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5章 竜国編
38話 朝食
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「お父さん、新聞読んでないで見てみて」
娘のムニアが、新しい洋服を買ったらしく自慢げに謎のポーズを取って見せびらかしている。
どうして両手を広げ片足立ちの鳥の構えをするのか解らない。
服は胸のあたりに猫が描かれているだけの半袖シャツだ。
「何時ものと、同じに見える」
「違うのに、ほら三毛猫で色も違うし」
妻のサラが朝食の用意ができたと呼んだ。
ご飯に味噌汁、漬物に焼き魚……。
「お母さん、パンにしてっ言ったのに。
トーストに目玉焼き、それにスープでしょう?」
「今日はお父さんに合わせたの」
「ムニア、済まない。
明日はパンでいい」
何気ない日常、朝食を食べて仕事に。
家族のために頑張るぞと気合を入れて働く。
其の為の儀式、家族揃って食べる。
たった、それだけが絆であった。
「えへへへ……。
お父さんの隣に座る」
「ズルい、そこは私の席です」
「二人共、喧嘩しない。
仲良くする約束だろう?」
サラは不満そうに前の席に座る。
何時もの同じ席なのに……、んん?
「どうしました?」
「いや何でもない」
何か違う気がしたが、それが何かわからない。
ムニアがすり寄ってくる。
相変わらずの甘えん坊だ。
待たせると、サラがより不機嫌になりそうだ。
手を合わせる。
「「「いただきます」」」
風太が箸を持った時、ビビッと刺激が走り落とす。
この感覚は何処かで……。
「どうしたの?
体調が悪いなら、休んだほうが良いわ」
「いや、なんでもない」
胸騒ぎ、寒気のようなようなものを感じる。
もしかすると熱があるのかも知れない。
体調管理も出来ないと大人として恥ずかしい。
こんな事は、今まで無かったのに。
10年近く働いてきて、娘のムニアも……!?
ムニアはどう見ても10歳には見えない。
16ぐらいだ。
だとすると、無職の時に生まれたのか?
いや何の仕事をしていたんだ。
ザザッ
違和感に、脳が締め付けられるような痛みが襲う。
「顔が真っ青よ。
熱もあるみたい、ムニア、薬を取って」
「うん、お母さん……」
「少し横になれば大丈夫。
そんなに大げさにしないでくれ」
ソファーで横になると、新聞を手に取る。
オールドメディアとして淘汰されつつある物を、どうして読んでいたのだろう。
怪獣が大暴れして街を破壊したって古い情報しか書かれてないのに。
「はい、水と薬。
今度の休みは一緒に海に行く予定なのに、熱で中止なんて嫌だからね」
「ああ、今度の休みな」
壁に掛けられたカレンダーに二重丸が付いている。
その日が海に行く日なのだろう。
なんで忘れていたんだ?
風太は困惑しつつ、新聞の日付を確認する。
一瞬、数字が変わったような錯覚に襲われた。
なんだ、何かがおかしい。
「早く飲んで休みなさい。
ムニアはご飯を食べて学校に行きなさい」
何か違う……。
早く思い出さないと、取り返しがつかないことになる。
……壁に貼ってあるポスター。
メイド服の女性がケーキを持ってる。
リリン、リリン、リリン……♪
何の音だ?
黒電話、こんなものは昔のドラマにしか出てこない骨董品だ。
どうしてこんな物が部屋にある?
「お父さん、大丈夫?
飲めないのなら口移しで飲ませようか」
ええ?
なんで口移しなんだ。
水入りのコップに薬を入れて、口に含もうとする。
それが不味い気がした。
「止めろ!」
コップを叩き落とし、ガッチャンと割れる。
「なんで、私が悪いことした?
幾ら調子が悪いからって八つ当たりするなんて酷いよ」
リリン、リリン♪
まだ鳴り続けているのに、誰も取ろうとしない。
存在に気づいていないかのようだ。
ああ……、鳴り響いて頭が痛い。
「ムニア……、ここから出よう」
ムニアの手首を掴み、外に出ようとする。
「痛い、離して。
なんでそんなに乱暴なことをするの?」
「ここに居たくない」
兎に角、逃げ出したい。
風太の前にサラが立ちはだかる。
「貴方、ムニアが嫌がっているでしょう。
今日はどうしたの?」
「解らないけど、ここに居るのは良くない。
君も早く外に出よう」
「いいえ。
きちんと説明して下さい」
「胸騒ぎがする。
第六感……いや虫の知らせ」
「はぁ。
そんな科学的な根拠もない事で私達を巻き込まないで」
確かに根拠もなければ、何処へ行くのかすらわからない。
そんな事に巻き込むのはどうかしている。
「済まない。
俺が間違っていた」
気を落ち着かせるために、風太は新聞を手に取った。
滅茶苦茶な字の羅列で読めない。
もしかして……。
記憶があやふやになっているから読めないのか?
こんな感じの事を体験したことがある気がする。
何時だ……?
新聞を置いた時、ムニアとサラが食事を始めようとしていた。
「食べるな!」
「お父さん、いい加減にして」
「ゆっくり休めば、気持ちも落ち着くはずです」
風太は深呼吸し気持ちを切り替える。
二人は、本当に家族なのか?
どうしてか過去が思い出せない。
「サラ……、俺達はどういう出会いをしたんだ?」
「何を恥ずかしい。
桜の木の下で、貴方がひとめ惚れして私の手を掴んで……にひひひ……」
全く記憶にない。
そんな妻との思い出が全く無い。
結婚だけではなく、ムニアの誕生……行事や節目だって色々とあったはずだ。
断片的でも思い出せないのは明らかに不自然だ。
「君達は一体、誰だ?」
「私は貴方の妻、サラよ。
本当にどうしたっていうの?」
「えっと……、ムニア。
お父さんの娘でしょう、だって大好きだもの」
「サラ、ムニアは何歳だ?」
「16でしょう。
だって高校2年ですよ」
「アハハ……、お母さんは何言っているの。
私は200歳を超えています、だって……あれ?」
ムニアは首を傾げて、何を言おうとしたか解らなくなっていた。
辻褄が合わなくなった時だ。
空間が、ザザッと振れた。
「そうか。思い出した」
風太は不敵に笑うが、何も思い出せてはいない。
ただのハッタリに過ぎず、動揺を誘おうとしたのである。
「何を思い出したのです?」
「君は偽物だろう。
正体を現したらどうだ?」
サラの表情がみるみると険しくなる。
「良い夢の中で幸せな最後を迎えられたというのに……。
例え、見破ったとしても何が出来るという」
リリン、リリン……。
「何も出来ないかも知れない。
けど、可能性があるなら賭けてみるのも良いだろう?」
風太は電話を取った。
『トロッコ……』
聞き覚えのあるメイドの声だ。
魂だけとなって、ずっと側にいる。
この時、風太は思い出した。
悪霊に掴まれて、夢の世界へと引きずり込まれたのだ。
サラの口から顔が出てくる。
それはあのムカデ人間の顔だった。
夢の中とは言え、人の口が引き裂かれ化け物が出てくる様子は気持ち悪い。
「この女のように、引き裂いてくれる!」
「きゃあああぁぁぁ、お母さんが!」
「ムニア! 目を覚ませ。
あれは偽物だ!」
風太は一瞬、ムニアも偽物かも知れないと思った。
むしろ、その可能性のほうが高い。
3人を同じ場所に置くよりも、別々にした方が管理しやすいはずだ。
……でも本物だったら、取り返しがつかない。
「解らないよ!
なんで、どうして皆んな変だもの!」
「思い出すんだ。
君が本物なら、ここが偽りの世界だと解るはず」
「……ここが偽物」
風太はムニアの手を強く握る。
ムカデ人間がどうして襲ってこないのか。
それは風太は強い意志を持ち侵入できないからだろう。
負の感情を操り、弱った所を乗っ取るのが悪霊の手口だ。
生の気で満ちている者に触れれば崩壊する。
だからこそ、風太はムカデ人間の顔面をぶん殴っていた。
ムニアも同時に拳を突き出し、両側からの一撃でグチャッと崩れる。
ガタン、ガタン……。
目を覚ますと、トロッコの中で寝ていた。
風太の上にムニアが向き合うように乗っている。
気を失ったムニアを掴み抱きかかえた所で、眠らされたんだ。
そっとムニアを退けて、トロッコから顔を出す。
ムカデ人間は顔を抑え、苦しんでいた。
それでもトロッコを掴み勢いよく加速させている。
「もう眠らされたはしない!」
不意を突かれ驚いたのが付け入る隙となって眠らされた。
だが、もう恐れなど無い。
ムカデ人間の手が風太を引き裂こうとする。
ザバッ!
