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本編
Merry Widow~もう一度素敵な恋を~
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Merry Widow~もう一度素敵な恋を~
潤が正式に日本支社勤務となってから一ヶ月が経とうとしていた。潤の引っ越しと仕事のせいで慌ただしく過ぎる。プライベートでの一時帰国が急遽本格的な帰国となったのだから仕方ない。それでも、真央との生活は充実していて幸せであった。他愛のない日々の出来事を話すだけなのに二人にとっては貴重な時間だ。そうして離れていた10年近い時間を取り戻そうとしたのかもしれない。
「潤、お前まだプロポーズしてないのか?」
「藪から棒に何ですか」
「叔母さんたちが心配してた」
ランチタイムでごった返す定食屋で雅紀に詰め寄られる潤。雅紀は店自慢のとんかつを頬張りながら話しかけてくる。潤はそれをどう交わすか思案しながら秋刀魚の骨を器用に外していく。
「俺だってちゃんと考えてますよ」
「ほんとか?」
「信用ないですね」
「お前は前科があるからな」
その言葉にむせそうになった。慌てて湯飲みを取り、お茶で流し込む。一息ついて向き直れば心配そうな雅紀の顔がそこにはあった。
「真央も仕事をいくつか抱えているんです。それでなかなかタイミングが合わないってだけですから」
「それなら良いが」
「その分、一緒にいるときは色々話をしてますよ。それに……」
潤は視線を外して俯いてぼそぼそと『毎晩一緒のベッドで寝てるし』と呟く。その答えに雅紀がカラカラと笑い始める。
「そんなに笑わないでも良いと思うけど」
「悪い、悪い」
ひとしきり笑ったあとで雅紀は潤の顔をもう一度見る。その瞳には先程までのからかいの色はない。少し厳しい色を浮かべ、諭すように言葉を続ける。
「何にしても、これ以上彼女を不安にさせるようなことはするなよ」
「わかってます」
そう返す潤に雅紀は安心したようだった。
「じゃ、お前のプロポーズが上手くいくように祈ってここは俺が奢ってやる」
「いいですよ」
「遠慮するな。それとも精力剤の方が良いか?」
「いりません!」
潤は顔を赤くしながら反論する。それをからかって笑う雅紀だった。
その夜、潤は三階の一室にこもってラップトップを立ち上げる。仕事の特性上、書斎が必要だと申し出た潤に対して真央が提供してくれたのだ。その部屋は使われていない三階の一室だった。
「母さんが伊豆に引っ越してからは物置同然だけど。それでもよかったら潤の好きに使って」
真央の提案に潤は迷わず、真央の書庫の隣を選んだ。少しだけ真央が呆れ気味だったのは気にしないでおこうと思う。
「さて……」
潤はラップトップをネットに繋ぎ検索を始める。それはプロポーズを演出する上で真央の喜びそうな店をピックアップしていく。いつもなら顕政に助力を頼むところだが、今回は自分一人で決めることにしていた。
(自分の人生を決める場でもあるからな)
そういう思いがあって潤は誰の力も借りず、全てを自らのてで決めることにしたのだった。そんな中、一軒のレストランが目にとまる。そこは雰囲気も良く、何より窓から望むロケーションが素晴らしかった。
「丸の内駅舎が一望出来るなんて最高じゃないか」
そこはカクテルも出してくれているという。潤はそこに決め、すぐに連絡を入れる。そして窓際の席を予約するのだった。
そうして迎えた日、潤は緊張を押し隠しながら真央を誘う。
「真央、今夜は二人で美味しいものでも食べに行こうか」
「いいの?」
「ああ。ようやく一段落着いたんだ」
仕事を終えたあと東京駅で待ち合わせをし、例の丸の内駅舎が見えるレストランに案内する。
「いらっしゃいませ」
「予約をしてた一之瀬です」
「承っております。お席にご案内いたします」
潤が名前を告げるとウエイターが恭しく挨拶をして席へと案内する。
「わざわざ予約してくれたんだ」
「まぁね。それに今夜は特別な夜にしたかったから」
「ありがとう」
「気に入ってくれた?」
「勿論よ」
真央は気づいていた、潤がいつにも増して緊張していることに。それが何故なのかわかっているが、敢えて気付かないふりを決め込む。
運ばれて来る料理はどれも繊細で芸術と言って差し支えないものだった。勿論、味も最高級だ。二人で心ゆくまで楽しむ。そして、デザートを食べ終わったところで潤がウエイターに耳打ちをする。
「お願いしていたものを……」
「かしこまりました」
ウエイターはふわりと笑みを浮かべて厨房へと下がっていく。その姿を確認してから向き直った潤の緊張は最高潮に高まる。
