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「人材交錯とリユニオンの組織ダイナミクス」
しおりを挟むこんにちは、篠原理央です。
前回の「才能の抑圧とプロジェクト評価の再構築論」では、システム販促室への配属と戦略的思考についてお話ししました。
今日は物語の構成を少し変え、現世での出来事から始めます。
魂の不思議な交差点と、いつか果たされるべき約束について—「人材交錯とリユニオンの組織ダイナミクス」をご紹介します。
「この人事評価システムの販促活動を、私が担当させていただけないでしょうか」
会議室の窓から差し込む春の陽光が、私の言葉を金色に輝かせたような錯覚を覚えました。
システム販促室のミーティングテーブルを囲む空気が、まるで細い亀裂が入った氷のように、微かに、しかし確実に変化したのを感じます。
後藤室長の右眉が小さく上がり、鈴木の背筋が伸び、山本の指先がメモを取る動きを止めました。
そして星野は——彼の表情には、動揺に似た感情がくっきりと浮かび上がっています。
「篠原さん」
後藤室長は半分だけ開かれたノートパソコンの画面から視線を移し、眼鏡を少し下げて私を見ました。
「率直に言うと、意外な提案だね。今年度の主力は営業支援と進捗管理システムの二本だ。営業部も山崎専務もそこにリソースを集中させている」
彼の声は穏やかでしたが、その奥に漂う懸念を感じ取ることができました。
「はい、そのことは承知しています」
私は淡々と応じました。
「だからこそ、部署の新参者である私に、不本意ながら棚上げされつつある人事評価システムを任せていただけないかと考えたのです」
「棚上げなんて、そんな言い方は——」
星野が言いかけたところで、後藤室長が静かに手を上げました。
「まあ、言葉は悪いが、実情としてはそれに近いかもしれない」
彼は両手を組み、軽く顎を乗せました。
「人事評価は一昨年からの継続商品で、正直なところ…」
「パッと見の派手さもない」
鈴木が後藤の言葉を引き継ぎました。
「でも実は完成度は高いんですよね。使いやすさなら社内製品でトップクラスだと思います」
「それなら、私のような経験が浅い者に挑戦させてみるのも一案かと」
私は前傾しながら提案しました。
「売れても売れなくても、会社全体への影響は限定的ですし」
「…なるほど」
後藤室長は少し考えてから頷きました。
「確かに、君の言うとおりかもしれない。やってみるのもいいだろう」
小さな勝利を得た安堵感に浸る間もなく、私は次の一手を進めました。
「ありがとうございます。そこで、営業方法について一つ提案があります」
「どんな?」
「システム開発部の高橋さんを、営業部への説明や顧客プレゼンテーションに同行させたいと考えています」
言葉が会議室の空気中に溶け出した瞬間、星野の椅子がきしみを上げました。
彼は急に姿勢を正し、ほとんど反射的に反論の声を上げます。
「それはできない」
彼の声は低く、しかし断固としていました。
「開発者を営業に出すなんて、前代未聞だ」
「なぜそう言い切るんですか?」
私は星野の目を真っ直ぐに見つめながら尋ねました。
「それは…」
彼は言葉に詰まり、一度目を逸らしてから言い直しました。
「ある意味で、戦略事業部や営業部の存在意義を揺るがすことになる。面子が丸潰れだ」
「星野さん」
私は声のトーンを一段落として応じました。
「もちろん、各部署の役割は尊重します。価格交渉や契約条件など、営業の本質に関わる部分に高橋さんが介入することはありません」
「それでも…」
彼はなおも首を振り続けます。
「開発者から詳細な技術情報を得て、それ顧客向けの言葉に変えて伝えるプロセスは我々や営業の仕事だ。それを開発者がそのまま説明するような——」
「でも、実際問題として」
鈴木が静かに割り込みました。
