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双子の姉妹
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とある国の小さな村に、双子の姉妹が住んでいた。
二人は親でも見分けがつかないほどそっくりだったが、唯一目の色だけが違っていた。
姉の目は紫で、妹の目は黒だった。
妹はそれが嫌で、よく「私とお姉ちゃんの目の色が一緒だったらよかったのに」と言っていた。
姉はそれを、静かに微笑みながら聞いているだけだった。
あるとき、村を大干ばつが襲った。
何日も、何週間も、何ヶ月も雨が降らなかったせいで作物は枯れ、川は干上がり、大地は乾いてひび割れた。
村の人々は総出で何日も祈りを捧げたが、それでも雨は降らなかった。
そのうち、誰かが言った。
「竜神様がお怒りなのだ」
誰もがはけ口を探していたから、その言葉はすぐに受けいれられた。
竜神様がお怒りだ。
ならば、どうすればいい。
竜神様に贄を捧げればいい。
まだ幼く純粋な子供を捧げれば、きっと竜神様のお怒りも収まる。
それは、口減らしの意味も兼ねていた。
役にたたない子供を減らせば、働き手である若い男や、子を産むことの出来る女が生き残れる。
子供はまた、生き残った者達で産めばいい。
それがこの村では正しい考えだった。
とはいえ、子供達の親は皆、自分の子を生け贄に差し出したくはなかった。
長いこと話し合った末、クジ引きで生け贄を決めることにした。
七歳までの村の子供達全員に木の枝で作ったクジを引かせて、その先端が赤く塗られていた子供が贄となるのだ。
選ばれたのは、双子の妹だった。
「いや、死にたくない!」
嘆く妹を見て両親は泣き崩れたが、村人達は「もう決まったことだ」と繰り返した。
ただ、姉だけが妹に寄り添った。
贄を捧げるのは明日の朝早くと決まり、妹は逃げ出さないよう蔵に閉じこめられることになった。
どうして私だけが。
しくしくと泣き続ける妹の元に姉がやってきたのは、月のない真夜中のことだった。
「泣かないで」
「だって、私は明日死んでしまうのよ。
お姉ちゃんとも、もう会えなくなるのよ。
そんなのいや!」
泣きじゃくる妹に寄り添った姉は、「大丈夫よ」と笑った。
「私が代わりに、竜神様の所へ行ってあげる」
「でも、そうしたらお姉ちゃんが……」
「いいのよ。だって、私はお姉ちゃんだもの。
それに私たちは双子でしょう。村の人も竜神様も、きっとどっちが行ったって気にしないわ。
ただ、一つだけ条件があるの」
そう言われて、妹は黙りこんだ。
妹は、まだ死にたくなかった。
もっとたくさん友達と遊んで、いつか大きくなったら恋をして、子供を産んで、歳を取って死ぬ。
そんな平凡だが暖かな人生を送りたいと思っていたから。
だから、姉の提案は本当に都合がよかった。
ただ、姉を犠牲にして自分は助かるのだという良心の呵責にさえ目を瞑ってしまえば―――。
否、そんなものを抱く必要もない。
だって、姉は自ら身代わりを申し出てくれたのだから。
「……条件って、なに?」
「私を忘れないで」
想像していたよりもずっと簡単な条件に、妹はほっと胸をなで下ろした。
自分が姉を忘れるはずはない。だって、二人はこれまでいつも一緒だったのだから。
「もちろんよ。ぜったいに忘れないわ。
ところで、目の色はどうするの?」
次に妹の口から出たのは姉を案じる言葉ではなく、入れ替わったその後を案じる言葉だった。
二人はそっくりだが、目の色だけは違う。
こうして月のない夜に見れば二人の目の色はほとんど同じに見えるが、朝の明るい陽射しの下ではすぐに入れ替わりがばれてしまうだろう。
妹の問いかけに、姉は笑って懐から小さな瓶を取り出した。
紫色の液体がたっぷりと入ったそれを妹の手に握らせて、姉は言った。
「それは、目の色を変える薬よ」
「目の、色を?」
「そう。それを目にさせば、色が変わるの。
薬はそれ一瓶しかないから、大切にしてね」
「お姉ちゃんは?」
