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幼少期~青年期
千姫の輿入れ
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――――――――慶長八年七月―――――――――
かねてから婚約していた中納言・秀忠(江戸幕府二代将軍)の息女・千姫が秀頼の元へと輿入れと相成り、大阪へと入城した。家康にとっては『掌中の珠』である孫娘を差し出したのだ。それは豪勢な花嫁行列であったのは言うまでもない。
「若様?」
「生駒か…。」
「折角の慶事だというのに浮かないお顔ですね。」
「俺は出来れば千は【綺麗なまま】返すつもりだ。」
「それは治部様の遺言だからですか?」
「重成か。」
「秀頼様は年の割に大人びすぎです。」
「重成殿、それは致し方ないと思いますよ。」
「そうでしょうが…。」
秀頼は一つため息をつくと千との顔見世の場となる広間へと向かう。
千との対面は滞りなく行われた。幼くとも将軍の娘としての決意を秘めており、その凛とした佇まいに淀の方は期待を込めた視線を向ける。
「中納言・秀忠が息女・千にございます。」
心なしか震える声で千は上座に座る淀の方と秀頼に挨拶をする。淀の方はそのんな千の姿に幼い頃の末妹を重ねたのかスッと立ち上がると千の目の前に座り顔を上げされる。
「遠いところよう参ったな。」
「あっ…。」
「ほんに江によう似ておる。」
「お方様…。」
「今日からここが其方の『家』じゃ。」
「は、はい…。」
淀の方は千の手を取り微笑みかける。千は頬を染めながら俯き加減に頷いたのだった。
(二人はすぐに大人になる。 世継ぎが生まれれば今一度豊臣家は輝きを取り戻せるはず。)
そんなふうに淀の方が思っているなど想像もせず、素直に喜ぶ千。ただ、秀頼だけはそれを見透かしていたようで心の中でため息を漏らす。
「豊臣の未来などもはや決しているというのに…。」
その呟きはあまりにも小さく、誰にも気付かれることはなかった。
その後、二人は盛大な祝言を上げるが、そこは大人たちの思惑が絡み合い異様な雰囲気を醸し出していたのは言うまでもない。
「江戸からの長旅の後でこれでは其方も疲れているだろう?」
「え? そんなことは…。」
「無理はするな。」
「秀頼さま?」
秀頼は千を気に掛けるふうを装って、距離を取ろうとした。だが、千としては【徳川と豊臣の橋渡しを】と母・江の方からきつく申し付けられているだけに何かと関わろうとしてきた。その度につらく当たる秀頼。とうとう千は堪えきれず問い詰めた。
「秀頼さまは千のことがお嫌いですか?」
「何だ、藪から棒に…。」
「だって、小姓たちには笑いかけるのに千にはちっとも笑いかけてくれない…。」
「お前、自分の立場が分かってないのか?」
「?」
「ふぅ…、そのうちわかる。」
「秀頼さま?」
秀頼はそれからも千を避け続けた。その度に千は気に入られよう振る舞うのだが、悉く失敗に終わった。そんな状態が続き、秀頼が側室を迎えたことで【無駄な努力】と悟ったのだろう。それからは秀頼に対して無関心となった。
「秀頼様、相変わらず徹底してますねぇ。」
「お陰で千は俺のことを諦めてくれたようだ。」
「まぁ、そうなりますね。」
「それより例の件はどうなている?」
「それは抜かりなく。 この城の作りはほぼ把握されておられるでしょう。」
「後は…。」
「星を教えて差し上げることですね。」
「生駒…。」
「まぁ、その必要はないかもしれませんけどねぇ。」
「どう言う意味だ?」
「最近、冴という名の侍女が御側に仕え始めたのはご存じですよね?」
「確か、お梶の方の紹介だと…。」
「そのお梶の方の腰元は関東乱破の元締・風魔一族で固めているのだそうですよ。」
「なんと!」
