愛情

江花史

文字の大きさ
1 / 1

しおりを挟む
小学六年の、何もかも幼稚だった頃に、私は生まれて初めて、人を本気で好きになった。その好きとは何を指すのかは、いまだなんと形容すればいいのかわからない。しかし、そんな曖昧な思いであっても、言えることは、あの時の私は彼女に、目も、音も、ましてや言葉まですらも、喜んで失ったような好意をぶつけており、それ以外の愛情表現を、私はそれっきり、したことがない。そして、知らなかった。
六時間目の授業終了を告げる鐘が鳴ると同時に、ちょんと背中に指の感覚が触れて、振り向くと、山田健太という坊主の男が、「今日学校終わったらさ、三丁目の団地とか使って鬼ごっこしよう」と言ってきて、それに私も、「いいよ。で、他に誰がいるの」と聞くと、健太は、人差し指を出して、教室の隅から隅まで水平を描きながら、
「ほとんど」
 と口にした。それに対して私は「こんな人数で迷惑にならないのか」と、一瞬頭に過ったが、しかし、健太にそのような他者を気遣う精神が備わっているのかといえば、うんと頷くことは難しく、たとえ私達が子供という身分であったとしても、それは騒いでいい理由にもならず、かといって、遊んではいけないだなんていう、一方的な大人の主張による強制的な考えも、息が詰まるもので、だが、私もこの教室にいる同級生と、年は変わらず、同じ勉学に励んでいた生徒であり、何よりまだ子供であったがために、やはり、そんな大人じみた賢さなんてすぐになくなって、好奇心に満ち溢れた子供に脳はすり替わり、健太の言うことに、私は一切口を挟むことなく、ただただ「わかった」と言って、放課後、約束の時間に、私の通う学校の児童ならばみんな馴染み深い、小さな公民館の前に集合して、入り口前の自転車置き場に、見慣れた顔が並んでいるのを遠くから見つけては、小走りで近づいた。すると、どうやら私が最後に到着したのだろう、健太が「これで揃った」と口にして、見渡してみれば、ざっと十二、三人と、人数的には十分だが、知ってる顔がちらほらいないことに気がついた。とくに、私が一番気にしていたのは、彼女だった。彼女の姿が見えない、彼女は背丈は低く、小柄で、いつも髪を一つ縛りしていて、おまけに、惹かれた異性を目で追う習慣が私にはあったものだから、彼女の存在がこの場にないことなんてすぐにわかって、すかさず私は健太の肩を尋ねて、しかし、彼女の存在だけをしつこく聞き出すのも、なんとも自分の内面を横目で見られているような思いで気恥ずかしく、何より、勘付かれることに嫌悪した私は「ねえ健太、福島は?」と、この場にいない生徒の名前を先に尋ねては、順々に一人一人の事情を聞きつつ、最後に、
「じゃあ、鎌形も習い事かなんか?」
 その、さりげなく口にした言葉は、出来上がった会話の波に見事に乗っかっており、また、健太が訝しんでいる様子はなかった。健太は、眼を空に向けて口を半開き、んーと低く声を伸ばして、そのすっぽり魂を抜かれたような面は私の問いに答えるための面であったが、しかし、何度か言葉を発する様子を見せては、口ごもり、まるで後ろめたさを包み隠す子供のような挙動が違和感を覚え、すかさず私は「健太?」と、その違和感の正体がなんなのかを健太に問うてみると「ん?」と、健太は見上げていた空から視線を私に移して、軽く首を捻り、
「どうした?」
 と私が言葉を続けると、
「いや、べつになんでもない」   
 そう、健太は苦笑いを浮かべて、言いかけた言葉を飲み込んでは、ぱんと一つ手を叩いて、その、つっぱるような短い音に、それまで飛び交っていた声の嵐はぴたりと止み、一瞬にして健太に注目の眼差しが向けられると、
「鬼決めまーす」
 と、健太は何事もなかったかのように進行を始め、ふと思い出した。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...