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幼少期~青年期
関ヶ原 前夜
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加賀大納言・利家の死去により、いよいよその立場を悪くしたのは治部少輔・三成だった。
武断派と呼ばれる加藤清正・福島正則らによる三成襲撃事件がおきた。これにより三成は大阪を追われ失脚する。それに取って代わるように内府・家康が実権を握り始める。
「秀頼様…。」
「重成、どうした?」
「城内が何やら騒がしいです。」
「治部が追い出されたせいかもな。」
「ですね。」
秀頼と重成はいつものように三成が置いて行った書物に目を通している。二人は幼いながらも城内の異質な雰囲気を肌で感じ取っていた。
「戦、になる、かも…。」
「そうかもしれませんね。」
「内府殿はこの日の本をどうしたいんだろう…。」
「さぁ…。」
秀頼はため息をつく。父が亡くなってから内府は徐々にその内なる野望を表に曝け出し始めた。表向きは自分の後見人として振る舞っているが、虎視眈々と『天下人』の座を狙っているのは明白だ。
「若様…。」
「生駒?」
「あまり良くないですね…。」
「どんなふうに?」
「今は動くに動けぬ状況ですが、内府様は着々と準備を進めておられます。」
「そっか…。」
「抜かりはないようでせっせと味方に書状を送っているようです。」
「治部に勝ち目は?」
「分かりません。」
「う~~~~~ん。」
「秀頼様?」
「重成はどう思う?」
「まだまだ子供の俺にはわかんないですよ。」
「だよねぇ。」
「ところで、治部は誰を大将に?」
「安芸中納言輝元様です。」
「「はぁぁぁぁぁぁ」」
「?」
「あのおっさんかぁ…。」
「えっと…。」
「はっきり言って…。」
「「役立たず。」」
「いくらなんでも…。」
「だって、叔父二人と有能な家臣がいたからこそ成り立ってるって、修理も言ってるし…。」
「何ですか、その評価は。」
「扱いやすい方けど、あんまり使えない。」
それが、秀頼と重成の安芸中納言・毛利輝元に対する評価だった。二人はこの大阪城で何度か対面しているがどこか気弱で人当たりのよい輝元は頼りなく映った。
「ご自分で考えることができない御仁だと思う。」
「なるほど…。」
「まぁ、大国を収めてて内府殿と対等な方と言えばあの御仁くらいだし。」
五大老のうち、加賀大納言・前田利家はすでに亡く、会津中納言・上杉景勝は奥州に睨みを利かせて領国に留まっており、備前宰相・宇喜多秀家は年若い。となると、必然的に輝元にお鉢が回ってくるという訳である。
「何か、戦が始まる前から負けてる気がするんだけど…。」
「若様ったら。」
「ところで生駒殿。」
「はい、何でしょう。」
「刑部殿は…。」
「えっと…。」
生駒は視線を泳がせ、口籠る。
「こちらも良くないのか…。」
「馬にも乗れず、もっぱら輿で移動されておるそうです。」
「そうか…。」
「俺たちがもう少し大人であったら…。」
「そうですね。」
「考えても詮無きこと。 今の自分でできることをやるしかありません。」
「重成の言う通りだな。」
「なので、今日もこれを読み込みますぞ。」
「うげっ!」
そんなこんなで秀頼は再び三成の残した書を読み込む羽目に陥るのだった。
*******************************************************
一方、三成も着々と準備を進めていた。この無謀ともいえる策に出たは己に残された時が残りわずかであることを悟ったからである。
「殿…。」
「左近、分かっておるだろうがこのことは誰にも言うでない。」
「御意。」
「それと戦の結果に関わらず其方は何としても生き残れ。」
「!!!」
「慶松もあの様子だ。 与六は遠く会津の地。 頼めるのは其方しかおらぬ。」
「ですが…。」
「なるだけ、多くの者と生き残るのじゃ。」
「…………。」
「全ては秀頼様の御身のため。 そして太閤殿下への恩を返すため。」
そこまで言ったところで、三成は突然激しく咳き込む。
「殿!!」
「ゴホッ、ゴホッ。」
手で口を抑えた三成がその掌を覗くと真っ赤に染まっている。口の中も鉄を噛んだような味が広がる。
「儂には、もう、時は…、残されておらぬ、のだ。」
唇の端に残る血を拭いながら、三成は独りごちる。その悲壮なまでの決意に左近は圧倒される。そして、左近もまた決意する。
「殿、この左近。 必ずや生き残り、秀頼様をお守り申します。」
「左近、頼むぞ。」
左近は無言で頷く。その力強い頷きに三成は安堵の表情を浮かべる。
(何としても秀頼様だけはお守りしなくては…。)
三成は決意を新たにし、その両の拳を強く握り締まる。その様子を左近はただじっと見つめるだけであった。
