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『薫の日常(5)』
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『薫の日常(5)』
それまでの柔らかい口調と雰囲気が消え、やや厳しい顔と声で言いつける花お母さん。
「う、うん」
花さんにはそういう言い訳で誤魔化しているのだから、薫ちゃんもそう言われれば従うしかない。
花さんのやや怒っているようにもとれる雰囲気からして、顔も性格も良い優しい先輩(オレの事だぞ)に、自分の娘が甘えてお手数おかけてしてしまった、という心苦しさのようなものを感じる。
あとは、例えオレが大事にするつもりがなくとも、男絡みのトラブルから娘を遠ざけようとする意思も感じた。
男女比の偏りが激しい、この世界。
知らない男が娘をおんぶして帰宅してきたら、こういう反応になるのもわかる。
オレからすれば些細な事でも、停学、退学、微罪に大罪、そう発展してしまうケースもある。
今回はオレも調子に乗りすぎた。軽率だったな。
「薫ちゃん、早く冷やした方がいいよ? シップとかある?」
オレも花さんを安心させるべく、それとなくうながした。
「あ、はいッス」
うなずいた薫ちゃんは、カウンターに手をつきながら、足の痛むフリをしつつ立ち上がる。
「じゃ、じゃあ。あの。京センパイ。今日は本当にありがとうございました!」
「こちらこそ。楽しかったよ。また学校でね。お大事に」
そう言って薫ちゃんは店の奥へと消えていく。
何度も何度もこちらを振り返る。
オレはそのたびに笑顔で手を振る。
やがてカウンターの奥にある引き戸を開けて、お店とつながっているだろう、自宅へと姿を消した。
後に残ったのは、それをジッと見送っていた花お母さんと、周囲の酔っ払いたちだ。
「では、お母さん。ボクもこれで」
「あ、ああ、はい、そうね。ウチの娘がご迷惑おかけしまして。本当にありがとうございました」
「いえいえ……皆さんも、楽しい時間をお過ごしの中、お邪魔しました」
周囲のお姉さんや、それよりもう少し年上のお姉さま。
そしてさらに人生経験豊富であろう、もっと年上のお姉さまがたにも、会釈を交えて挨拶をする。
「おー、兄ちゃん、いい男だねぇ!」
「おばちゃんがあと10年若かったら返さなかったよ!」
「10年で足りるかババア! 30年若返ってこい!」
大盛り上がりである。
異世界でも酔っ払いは変わらない。
「にーちゃん、これ食ってみな! お花さんの煮物うめーから! まだ箸つけてないからさ!」
とあるテーブルからそんな声がかかった。
ギリギリお姉さまといった年の女性の手には、割っていない箸と小鉢があった。
「おい、やめとけ。さすがに酔っ払いの免罪符にも限度ってもんがあるぞ」
同じテーブルの友人が止めているが、オレは小鉢に入った煮物にすいよせられるようにテーブルに向かった。
このお店、酒の匂いはともかく、カウンター内の火元から漂う香りがじつに良い。
つまみとしてかもしれないが、濃い目の味付け料理が鼻を刺激しっぱなしだ。
「ではお言葉に甘えまして、頂きます」
「お、おう?」
お姉さまから新しい割りばしを受け取り、お姉さまの手に乗ったままの小鉢から少し煮物を頂く。
里芋。
オレの好物の一つだが、実に美味い味付けだ。
テーブルにあるビールもついでに頂戴したくなるが、さすがにそこまでするとお店に迷惑がかかってしまう。
未成年飲酒で営業停止などシャレにならない。
未成年淫行ならドンと来いなんだが。
「確かに美味しいですね。ごちそう様でした。お箸、お返ししますね?」
「お、お、おおう」
お姉さまの小鉢の上に、使った割りばしをそのまま置く。
お姉さまは、目じりのシワを深くして、オレが使った割りばしをガン見していらっしゃる。
この世界において、美少年が使った割りばしというのは、里芋一つ分と引き換えにする程度の価値はあるはずだ。
オレも色々と学んだ。
お暇するついでに、通りかがりのテーブルで、お詫びでーす、と言いながら軽く酌をしていく。
そのたびに盛り上がる酔っ払いのお姉さまたち。これはこれでなかなかに楽しい。
今後のビッチ活動の為にも、夜のお店のバイトも視野に入れるべきか?
