陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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ホッとする人

七十二.五、

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 涙が止まっても、泣きすぎたせいで頭の中はぼんやりとしていて暫くじっとしていた。すると、清水がいきなり

「フィナンシェ食べよ」

とテーブルに置いてきた袋から小さな紙袋を取り出した。

「フィナンシェ?」
「美味しい洋菓子屋のフィナンシェ」
「買ってきてくれたの?」
「うん、甘い物が良いかなって」
「お金……」
「滝野先生のポケットマネーです」
(そういえばそうだった。)

紙袋の中から小さなフィナンシェを取り出して、俺に手渡してくれた。裏面を見ると成分表の下に「松本製菓店」と書いてあった。個人店だろうか。
 袋を開けて一口齧ると、確かに美味しい。

「二つ上の先輩のお家の人がやってる洋菓子屋」
「先輩情報多いね、本当」

どういう経緯で高校生がこういうお店を知るんだろうと思ったが、それを聞いて納得した。卒業した先輩ともよく連絡とりあってるみたいだし、お家のお店に行くくらい気さくな関係に少しほっこりする。
 そこで、ふと滝野が話していたことを思い出した。

(そういえば去年まで親がいない先輩がバレー部にいたって言ってたな。)

話ついでに少し気になり、その先輩について聞いてみることにした。

「あのさ、滝野が俺みたいに親がいない先輩がバレー部にいたって言ってたんだけど、どんな……」

人?という前に反射的に「霜塚先輩?」と清水が言った。どこかで聞いた事あるような名前だったが、すぐには思い出せなかった。

「名前は知らないんだけど」
「でも合ってると思う」
「そう?どんな人?」
「そうだな。簡単に言うと顔はイケメン、性格は物静かで優しく物腰柔らか、心は子猫」
「……子猫?」

不思議な例え方をされて首を傾げる。それにしても、先輩について聞いた瞬間から清水の雰囲気が変わった気がする。なんだか楽しそうだ。

「でもイケメンって、清水も……」
「俺なんて霜塚先輩に比べたら足元にも及ばんし地に埋まる。そして世の全てのイケメンは霞む。イケメンという言葉は霜塚先輩の為にあり……」
「あ、うん。わかった。ありがと」

清水も爽やかな顔立ちでかっこいいと思って言ったのだが、それ以上の言葉が返ってきて長くなりそうだったので制止させた。残念そうに「そうか」と呟き、静かになる。引き際が早いのは助かる。

(直接関わってきた先輩の容姿をこうも真っ直ぐに褒められるのってすごいな。)
 
そこまでイケメンと言うなら、学年が違っても顔くらい分かりそうなものだが思い当たる人はいなかった。しかし、清水が嘘を言うとも思えないしどういうことだろうと一人考えていると、「霜塚先輩は」と少し固い声で清水は話しはじめた。

「杉野ともまた違う不安を抱えてたよ。時々フラッシュバックに苦しんでたし、濱谷先輩達が卒業していなくなった去年は心細そうにしてた」
「え?同級生とは仲良くなかったの?」
「仲良かったけど、先輩って体調崩して一年浪人して入学して一人年上だったから」
「なるほど、そういうこと」
「あと、濱谷先輩と同じ代に松本先輩っていう幼馴染がいて高校で再会したみたい。運命だよね」
「運命……?」

 偶然とは思うがそこまで言うことだろうか。やはり清水の言葉は時々意味が分からない。

(松本先輩……ってことはもしかしてこの洋菓子屋の?)

「俺の個人的な事情になるけど」
「え?」
「杉野と霜塚先輩ってかぶる。どっちも抱え込むし、霜塚先輩に至っては不安になると逃げようとするし拒絶されるし。杉野は拒絶はせずに話は聞いてくれるから助かるけど」
「ああ、なんか高校卒業を機に行方くらまそうとしたって」
「……え?俺それ初知り」
「え?」

俺の言葉に今日一番清水の表情が変わった。目を見開き、暫く固まったかと思いきや額を片手で押さえてため息を吐いた。
 なんだか、余計な心配事を増やしてしまったような気がして申し訳なくなった。

「だからか。去年の色んなことが腑に落ちた」
「えっと、俺言って良かった?」
「終わったことだし大丈夫。でもよく気付いたな先輩方」

「進学先から考えると前島先輩からかな」とぶつぶつ話すのを尻目に、後輩ながら色々と考えてて大変そうだと残りのフィナンシェを口の中に入れた。

「って、そういうことが言いたかったわけでは無く」
「あ、そっか。なんだっけ?」

我に返ったように急にガバッと顔をあげて清水が言う。

「杉野が抱え込んで、どんどん苦しい事になるんじゃないかって心配してた。霜塚先輩に対しては、俺が他の先輩方の代わりになれるなんて思えなくてサポートするにも限界があるし、ある程度は頼るしか無かったけど杉野は友達だし。しかも同じクラスだし。二年になっても一緒のクラスだったから勝手に安心してた。烏滸がましいかもしれないけど、今年こそ杉野の助けになれるかもしれないって」
「……ずっと考えてたの?」
「うん。なんか平田とか他のバレー部員が言うにはこれが俺の性分らしい。ずっと人のこと考えてる」

なんで清水みたいな人が俺の傍にいてくれるんだろう思っていたけど、まさか二年時には既に気にかけてくれていたのだと知って驚いてしまった。

「結局今になるまで気持ち吐き出させることできなかったけど。でもちゃんと話せて安心した」
「うん、ありがと」
「それに、杉野の旧姓って宮本でしょ。多分出席番号前後じゃなきゃ話すきっかけって無かったと思うし、きっとこれも運命だね」
「運命って」

なんでも運命と言う清水が面白くて、つい笑い声が漏れた。本当に、いつも無表情で突拍子もないことを言い出す。しかし、その言葉を聞いて久しぶりに笑うことができたと気付いて、清水の存在に感謝せずにはいられなかった。



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