槍の又左、傾いて候

氷室龍

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野盗との対決

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又左は藤吉郎から聞かされた廃寺近くで身を潜めていた。だが、すぐに乗り込むという愚は犯さない。それは『松の救出』が目的で『野盗の駆逐』が目的ではないからだ。
まずは廃寺の人員配置や出入り口を確認する。気配を殺し、その周りを歩く。頭の中でそろばんを弾き、己の歩幅と歩数からおおよその大きさを割り出す。
暫くすると、男たちの騒ぐ声が聞こえてくる。又左はすぐに身を伏せ、近くの草むらに潜む。すると、男たちに後ろ手に縛られた松が本堂の方へ連れていかれるところだった。

(松!!)

又左は飛び出しそうになるのを歯を食いしばり、拳を握りしめて押しとどめる。

「このアマ! 大人しくしやがれ!!」
「あなたたちが丁重に扱わないからでしょ!!」
「てめぇ、自分の立場がわかってねぇのか?!」
「分かってますけど、私に何かあったら……」

松は男たちをギロリと睨み付ける。男たちは先日の又左との立ち合いを思い出したのか、一瞬怯む。そして、虚勢を張って声を荒らげながら本堂の前で押さえつけ、跪かせる。

「御頭!! この女、どうしますか?!」

その言葉に奥からのそりのそりと一人の男が出てくる。片方の目を白い布で覆ったあの大男である。

「向こうの弥勒堂にでも放り込んどけ」
「いいんですか?」
「ふんっ! やるならアイツの目の前でやらんと腹の虫がおさまらねぇ……」

隻眼となったその男は下卑た笑みを浮かべている。恐らくは松を人質に取られ、なすすべもなく跪き、苦痛に顔を歪める又左の顔でも想像しているのだろう。

「アイツが来たら、お前を皆で犯す。さぞかし楽しいだろうよ、惚れた女が何人もの男に犯されよがり狂う様を見せつけるのはな!!」
「そんなこと言ってられるのは今のうちよ。又左が本気になればあんたたちなんて一瞬で地獄行きよ」

その言葉に腹が立ったのか、隻眼の男は松の頬を平手打ちする。そして、配下の者に奥の弥勒堂に閉じ込めるように命じたのだった。



それからどれくらいの時が過ぎたであろうか。日はすっかり落ち、夜の帳が降りている。聞こえてくるのは【ホー、ホー】というふくろうの声だけだ。
又左は小枝で地面に見取り図を描きながら、一人思案していた。

(くそ! どう考えても俺一人ではどうにもならぬ。どうすれば……)

手にしていた小枝をへし折り、途方に暮れる又左。

「随分とお困りのようですな」
「!!!!!」

後ろから声をかけられ、驚きとともに振り返るとそこには見知った顔の者がいた。藤吉郎だ。

「どうして……」
「殿より下知げちくだりました」
「殿が?」
「又左の一世一代の大戦おおいくさなら自ら後詰めせねばなるまい。そうおっしゃいまして、それがしと佐々殿を先駆けに遣わされたのです」
「内蔵助も一緒なのか?」
「だけではありませぬ」
「?」

藤吉郎が後ろの草むらに視線をやる。ガザガザと音をたて、そこから現れたのは慶次だった。慶次は又左に飛びついてきた。

「慶次!?」
「又兄!!」
「お前……」
「俺が連れてきた」
「内蔵助……」
「又兄、ごめん。俺のせいで松姉ちゃんが……」

慶次は拳を握りしめ、涙を堪える。それを又左は頭に手を置き、ガシガシと掻きむしる。

「気にするな。松はいつも言ってるだろ?」
「え?」
「危ないと思ったらすぐに逃げろって……」
「で、でも……」
「自分のせいで無茶をしてお前が死んだらそれこそ松が悲しむ。お前は松の言いつけを守った。それだけだ」
「う、うん……」
「自分を情けなく思うんだったら強くなって挽回すればいい」
「又兄……」
「お前はその為にここに来たんだろ?」