ホストクラブとかそういう感じではなく、飲み屋の看板娘……いや看板男子、みたいなポジションだと楽しく働けそうだけれど、店の親族でもない難しいだろうな。
そんな未練で少しだけ後ろ髪をひかれつつ、オレは自動ドアの前に立ち、振り返る。
「では、お邪魔しました」
最後にもう一度、花お母さんに会釈をして、オレはようやく店を出た。
外に出ると酒の匂いのない、まっさらな空気に包まれた。
辺りはさらに暗くなっており、あちこちの店のネオンの輝きが夜の街に浮かび上がっている。
少しだけその中にフラフラ舞い降りて、夜の蝶を気取ってみたいと誘惑される。
さぞ無双できる事だろう事は、想像に難くない。
羽振りのいい女社長、ビシっとスーツを着こなすキャリアウーマン、そういう人をデレデレさせてみたいビッチの欲求がむくむくと首をもたげる、が。
「それはまたの機会にしとくか」
学生の夜遊びはよろしくない。
飲み屋街で補導なんてされようものなら面倒だ。
しかも、未成年の男が飲み屋で知り合った成人女性と一緒となると、学園に知らせがいくかもしれない。
そうなると、更に色々面倒だ。
主に冬原先生が。
というわけで、今日は大人しく帰る事にする。
十分、良い一日だったしね。
「またね、薫ちゃん」
閉められた扉にそう言葉を残して、オレと薫ちゃんの長い一日は、こうして終わりを迎えた。
それまでの柔らかい口調と雰囲気が消え、やや厳しい顔と声で言いつける花お母さん。
「う、うん」
花さんにはそういう言い訳で誤魔化しているのだから、薫ちゃんもそう言われれば従うしかない。
花さんのやや怒っているようにもとれる雰囲気からして、顔も性格も良い優しい先輩(オレの事だぞ)に、自分の娘が甘えてお手数おかけてしてしまった、という心苦しさのようなものを感じる。
あとは、例えオレが大事にするつもりがなくとも、男絡みのトラブルから娘を遠ざけようとする意思も感じた。
男女比の偏りが激しい、この世界。
知らない男が娘をおんぶして帰宅してきたら、こういう反応になるのもわかる。
オレからすれば些細な事でも、停学、退学、微罪に大罪、そう発展してしまうケースもある。
今回はオレも調子に乗りすぎた。軽率だったな。
「薫ちゃん、早く冷やした方がいいよ? シップとかある?」
オレも花さんを安心させるべく、それとなくうながした。
「あ、はいッス」
うなずいた薫ちゃんは、カウンターに手をつきながら、足の痛むフリをしつつ立ち上がる。
「じゃ、じゃあ。あの。京センパイ。今日は本当にありがとうございました!」
「こちらこそ。楽しかったよ。また学校でね。お大事に」
そう言って薫ちゃんは店の奥へと消えていく。
何度も何度もこちらを振り返る。
オレはそのたびに笑顔で手を振る。
やがてカウンターの奥にある引き戸を開けて、お店とつながっているだろう、自宅へと姿を消した。
後に残ったのは、それをジッと見送っていた花お母さんと、周囲の酔っ払いたちだ。
「では、お母さん。ボクもこれで」
「あ、ああ、はい、そうね。ウチの娘がご迷惑おかけしまして。本当にありがとうございました」
「いえいえ……皆さんも、楽しい時間をお過ごしの中、お邪魔しました」
周囲のお姉さんや、それよりもう少し年上のお姉さま。
そしてさらに人生経験豊富であろう、もっと年上のお姉さまがたにも、会釈を交えて挨拶をする。
「おー、兄ちゃん、いい男だねぇ!」
「おばちゃんがあと10年若かったら返さなかったよ!」
「10年で足りるかババア! 30年若返ってこい!」
大盛り上がりである。
異世界でも酔っ払いは変わらない。
「にーちゃん、これ食ってみな! お花さんの煮物うめーから! まだ箸つけてないからさ!」
とあるテーブルからそんな声がかかった。
ギリギリお姉さまといった年の女性の手には、割っていない箸と小鉢があった。
「おい、やめとけ。さすがに酔っ払いの免罪符にも限度ってもんがあるぞ」
同じテーブルの友人が止めているが、オレは小鉢に入った煮物にすいよせられるようにテーブルに向かった。
このお店、酒の匂いはともかく、カウンター内の火元から漂う香りがじつに良い。
つまみとしてかもしれないが、濃い目の味付け料理が鼻を刺激しっぱなしだ。
「ではお言葉に甘えまして、頂きます」
「お、おう?」
お姉さまから新しい割りばしを受け取り、お姉さまの手に乗ったままの小鉢から少し煮物を頂く。
里芋。
オレの好物の一つだが、実に美味い味付けだ。
テーブルにあるビールもついでに頂戴したくなるが、さすがにそこまでするとお店に迷惑がかかってしまう。
未成年飲酒で営業停止などシャレにならない。
未成年淫行ならドンと来いなんだが。
「確かに美味しいですね。ごちそう様でした。お箸、お返ししますね?」
「お、お、おおう」
お姉さまの小鉢の上に、使った割りばしをそのまま置く。
お姉さまは、目じりのシワを深くして、オレが使った割りばしをガン見していらっしゃる。
この世界において、美少年が使った割りばしというのは、里芋一つ分と引き換えにする程度の価値はあるはずだ。
オレも色々と学んだ。
お暇するついでに、通りかがりのテーブルで、お詫びでーす、と言いながら軽く酌をしていく。
そのたびに盛り上がる酔っ払いのお姉さまたち。これはこれでなかなかに楽しい。
今後のビッチ活動の為にも、夜のお店のバイトも視野に入れるべきか?
ホストクラブとかそういう感じではなく、飲み屋の看板娘……いや看板男子、みたいなポジションだと楽しく働けそうだけれど、店の親族でもない難しいだろうな。
そんな未練で少しだけ後ろ髪をひかれつつ、オレは自動ドアの前に立ち、振り返る。
「では、お邪魔しました」
最後にもう一度、花お母さんに会釈をして、オレはようやく店を出た。
外に出ると酒の匂いのない、まっさらな空気に包まれた。
辺りはさらに暗くなっており、あちこちの店のネオンの輝きが夜の街に浮かび上がっている。
少しだけその中にフラフラ舞い降りて、夜の蝶を気取ってみたいと誘惑される。
さぞ無双できる事だろう事は、想像に難くない。
羽振りのいい女社長、ビシっとスーツを着こなすキャリアウーマン、そういう人をデレデレさせてみたいビッチの欲求がむくむくと首をもたげる、が。
「それはまたの機会にしとくか」
学生の夜遊びはよろしくない。
飲み屋街で補導なんてされようものなら面倒だ。
しかも、未成年の男が飲み屋で知り合った成人女性と一緒となると、学園に知らせがいくかもしれない。
そうなると、更に色々面倒だ。
主に冬原先生が。
というわけで、今日は大人しく帰る事にする。
十分、良い一日だったしね。
「またね、薫ちゃん」
閉められた扉にそう言葉を残して、オレと薫ちゃんの長い一日は、こうして終わりを迎えた。
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