吹っ飛んだのはムカデ人間の手だった。
もはや、恐れる敵ではない。
「サラ! 骨だ!」
「はい、どうぞ」
サラは無事なようで、バックに入れていた呪印の入った骨を渡してくれた。
天掲げて合言葉を言い放つ。
「封骨!」
骨の刻印が怪しく輝くと、ムカデ人間が黒い霧状になり吸い込まれて行く。
骨はニョキニョキと伸び剣となり、更に刃が生えて5つに枝分かれした。
七支刀……いや五支刀だろうか。
呪具を武器として使っても、すぐに壊れてしまう。
形だけで、一度使えば終わりの消耗品に過ぎない。
持っているだけで命を吸われそうなほどの禍々しい気を放っている。
後ろのトロッコに乗せて置こうか。
「うう……、お父さん?」
「まだ寝ぼけているみたいだな」
「あっ……、えへへ……。
うん、えっとどういう状況?」
「爆速でトロッコが走っている。
一応は悪霊を封印したから、もう大丈夫」
状況を確認するムニアの顔色が青ざめる。
トロッコは、本来進む線路を外れて悲劇の裂け目に向かっていた。
そこは大地が裂けて出来た巨大な裂け目だ。
線路は側面を通るように作られていたが、崩落によって途中が壊れたままに放置されていた。
「早くブレーキ! 止めないと転落するわ」
側面に付いているレバーを引くと、連動するように3台のブレーキがかかる。
キキキィィィ……!
火花を散らし、トロッコが止まること無く進んでいく。
「なんで止まらない?」
「慣性リングが付いているから、一度加速が付くと進み続ける。
ブレーキを掛け続ければ止まる筈よ」
昇降機にも、同じ仕組みがあったのだろう。
だから手軽に回せたのか。
竜人の馬鹿力だと思っていたから、深く考えなかったけど。
魔法が使われている部分もあるんだ。
ブレーキが急に軽くなる。
「壊れたのか?」
「油圧式だから、沸騰して気泡が出来たらブレーキが効かなくなる。
……暫く、冷めるまで待つしか無い」
「……こんなに早く熱くなるのか?」
「もしかすると油漏れかも」
だとしたら、ブレーキが再び効くようにはならない。
サラが前のトロッコから、乗り移り風太のところに来る。
二人でも狭いのに、押し合う形できつい。
いや、二人共俺の方によっているだけか?
「死ぬ時は、一緒が良い。
まう冗談はさておき、どのように止めましょうか?」
「うーん。
魔法で止める事はできないよな?」
ムニアは横に首を振って否定する。
当然だ。
魔法を使えば、罠が作動し大爆発が起きて死ぬ。
運良く生き残ったとしても生き埋めだろう。
三人とも水着だ。
普段なら持っているような道具も置いてきた。
暴走するトロッコを止める手段は素足で止める……。
むりむり、足が擦り切れて悲惨なことになる。
「では、あの世へ行く前に。
最後の思い出として口づけを……」
サラだけでなく、ムニアも顔を近づけてくる。
ドサクサに紛れて、やりたい放題するつもりだな。
「おいおい、そんな事を言うな」
「でも、考えはないのでしょう?」
確かに、止める方法は何も思いつかない。
だが……諦めるのはまだ早い。
「ギリギリで飛び降りれば、助かるかも知れない」
ガタン!
斜めになり、下り坂に入ったようだ。
徐々に速度が増していく。
シェットコースターが飛び降りるようなものだ。
「加速しているようです。
時間がありません」
「随分と余裕そうだな。
君には策があるんだろう?」
「私のような者に、賢者の知恵はないです。
ですから、甘いひとときで締めくくりたいだけです」
一度死んでいるから、命が軽いのだろうか?
いや、そんな事はない。
何時もの欲情だろう、きっと何か策があるに違いない。
「生き残れたら、約束しても良い」
ガシャン!
通行止めの看板をなぎ倒してもまだ止まらない。
なぞの沈黙、早く返事してくれと思う、この間がいように長く感じる。
まだ足りないというのだろうか、風太はサラの額に口づけする。
「にひひ……。
忘れないで下さい」
肩掛けバックの紐を外すと、車輪の軸に絡ませた。
回転が遅くなり、トロッコがゆっくりと減速を初めた。
前のトロッコを切り離すと、先に進んでいく。
「なんで切り離したんだ?」
「軽いほうが止まり易いでしょう。
それに一緒に居たいから」
なんて邪な考え……、助けてもらって追い出す訳無いのに。
いや狭苦しいけど。
もう聞かなかったことにして……。
「そんな簡単な方法があったんだな」
焦らされると判断が鈍る。
こんな方法なら頑張れば思いついたかも知れない。
くっ……。
「ええ、馬車で遊んでいた時に偶然、紐が絡まって止まって怒られました」
彼女は複数の霊が混ざっている。
記憶も同じだ。
下手なことを言うと、予期しない記憶の混乱が起きるかも知れない。
「それより、大丈夫なのか?」
速度は落ちていると言っても、まだ動いている。
それに封鎖していた看板は危険だから、そうしているわけで。
その先に進むのは自殺行為にほかならない。
ヒュー
状況を確認すると、壁に丸太を刺してその上に線路がしていてある。
既に裂け目に到達していて、暗闇の裂け目が眼下に広がっていた。
等間隔に設置された明かりも、所々壊れているのか光って無かったり、点滅している。
放棄された場所らしく、整備が行き届いていなのだろう。
「裂け目から風が吹いているな。
後どれぐらい進めばまずいんだ?」
「さあ、崩落して通行止めになったことしか知らない。
案外もうすぐだったりして」
ガッ!
急にトロッコが止まり、風太は前に飛ばされ二人の胸に飛び込む。
柔らかくて助かったが……。
「大丈夫か?」
二人は驚いただけで、特に怪我はないようだ。
「痛たた……、急に止まるなんて、えへへ……。
何かに引っかかったの?」
何故かムニアはニヤニヤして、口からよだれが溢れている。
風太は、そっと離れて何も気づかない素振りで誤魔化す。
運悪く掴んだところが、悪く彼女の水着が外れてポロリをしていた。
薄暗くてよく見えなかったし……。
点滅する明かりは、暗い時間が長く原因を探すのに手間取る。
「特に何も無いな。
ちゃんとした明かりが欲しいけど……」
明かりの魔法を使えば、見やすくはなるが爆発が起きるかも知れなくて使えない。
厄介な場所だ。
後ろのトロッコに掴んでいる指が見える。
完全に封じたはずなのにどうして……。
風太が疑問に感じると同時に、裂け目の奥深くから無数の手が伸びトロッコを掴む。
「風太殿、何か潜んでいます。
早くこれを!」
サラが、バックを渡そうとした時だ。
伸びた手が奪い取りバックと共に裂け目に消えた。
「あっ!
下に何があるんだ?」
「地を裂き侵略者を撃退したらしいです。
それがこの裂け目……」
「怨念が貯まるわけだ。
でもどうして急に活性化して動き出したのか」
ミシミシ……。
支えている丸太に亀裂が入り折れた。
トロッコが落ちる。
風太は一か八か、霊糸を放ち悪霊を操ろうとした。
だが、すり抜け意味を成さなない。
共通の目的も、友好な関係でもない、そんなただの悪霊を操れるはずもなかった。
せめて復讐という目的が一致すれば、悪霊を一時的でも支配できただろう。
だが、そんなものはなく。
ただ生者を襲うだけの悪意の塊を支配できる者などいない。
暗闇の中、いずれ到達する底で死ぬのか。
「風よ! ……」
「待って、私の手を握って」
ムニアの手を握る。
彼女の角が青白い光を放つと、フワリと浮遊感に体が軽くなる。
反対の手にサラが居て、風太はホッとした。
見捨てて、二人だけで助かるなんて事になったら悪夢でずっとうなされるだろう。
「こんな事ができるなら、早くしていれば……」
「恐らく、着地する頃には動けないほどに疲労しています。
二人に託しましたよ」
闇の中から無数の伸びる手が襲ってくる。
呪具を持っていれば、対処できたのに。
あるのは指にはめている制御リングぐらいだ。
これだけでは何の役にも立たない。
いや、力を貸してくれ!