「潤?」
「なに?」
「なんだかいつもと違うから……」
そこへ先程のウエイターが二つのカクテルグラスをもって現れる。それを二人の前に置くと、恭しく礼をしてさて行く。真央はそれがカクテルだとわかると息を飲んだ。
「潤」
「真央のお株を奪うような真似したかな?」
「そんなことないよ」
「どうしても、このカクテルで乾杯したかったんだ」
二人の前に置かれたカクテルは【メリー・ウィドウ】。このカクテルには『もう一度素敵な恋を』との言葉が込められている。
「真央、俺と結婚して欲しい」
そうして差し出された小さな箱はあの時二人で選んだ指輪だった。潤は真央の手を取り、左手の薬指にその指輪をはめる。分かっていたはずなのに、真央は感激に身を震わせた。そして、それは涙となって零れ落ちる。
「真央?」
「ごめん」
「それはどういう意味?」
「えっと、嬉しいはずなのに涙が止まらないの」
「嬉し涙ってことなら、それはしようがない」
「うん」
「長いこと待たせた俺の方こそごめん。これからは目一杯幸せにするから」
「信じてる」
「このカクテルのようにまた俺と素敵な恋をしよう」
「潤、ありがとう」
真央は涙を拭いながら微笑みかける。それを見て潤も胸を撫で下ろした。このプロポーズから数日後のクリスマスイブに二人は籍を入れた。記念日として決して忘れることはないだろうからと選んだのだが、明日香からは散々にからかわれる。
「お兄ちゃんにしては上出来?」
「お前、いっぺん殴り飛ばしてやろうか」
「二人ともそのくらいにしなさい」
今にも始まりそうな兄妹喧嘩を止めたのは雫だ。ため息をつきながら潤に向き直ると紙袋を差し出した。
「これ、みんなからのお祝いね」
それは化粧箱に入れられたウイスキーだった。どうやら、この琥珀色の蒸留酒で祝杯を挙げろということらしい。潤と真央はそれをありがたく受け取るのだった。
「次に会うときはお年賀かな?」
「多分そうなると思う。叔父さんたちにもよろしくな」
雫と明日香が帰ったあと、二人は店で早速ウイスキーを開ける。その琥珀色の蒸留酒を味わいながら微笑み合った。
「潤、ほんとにありがとう」
「俺としてまだ足りないけど」
「え?」
「
初恋は実らないとよく言うが、潤と真央は熟成された蒸留酒のように『甘酸っぱい恋』を『味わい深くまろやかな大人の愛』へと変えることでそれを実らせたといえる。二人はメリー・ウィドウのカクテル言葉の通り、再び素敵な恋を始めるのだった。
潤が正式に日本支社勤務となってから一ヶ月が経とうとしていた。潤の引っ越しと仕事のせいで慌ただしく過ぎる。プライベートでの一時帰国が急遽本格的な帰国となったのだから仕方ない。それでも、真央との生活は充実していて幸せであった。他愛のない日々の出来事を話すだけなのに二人にとっては貴重な時間だ。そうして離れていた10年近い時間を取り戻そうとしたのかもしれない。
「潤、お前まだプロポーズしてないのか?」
「藪から棒に何ですか」
「叔母さんたちが心配してた」
ランチタイムでごった返す定食屋で雅紀に詰め寄られる潤。雅紀は店自慢のとんかつを頬張りながら話しかけてくる。潤はそれをどう交わすか思案しながら秋刀魚の骨を器用に外していく。
「俺だってちゃんと考えてますよ」
「ほんとか?」
「信用ないですね」
「お前は前科があるからな」
その言葉にむせそうになった。慌てて湯飲みを取り、お茶で流し込む。一息ついて向き直れば心配そうな雅紀の顔がそこにはあった。
「真央も仕事をいくつか抱えているんです。それでなかなかタイミングが合わないってだけですから」
「それなら良いが」
「その分、一緒にいるときは色々話をしてますよ。それに……」
潤は視線を外して俯いてぼそぼそと『毎晩一緒のベッドで寝てるし』と呟く。その答えに雅紀がカラカラと笑い始める。
「そんなに笑わないでも良いと思うけど」
「悪い、悪い」
ひとしきり笑ったあとで雅紀は潤の顔をもう一度見る。その瞳には先程までのからかいの色はない。少し厳しい色を浮かべ、諭すように言葉を続ける。
「何にしても、これ以上彼女を不安にさせるようなことはするなよ」
「わかってます」
そう返す潤に雅紀は安心したようだった。
「じゃ、お前のプロポーズが上手くいくように祈ってここは俺が奢ってやる」
「いいですよ」
「遠慮するな。それとも精力剤の方が良いか?」
「いりません!」
潤は顔を赤くしながら反論する。それをからかって笑う雅紀だった。
その夜、潤は三階の一室にこもってラップトップを立ち上げる。仕事の特性上、書斎が必要だと申し出た潤に対して真央が提供してくれたのだ。その部屋は使われていない三階の一室だった。