「私たちが技術的な質問に答えられず、商談が頓挫したケースは少なくありません。特に人事システムは、単に機能を並べるだけでは価値が伝わらない商品です」
「それに」
山本も珍しく意見を述べます。
「開発者の熱意や設計思想は、時に効果的な場合もあることは事実ですよね」
議論は徐々に白熱し、室内の温度さえ上昇したように感じられました。
後藤室長は両者の言い分を聞きながら、微妙な表情で会議の行方を見守っています。
そんな中——
コンコン。
ドアがノックされ、開いた隙間から高橋の顔が覗きました。
「失礼します。お時間よろしいでしょうか」
室内の全員が、まるで統一された動きのように彼の方を振り向きました。
言葉にならない驚きと困惑が、部屋に満ちています。
「高橋くん?何かあったのかい?」
後藤室長が半ば呆然とした声で問いかけました。
「実は…」
高橋は少し狭い入口から室内に足を踏み入れました。
彼はこわばった表情で、背筋をまっすぐに伸ばしています。
「戦略事業部のみなさんに、一度システムの詳しい説明をさせていただけないかと思いまして」
その申し出は、まるで私たちの議論に神が介入したかのような偶然に思えました。
「それは…」
後藤室長は一瞬言葉に詰まり、私たちの顔を見回してから口を開きました。
「奇遇だね。ちょうどその話をしていたところだよ」
「事業部内だけの説明なら問題ないでしょう」
星野も渋々といった様子で同意しました。
こうして予想外の展開から、私たちは高橋による人事評価システムの詳細な説明を受けることになりました。
その説明は——想像を超えるものでした。
高橋は柔らかく穏やかな声でありながら、その言葉一つ一つに熱と重みがありました。
単なる機能の羅列ではなく、なぜその機能が必要とされるのか、どのような組織の課題を解決するのか、さらには公平な評価が組織にもたらす長期的な効果まで——彼の言葉は技術を超えて、組織文化や人間心理の深い理解を示していました。
「...このように『HR-VISION』は、単なる評価ツールではなく、組織の潜在能力を最大限に引き出すためのプラットフォームとなります」
高橋が説明を終えると、会議室には意味深い沈黙が広がりました。
全員がその内容の深さと広がりに、言葉を失っていたのです。
「これは...」
鈴木が沈黙を破りました。
「やはり高橋さんを同行させるべきです。このシステムの真価は、彼の言葉でこそ伝わります」
「私も賛成です」
山本も力強く頷きました。
後藤室長は思案げな表情で、再び星野に視線を移しました。
「どうだろう、星野くん。説得力があったと思うが...」
星野は深いため息をついてから、渋々と頷きました。
「...まあ、営業部に話を通してみましょう」
「ありがとうございました」
高橋は丁寧に頭を下げ、一同に挨拶をして会議室を後にしました。
私も会議が終わると、すぐに高橋を追いかけました。
彼の背後から伸びる長い影が、廊下の角を曲がるのを見て小走りに追います。
自販機コーナーで彼を見つけました。彼は缶コーヒーを手に取り、窓の外の風景に見入っています。
その後ろ姿には、どこか儚さと強さが同居しているように見えました。
「高橋さん」
私が声をかけると、彼はゆっくりと振り返りました。
「あのプレゼン、素晴らしかったです。どうしてあんなことをしてくれたんですか?」
高橋は恥ずかしそうに微笑み、コーヒーに口をつけました。
窓から差し込む柔らかな光が、彼の輪郭を優しく縁取っています。
「昨日、篠原さんが言った『ズルい』という言葉が、頭から離れなくて...」
彼は缶を持つ手に力を入れ、僅かに音がするほど握り締めました。
「自分にもできることがあるなら、やってみようという気になったんです」
「それだけですか?」
私は彼の目を見つめました。
「それに...」
高橋は言葉を続けようとして、急に詰まったように静かになりました。
彼の目が遠くを見るように焦点を失い、過去の記憶に沈んでいくのが分かりました。