************************************************
お読みいただきありがとうございます。
武断派と呼ばれる加藤清正・福島正則らによる三成襲撃事件がおきた。これにより三成は大阪を追われ失脚する。それに取って代わるように内府・家康が実権を握り始める。
「秀頼様…。」
「重成、どうした?」
「城内が何やら騒がしいです。」
「治部が追い出されたせいかもな。」
「ですね。」
秀頼と重成はいつものように三成が置いて行った書物に目を通している。二人は幼いながらも城内の異質な雰囲気を肌で感じ取っていた。
「戦、になる、かも…。」
「そうかもしれませんね。」
「内府殿はこの日の本をどうしたいんだろう…。」
「さぁ…。」
秀頼はため息をつく。父が亡くなってから内府は徐々にその内なる野望を表に曝け出し始めた。表向きは自分の後見人として振る舞っているが、虎視眈々と『天下人』の座を狙っているのは明白だ。
「若様…。」
「生駒?」
「あまり良くないですね…。」
「どんなふうに?」
「今は動くに動けぬ状況ですが、内府様は着々と準備を進めておられます。」
「そっか…。」
「抜かりはないようでせっせと味方に書状を送っているようです。」
「治部に勝ち目は?」
「分かりません。」
「う~~~~~ん。」
「秀頼様?」
「重成はどう思う?」
「まだまだ子供の俺にはわかんないですよ。」
「だよねぇ。」
「ところで、治部は誰を大将に?」
「安芸中納言輝元様です。」
「「はぁぁぁぁぁぁ」」
「?」
「あのおっさんかぁ…。」
「えっと…。」
「はっきり言って…。」
「「役立たず。」」
「いくらなんでも…。」
「だって、叔父二人と有能な家臣がいたからこそ成り立ってるって、修理も言ってるし…。」
「何ですか、その評価は。」
「扱いやすい方けど、あんまり使えない。」
それが、秀頼と重成の安芸中納言・毛利輝元に対する評価だった。二人はこの大阪城で何度か対面しているがどこか気弱で人当たりのよい輝元は頼りなく映った。
「ご自分で考えることができない御仁だと思う。」
「なるほど…。」
「まぁ、大国を収めてて内府殿と対等な方と言えばあの御仁くらいだし。」
五大老のうち、加賀大納言・前田利家はすでに亡く、会津中納言・上杉景勝は奥州に睨みを利かせて領国に留まっており、備前宰相・宇喜多秀家は年若い。となると、必然的に輝元にお鉢が回ってくるという訳である。
「何か、戦が始まる前から負けてる気がするんだけど…。」
「若様ったら。」
「ところで生駒殿。」
「はい、何でしょう。」
「刑部殿は…。」
「えっと…。」
生駒は視線を泳がせ、口籠る。
「こちらも良くないのか…。」
「馬にも乗れず、もっぱら輿で移動されておるそうです。」
「そうか…。」
「俺たちがもう少し大人であったら…。」
「そうですね。」
「考えても詮無きこと。 今の自分でできることをやるしかありません。」
「重成の言う通りだな。」
「なので、今日もこれを読み込みますぞ。」
「うげっ!」
そんなこんなで秀頼は再び三成の残した書を読み込む羽目に陥るのだった。
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一方、三成も着々と準備を進めていた。この無謀ともいえる策に出たは己に残された時が残りわずかであることを悟ったからである。
「殿…。」
「左近、分かっておるだろうがこのことは誰にも言うでない。」
「御意。」
「それと戦の結果に関わらず其方は何としても生き残れ。」
「!!!」
「慶松もあの様子だ。 与六は遠く会津の地。 頼めるのは其方しかおらぬ。」
「ですが…。」
「なるだけ、多くの者と生き残るのじゃ。」
「…………。」
「全ては秀頼様の御身のため。 そして太閤殿下への恩を返すため。」
そこまで言ったところで、三成は突然激しく咳き込む。
「殿!!」
「ゴホッ、ゴホッ。」
手で口を抑えた三成がその掌を覗くと真っ赤に染まっている。口の中も鉄を噛んだような味が広がる。
「儂には、もう、時は…、残されておらぬ、のだ。」
唇の端に残る血を拭いながら、三成は独りごちる。その悲壮なまでの決意に左近は圧倒される。そして、左近もまた決意する。
「殿、この左近。 必ずや生き残り、秀頼様をお守り申します。」
「左近、頼むぞ。」
左近は無言で頷く。その力強い頷きに三成は安堵の表情を浮かべる。
(何としても秀頼様だけはお守りしなくては…。)
三成は決意を新たにし、その両の拳を強く握り締まる。その様子を左近はただじっと見つめるだけであった。
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お読みいただきありがとうございます。
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