「母さんが伊豆に引っ越してからは物置同然だけど。それでもよかったら潤の好きに使って」
真央の提案に潤は迷わず、真央の書庫の隣を選んだ。少しだけ真央が呆れ気味だったのは気にしないでおこうと思う。
「さて……」
潤はラップトップをネットに繋ぎ検索を始める。それはプロポーズを演出する上で真央の喜びそうな店をピックアップしていく。いつもなら顕政に助力を頼むところだが、今回は自分一人で決めることにしていた。
(自分の人生を決める場でもあるからな)
そういう思いがあって潤は誰の力も借りず、全てを自らのてで決めることにしたのだった。そんな中、一軒のレストランが目にとまる。そこは雰囲気も良く、何より窓から望むロケーションが素晴らしかった。
「丸の内駅舎が一望出来るなんて最高じゃないか」
そこはカクテルも出してくれているという。潤はそこに決め、すぐに連絡を入れる。そして窓際の席を予約するのだった。
そうして迎えた日、潤は緊張を押し隠しながら真央を誘う。
「真央、今夜は二人で美味しいものでも食べに行こうか」
「いいの?」
「ああ。ようやく一段落着いたんだ」
仕事を終えたあと東京駅で待ち合わせをし、例の丸の内駅舎が見えるレストランに案内する。
「いらっしゃいませ」
「予約をしてた一之瀬です」
「承っております。お席にご案内いたします」
潤が名前を告げるとウエイターが恭しく挨拶をして席へと案内する。
「わざわざ予約してくれたんだ」
「まぁね。それに今夜は特別な夜にしたかったから」
「ありがとう」
「気に入ってくれた?」
「勿論よ」
真央は気づいていた、潤がいつにも増して緊張していることに。それが何故なのかわかっているが、敢えて気付かないふりを決め込む。
運ばれて来る料理はどれも繊細で芸術と言って差し支えないものだった。勿論、味も最高級だ。二人で心ゆくまで楽しむ。そして、デザートを食べ終わったところで潤がウエイターに耳打ちをする。
「お願いしていたものを……」
「かしこまりました」
ウエイターはふわりと笑みを浮かべて厨房へと下がっていく。その姿を確認してから向き直った潤の緊張は最高潮に高まる。
「潤?」
「なに?」
「なんだかいつもと違うから……」
そこへ先程のウエイターが二つのカクテルグラスをもって現れる。それを二人の前に置くと、恭しく礼をしてさて行く。真央はそれがカクテルだとわかると息を飲んだ。
「潤」
「真央のお株を奪うような真似したかな?」
「そんなことないよ」
「どうしても、このカクテルで乾杯したかったんだ」
二人の前に置かれたカクテルは【メリー・ウィドウ】。このカクテルには『もう一度素敵な恋を』との言葉が込められている。
「真央、俺と結婚して欲しい」
そうして差し出された小さな箱はあの時二人で選んだ指輪だった。潤は真央の手を取り、左手の薬指にその指輪をはめる。分かっていたはずなのに、真央は感激に身を震わせた。そして、それは涙となって零れ落ちる。
「真央?」
「ごめん」
「それはどういう意味?」
「えっと、嬉しいはずなのに涙が止まらないの」
「嬉し涙ってことなら、それはしようがない」
「うん」
「長いこと待たせた俺の方こそごめん。これからは目一杯幸せにするから」
「信じてる」
「このカクテルのようにまた俺と素敵な恋をしよう」
「潤、ありがとう」
真央は涙を拭いながら微笑みかける。それを見て潤も胸を撫で下ろした。このプロポーズから数日後のクリスマスイブに二人は籍を入れた。記念日として決して忘れることはないだろうからと選んだのだが、明日香からは散々にからかわれる。
「お兄ちゃんにしては上出来?」
「お前、いっぺん殴り飛ばしてやろうか」
「二人ともそのくらいにしなさい」
今にも始まりそうな兄妹喧嘩を止めたのは雫だ。ため息をつきながら潤に向き直ると紙袋を差し出した。
「これ、みんなからのお祝いね」
それは化粧箱に入れられたウイスキーだった。どうやら、この琥珀色の蒸留酒で祝杯を挙げろということらしい。潤と真央はそれをありがたく受け取るのだった。
「次に会うときはお年賀かな?」
「多分そうなると思う。叔父さんたちにもよろしくな」
雫と明日香が帰ったあと、二人は店で早速ウイスキーを開ける。その琥珀色の蒸留酒を味わいながら微笑み合った。
「潤、ほんとにありがとう」
「俺としてまだ足りないけど」
「え?」
「
初恋は実らないとよく言うが、潤と真央は熟成された蒸留酒のように『甘酸っぱい恋』を『味わい深くまろやかな大人の愛』へと変えることでそれを実らせたといえる。二人はメリー・ウィドウのカクテル言葉の通り、再び素敵な恋を始めるのだった。
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