春風が窓から優しく入り込む教室で、私は半ば無意識に彼女の姿を追っていた。
レイナ・カラヴァン。
私ヴィンセント・ノートンが、密かに心惹かれていた平民出身の学生だ。
私は辺境伯爵家の次男として生まれた。
「次男は常に兄を立てるものだ」——幼い頃から父はそう繰り返した。
長男である兄は領地を継ぐ者。私はただの「予備」、あるいは「余計な存在」でしかなかった。
だが、物心がつく頃から、私には他の子とは違う何かがあると感じていた。
本は一度読めば内容を忘れることがなく、複雑な問題も直感的に解決策が見つかる。
そして人の心の奥にある思いが、不思議と手に取るように分かるのだ。
成長するにつれ、皮肉なことにその「才能」が邪魔になっていった。
目立てば目立つほど、兄との差が際立ち、家族の平和が脅かされる。
父の冷たい眼差し、母の不安げな表情、兄の複雑な感情——それらを敏感に感じ取った私は、次第に自分の能力を隠すことを覚えていった。
「才能は時に呪いとなる」
そう思いながら過ごした日々の果てに、特に熱意もなく王立大学に入学した。
田舎の領地で静かに余生を過ごすために必要な教養を身につける——それが私の口実だった。
しかし、大学での生活は、思いがけず私の心に小さな光をもたらした。
それは彼女との出会いだった。
教会学校からの推薦で入学したレイナ・カラヴァン。
貴族の子息たちからの冷たい視線や嘲笑を浴びながらも、決して揺るがない芯の強さで勉学に打ち込む彼女の姿は、まるで暗闇の中の炎のように私の目に映った。
彼女には、私にはないものがあった。「目的」だ。
「この国をより良くしたい」「公正な社会を作りたい」——それは単なる綺麗事ではなく、彼女の全身から滲み出る本気の意志だった。
基礎科目では、彼女はほとんど全ての科目で主席を取っていた。
私は努めて中位の成績を維持し、決して目立たないよう心がけた。
3年目に入り、ケーススタディなど実践的な科目が増えた。
発言を求められる場面で、私は自分の考えを隠すことができなくなっていった。
初めは適当に答えようとしたが、彼女が真剣に取り組む姿を目の当たりにすると、何故か私も本気で考えずにはいられなくなった。
そして気づけば、主席は私の手に——。
あの日、彼女が悔しそうな表情で講義室を後にする姿を見て、私は複雑な感情に襲われた。
申し訳なさと、どこか満足感が入り混じるような感覚。
彼女の目に宿る闘志を見ると、私の心も奇妙な高揚感に包まれた。
4年目の初め、大学の中庭でのこと。本を読んでいた私に、彼女が話しかけてきた。
「少し、話してもいい?」
内心で動揺しながらも、穏やかな態度で応じた私。
彼女は自分の夢を語った。国を変えたいという純粋な情熱、そして強い意志。
そして、驚くべきことに私のことを認めていると言ってくれた。
「私には夢があるの。この国を変えたい。全ての人が公正に扱われる社会にしたいと思っている」
「あなたにどうしても勝ちたかった。でも今は、あなたを認めているわ」
私の心は弾んだ。誰かに認められる——その喜びに、言葉を失いそうになった。
だからこそ、私は決断した。彼女のためにできることをしようと。
卒業前の最終試験で、私はわざと成績を落とした。
主席の座をレイナに譲ったのだ。
彼女が怒るであろうことを知りながら。
案の定、広場で見つけられ、詰め寄られた。
「なぜ?あなたなら主席を取れたはずよ」
「君のように意思と目的がある人間にこそ、未来は開かれるべきだと思ったんだ」
私は正直に答えた。
「ズルいわ」
彼女は眉をひそめた。
「いつか私があなたを引っ張り出して見せる」
その言葉に、私は初めて本当の意味で人生に希望を感じた。
誰かが私の才能を必要としてくれる。誰かが私自身を必要としてくれる。
「そうだね、僕はズルいよ」
思わず微笑みを浮かべていた。
「君のような人に引っ張り上げてもらうのも待っているのかもしれない。気長に待ってるよ」