「舞う霊の剣……俺の手元に届けてくれるだけでいい」
もう消滅しつつあるメイドの霊に頼るしか無かった。
無理に使役すれば消滅が早まり、消失するかも知れない。
でも頼るしか無かった。
『はい……』
呪具が手元に飛んでくる、5又の剣だ。
受け取ると、迫りくる手を切り裂く。
怨念が強い方に食われていく、……そう剣の呪詛がより強くなる。
あの化け物よりも、この謎の手の方が強ければどうなっていたのだろうか?
今は考えずに、叩きって近づけない。
地面が見えてくる。
大量の手がうごめき、不気味さを醸し出している。
「まずいな、降りれる場所がない」
「もう限界が近い。
あの手の中に落ちるしか無いのは、嫌なのに……」
『竜を殺せ……』
悪霊の声だろうか、太い男の声だ。
「悪霊の声に耳を傾けるな。
少しでも付け入る隙を見せたら、肉体を乗っ取られる」
「はい。
でも……、このままだと……」
「もう少し耐えてくれ」
呪具に、念を送り施した術式を変化させていた。
本来なら刻まれた式を書き換えることは不可能だ。
だが風太には、異次元の解釈によって変質させることが出来た。
転生の魔法陣のように、介入することで支配し乗っ取る。
竜人が操る星座になぞられた構築と同じ感覚で、線を結ぶように行う。
「ごめん、もう無理……」
「ひゃぁぁぁぁっ!」
悲鳴を上げるサラ、気を失い頭から落ちるムニア。
二人を救う。
風太は呪具の剣を地面に向かって投げていた。
刺さると同時に魔法陣が現れる。
「さあ、来い!
俺と共に戦ってくれ」
何も起きない!
いや、魔法陣によって謎の手が喰われ消失した。
地肌を覆う、無数のミイラ化した死体。
腐敗することすら無く、干からびて残り続けたのだろう。
手で頭を守り衝突する。
バキバキ……。
衝撃は思ったよりも軽く、どうやら屍の山がクッションとなったようだ。
腕は擦り傷で血が垂れる。
「サラ、ムニア!」
「私は無事です。
彼女も恐らく大丈夫です」
サラはムニアを抱きかかえて、うまく着地したようだ。
しかし、足を怪我したらしく出血している。
血の匂いはアンデットの本能を呼び覚まし凶暴化さてしまう。
出血を止めたいが布が無い。
「水着で来たのが裏目に……。
こうなったら覚悟を決めて魔法を使うしか無いな」
「何か感じます」
魔法陣が反応を示す。
グオオオォォォン
描かれた光る円陣が更に輝きを増し、周囲の邪気を吸い込んでいく。
一体何が起きているというのだろうか。
魔骸骨の生成には失敗した。
その原因は、敵対する魂しかなかったからだろう。
だとしたら、今起きているのは何なんだ?
……何だ、あのミイラは。
人間では無い、骨格が違う。
顔はトカゲのようで、背はグニャリと湾曲して長い尻尾がある。
腕が4本もあり、それぞれに石のナイフを持っていた。
「リザードマンのミイラなのか?」
「いいえ、これは森人です。
腕が4本あるのが特徴で、魔族の手下として体の一部を変異させてもらう事を喜びとしているらしい」
「そうなのか……。
じゃあ、あの伸びていた手は、これが悪霊化したと言うことか」
「恐らく、絶滅寸前まで数を減らしているらしくて、
物語の悪役として登場するぐらいの知識しかありません」
「ふーん。
ムニアの方が詳しいけど、今は聞けそうにないな」
「はい。
どちらにしても彼らは魔に属する敵です」
ガサガサ……
ミイラ化した森人が起き上がり、迫ってくる。
「深淵の……」
『アハハハ……。
風太殿、早まることはおやめ下さい』
脳に響くような声、可愛らしい女の声だが聞き覚えはない。
「んん?
誰だ……」
黒い霧が魔法陣の中心に集まり形を形成する。
メイド姿の少女へと姿を変えて行った。
小柄な体の倍はあろうかという巨大な戦斧を持つ。
『最後の一人、ラビリスです。
ああ、なんて素晴らしい力なのでしょうか』
姿こそは、人間と変わりない。
そこに熱はなく冷たく生気のない肉体である。
触れるだけでも生者の生命を吸い取るだろう。
「どうして、アンデットになったら転生は絶望的だろう?
なんで君が……」
『竜人の英雄と取引したのです。
もと機会があれば、こうしてアンデットとして蘇る代わりに力を得ると』
知らない間に、そんな交渉を……。
消滅寸前の魂だったから、生き延びるには条件を飲むしか無かったのか。
「だとしても、一言ぐらいあってもいいだろう。
何でアンデットなんだ?」
『アハハハ……。
それは死者を蘇らせてはいけないと戒めるためです』
「魔族が復活するからか?」
『いいえ。
詳しい話は竜人の長老に聞けば良いです』
「解った。
この状況を切り抜けられるのか?」
『はい、
このラビリスにお任せあれ』
斧を水平に大振りするだけで、衝撃波が飛びミイラを薙ぎ払う。
喰いが起きて、ラビリスに吸収されていく。
邪悪な気を纏う、恐ろしい存在へと成りつつある。
「君は俺達の味方なのか?」
『いいえ。
私は貴方を監視する役目があります。
助けるのはこれまでの恩義を感じているから、これが最後となります』
本人が決めてしまったことを変えることは出来ない。
「助けられたのは俺のほうだ。
ありがとう」
『こそばゆい。
主の為に尽くすのがメイドの努めです』
頼もしい言葉だ。
実際、ラビリスはとてつもない力を振るう。
ムカデ人間のような悪霊の集合体のにような。
巨大な化け物が絶壁から迫っても戦斧の一撃で粉砕ししたのである。
悍ましい化け物を可憐な少女が軽々と撃退するのは不思議な光景だ。
守られる弱々しい存在なのに、それが怪物のような力強さで動いている。
人間の肉体だと、事故破壊しないように制限がある。
全力を出しているつもりでも100%に達しない。
それを無視して、限界で動ける。
それで肉体が崩壊しないのは、呪詛によって肉体の形状を保っているためだろう。
「俺に出来ることはないか?」
『アハハハ……。
見守り、私が勝利する事を祈るぐらい出来ないでしょう?』
「まあそうだけど。
盗まれたバックを取り返してくれれば、他にも打てる手があるかも知れない」
『そんな余裕はないです。
動かずに近くに居て下さい』
不吉な予感に背筋が凍る。
ラビリスに任せれば、間違いなく悪霊共から身を守れるだろう。
闇から伸びてくる手や、徘徊するミイラ、飛びかかってくるムカデ人間等……。
残骸すら、黒い霧となって彼女の力となっている。
取り込んだ怨念に、もし支配されたら誰も手のつけられない脅威でしか無い。
サラが、そっと腕を掴んできた。
「こんなにも、傷だけになって。
骨が刺さっています」
「落ちた時に、突き刺さったみたいだ。
抜くほうが出血が酷くなるだろう?」
「はい。
ですが早く手当しないと、病に冒されて手を失うことになります」
「解っている。
けどここには何も無い」
歪んで壊れたトロッコの残骸が転がっているに気づく。
木製の部分もあるし、火をつければ焼いて血止めが出来るかも知れない。
風太が近づいてみると、木箱が開き包帯が転がっていた。
誰も乗らない後ろのトロッコに積んであったみたいだ。
取ろうとすると、サラが先に手に取る。
「傷薬は無いようですが、応急処置なら出来ます。
手を見せて下さい」
これは譲らないつもりなのだろう。
サラも足に怪我をしている。
風太が先に手に取れば、サラの手当を優先したのだが……。
揉めても仕方ない。
「君の分も残すんだ。
深い傷だけの所だけでいい」
「解りました」
どれだけの悪霊がアンデット化しているのか、無限に湧き出てくるのかと思うほど大量に群がってくる。
それを感じさせないほど守られていた。
十分とは言えないが、応急処置が出来たことは大きい。
出血が続けば、意識を失っていただろう。
「ありがとう。
君も直ぐに動けるように……」
「はい。
あれはやはり敵と見ているのですね」
風太は、答えずにサラの足の止血をする。
まだ、判断に困っていた。
もしラビリスが敵になるとしたら、どうあがいても勝てないだろう。
つまり味方している内に不意打ちで倒すしか方法はない。
仲間の背を打つなんて、後味が悪すぎる。
ただの妄想で敵と決めつけているに過ぎないかも知れない。
「これまで共に来た、信頼したいと思う。
仮に裏切られたとしても悔いはない」
理想を口にしたが……。
行動は違っていた。
眠っているムニアの額に口づけをして、そっと首輪を外す。
戦いが終わったのか静かになっていた。
静寂に足音が響く。
『風太殿、あらかた掃除ができました。
では、ここから脱出しましょう』
そこに立つラビリスは戦斧を持っていない。
手を差し出し握るように催促しているようだ。
「助かる。
二人も一緒に連れて行ってくれて」
手を握ると、引き寄せられた。
魔法陣には、人に危害を加えてはならないという成約が付いている。
それが油断となって、身を委ねてしまった。
ラピリスは口を開く、鋭い牙が見える。
それを風太の首筋に突き立てようとした。
ガシッ!