「私は、もうさしたわ。
ほら、だからあなたと同じ黒色でしょう」
姉の言葉に妹はまじまじと目を凝らしたが、月のない夜でははっきりと分からなかった。
ただ、なんとなく同じ色のように見えたので「そうね」と頷いた。
姉はいつも正しかったし、自分に嘘をついたことはなかったから。
「私がここに残るから、あなたは家に戻って。
今は暗くて薬を差しづらいと思うから、朝になったら薬を差してね。
最初は少し目が痛むかもしれないけれど、声を上げてはダメよ。怪しまれてしまうから」
「分かったわ。ありがとう、お姉ちゃん」
姉の手から薬瓶を受け取って、妹は意気揚々と立ち上がった。
もう、姉がこの先どうなるのかは考えなかった。
考えないように、していた。
「……さっきの約束、忘れないでね」
「うん。私、お姉ちゃんのことぜったいに忘れないわ」
姉の言葉に大きく頷いて、妹はその場を後にした。
姉は、蔵の扉が閉まるまで妹の後ろ姿をいつまでもいつまでも見送っていた。
そして、姉と妹は入れ替わった。
次の日の朝、妹はとうとう竜神様の生け贄として旅立つことになった。
両親は嘆き悲しみ、見送りに行こうと姉をよんだが、姉は悲しげに布団を被って唸るばかりだったので無理には誘わなかった。
片割れを失う悲しみは、きっと自分たちが思うよりもずっと深いのだろう。
昨夜はどうやらこっそり家を抜け出して妹の所へ行っていたようだし、別れは済ませたはず。
ならば、今は悲しみに浸らせてやろう……と、思ったのだ。
村人達も、姉が見送りに来ないことを訝しんだりはしなかった。
それで、俯く妹に花嫁衣装を着せて竜神様の所へ送り出した。
妹は干上がった川の中央で胸を刺し貫かれて、無事に竜神様の元へ行った。
「生け贄も受け取ってもらえたのだし、これで村は安泰だ」
村人達は口々にそう言って、村へ帰ってきた。
ただ、双子の妹の両親だけは無口だった。
村人はそんな二人に「あの子のお陰で村が救われたんだ」と繰り返し声をかけるだけだった。
家に帰った両親は、姉の部屋でうめき声が漏れるのを耳にした。
まだ泣いているのだろうか。
そう思って姉の部屋に入った二人が見たものは、
焼けただれた顔を押さえてのたうち回る、姉の姿だった。
二人は親でも見分けがつかないほどそっくりだったが、唯一目の色だけが違っていた。
姉の目は紫で、妹の目は黒だった。
妹はそれが嫌で、よく「私とお姉ちゃんの目の色が一緒だったらよかったのに」と言っていた。
姉はそれを、静かに微笑みながら聞いているだけだった。
あるとき、村を大干ばつが襲った。
何日も、何週間も、何ヶ月も雨が降らなかったせいで作物は枯れ、川は干上がり、大地は乾いてひび割れた。
村の人々は総出で何日も祈りを捧げたが、それでも雨は降らなかった。
そのうち、誰かが言った。
「竜神様がお怒りなのだ」
誰もがはけ口を探していたから、その言葉はすぐに受けいれられた。
竜神様がお怒りだ。
ならば、どうすればいい。
竜神様に贄を捧げればいい。
まだ幼く純粋な子供を捧げれば、きっと竜神様のお怒りも収まる。
それは、口減らしの意味も兼ねていた。
役にたたない子供を減らせば、働き手である若い男や、子を産むことの出来る女が生き残れる。
子供はまた、生き残った者達で産めばいい。
それがこの村では正しい考えだった。
とはいえ、子供達の親は皆、自分の子を生け贄に差し出したくはなかった。
長いこと話し合った末、クジ引きで生け贄を決めることにした。
七歳までの村の子供達全員に木の枝で作ったクジを引かせて、その先端が赤く塗られていた子供が贄となるのだ。
選ばれたのは、双子の妹だった。
「いや、死にたくない!」
嘆く妹を見て両親は泣き崩れたが、村人達は「もう決まったことだ」と繰り返した。
ただ、姉だけが妹に寄り添った。
贄を捧げるのは明日の朝早くと決まり、妹は逃げ出さないよう蔵に閉じこめられることになった。
どうして私だけが。
しくしくと泣き続ける妹の元に姉がやってきたのは、月のない真夜中のことだった。
「泣かないで」
