人喰い狼と、世界で最も美しい姫君

十五夜草

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3歳 人喰い狼と、魔法使い見習い

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「ほのお、でろ~」

 狩りからもどってくると、床に座って両手を前に突き出したローザがなにやら真剣に念じていた。
 傍に浮かんでいたサラの身体が仄かに輝いたかと思うと、小さな光がいくつか宙に舞う。
 どうやら、炎の初級魔法を成功させたらしい。
 感心している私に気がついたサラが、こちらへ飛んできた。

「あら、おかえりなさい。早かったのね」
「ああ。今日はローザの好きな魚を獲ってきたぞ。
 もちろん、獲りすぎないように調整したとも。五匹だけに留めた」
「はいはい、偉いわね。早速調理しておくわ」
「助かる。それにしても、もう魔法が使えるようになったのか」

 そう言うと、サラは「ええ」とどこか誇らしげな声で答えた。

「ローザは才能があるみたい。
 初めてにしては、なかなか波長を合わせやすいわ」

 魔法とは、精霊の力を借りて発動させるものだ。
 呪文や魔法陣などを介して精霊と魔力の波長を合わせることで、自分の中の魔力を形にすることが出来る―――らしい。
 魔力を持たない私にはよく分からないが、ほとんどの人間は魔力を持つというのに「魔法使い」と呼ばれるほど魔法の扱いに長けた人間は一握りしかいないことを考えると、難しいことなのだろう。

「もしかしたら、マギアスのように「ビブリオ」の称号を与えられるような大魔法使いになるかもしれないな」
「まだ魔法を始めたばかりなのにそんなことを言い出すなんて、親馬鹿ねえ……そういうところは、ほんとマギアスそっくり」

 私の近くで漂っていたサラが、呆れたように言った。

「そうか、マギアスによく似ているか」
「褒めてないわよ。ぜんぜん褒めてないからね!」

 そう言って、サラが私の頭を小突くように体当たりした。
 もちろん、サラと私の体格差では全く痛みは感じられない。
 むしろぽかぽかとした暖かさが伝わってきただけだった。
 「もう、図体ばっかり大きくなって」と拗ねた声で言ったサラが、集中しているローザの元へ飛んでいく。

「ローザ。パステールが帰ってきたわよ」
「え? あ、パステール!」

 サラに言われて、ローザがこちらを振り返った。
 私を見つけるなり薔薇色の目をぱっと輝かせて、私のところへ駆け寄ってくる。

「おかえり!」
「ああ、ただいま。ローザ。
 魔法が使えるようになったのか?」
「うん! サラがね、おしえてくれたの。
 いっぱい「ほのおでろー、ほのおでろー」って考えてると、きらきらが出るんだよ!」

 身振り手振りを交えながらそう説明してくれたローザの頬は、興奮のためか薔薇のように赤かった。
 出来ることが増えて嬉しいのだろう。
 私も、初めてマギアスやサラの力を借りずに狩りを成功させられるようになったときは嬉しかった。

「そうか。すごいな、ローザは」

 そう言って頬を舐めると、ローザはくすぐったそうに笑って身をよじった。
 人間は頭部以外の体毛が薄い者が多いが、こうして毛繕いをされるのは魔狼同様に好きなようだ。

 しばらくそうしていると、ふとローザの腹が鳴った。
 そういえば、まだ朝食を食べていなかったな。
 魚の入った籠を床に置くと、サラが私の前でふわりと揺れた。

「ああ、そうだった。忘れるところだったわ。
 魚を焼いておくから、あんたはその間に身体を綺麗にしてきなさい。
 部屋が汚れちゃうわ」
「うむ、そうしてくる」

 確かに、川で魚を捕った後ろくに乾かしもせず道を駆けてきたせいで足は泥だらけだ。
 いくらサラの魔法で簡単に室内を綺麗に出来るとはいえ、魔法を使うには魔力を消費する必要がある。
 不要な手間と魔力を消耗させるわけにはいかないので、これ以上室内を汚す前に大人しく水浴びをしてくることにした。