サラの機転で、木箱をラビリスの口に突っ込み阻止したのである。
「噛みつこうなんて、獣ではないですか!
私はラビリスなんてメイドは知りません」
ラビリスは木箱を噛み砕き、吐き捨てる。
『アハハハ……。
過去の記憶と共に名は捨てました。
私は生まれ変わり、影から世界を統べる者となるのです』
「残念だ。
それが君の本性なら、もう俺の知るメイドじゃないんだな」
『風太殿。
主従が変わるだけです、吸血竜の眷属という名誉ある地位をあげましょう』
「なら贈り物をあげよう」
制御リングをラピリスに首に付けた。
アンデットを支配し、強制的に動かすための道具だ。
『体が動かない……、何をした!?』
もう近くにいる必要はない、さっと彼女から離れる。
「君と同じように支配することを選んだ。
俺はアンデットになるつもりはない」
後は仮面があれば……、バックが盗まれたのが痛い。
指輪だけで動かす事はできるが……。
『アハハ……、ちょっとしたお茶目。
脅かして反応を見ようかなーと思っただけです』
「信用は一瞬で消滅する。
けど得るのは大変だと思わないか?」
『はい。
とても大変だと思います』
ラビリスの不敵な笑み。
まだ優勢だと判断しているような、怖さを感じた。
切り札を持っているとしたら、使い切ったのは失態だ。
その予感が当たっていた。
複数のラビリスが、闇から姿を現したのである。
完全に同じ姿で、複製されたかのようだ。
「まさか、幻術……、いえ分裂しているようです」
「勝機はあると思うか?」
自滅してでも止めるしか無いのだろうか?
サラも同じ考えのようだ。
語らずとも、法術の準備をする。
「いいえ、ですが全力を尽くします。
……こういう場合、全部が本物でしょうか?」
「さあ、本物が一体だけでも、それが一番強いだろうな。
全部、倒すしか無い」
『見くびられたものです。
どれだけの力を持っているか十分見せてあげたというのに』
風太の足首を掴む手。
まさか、油断した。
「ふあぁぁぁぁ~。
待ちなさい」
ムニアが目覚めて、握っただけだった。
心臓が止まるかと思ったほど、ビビッたのに。
なんて間抜けな欠伸をしているんだ?
「状況が解っているのか?」
「まあ、やり取りは聞こえています。
この責任は取ってもらいましょうか」
ムニアは自らの角を折った。
竜人の角は、精霊を宿し魔法を使う時に重大な役割を果たす。
失えば、それだけ力を失うことになる。
「なんで、自らを傷つけるんだ。
まさかそれで自害するつもりなのか?」
「腹切りなんて、求めてない。
これが必要でしょう?」
折れた角が剣の形へと変貌する。
万策尽きた時の最後の手段だ。
軽々しく使えるものではなく、角が生え揃うまでには数年も掛かる。
その間、竜化もできず本来の力を発揮できない。
「ありがとう。
これで戦える」
「頑張りなさいよ。
つまらない勝負だったら許さないから」
アンデットに牽制は意味はない。
全力で切りつけて行くだけでも、呪詛を撒き散らすだけで消耗し敗北する。
「さて、どう戦うか……」
剣に炎が宿って、魔法剣のように火に包まれれば……。
念じただけだっが、刃が緑の炎が灯る。
『武器を捨て、私と共に来なさい。
恐れることはないわ』
「従わせたいなら力を示すことだ。
俺はまだ負ける気はしない」
『アハハハ……。
良いでしょう、拒んだことを後悔しなさい』
ラビスリ達は、石のナイフを手に持ち襲ってくる。
あの戦斧をどうして使わない?
まだ、眷属にしようと狙っているのか。
共にいたのなら剣技は知り尽くしているはず。
だから、前世の記憶を頼りにゲームのキャラクターの動きを再現する。
「火炎回し斬り……」
素早く回転するような大振りの一撃だ。
牽制し腕を狙うような繊細さは無い。
初見で避けられはずもなく、火に包まれ転げ回る偽物達。
ミイラの表面だけを偽装しただけのようだ。
『手加減は出来ません。
ばらばらになったら、眷属にするのは難しいです。
ただのグールに成り果てたくないなら……』
「まだ勝てるつもりなのか?
君は既に詰んでいる」
『ハッタリでしょう。
その程度の剣だけで、状況が覆ったりはしない』
「試してみるか?」
『……私の力がなければ、ここから脱出することも出来ない。
そう、ここで朽ち果てるだけ』
「もう、遅い。
切り抜ける方法は既に見つかっている」
トロッコに付けられている魔道具で、恐らく脱出できるだろう。
加速する方向に移動し続ける代物だ。
上に投げれば、飛んで行くだろう。
悪霊に妨害されて引きずり落とされる心配が無くなった今は何度でも試せる。
『あり得ない。
こんな絶壁を登れたりはしない、その怪我をした腕でどうやって体を支えるというの?』
「なら、どうやるのか見せようか」
風太が壊れたトロッコに近づこうとすると、闇から戦斧を持ったラビスリが出てくる。
彼女の腰には、巨大なコウモリの翼が生えていて滑空するように襲いかかって来た。
キンッと、剣と戦斧が打つかる。
折られないように、角度をつけ滑らせる。
火花が散り、離れる。
バサバサと羽ばたき、地面に降りる姿は小悪魔のようだ。
『この戦斧を振れば、真空波で体が引き裂かれる。
良いのですね?』
「なら俺も、燕返しで応じるまで」
飛ぶ燕の動きを見て思いつた技らしいが、どんな技なのかよく知らない。
しかも敗者の技だ。
そうハッタリに過ぎなかった。
地面を切るように下から天へ斬り上げる。
ボワッ!
火炎が燕となって、放たれる。
魔法だろう!
なんで爆発しないんだ?
遅れて戦斧をラビスリが振るう。
衝撃波が炎の燕と衝突する。
パリンッと音共に、衝撃波が砕け散る。
ガラスのような透明な刃を形成し飛ばしていた。
からくりが解れば、あの破壊力も納得だ。
『ぎああぁぁぁぁっ。
風太……、助けて!』
「解った助けよう」
パッチンと指を鳴らすと、炎が消えた。
……やっぱり、魔法だよな。
爆発するって言うのは嘘だったのか?
「甘いわ。
一度反旗を翻した者は、また裏切る」
ムニアの言い分はよく解る。
だが、作り出してしまったのは俺の魔法だ。
「慈悲は必要だろう。
これまで色々と助けてもらっているし、今回だけは許す」
「無条件に信用するは危険です。
何かしらの処置が必要かと」
「そうだな。
盗まれたバックを見つけてもらおうか」
『アハハ……。
そんなお使いに私を使おうというのか?
もうメイドではないと覚えておくが良い』
「断るなら串刺しだ」
首輪で制御を奪っているラビスリに剣を向けた。
身動きも取れずジッと立ち続けている。
『分身で脅せると……』
違和感のある言葉に感じた。
わざわざ、偽物だと明かす理由はない。
それは裏を返せば、本物と行っているようなものだ。
「なら串刺しにしてみるか」
『アハハハ……。
それで納得するなら』
ジュゥゥゥ……
ラビスリの手に、剣先を当てている。
アンデットに痛みはないのだろう。
なんの意味もなく、ただ残虐な事をしているだけに思え、やめようかと思い始めていた。
だがラビスリは焦り。
『待て、止めろ。
それ以上続けば元に戻らなくなる』
「分身なんだろう?