それが彼女との最後の会話となった。
卒業後、私は田舎の領地に戻り、静かな日々を送ることになった。
兄は領主として忙しく、私は地元の子供たちに学問を教えながら、ひっそりと暮らしていた。
しかし、彼女との約束は、いつも心の奥に残り続けていた。
「いつか来てくれるだろうか」
「本当に私を必要としてくれるだろうか」
そんな思いを抱きながらも、自分から行動を起こすことはなかった。
それが私の性分だった。
才能がありながら、それを表に出すことを恐れる——それが私の呪いだった。
そして数年後、病に倒れた。
死の床に横たわりながら、私は考えた。
もっと早く彼女の言葉を信じ、自分から一歩踏み出していれば、違う人生があったのではないかと。
病床で、ふと窓の外に目をやると、春の陽光が暖かく差し込んでいた。
それはあの日、大学の中庭で彼女と話した時の光景と重なった。
「レイナ...」
私の口から彼女の名が漏れ出た。
最期の時、私が思い浮かべたのは、彼女の強く美しい瞳と、「いつか引っ張り出してみせる」という言葉だった。
「次の人生では...もう少し勇気を持てるだろうか」
それが、この世での最後の思いだった。
「それに...」
高橋は我に返ったように、言葉を続けた。
「『ズルい』と言われたのは初めてじゃなくて...」
彼の目には、懐かしさと何か言いようのない感情が滲んでいました。
「心の中では大切だと想っている女性に、昔そう怒られたことがあるんです」
彼は缶コーヒーを窓際のテーブルに置き、ゆっくりと私の方に体を向けました。
その姿勢には、何か重大な決意が見て取れます。
「自分が言っていることが分からなければ、今から言うことは忘れてほしい」
高橋は一度深く息を吸い、意を決したように私の目をまっすぐ見つめました。
「レイナ...なのか」
その問いかけに、私の脳内で何かが爆発したかのような感覚が走りました。
名前を聞いた瞬間、断片的な記憶の破片が走馬灯のように駆け巡ります。
王立大学の石造りの講堂。
貴族たちの冷ややかな視線。
中庭での会話。
そして、あの約束——
「いつか私があなたを引っ張り出して見せる」
ここで「人材交錯とリユニオンの組織ダイナミクス」について考えてみましょう。
この出来事から浮かび上がるのは、以下の3つのポイントです:
魂の記憶と再生の神秘: 私たちの魂は、前世での重要な関係や未完の約束を、どこかで覚えているのかもしれません。理央と高橋の間に生まれた不思議な親近感と既視感は、偶然ではなく、魂の記憶が呼び覚まされた結果なのでしょうか。人生のある時点で、私たちは前世からの約束を果たすために再会するのかもしれません。
才能と隠蔽の心理構造: 高橋とヴィンセントに共通するのは、優れた才能を持ちながらも、それを表に出すことを躊躇う性質です。それは純粋な謙虚さではなく、才能そのものが招く煩わしさや責任から逃れようとする、ある種の自己防衛メカニズムとも言えます。彼らのその性質を変えるきっかけとなったのは、両方の人生においてレイナ/理央という「認め、期待する他者」の存在でした。
「ズルい」という言葉の転換点: 表面的には批判や非難にも聞こえる「ズルい」という言葉が、実は深い理解と期待の表れであったこと。その一言が、ヴィンセント/高橋の心に強く響き、彼らの内なる変化を促す転換点となりました。言葉は時に、思いもよらぬ力を持ち、魂の奥底に長く残り続けるものなのです。
前世での約束が、偶然か必然か、現世で再び蘇ろうとしています。
それは単なる偶然の一致ではなく、魂のレベルでの深い結びつきを示唆するものかもしれません。
次回は「組織外挿と転生交錯のメタドラマ」についてお話しします。
前回の「才能の抑圧とプロジェクト評価の再構築論」では、システム販促室への配属と戦略的思考についてお話ししました。
今日は物語の構成を少し変え、現世での出来事から始めます。
