした食パンで、可愛らしい。ケリーがパンに包丁を入れる。
「わ、柔らかい!」
「潰れちゃいそうだね」
よく包丁を研いでいるからしっかり切れるはずだけど、それでも柔らかいパンは少し潰れそうになった。耳の部分が切れるとあとはスムーズで、切れた断面を見る。お店で買うよりも少し粗い、手作りだと実感できるパンだった。
驚いてつい聞き返してしまう。
「うん」
「意外」
「そうだよね。兄弟たちが外で遊び回っている時にずっと家の中にいて切り絵とか工作してた。それで、ずっと親にひっついてて家事手伝ったり料理作ったりとかしてたんだよ」
切り絵と聞いてテテのおもちゃ箱に貼られていたのを思い出す。料理好きだと手先も器用なのかとあまり気に留めていなかったけど、昔から遊んでいたのか。
「一番最初に作ったのがサンドイッチだった。ハムとかレタスとか、火を使わなくてもできる具材で。不恰好だったけど、これまで手伝いしかしてなかった料理を一から作れたっていうのが嬉しくて、そこからハマっていった感じ」
「なんか、かわいいエピソード」
小さなケリーが一生懸命サンドイッチを作る姿を想像して、勝手に癒された。料理を始めたきっかけがなんともほっこりしていて、大人しい子だったというのは意外だったが、穏やかな性格のケリーなので容易に想像することができてなんだか嬉しかった。
(小さなきっかけから仕事に繋がったんだから、すごいなぁ。)
「ところで清飛って、俺と会う前って何を食べてたの?初めて料理した時、冷蔵庫に意外と食材はあったけど」
今度は逆に質問されて、ケリーと出会う前の記憶を探る。
「そのまま食べたりレンジでチンしたり、とにかく簡単に食べられるものを食べてた。学校ある日のお昼はパン買って食べてたよ」
「なるほど。自炊はしてたけど料理はあまりしてなかったんだね……。」
「とりあえずなんでも醤油かけてたら食べられたし」
豆腐、ほうれん草、もやし……適当に温めて醤油とか塩で味付けしたらそれなりに食べることはできた。卵かけご飯とかも簡単だし。
「栄養が足りてたのか心配になる……。」
「そう?日本人の食生活って意外と俺みたいなの多いと思うよ」
そう言ったのは実際に嘘では無いと思うし、明日帰ってしまうケリーに心配をかけたくなかったからだ。優しいが故に過保護な面もあったから、このままだと気がかりになってしまうかもしれないと思った。しかし、
「そっか。昨日いくつかおかず作って、タッパーに入れて冷蔵庫に保管してるから明後日から食べてね。冷凍庫には味付けしたお肉とお魚が入ってるから、ちょっと手間かもしれないけど解凍してフライパンで焼いたら食べられるから」
と言われて目を見開く。
「え、わざわざ作ってくれたの?」
「うん、勝手だけど心配だったから」
「そんな、いいのに……」
「俺が勝手にやったことだから」
「そっか……ありがと」
優しい声でそう言われて少し目が潤んだ。
(ああ、もう。寂しい気持ちになりたくないのに……。)
明後日からは元の日常に戻る、そう思っていたのにケリーとテテがいた日常の痕跡を探してしまいそうで辛い。ケリーが俺を心配して、してくれた行為はありがたいのに素直に嬉しいと思えそうになかった。そんな自分が嫌だと、悔しくなる。
悲しみを振り払うように別の話題を探す。思いつくままに色々と喋り、時々テテと遊びながら時間はあっという間に過ぎていった。
昼食は軽めにとって、パンが出来上がるのを待った。
「残り一分だ」
「待ち侘びたね」
液晶に映る文字をケリーと一緒に見る。残り一分と表示されていた文字が変わり、焼き上がりを知らせるメロディーが流れた。昼食のあとにお昼寝をしていたテテが、その音に飛び起きてキョロキョロと辺りを見渡した。俺たちがいる方を見てパンが焼けたのだと気づいたようで、一目散に駆け寄ってくる。
「パン焼けたよ、テテ」
「ぴゃん!」
「パンって言った?テテが喋った!」
蓋をパカリと開けると、まず良い香りが部屋の中に広がって、ケリーが「わー!」と声をあげた。
「できてる!」
「すごい、本当に焼けるんだ」
「ぴゃーー!!」
粉やバターでしかなかったものが、釜の上部にまで膨らんだパンに様変わりしていた。できあがった喜びがこみあげてきて、食べてもいないのに感動してしまう。
(ケリーがサンドイッチを初めて作った時の気持ちが、少し分かったかもしれない。)
材料を量って入れただけで、あとはホームベーカリーがやってくれたのにちゃんとパンが焼き上がったのが嬉しかった。今後俺もまた作ってみたいと、本当に思った。
まな板をテーブルに持ってきて、ケリーが釜から取り出してくれた。少し丸みを帯びた四角い形をした食パンで、可愛らしい。ケリーがパンに包丁を入れる。
「わ、柔らかい!」
「潰れちゃいそうだね」
よく包丁を研いでいるからしっかり切れるはずだけど、それでも柔らかいパンは少し潰れそうになった。耳の部分が切れるとあとはスムーズで、切れた断面を見る。お店で買うよりも少し粗い、手作りだと実感できるパンだった。
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