偽物を失った所で痛くもないだろう」
『くっ……。
解りました、風太殿為にバックを探してまいります』
血を吸い眷属にするには、本体で行うしかなかった。
だから分身を沢山、見せることで偽物だと刷り込ませて本物は別にいると思わせた。
目立つ戦斧を持たせていれば、それが本物だと錯覚するとの読みは外れたのである。
「えへへへ……。
そろそろ私に感謝しても良い頃でしょう?」
ムニアはデレデレになって、風太に抱きつく。
「なんで急に……」
「角を渡すのは、愛の証しでもあるのよ。
貴方の言いなりますって」
「いや、脱出してからにしてくれ」
「困った方です。
ですが私も見習わないと……にひひ」
サラも風太に抱きつく。
冷えた体を温めるように密着する。
肌寒く、肌を露出する水着だけしかない。
「寒いなら、そういえばいいのに」
娘のムニアが、新しい洋服を買ったらしく自慢げに謎のポーズを取って見せびらかしている。
どうして両手を広げ片足立ちの鳥の構えをするのか解らない。
服は胸のあたりに猫が描かれているだけの半袖シャツだ。
「何時ものと、同じに見える」
「違うのに、ほら三毛猫で色も違うし」
妻のサラが朝食の用意ができたと呼んだ。
ご飯に味噌汁、漬物に焼き魚……。
「お母さん、パンにしてっ言ったのに。
トーストに目玉焼き、それにスープでしょう?」
「今日はお父さんに合わせたの」
「ムニア、済まない。
明日はパンでいい」
何気ない日常、朝食を食べて仕事に。
家族のために頑張るぞと気合を入れて働く。
其の為の儀式、家族揃って食べる。
たった、それだけが絆であった。
「えへへへ……。
お父さんの隣に座る」
「ズルい、そこは私の席です」
「二人共、喧嘩しない。
仲良くする約束だろう?」
サラは不満そうに前の席に座る。
何時もの同じ席なのに……、んん?
「どうしました?」
「いや何でもない」
何か違う気がしたが、それが何かわからない。
ムニアがすり寄ってくる。
相変わらずの甘えん坊だ。
待たせると、サラがより不機嫌になりそうだ。
手を合わせる。
「「「いただきます」」」
風太が箸を持った時、ビビッと刺激が走り落とす。
この感覚は何処かで……。
「どうしたの?
体調が悪いなら、休んだほうが良いわ」
「いや、なんでもない」
胸騒ぎ、寒気のようなようなものを感じる。
もしかすると熱があるのかも知れない。
体調管理も出来ないと大人として恥ずかしい。
こんな事は、今まで無かったのに。
10年近く働いてきて、娘のムニアも……!?
ムニアはどう見ても10歳には見えない。
16ぐらいだ。
だとすると、無職の時に生まれたのか?
いや何の仕事をしていたんだ。
ザザッ
違和感に、脳が締め付けられるような痛みが襲う。
「顔が真っ青よ。
熱もあるみたい、ムニア、薬を取って」
「うん、お母さん……」
「少し横になれば大丈夫。
そんなに大げさにしないでくれ」
ソファーで横になると、新聞を手に取る。
オールドメディアとして淘汰されつつある物を、どうして読んでいたのだろう。
怪獣が大暴れして街を破壊したって古い情報しか書かれてないのに。
「はい、水と薬。
今度の休みは一緒に海に行く予定なのに、熱で中止なんて嫌だからね」
「ああ、今度の休みな」
壁に掛けられたカレンダーに二重丸が付いている。
その日が海に行く日なのだろう。
なんで忘れていたんだ?
風太は困惑しつつ、新聞の日付を確認する。
一瞬、数字が変わったような錯覚に襲われた。
なんだ、何かがおかしい。
「早く飲んで休みなさい。
ムニアはご飯を食べて学校に行きなさい」
何か違う……。
早く思い出さないと、取り返しがつかないことになる。
……壁に貼ってあるポスター。
メイド服の女性がケーキを持ってる。
リリン、リリン、リリン……♪
何の音だ?
黒電話、こんなものは昔のドラマにしか出てこない骨董品だ。
どうしてこんな物が部屋にある?
「お父さん、大丈夫?
飲めないのなら口移しで飲ませようか」
ええ?
なんで口移しなんだ。
水入りのコップに薬を入れて、口に含もうとする。
それが不味い気がした。
「止めろ!」
コップを叩き落とし、ガッチャンと割れる。
「なんで、私が悪いことした?
幾ら調子が悪いからって八つ当たりするなんて酷いよ」
リリン、リリン♪
まだ鳴り続けているのに、誰も取ろうとしない。
存在に気づいていないかのようだ。
ああ……、鳴り響いて頭が痛い。
「ムニア……、ここから出よう」
ムニアの手首を掴み、外に出ようとする。
「痛い、離して。
なんでそんなに乱暴なことをするの?」
「ここに居たくない」
兎に角、逃げ出したい。
風太の前にサラが立ちはだかる。
「貴方、ムニアが嫌がっているでしょう。
今日はどうしたの?」
「解らないけど、ここに居るのは良くない。
君も早く外に出よう」
「いいえ。
きちんと説明して下さい」
「胸騒ぎがする。
第六感……いや虫の知らせ」
「はぁ。
そんな科学的な根拠もない事で私達を巻き込まないで」
確かに根拠もなければ、何処へ行くのかすらわからない。
そんな事に巻き込むのはどうかしている。
「済まない。
俺が間違っていた」
気を落ち着かせるために、風太は新聞を手に取った。
滅茶苦茶な字の羅列で読めない。
もしかして……。
記憶があやふやになっているから読めないのか?
こんな感じの事を体験したことがある気がする。
何時だ……?
新聞を置いた時、ムニアとサラが食事を始めようとしていた。
「食べるな!」
「お父さん、いい加減にして」
「ゆっくり休めば、気持ちも落ち着くはずです」
風太は深呼吸し気持ちを切り替える。
二人は、本当に家族なのか?
どうしてか過去が思い出せない。
「サラ……、俺達はどういう出会いをしたんだ?」
「何を恥ずかしい。
桜の木の下で、貴方がひとめ惚れして私の手を掴んで……にひひひ……」
全く記憶にない。
そんな妻との思い出が全く無い。
結婚だけではなく、ムニアの誕生……行事や節目だって色々とあったはずだ。
断片的でも思い出せないのは明らかに不自然だ。
「君達は一体、誰だ?」
「私は貴方の妻、サラよ。
本当にどうしたっていうの?」
「えっと……、ムニア。
お父さんの娘でしょう、だって大好きだもの」
「サラ、ムニアは何歳だ?」
「16でしょう。
だって高校2年ですよ」
「アハハ……、お母さんは何言っているの。
私は200歳を超えています、だって……あれ?」
ムニアは首を傾げて、何を言おうとしたか解らなくなっていた。
辻褄が合わなくなった時だ。
空間が、ザザッと振れた。
「そうか。思い出した」
風太は不敵に笑うが、何も思い出せてはいない。
ただのハッタリに過ぎず、動揺を誘おうとしたのである。
「何を思い出したのです?」
「君は偽物だろう。
正体を現したらどうだ?」
サラの表情がみるみると険しくなる。
「良い夢の中で幸せな最後を迎えられたというのに……。
例え、見破ったとしても何が出来るという」
リリン、リリン……。
「何も出来ないかも知れない。
けど、可能性があるなら賭けてみるのも良いだろう?」
風太は電話を取った。
『トロッコ……』
聞き覚えのあるメイドの声だ。
魂だけとなって、ずっと側にいる。
この時、風太は思い出した。
悪霊に掴まれて、夢の世界へと引きずり込まれたのだ。
サラの口から顔が出てくる。
それはあのムカデ人間の顔だった。
夢の中とは言え、人の口が引き裂かれ化け物が出てくる様子は気持ち悪い。
「この女のように、引き裂いてくれる!」
「きゃあああぁぁぁ、お母さんが!」
「ムニア! 目を覚ませ。
あれは偽物だ!」
風太は一瞬、ムニアも偽物かも知れないと思った。
むしろ、その可能性のほうが高い。
3人を同じ場所に置くよりも、別々にした方が管理しやすいはずだ。
……でも本物だったら、取り返しがつかない。
「解らないよ!
なんで、どうして皆んな変だもの!」
「思い出すんだ。
君が本物なら、ここが偽りの世界だと解るはず」
「……ここが偽物」
風太はムニアの手を強く握る。
ムカデ人間がどうして襲ってこないのか。
それは風太は強い意志を持ち侵入できないからだろう。
負の感情を操り、弱った所を乗っ取るのが悪霊の手口だ。
生の気で満ちている者に触れれば崩壊する。
だからこそ、風太はムカデ人間の顔面をぶん殴っていた。
ムニアも同時に拳を突き出し、両側からの一撃でグチャッと崩れる。
ガタン、ガタン……。
目を覚ますと、トロッコの中で寝ていた。
風太の上にムニアが向き合うように乗っている。
気を失ったムニアを掴み抱きかかえた所で、眠らされたんだ。
そっとムニアを退けて、トロッコから顔を出す。
ムカデ人間は顔を抑え、苦しんでいた。
それでもトロッコを掴み勢いよく加速させている。
「もう眠らされたはしない!」
不意を突かれ驚いたのが付け入る隙となって眠らされた。
だが、もう恐れなど無い。
ムカデ人間の手が風太を引き裂こうとする。
ザバッ!