又左の言葉に慶次は力強く頷く。それを良しとして又左は柔らかい笑みを浮かべ、頭をなでてやった。

「利家、早速で悪いが状況はどうなっている」
「正直、俺一人では八方塞がりだ」
「ということは、我らがおれば何とかなりそうですかな?」
「まぁ、そんなところだ」

又左は自分の目で確かめたことを三人に話して聞かせる。すると、藤吉郎が一つの策を考え付いた。

「それがしが調べた限り、ここの連中はただの野盗です」
「やはりそうか……」
「待て。ということは陽動してやれば簡単に引っかかるんじゃないか?」
「ということは、俺が正面から乗り込むか」
「それがしと慶次殿で裏から回って松殿を助ける」
「慶次を?」
「慶次殿は甲賀の血を引いていると聞きましたので、それを生かす手はないでしょう」
「なるほど、それは言えてるな」
「それに、それがしで入れぬところも慶次殿なら……」
「慶次、やれるか?」
「うん。それで松姉ちゃんを助けれるなら、やるよ」
「それでこそ、前田の男だ」
「で、どうやってあいつらを外に引っ張り出す?」
「それにはうってつけの物がある」

又左は草むらに隠してあったそれを取り出す。それは丸い陶器の入れ物に麻縄を結わえたものだった。

「又左殿、よくそんなもの手に入りましたな」
「ちょっとした伝手があってな」
「おい、それは何だ?」
「これは村上水軍や乃美水軍など瀬戸内の水軍がよく使う『焙烙玉ほうろくだま』ですよ」
「焙烙玉?」
「中に火薬が入ってて、この火縄に火をつけて相手に放り投げるんだ」
「火薬自体は少ないですが、何せ陶器に入ってますからねぇ」
「破裂した拍子に器が飛び散って周りにいる奴に傷を負わせることができるって訳だ」
「野盗どもにはちょうどいいかもしれんな」
「正面にこいつを投げ込んでそれから適当に暴れたら逃げるってところか……」
「そうすれば弥勒堂辺りは手薄になるでしょう」
「それでいくか」
「ですな」

慶次も含め四人が頷くとすぐに行動に移った。又左は内蔵助とともに表に回る。その後、焙烙玉に火をつけて思いっきり廃寺の正門に投げつけた。すると、見事なまでに門が吹き飛ぶ。

「何が起きた!?」
「分からねぇ、いきなり門が吹き飛んだ」

中から騒ぐ声がし、野盗たちの右往左往する姿が見える。まさに蜂の巣をつついたような騒ぎだ。

「利家、もう一発お見舞いしたら、突っ込むぞ」
「おお!」

又左はもうひとつに火をつけて思いっきり投げ込んでやる。その破裂音を確認したところで内蔵助と頷き合い、馬に飛び乗ると正門に向かって駆け出す。

「織田上総介かずさのすけが家臣。前田又左衛門利家、まかり通る!!」
「同じく、佐々内蔵助成政、推参!!」
「「我と思うものはかかって来い!!」」

二人は馬上で槍を捌き、次々に野盗たちをなぎ倒していく。それに慌てた野盗たちは蜘蛛の子を散らすように四方八方へと逃げ惑う。

その頃、本堂では表の騒ぎを報告しに手下が一人、隻眼の男が息を切らせてやってきていた。

「お、御頭!!」
「なんだ?! 何が起きた?!」
「や、槍の又左が乗り込んできたでさ」
「なにぃ!! いい度胸だ!! この眼の落とし前、着けてもらうわ!!」

隻眼の男は自分の刀を手に取ると表へと出て行く。それを軒下に潜んで聞き耳を立てていた藤吉郎と慶次は彼らの気配が完全に消えたのを確認してから這い出る。

「さ、それがしたちも仕事をしますかな?」
「うん」
「では、慶次殿。 それがしの後についてきてくだされ」

慶次は力強く頷き、藤吉郎の後についていく。

(松姉ちゃん、必ず助けるから待ってて!)

慶次は決意を新たにしながら、気を引き締めるのだった。


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