「だって、私は明日死んでしまうのよ。
お姉ちゃんとも、もう会えなくなるのよ。
そんなのいや!」
泣きじゃくる妹に寄り添った姉は、「大丈夫よ」と笑った。
「私が代わりに、竜神様の所へ行ってあげる」
「でも、そうしたらお姉ちゃんが……」
「いいのよ。だって、私はお姉ちゃんだもの。
それに私たちは双子でしょう。村の人も竜神様も、きっとどっちが行ったって気にしないわ。
ただ、一つだけ条件があるの」
そう言われて、妹は黙りこんだ。
妹は、まだ死にたくなかった。
もっとたくさん友達と遊んで、いつか大きくなったら恋をして、子供を産んで、歳を取って死ぬ。
そんな平凡だが暖かな人生を送りたいと思っていたから。
だから、姉の提案は本当に都合がよかった。
ただ、姉を犠牲にして自分は助かるのだという良心の呵責にさえ目を瞑ってしまえば―――。
否、そんなものを抱く必要もない。
だって、姉は自ら身代わりを申し出てくれたのだから。
「……条件って、なに?」
「私を忘れないで」
想像していたよりもずっと簡単な条件に、妹はほっと胸をなで下ろした。
自分が姉を忘れるはずはない。だって、二人はこれまでいつも一緒だったのだから。
「もちろんよ。ぜったいに忘れないわ。
ところで、目の色はどうするの?」
次に妹の口から出たのは姉を案じる言葉ではなく、入れ替わったその後を案じる言葉だった。
二人はそっくりだが、目の色だけは違う。
こうして月のない夜に見れば二人の目の色はほとんど同じに見えるが、朝の明るい陽射しの下ではすぐに入れ替わりがばれてしまうだろう。
妹の問いかけに、姉は笑って懐から小さな瓶を取り出した。
紫色の液体がたっぷりと入ったそれを妹の手に握らせて、姉は言った。
「それは、目の色を変える薬よ」
「目の、色を?」
「そう。それを目にさせば、色が変わるの。
薬はそれ一瓶しかないから、大切にしてね」
「お姉ちゃんは?」
「私は、もうさしたわ。
ほら、だからあなたと同じ黒色でしょう」
姉の言葉に妹はまじまじと目を凝らしたが、月のない夜でははっきりと分からなかった。
ただ、なんとなく同じ色のように見えたので「そうね」と頷いた。
姉はいつも正しかったし、自分に嘘をついたことはなかったから。
「私がここに残るから、あなたは家に戻って。
今は暗くて薬を差しづらいと思うから、朝になったら薬を差してね。
最初は少し目が痛むかもしれないけれど、声を上げてはダメよ。怪しまれてしまうから」
「分かったわ。ありがとう、お姉ちゃん」
姉の手から薬瓶を受け取って、妹は意気揚々と立ち上がった。
もう、姉がこの先どうなるのかは考えなかった。
考えないように、していた。
「……さっきの約束、忘れないでね」
「うん。私、お姉ちゃんのことぜったいに忘れないわ」
姉の言葉に大きく頷いて、妹はその場を後にした。
姉は、蔵の扉が閉まるまで妹の後ろ姿をいつまでもいつまでも見送っていた。
そして、姉と妹は入れ替わった。
次の日の朝、妹はとうとう竜神様の生け贄として旅立つことになった。
両親は嘆き悲しみ、見送りに行こうと姉をよんだが、姉は悲しげに布団を被って唸るばかりだったので無理には誘わなかった。
片割れを失う悲しみは、きっと自分たちが思うよりもずっと深いのだろう。
昨夜はどうやらこっそり家を抜け出して妹の所へ行っていたようだし、別れは済ませたはず。
ならば、今は悲しみに浸らせてやろう……と、思ったのだ。
村人達も、姉が見送りに来ないことを訝しんだりはしなかった。
それで、俯く妹に花嫁衣装を着せて竜神様の所へ送り出した。
妹は干上がった川の中央で胸を刺し貫かれて、無事に竜神様の元へ行った。
「生け贄も受け取ってもらえたのだし、これで村は安泰だ」
村人達は口々にそう言って、村へ帰ってきた。
ただ、双子の妹の両親だけは無口だった。
村人はそんな二人に「あの子のお陰で村が救われたんだ」と繰り返し声をかけるだけだった。
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