吹っ飛んだのはムカデ人間の手だった。
もはや、恐れる敵ではない。
「サラ! 骨だ!」
「はい、どうぞ」
サラは無事なようで、バックに入れていた呪印の入った骨を渡してくれた。
天掲げて合言葉を言い放つ。
「封骨!」
骨の刻印が怪しく輝くと、ムカデ人間が黒い霧状になり吸い込まれて行く。
骨はニョキニョキと伸び剣となり、更に刃が生えて5つに枝分かれした。
七支刀……いや五支刀だろうか。
呪具を武器として使っても、すぐに壊れてしまう。
形だけで、一度使えば終わりの消耗品に過ぎない。
持っているだけで命を吸われそうなほどの禍々しい気を放っている。
後ろのトロッコに乗せて置こうか。
「うう……、お父さん?」
「まだ寝ぼけているみたいだな」
「あっ……、えへへ……。
うん、えっとどういう状況?」
「爆速でトロッコが走っている。
一応は悪霊を封印したから、もう大丈夫」
状況を確認するムニアの顔色が青ざめる。
トロッコは、本来進む線路を外れて悲劇の裂け目に向かっていた。
そこは大地が裂けて出来た巨大な裂け目だ。
線路は側面を通るように作られていたが、崩落によって途中が壊れたままに放置されていた。
「早くブレーキ! 止めないと転落するわ」
側面に付いているレバーを引くと、連動するように3台のブレーキがかかる。
キキキィィィ……!
火花を散らし、トロッコが止まること無く進んでいく。
「なんで止まらない?」
「慣性リングが付いているから、一度加速が付くと進み続ける。
ブレーキを掛け続ければ止まる筈よ」
昇降機にも、同じ仕組みがあったのだろう。
だから手軽に回せたのか。
竜人の馬鹿力だと思っていたから、深く考えなかったけど。
魔法が使われている部分もあるんだ。
ブレーキが急に軽くなる。
「壊れたのか?」
「油圧式だから、沸騰して気泡が出来たらブレーキが効かなくなる。
……暫く、冷めるまで待つしか無い」
「……こんなに早く熱くなるのか?」
「もしかすると油漏れかも」
だとしたら、ブレーキが再び効くようにはならない。
サラが前のトロッコから、乗り移り風太のところに来る。
二人でも狭いのに、押し合う形できつい。
いや、二人共俺の方によっているだけか?
「死ぬ時は、一緒が良い。
まう冗談はさておき、どのように止めましょうか?」
「うーん。
魔法で止める事はできないよな?」
ムニアは横に首を振って否定する。
当然だ。
魔法を使えば、罠が作動し大爆発が起きて死ぬ。
運良く生き残ったとしても生き埋めだろう。
三人とも水着だ。
普段なら持っているような道具も置いてきた。
暴走するトロッコを止める手段は素足で止める……。
むりむり、足が擦り切れて悲惨なことになる。
「では、あの世へ行く前に。
最後の思い出として口づけを……」
サラだけでなく、ムニアも顔を近づけてくる。
ドサクサに紛れて、やりたい放題するつもりだな。
「おいおい、そんな事を言うな」
「でも、考えはないのでしょう?」
確かに、止める方法は何も思いつかない。
だが……諦めるのはまだ早い。
「ギリギリで飛び降りれば、助かるかも知れない」
ガタン!
斜めになり、下り坂に入ったようだ。
徐々に速度が増していく。
シェットコースターが飛び降りるようなものだ。
「加速しているようです。
時間がありません」
「随分と余裕そうだな。
君には策があるんだろう?」
「私のような者に、賢者の知恵はないです。
ですから、甘いひとときで締めくくりたいだけです」
一度死んでいるから、命が軽いのだろうか?
いや、そんな事はない。
何時もの欲情だろう、きっと何か策があるに違いない。
「生き残れたら、約束しても良い」
ガシャン!
通行止めの看板をなぎ倒してもまだ止まらない。
なぞの沈黙、早く返事してくれと思う、この間がいように長く感じる。
まだ足りないというのだろうか、風太はサラの額に口づけする。
「にひひ……。
忘れないで下さい」
肩掛けバックの紐を外すと、車輪の軸に絡ませた。
回転が遅くなり、トロッコがゆっくりと減速を初めた。
前のトロッコを切り離すと、先に進んでいく。
「なんで切り離したんだ?」
「軽いほうが止まり易いでしょう。
それに一緒に居たいから」
なんて邪な考え……、助けてもらって追い出す訳無いのに。
いや狭苦しいけど。
もう聞かなかったことにして……。
「そんな簡単な方法があったんだな」
焦らされると判断が鈍る。
こんな方法なら頑張れば思いついたかも知れない。
くっ……。
「ええ、馬車で遊んでいた時に偶然、紐が絡まって止まって怒られました」
彼女は複数の霊が混ざっている。
記憶も同じだ。
下手なことを言うと、予期しない記憶の混乱が起きるかも知れない。
「それより、大丈夫なのか?」
速度は落ちていると言っても、まだ動いている。
それに封鎖していた看板は危険だから、そうしているわけで。
その先に進むのは自殺行為にほかならない。
ヒュー
状況を確認すると、壁に丸太を刺してその上に線路がしていてある。
既に裂け目に到達していて、暗闇の裂け目が眼下に広がっていた。
等間隔に設置された明かりも、所々壊れているのか光って無かったり、点滅している。
放棄された場所らしく、整備が行き届いていなのだろう。
「裂け目から風が吹いているな。
後どれぐらい進めばまずいんだ?」
「さあ、崩落して通行止めになったことしか知らない。
案外もうすぐだったりして」
ガッ!
急にトロッコが止まり、風太は前に飛ばされ二人の胸に飛び込む。
柔らかくて助かったが……。
「大丈夫か?」
二人は驚いただけで、特に怪我はないようだ。
「痛たた……、急に止まるなんて、えへへ……。
何かに引っかかったの?」
何故かムニアはニヤニヤして、口からよだれが溢れている。
風太は、そっと離れて何も気づかない素振りで誤魔化す。
運悪く掴んだところが、悪く彼女の水着が外れてポロリをしていた。
薄暗くてよく見えなかったし……。
点滅する明かりは、暗い時間が長く原因を探すのに手間取る。
「特に何も無いな。
ちゃんとした明かりが欲しいけど……」
明かりの魔法を使えば、見やすくはなるが爆発が起きるかも知れなくて使えない。
厄介な場所だ。
後ろのトロッコに掴んでいる指が見える。
完全に封じたはずなのにどうして……。
風太が疑問に感じると同時に、裂け目の奥深くから無数の手が伸びトロッコを掴む。
「風太殿、何か潜んでいます。
早くこれを!」
サラが、バックを渡そうとした時だ。
伸びた手が奪い取りバックと共に裂け目に消えた。
「あっ!
下に何があるんだ?」
「地を裂き侵略者を撃退したらしいです。
それがこの裂け目……」
「怨念が貯まるわけだ。
でもどうして急に活性化して動き出したのか」
ミシミシ……。
支えている丸太に亀裂が入り折れた。
トロッコが落ちる。
風太は一か八か、霊糸を放ち悪霊を操ろうとした。
だが、すり抜け意味を成さなない。
共通の目的も、友好な関係でもない、そんなただの悪霊を操れるはずもなかった。
せめて復讐という目的が一致すれば、悪霊を一時的でも支配できただろう。
だが、そんなものはなく。
ただ生者を襲うだけの悪意の塊を支配できる者などいない。
暗闇の中、いずれ到達する底で死ぬのか。
「風よ! ……」
「待って、私の手を握って」
ムニアの手を握る。
彼女の角が青白い光を放つと、フワリと浮遊感に体が軽くなる。
反対の手にサラが居て、風太はホッとした。
見捨てて、二人だけで助かるなんて事になったら悪夢でずっとうなされるだろう。
「こんな事ができるなら、早くしていれば……」
「恐らく、着地する頃には動けないほどに疲労しています。
二人に託しましたよ」
闇の中から無数の伸びる手が襲ってくる。
呪具を持っていれば、対処できたのに。
あるのは指にはめている制御リングぐらいだ。
これだけでは何の役にも立たない。
いや、力を貸してくれ!