秀頼は重成以上に驚く。と、同時に焦りもした。この頃、幕府の中枢は千の父・秀忠が仕切っていたが、家康も健在であった。それ故家康は駿府に居を移し、『大御所』として諸国に睨みを利かせていたのだ。
「厄介な…。」
「心配するようなこともないでしょう、そのために若様は千様を遠ざけておられるのですから。」
「とは言え、どこで漏れるかわかりません。」
「ああ、これからはさらに慎重に。」
「「御意」」
秀頼の言葉に生駒も重成も静かに頷く。
(もう少しだ。 あと少し『時』が必要なのだ…。)
秀頼は懐から一通の文を取り出す。それは左近衛権少将・松平忠輝からの物であった。
以前、忠輝は家康の名代として大阪城を訪れたことがある。
家康の六男になる忠輝は異常なほど父・家康に嫌われていた。『粗野で乱暴者』、容姿も醜く、母親の身分も低い。兎に角、扱いは結城家に出された次兄・秀康以上に酷かった。
そこへもってきて妻はあの【奥州の独眼竜】の愛娘・五郎八姫。、秀頼も対面に際して構えずにはおれなかった。
ところが、実際に会ってみると確かに粗野な部分はあるが、茶の湯や和歌にも通じており、五郎八姫がキリシタンであるせいか、南蛮交易にも明るく外交的手腕にも優れていた。何より、年が近い。そのことで二人はこの一度の会見で意気投合したのだった。
秀頼は忠輝を信頼し、自身のある計画を語った。
「右府様はひ弱な若君と思っておりましたが、改めねばならぬようですな。」
「権少将…。」
「忠輝と名をお呼びください。」
「では、俺のことも秀頼と呼んでくれ。」
「畏まった。」
「で、その計画、それがしも乗せてもらってもよいですか?」
「忠輝殿が乗ってくれるならば心強い。」
「では、舅殿へはそれがしが話をつけてみましょう。」
「それはありがたい。 実はどうやって渡りをつけるかで頭を悩ませていたんだ。」
「五郎八の文に紛れ込ませておきましょう。」
「ああ、頼む。」
こうして、忠輝経由で伊達との繋がりを更に強めた秀頼。
着々と準備を進めるとともに、徳川との決着に関しても策をめぐらせるのだった。
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お読みいただきありがとうございます
かねてから婚約していた中納言・秀忠(江戸幕府二代将軍)の息女・千姫が秀頼の元へと輿入れと相成り、大阪へと入城した。家康にとっては『掌中の珠』である孫娘を差し出したのだ。それは豪勢な花嫁行列であったのは言うまでもない。
「若様?」
「生駒か…。」
「折角の慶事だというのに浮かないお顔ですね。」
「俺は出来れば千は【綺麗なまま】返すつもりだ。」
「それは治部様の遺言だからですか?」
「重成か。」
「秀頼様は年の割に大人びすぎです。」
「重成殿、それは致し方ないと思いますよ。」
「そうでしょうが…。」
秀頼は一つため息をつくと千との顔見世の場となる広間へと向かう。
千との対面は滞りなく行われた。幼くとも将軍の娘としての決意を秘めており、その凛とした佇まいに淀の方は期待を込めた視線を向ける。
「中納言・秀忠が息女・千にございます。」
心なしか震える声で千は上座に座る淀の方と秀頼に挨拶をする。淀の方はそのんな千の姿に幼い頃の末妹を重ねたのかスッと立ち上がると千の目の前に座り顔を上げされる。
「遠いところよう参ったな。」
「あっ…。」
「ほんに江によう似ておる。」
「お方様…。」
「今日からここが其方の『家』じゃ。」
「は、はい…。」
淀の方は千の手を取り微笑みかける。千は頬を染めながら俯き加減に頷いたのだった。
(二人はすぐに大人になる。 世継ぎが生まれれば今一度豊臣家は輝きを取り戻せるはず。)
そんなふうに淀の方が思っているなど想像もせず、素直に喜ぶ千。ただ、秀頼だけはそれを見透かしていたようで心の中でため息を漏らす。
「豊臣の未来などもはや決しているというのに…。」
その呟きはあまりにも小さく、誰にも気付かれることはなかった。