魂の不思議な交差点と、いつか果たされるべき約束について—「人材交錯とリユニオンの組織ダイナミクス」をご紹介します。
「この人事評価システムの販促活動を、私が担当させていただけないでしょうか」
会議室の窓から差し込む春の陽光が、私の言葉を金色に輝かせたような錯覚を覚えました。
システム販促室のミーティングテーブルを囲む空気が、まるで細い亀裂が入った氷のように、微かに、しかし確実に変化したのを感じます。
後藤室長の右眉が小さく上がり、鈴木の背筋が伸び、山本の指先がメモを取る動きを止めました。
そして星野は——彼の表情には、動揺に似た感情がくっきりと浮かび上がっています。
「篠原さん」
後藤室長は半分だけ開かれたノートパソコンの画面から視線を移し、眼鏡を少し下げて私を見ました。
「率直に言うと、意外な提案だね。今年度の主力は営業支援と進捗管理システムの二本だ。営業部も山崎専務もそこにリソースを集中させている」
彼の声は穏やかでしたが、その奥に漂う懸念を感じ取ることができました。
「はい、そのことは承知しています」
私は淡々と応じました。
「だからこそ、部署の新参者である私に、不本意ながら棚上げされつつある人事評価システムを任せていただけないかと考えたのです」
「棚上げなんて、そんな言い方は——」
星野が言いかけたところで、後藤室長が静かに手を上げました。
「まあ、言葉は悪いが、実情としてはそれに近いかもしれない」
彼は両手を組み、軽く顎を乗せました。
「人事評価は一昨年からの継続商品で、正直なところ…」
「パッと見の派手さもない」
鈴木が後藤の言葉を引き継ぎました。
「でも実は完成度は高いんですよね。使いやすさなら社内製品でトップクラスだと思います」
「それなら、私のような経験が浅い者に挑戦させてみるのも一案かと」
私は前傾しながら提案しました。
「売れても売れなくても、会社全体への影響は限定的ですし」
「…なるほど」
後藤室長は少し考えてから頷きました。
「確かに、君の言うとおりかもしれない。やってみるのもいいだろう」
小さな勝利を得た安堵感に浸る間もなく、私は次の一手を進めました。
「ありがとうございます。そこで、営業方法について一つ提案があります」
「どんな?」
「システム開発部の高橋さんを、営業部への説明や顧客プレゼンテーションに同行させたいと考えています」
言葉が会議室の空気中に溶け出した瞬間、星野の椅子がきしみを上げました。
彼は急に姿勢を正し、ほとんど反射的に反論の声を上げます。
「それはできない」
彼の声は低く、しかし断固としていました。
「開発者を営業に出すなんて、前代未聞だ」
「なぜそう言い切るんですか?」
私は星野の目を真っ直ぐに見つめながら尋ねました。
「それは…」
彼は言葉に詰まり、一度目を逸らしてから言い直しました。
「ある意味で、戦略事業部や営業部の存在意義を揺るがすことになる。面子が丸潰れだ」
「星野さん」
私は声のトーンを一段落として応じました。
「もちろん、各部署の役割は尊重します。価格交渉や契約条件など、営業の本質に関わる部分に高橋さんが介入することはありません」
「それでも…」
彼はなおも首を振り続けます。
「開発者から詳細な技術情報を得て、それ顧客向けの言葉に変えて伝えるプロセスは我々や営業の仕事だ。それを開発者がそのまま説明するような——」
「でも、実際問題として」
鈴木が静かに割り込みました。
「私たちが技術的な質問に答えられず、商談が頓挫したケースは少なくありません。特に人事システムは、単に機能を並べるだけでは価値が伝わらない商品です」
「それに」
山本も珍しく意見を述べます。
「開発者の熱意や設計思想は、時に効果的な場合もあることは事実ですよね」
議論は徐々に白熱し、室内の温度さえ上昇したように感じられました。
後藤室長は両者の言い分を聞きながら、微妙な表情で会議の行方を見守っています。
そんな中——
コンコン。
ドアがノックされ、開いた隙間から高橋の顔が覗きました。