「舞う霊の剣……俺の手元に届けてくれるだけでいい」
もう消滅しつつあるメイドの霊に頼るしか無かった。
無理に使役すれば消滅が早まり、消失するかも知れない。
でも頼るしか無かった。
『はい……』
呪具が手元に飛んでくる、5又の剣だ。
受け取ると、迫りくる手を切り裂く。
怨念が強い方に食われていく、……そう剣の呪詛がより強くなる。
あの化け物よりも、この謎の手の方が強ければどうなっていたのだろうか?
今は考えずに、叩きって近づけない。
地面が見えてくる。
大量の手がうごめき、不気味さを醸し出している。
「まずいな、降りれる場所がない」
「もう限界が近い。
あの手の中に落ちるしか無いのは、嫌なのに……」
『竜を殺せ……』
悪霊の声だろうか、太い男の声だ。
「悪霊の声に耳を傾けるな。
少しでも付け入る隙を見せたら、肉体を乗っ取られる」
「はい。
でも……、このままだと……」
「もう少し耐えてくれ」
呪具に、念を送り施した術式を変化させていた。
本来なら刻まれた式を書き換えることは不可能だ。
だが風太には、異次元の解釈によって変質させることが出来た。
転生の魔法陣のように、介入することで支配し乗っ取る。
竜人が操る星座になぞられた構築と同じ感覚で、線を結ぶように行う。
「ごめん、もう無理……」
「ひゃぁぁぁぁっ!」
悲鳴を上げるサラ、気を失い頭から落ちるムニア。
二人を救う。
風太は呪具の剣を地面に向かって投げていた。
刺さると同時に魔法陣が現れる。
「さあ、来い!
俺と共に戦ってくれ」
何も起きない!
いや、魔法陣によって謎の手が喰われ消失した。
地肌を覆う、無数のミイラ化した死体。
腐敗することすら無く、干からびて残り続けたのだろう。
手で頭を守り衝突する。
バキバキ……。
衝撃は思ったよりも軽く、どうやら屍の山がクッションとなったようだ。
腕は擦り傷で血が垂れる。
「サラ、ムニア!」
「私は無事です。
彼女も恐らく大丈夫です」
サラはムニアを抱きかかえて、うまく着地したようだ。
しかし、足を怪我したらしく出血している。
血の匂いはアンデットの本能を呼び覚まし凶暴化さてしまう。
出血を止めたいが布が無い。
「水着で来たのが裏目に……。
こうなったら覚悟を決めて魔法を使うしか無いな」
「何か感じます」
魔法陣が反応を示す。
グオオオォォォン
描かれた光る円陣が更に輝きを増し、周囲の邪気を吸い込んでいく。
一体何が起きているというのだろうか。
魔骸骨の生成には失敗した。
その原因は、敵対する魂しかなかったからだろう。
だとしたら、今起きているのは何なんだ?
……何だ、あのミイラは。
人間では無い、骨格が違う。
顔はトカゲのようで、背はグニャリと湾曲して長い尻尾がある。
腕が4本もあり、それぞれに石のナイフを持っていた。
「リザードマンのミイラなのか?」
「いいえ、これは森人です。
腕が4本あるのが特徴で、魔族の手下として体の一部を変異させてもらう事を喜びとしているらしい」
「そうなのか……。
じゃあ、あの伸びていた手は、これが悪霊化したと言うことか」
「恐らく、絶滅寸前まで数を減らしているらしくて、
物語の悪役として登場するぐらいの知識しかありません」
「ふーん。
ムニアの方が詳しいけど、今は聞けそうにないな」
「はい。
どちらにしても彼らは魔に属する敵です」
ガサガサ……
ミイラ化した森人が起き上がり、迫ってくる。
「深淵の……」
『アハハハ……。
風太殿、早まることはおやめ下さい』
脳に響くような声、可愛らしい女の声だが聞き覚えはない。
「んん?
誰だ……」
黒い霧が魔法陣の中心に集まり形を形成する。
メイド姿の少女へと姿を変えて行った。
小柄な体の倍はあろうかという巨大な戦斧を持つ。
『最後の一人、ラビリスです。
ああ、なんて素晴らしい力なのでしょうか』
姿こそは、人間と変わりない。
そこに熱はなく冷たく生気のない肉体である。
触れるだけでも生者の生命を吸い取るだろう。
「どうして、アンデットになったら転生は絶望的だろう?
なんで君が……」
『竜人の英雄と取引したのです。
もと機会があれば、こうしてアンデットとして蘇る代わりに力を得ると』
知らない間に、そんな交渉を……。
消滅寸前の魂だったから、生き延びるには条件を飲むしか無かったのか。
「だとしても、一言ぐらいあってもいいだろう。
何でアンデットなんだ?」
『アハハハ……。
それは死者を蘇らせてはいけないと戒めるためです』
「魔族が復活するからか?」
『いいえ。
詳しい話は竜人の長老に聞けば良いです』
「解った。
この状況を切り抜けられるのか?」
『はい、
このラビリスにお任せあれ』
斧を水平に大振りするだけで、衝撃波が飛びミイラを薙ぎ払う。
喰いが起きて、ラビリスに吸収されていく。
邪悪な気を纏う、恐ろしい存在へと成りつつある。
「君は俺達の味方なのか?」
『いいえ。
私は貴方を監視する役目があります。
助けるのはこれまでの恩義を感じているから、これが最後となります』
本人が決めてしまったことを変えることは出来ない。
「助けられたのは俺のほうだ。
ありがとう」
『こそばゆい。
主の為に尽くすのがメイドの努めです』
頼もしい言葉だ。
実際、ラビリスはとてつもない力を振るう。
ムカデ人間のような悪霊の集合体のにような。
巨大な化け物が絶壁から迫っても戦斧の一撃で粉砕ししたのである。
悍ましい化け物を可憐な少女が軽々と撃退するのは不思議な光景だ。
守られる弱々しい存在なのに、それが怪物のような力強さで動いている。
人間の肉体だと、事故破壊しないように制限がある。
全力を出しているつもりでも100%に達しない。
それを無視して、限界で動ける。
それで肉体が崩壊しないのは、呪詛によって肉体の形状を保っているためだろう。
「俺に出来ることはないか?」
『アハハハ……。
見守り、私が勝利する事を祈るぐらい出来ないでしょう?』
「まあそうだけど。
盗まれたバックを取り返してくれれば、他にも打てる手があるかも知れない」
『そんな余裕はないです。
動かずに近くに居て下さい』
不吉な予感に背筋が凍る。
ラビリスに任せれば、間違いなく悪霊共から身を守れるだろう。
闇から伸びてくる手や、徘徊するミイラ、飛びかかってくるムカデ人間等……。
残骸すら、黒い霧となって彼女の力となっている。
取り込んだ怨念に、もし支配されたら誰も手のつけられない脅威でしか無い。
サラが、そっと腕を掴んできた。
「こんなにも、傷だけになって。
骨が刺さっています」
「落ちた時に、突き刺さったみたいだ。
抜くほうが出血が酷くなるだろう?」
「はい。
ですが早く手当しないと、病に冒されて手を失うことになります」
「解っている。
けどここには何も無い」
歪んで壊れたトロッコの残骸が転がっているに気づく。
木製の部分もあるし、火をつければ焼いて血止めが出来るかも知れない。
風太が近づいてみると、木箱が開き包帯が転がっていた。
誰も乗らない後ろのトロッコに積んであったみたいだ。
取ろうとすると、サラが先に手に取る。
「傷薬は無いようですが、応急処置なら出来ます。
手を見せて下さい」
これは譲らないつもりなのだろう。
サラも足に怪我をしている。
風太が先に手に取れば、サラの手当を優先したのだが……。
揉めても仕方ない。
「君の分も残すんだ。
深い傷だけの所だけでいい」
「解りました」
どれだけの悪霊がアンデット化しているのか、無限に湧き出てくるのかと思うほど大量に群がってくる。
それを感じさせないほど守られていた。
十分とは言えないが、応急処置が出来たことは大きい。
出血が続けば、意識を失っていただろう。
「ありがとう。
君も直ぐに動けるように……」
「はい。
あれはやはり敵と見ているのですね」
風太は、答えずにサラの足の止血をする。
まだ、判断に困っていた。
もしラビリスが敵になるとしたら、どうあがいても勝てないだろう。
つまり味方している内に不意打ちで倒すしか方法はない。
仲間の背を打つなんて、後味が悪すぎる。
ただの妄想で敵と決めつけているに過ぎないかも知れない。
「これまで共に来た、信頼したいと思う。
仮に裏切られたとしても悔いはない」
理想を口にしたが……。
行動は違っていた。
眠っているムニアの額に口づけをして、そっと首輪を外す。
戦いが終わったのか静かになっていた。
静寂に足音が響く。
『風太殿、あらかた掃除ができました。
では、ここから脱出しましょう』
そこに立つラビリスは戦斧を持っていない。
手を差し出し握るように催促しているようだ。
「助かる。
二人も一緒に連れて行ってくれて」
手を握ると、引き寄せられた。
魔法陣には、人に危害を加えてはならないという成約が付いている。
それが油断となって、身を委ねてしまった。
ラピリスは口を開く、鋭い牙が見える。
それを風太の首筋に突き立てようとした。
ガシッ!