その後、二人は盛大な祝言を上げるが、そこは大人たちの思惑が絡み合い異様な雰囲気を醸し出していたのは言うまでもない。
「江戸からの長旅の後でこれでは其方も疲れているだろう?」
「え? そんなことは…。」
「無理はするな。」
「秀頼さま?」
秀頼は千を気に掛けるふうを装って、距離を取ろうとした。だが、千としては【徳川と豊臣の橋渡しを】と母・江の方からきつく申し付けられているだけに何かと関わろうとしてきた。その度につらく当たる秀頼。とうとう千は堪えきれず問い詰めた。
「秀頼さまは千のことがお嫌いですか?」
「何だ、藪から棒に…。」
「だって、小姓たちには笑いかけるのに千にはちっとも笑いかけてくれない…。」
「お前、自分の立場が分かってないのか?」
「?」
「ふぅ…、そのうちわかる。」
「秀頼さま?」
秀頼はそれからも千を避け続けた。その度に千は気に入られよう振る舞うのだが、悉く失敗に終わった。そんな状態が続き、秀頼が側室を迎えたことで【無駄な努力】と悟ったのだろう。それからは秀頼に対して無関心となった。
「秀頼様、相変わらず徹底してますねぇ。」
「お陰で千は俺のことを諦めてくれたようだ。」
「まぁ、そうなりますね。」
「それより例の件はどうなている?」
「それは抜かりなく。 この城の作りはほぼ把握されておられるでしょう。」
「後は…。」
「星を教えて差し上げることですね。」
「生駒…。」
「まぁ、その必要はないかもしれませんけどねぇ。」
「どう言う意味だ?」
「最近、冴という名の侍女が御側に仕え始めたのはご存じですよね?」
「確か、お梶の方の紹介だと…。」
「そのお梶の方の腰元は関東乱破の元締・風魔一族で固めているのだそうですよ。」
「なんと!」
秀頼は重成以上に驚く。と、同時に焦りもした。この頃、幕府の中枢は千の父・秀忠が仕切っていたが、家康も健在であった。それ故家康は駿府に居を移し、『大御所』として諸国に睨みを利かせていたのだ。
「厄介な…。」
「心配するようなこともないでしょう、そのために若様は千様を遠ざけておられるのですから。」
「とは言え、どこで漏れるかわかりません。」
「ああ、これからはさらに慎重に。」
「「御意」」
秀頼の言葉に生駒も重成も静かに頷く。
(もう少しだ。 あと少し『時』が必要なのだ…。)
秀頼は懐から一通の文を取り出す。それは左近衛権少将・松平忠輝からの物であった。
以前、忠輝は家康の名代として大阪城を訪れたことがある。
家康の六男になる忠輝は異常なほど父・家康に嫌われていた。『粗野で乱暴者』、容姿も醜く、母親の身分も低い。兎に角、扱いは結城家に出された次兄・秀康以上に酷かった。
そこへもってきて妻はあの【奥州の独眼竜】の愛娘・五郎八姫。、秀頼も対面に際して構えずにはおれなかった。
ところが、実際に会ってみると確かに粗野な部分はあるが、茶の湯や和歌にも通じており、五郎八姫がキリシタンであるせいか、南蛮交易にも明るく外交的手腕にも優れていた。何より、年が近い。そのことで二人はこの一度の会見で意気投合したのだった。
秀頼は忠輝を信頼し、自身のある計画を語った。
「右府様はひ弱な若君と思っておりましたが、改めねばならぬようですな。」
「権少将…。」
「忠輝と名をお呼びください。」
「では、俺のことも秀頼と呼んでくれ。」
「畏まった。」
「で、その計画、それがしも乗せてもらってもよいですか?」
「忠輝殿が乗ってくれるならば心強い。」
「では、舅殿へはそれがしが話をつけてみましょう。」
「それはありがたい。 実はどうやって渡りをつけるかで頭を悩ませていたんだ。」
「五郎八の文に紛れ込ませておきましょう。」
「ああ、頼む。」
こうして、忠輝経由で伊達との繋がりを更に強めた秀頼。
着々と準備を進めるとともに、徳川との決着に関しても策をめぐらせるのだった。
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