白鷹の貴公子、大海を往く~豊臣秀頼冒険異聞~

氷室龍

文字の大きさ
9 / 10
幼少期~青年期

千姫の輿入れ

しおりを挟む
――――――――慶長八年七月―――――――――

かねてから婚約していた中納言・秀忠(江戸幕府二代将軍)の息女・千姫が秀頼の元へと輿入れと相成り、大阪へと入城した。家康にとっては『掌中の珠』である孫娘を差し出したのだ。それは豪勢な花嫁行列であったのは言うまでもない。

「若様?」
「生駒か…。」
「折角の慶事だというのに浮かないお顔ですね。」
「俺は出来れば千は【綺麗なまま】返すつもりだ。」
「それは治部様の遺言だからですか?」
「重成か。」
「秀頼様は年の割に大人びすぎです。」
「重成殿、それは致し方ないと思いますよ。」
「そうでしょうが…。」

秀頼は一つため息をつくと千との顔見世の場となる広間へと向かう。
千との対面は滞りなく行われた。幼くとも将軍の娘としての決意を秘めており、その凛とした佇まいに淀の方は期待を込めた視線を向ける。

「中納言・秀忠が息女・千にございます。」

心なしか震える声で千は上座に座る淀の方と秀頼に挨拶をする。淀の方はそのんな千の姿に幼い頃の末妹を重ねたのかスッと立ち上がると千の目の前に座り顔を上げされる。

「遠いところよう参ったな。」
「あっ…。」
「ほんに江によう似ておる。」
「お方様…。」
「今日からここが其方の『家』じゃ。」
「は、はい…。」

淀の方は千の手を取り微笑みかける。千は頬を染めながら俯き加減に頷いたのだった。

(二人はすぐに大人になる。 世継ぎが生まれれば今一度豊臣家は輝きを取り戻せるはず。)

そんなふうに淀の方が思っているなど想像もせず、素直に喜ぶ千。ただ、秀頼だけはそれを見透かしていたようで心の中でため息を漏らす。

「豊臣の未来などもはや決しているというのに…。」

その呟きはあまりにも小さく、誰にも気付かれることはなかった。
その後、二人は盛大な祝言を上げるが、そこは大人たちの思惑が絡み合い異様な雰囲気を醸し出していたのは言うまでもない。

「江戸からの長旅の後でこれでは其方も疲れているだろう?」
「え? そんなことは…。」
「無理はするな。」
「秀頼さま?」

秀頼は千を気に掛けるふうを装って、距離を取ろうとした。だが、千としては【徳川と豊臣の橋渡しを】と母・江の方からきつく申し付けられているだけに何かと関わろうとしてきた。その度につらく当たる秀頼。とうとう千は堪えきれず問い詰めた。

「秀頼さまは千のことがお嫌いですか?」
「何だ、藪から棒に…。」
「だって、小姓たちには笑いかけるのに千にはちっとも笑いかけてくれない…。」
「お前、自分の立場が分かってないのか?」
「?」
「ふぅ…、そのうちわかる。」
「秀頼さま?」

秀頼はそれからも千を避け続けた。その度に千は気に入られよう振る舞うのだが、悉く失敗に終わった。そんな状態が続き、秀頼が側室を迎えたことで【無駄な努力】と悟ったのだろう。それからは秀頼に対して無関心となった。

「秀頼様、相変わらず徹底してますねぇ。」
「お陰で千は俺のことを諦めてくれたようだ。」
「まぁ、そうなりますね。」
「それより例の件はどうなている?」
「それは抜かりなく。 この城の作りはほぼ把握されておられるでしょう。」
「後は…。」
「星を教えて差し上げることですね。」
「生駒…。」
「まぁ、その必要はないかもしれませんけどねぇ。」
「どう言う意味だ?」
「最近、冴という名の侍女が御側に仕え始めたのはご存じですよね?」
「確か、お梶の方の紹介だと…。」
「そのお梶の方の腰元は関東乱破の元締・風魔一族で固めているのだそうですよ。」
「なんと!」

秀頼は重成以上に驚く。と、同時に焦りもした。この頃、幕府の中枢は千の父・秀忠が仕切っていたが、家康も健在であった。それ故家康は駿府に居を移し、『大御所』として諸国に睨みを利かせていたのだ。

「厄介な…。」
「心配するようなこともないでしょう、そのために若様は千様を遠ざけておられるのですから。」
「とは言え、どこで漏れるかわかりません。」
「ああ、これからはさらに慎重に。」
「「御意」」

秀頼の言葉に生駒も重成も静かに頷く。

(もう少しだ。 あと少し『時』が必要なのだ…。)

秀頼は懐から一通の文を取り出す。それは左近衛さこんのえ権少将ごんのしょうしょう・松平忠輝からの物であった。
以前、忠輝は家康の名代として大阪城を訪れたことがある。
家康の六男になる忠輝は異常なほど父・家康に嫌われていた。『粗野で乱暴者』、容姿も醜く、母親の身分も低い。兎に角、扱いは結城家に出された次兄・秀康以上に酷かった。
そこへもってきて妻はあの【奥州の独眼竜】の愛娘・五郎八いろは姫。、秀頼も対面に際して構えずにはおれなかった。
ところが、実際に会ってみると確かに粗野な部分はあるが、茶の湯や和歌にも通じており、五郎八いろは姫がキリシタンであるせいか、南蛮交易にも明るく外交的手腕にも優れていた。何より、年が近い。そのことで二人はこの一度の会見で意気投合したのだった。
秀頼は忠輝を信頼し、自身のある計画を語った。

「右府様はひ弱な若君と思っておりましたが、改めねばならぬようですな。」
「権少将…。」
「忠輝と名をお呼びください。」
「では、俺のことも秀頼と呼んでくれ。」
「畏まった。」
「で、その計画、それがしも乗せてもらってもよいですか?」
「忠輝殿が乗ってくれるならば心強い。」
「では、舅殿へはそれがしが話をつけてみましょう。」
「それはありがたい。 実はどうやって渡りをつけるかで頭を悩ませていたんだ。」
五郎八いろはの文に紛れ込ませておきましょう。」
「ああ、頼む。」

こうして、忠輝経由で伊達との繋がりを更に強めた秀頼。
着々と準備を進めるとともに、徳川との決着に関しても策をめぐらせるのだった。



************************************************
お読みいただきありがとうございます
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...