サラの機転で、木箱をラビリスの口に突っ込み阻止したのである。
「噛みつこうなんて、獣ではないですか!
私はラビリスなんてメイドは知りません」
ラビリスは木箱を噛み砕き、吐き捨てる。
『アハハハ……。
過去の記憶と共に名は捨てました。
私は生まれ変わり、影から世界を統べる者となるのです』
「残念だ。
それが君の本性なら、もう俺の知るメイドじゃないんだな」
『風太殿。
主従が変わるだけです、吸血竜の眷属という名誉ある地位をあげましょう』
「なら贈り物をあげよう」
制御リングをラピリスに首に付けた。
アンデットを支配し、強制的に動かすための道具だ。
『体が動かない……、何をした!?』
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『アハハ……、ちょっとしたお茶目。
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『はい。
とても大変だと思います』
ラビリスの不敵な笑み。
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語らずとも、法術の準備をする。
「いいえ、ですが全力を尽くします。
……こういう場合、全部が本物でしょうか?」
「さあ、本物が一体だけでも、それが一番強いだろうな。
全部、倒すしか無い」
『見くびられたものです。
どれだけの力を持っているか十分見せてあげたというのに』
風太の足首を掴む手。
まさか、油断した。
「ふあぁぁぁぁ~。
待ちなさい」
ムニアが目覚めて、握っただけだった。
心臓が止まるかと思ったほど、ビビッたのに。
なんて間抜けな欠伸をしているんだ?
「状況が解っているのか?」
「まあ、やり取りは聞こえています。
この責任は取ってもらいましょうか」
ムニアは自らの角を折った。
竜人の角は、精霊を宿し魔法を使う時に重大な役割を果たす。
失えば、それだけ力を失うことになる。
「なんで、自らを傷つけるんだ。
まさかそれで自害するつもりなのか?」
「腹切りなんて、求めてない。
これが必要でしょう?」
折れた角が剣の形へと変貌する。
万策尽きた時の最後の手段だ。
軽々しく使えるものではなく、角が生え揃うまでには数年も掛かる。
その間、竜化もできず本来の力を発揮できない。
「ありがとう。
これで戦える」
「頑張りなさいよ。
つまらない勝負だったら許さないから」
アンデットに牽制は意味はない。
全力で切りつけて行くだけでも、呪詛を撒き散らすだけで消耗し敗北する。
「さて、どう戦うか……」
剣に炎が宿って、魔法剣のように火に包まれれば……。
念じただけだっが、刃が緑の炎が灯る。
『武器を捨て、私と共に来なさい。
恐れることはないわ』
「従わせたいなら力を示すことだ。
俺はまだ負ける気はしない」
『アハハハ……。
良いでしょう、拒んだことを後悔しなさい』
ラビスリ達は、石のナイフを手に持ち襲ってくる。
あの戦斧をどうして使わない?
まだ、眷属にしようと狙っているのか。
共にいたのなら剣技は知り尽くしているはず。
だから、前世の記憶を頼りにゲームのキャラクターの動きを再現する。
「火炎回し斬り……」
素早く回転するような大振りの一撃だ。
牽制し腕を狙うような繊細さは無い。
初見で避けられはずもなく、火に包まれ転げ回る偽物達。
ミイラの表面だけを偽装しただけのようだ。
『手加減は出来ません。
ばらばらになったら、眷属にするのは難しいです。
ただのグールに成り果てたくないなら……』
「まだ勝てるつもりなのか?
君は既に詰んでいる」
『ハッタリでしょう。
その程度の剣だけで、状況が覆ったりはしない』
「試してみるか?」
『……私の力がなければ、ここから脱出することも出来ない。
そう、ここで朽ち果てるだけ』
「もう、遅い。
切り抜ける方法は既に見つかっている」
トロッコに付けられている魔道具で、恐らく脱出できるだろう。
加速する方向に移動し続ける代物だ。
上に投げれば、飛んで行くだろう。
悪霊に妨害されて引きずり落とされる心配が無くなった今は何度でも試せる。
『あり得ない。
こんな絶壁を登れたりはしない、その怪我をした腕でどうやって体を支えるというの?』
「なら、どうやるのか見せようか」
風太が壊れたトロッコに近づこうとすると、闇から戦斧を持ったラビスリが出てくる。
彼女の腰には、巨大なコウモリの翼が生えていて滑空するように襲いかかって来た。
キンッと、剣と戦斧が打つかる。
折られないように、角度をつけ滑らせる。
火花が散り、離れる。
バサバサと羽ばたき、地面に降りる姿は小悪魔のようだ。
『この戦斧を振れば、真空波で体が引き裂かれる。
良いのですね?』
「なら俺も、燕返しで応じるまで」
飛ぶ燕の動きを見て思いつた技らしいが、どんな技なのかよく知らない。
しかも敗者の技だ。
そうハッタリに過ぎなかった。
地面を切るように下から天へ斬り上げる。
ボワッ!
火炎が燕となって、放たれる。
魔法だろう!
なんで爆発しないんだ?
遅れて戦斧をラビスリが振るう。
衝撃波が炎の燕と衝突する。
パリンッと音共に、衝撃波が砕け散る。
ガラスのような透明な刃を形成し飛ばしていた。
からくりが解れば、あの破壊力も納得だ。
『ぎああぁぁぁぁっ。
風太……、助けて!』
「解った助けよう」
パッチンと指を鳴らすと、炎が消えた。
……やっぱり、魔法だよな。
爆発するって言うのは嘘だったのか?
「甘いわ。
一度反旗を翻した者は、また裏切る」
ムニアの言い分はよく解る。
だが、作り出してしまったのは俺の魔法だ。
「慈悲は必要だろう。
これまで色々と助けてもらっているし、今回だけは許す」
「無条件に信用するは危険です。
何かしらの処置が必要かと」
「そうだな。
盗まれたバックを見つけてもらおうか」
『アハハ……。
そんなお使いに私を使おうというのか?
もうメイドではないと覚えておくが良い』
「断るなら串刺しだ」
首輪で制御を奪っているラビスリに剣を向けた。
身動きも取れずジッと立ち続けている。
『分身で脅せると……』
違和感のある言葉に感じた。
わざわざ、偽物だと明かす理由はない。
それは裏を返せば、本物と行っているようなものだ。
「なら串刺しにしてみるか」
『アハハハ……。
それで納得するなら』
ジュゥゥゥ……
ラビスリの手に、剣先を当てている。
アンデットに痛みはないのだろう。
なんの意味もなく、ただ残虐な事をしているだけに思え、やめようかと思い始めていた。
だがラビスリは焦り。
『待て、止めろ。
それ以上続けば元に戻らなくなる』
「分身なんだろう?
偽物を失った所で痛くもないだろう」
『くっ……。
解りました、風太殿為にバックを探してまいります』
血を吸い眷属にするには、本体で行うしかなかった。
だから分身を沢山、見せることで偽物だと刷り込ませて本物は別にいると思わせた。
目立つ戦斧を持たせていれば、それが本物だと錯覚するとの読みは外れたのである。
「えへへへ……。
そろそろ私に感謝しても良い頃でしょう?」
ムニアはデレデレになって、風太に抱きつく。
「なんで急に……」
「角を渡すのは、愛の証しでもあるのよ。
貴方の言いなりますって」
「いや、脱出してからにしてくれ」
「困った方です。
ですが私も見習わないと……にひひ」
サラも風太に抱きつく。
冷えた体を温めるように密着する。
肌寒く、肌を露出する水着だけしかない。
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