「パステール、パステール」
「待っているから、ゆっくりでよいぞ。ローザ」

 庭の泉に向かうと、ローザが着いてきた。
 きっと、私を洗うつもりなのだろう。
 足を止めて、一生懸命こちらに駆けてくるローザを待つ。

 最近のローザは、よく「お手伝い」をしたがる。
 サラと共に料理の配膳をしたり、洗濯物を畳んだり……私の身体を洗うのも、最近ローザがよくやるお手伝いの一つだった。

 自分で水浴びをした方が時間も掛からないのだが、ローザがやりたがるのなら任せるとしよう。
 私も幼い頃は何かとマギアスの手伝いをしたがったものだ。私がねだると、彼はいつも何かしら任せてくれた。
 マギアスの役に立てることは嬉しかったし、新しい知識や技術を身につける役にも立った。
 今度は私が、ローザにそれを教える番だろう。

「パステール、あらってあげる」
「ああ、ありがとう。ローザ」

 礼を言って身体を横たえると、ローザは泉の水を桶でせっせとすくっては私の身体に流しかけた。
 泡立てた石けんを全身に塗りたくられ、小さな手が毛皮を洗う。
 洗うというより揉まれているといった感じだが、なかなか心地いい。

「パステール、きもちいい?」
「うむ、ちょうどいい力加減だ」

 身体の右側を洗い終えると、ローザが小走りで反対側に回り込んだ。
 同じようにして石けんを塗られ、身体を洗われる。
 最後に石けんを水で流されると、泥だらけだった足や毛皮は見違えるほど綺麗になった。
 乾かせばもっと綺麗になるだろう。

「うん、きれい! パステール、ぴかぴか!」
「そうか、ローザのお陰だな」

 私の周囲をぐるりと回って汚れがまだついていないか確認していたローザも満足げだ。
 もし洗い残しがあった場合はサラに容赦なく泉に追い返されるが、これならその心配も無いだろう。
 そろそろ、サラの元へもどるとしよう。

「あら、念入りだったのね」

 水浴びからもどると、待ち構えていたようにサラが飛んできた。
 ほどよい熱と風で、濡れた身体が乾かされる。
 ついでに毛繕いもされるので、私の毛皮はふかふかだ。
 もちろん、私を洗う途中でびしょ濡れになってしまったローザも丁寧に乾かされていた。

「ちゃんと隅々まで洗えた?」
「うん! ちゃんとね、サラに教わったとおりごしごしあらったよ。
 そしたらぴかぴかになったの」
「よく出来たわね。偉いわ、ローザ。
 お陰でパステールが綺麗になったもの」

 サラに褒められて、ローザも嬉しそうだった。
 乾いた私の毛皮に頬ずりして「ふかふかだー」と笑っている。

「魚が焼けたから、そろそろごはんにしましょう。
 食後には木苺もあるわよ」
「わあ、楽しみ!」

 好物の木苺があるときいて、ローザが歓声を上げた。
 今度はサラの手伝いをするようで、軽い足取りでサラに着いていく。

 朝食を終えたあと、ゆっくりと身体を伸ばしている私の元へローザがやってきた。
 手には絵具と薄く剥いだ木の皮が握られている。どうやら、ここでお絵かきをするつもりらしい。
 ローザは何かする時には必ず、私の身体をクッション代わりにするのだ。
 私の隣で木の皮にぺたぺたと絵の具を塗りながら、ローザが「あのね」と口を開いた。

「もっともっと魔法がつかえるようになったら、今度はわたしがパステールをかわかしてあげるね」
「それは楽しみだな」

 毛皮を乾かすには、炎以外に風の魔法も学ぶ必要がある。
 サラの助けが借りられる炎の魔法と違って、一から精霊と波長を合わせなければならない風の魔法は、きっと習得に時間が掛かるだろう。
 大体の魔法使いは、風・火・水・大地の四属性のうち一属性しか使えないのだ。
 属性によって性格や好みが異なる精霊と親交を深める時間の都合や、本人の才能など理由は様々だが、マギアスのように四属性全ての魔法を使える魔法使いは珍しかった。

 だが、ローザは僅か3歳で炎の初級魔法を成功させたのだ。
 生まれた時からローザの魔力を知っているサラの助けがあったとはいえ、魔法の才能があることに間違いはない。
 いくら魔力を知っていても、波長を合わせらなければ魔法は使えないのだから。
 私が思っているよりもずっと早く、風の魔法も操れるようになるかもしれない。

 その日が来るのが楽しみでならなかった。
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