「失礼します。お時間よろしいでしょうか」
室内の全員が、まるで統一された動きのように彼の方を振り向きました。
言葉にならない驚きと困惑が、部屋に満ちています。
「高橋くん?何かあったのかい?」
後藤室長が半ば呆然とした声で問いかけました。
「実は…」
高橋は少し狭い入口から室内に足を踏み入れました。
彼はこわばった表情で、背筋をまっすぐに伸ばしています。
「戦略事業部のみなさんに、一度システムの詳しい説明をさせていただけないかと思いまして」
その申し出は、まるで私たちの議論に神が介入したかのような偶然に思えました。
「それは…」
後藤室長は一瞬言葉に詰まり、私たちの顔を見回してから口を開きました。
「奇遇だね。ちょうどその話をしていたところだよ」
「事業部内だけの説明なら問題ないでしょう」
星野も渋々といった様子で同意しました。
こうして予想外の展開から、私たちは高橋による人事評価システムの詳細な説明を受けることになりました。
その説明は——想像を超えるものでした。
高橋は柔らかく穏やかな声でありながら、その言葉一つ一つに熱と重みがありました。
単なる機能の羅列ではなく、なぜその機能が必要とされるのか、どのような組織の課題を解決するのか、さらには公平な評価が組織にもたらす長期的な効果まで——彼の言葉は技術を超えて、組織文化や人間心理の深い理解を示していました。
「...このように『HR-VISION』は、単なる評価ツールではなく、組織の潜在能力を最大限に引き出すためのプラットフォームとなります」
高橋が説明を終えると、会議室には意味深い沈黙が広がりました。
全員がその内容の深さと広がりに、言葉を失っていたのです。
「これは...」
鈴木が沈黙を破りました。
「やはり高橋さんを同行させるべきです。このシステムの真価は、彼の言葉でこそ伝わります」
「私も賛成です」
山本も力強く頷きました。
後藤室長は思案げな表情で、再び星野に視線を移しました。
「どうだろう、星野くん。説得力があったと思うが...」
星野は深いため息をついてから、渋々と頷きました。
「...まあ、営業部に話を通してみましょう」
「ありがとうございました」
高橋は丁寧に頭を下げ、一同に挨拶をして会議室を後にしました。
私も会議が終わると、すぐに高橋を追いかけました。
彼の背後から伸びる長い影が、廊下の角を曲がるのを見て小走りに追います。
自販機コーナーで彼を見つけました。彼は缶コーヒーを手に取り、窓の外の風景に見入っています。
その後ろ姿には、どこか儚さと強さが同居しているように見えました。
「高橋さん」
私が声をかけると、彼はゆっくりと振り返りました。
「あのプレゼン、素晴らしかったです。どうしてあんなことをしてくれたんですか?」
高橋は恥ずかしそうに微笑み、コーヒーに口をつけました。
窓から差し込む柔らかな光が、彼の輪郭を優しく縁取っています。
「昨日、篠原さんが言った『ズルい』という言葉が、頭から離れなくて...」
彼は缶を持つ手に力を入れ、僅かに音がするほど握り締めました。
「自分にもできることがあるなら、やってみようという気になったんです」
「それだけですか?」
私は彼の目を見つめました。
「それに...」
高橋は言葉を続けようとして、急に詰まったように静かになりました。
彼の目が遠くを見るように焦点を失い、過去の記憶に沈んでいくのが分かりました。
春風が窓から優しく入り込む教室で、私は半ば無意識に彼女の姿を追っていた。
レイナ・カラヴァン。
私ヴィンセント・ノートンが、密かに心惹かれていた平民出身の学生だ。
私は辺境伯爵家の次男として生まれた。
「次男は常に兄を立てるものだ」——幼い頃から父はそう繰り返した。
長男である兄は領地を継ぐ者。私はただの「予備」、あるいは「余計な存在」でしかなかった。
だが、物心がつく頃から、私には他の子とは違う何かがあると感じていた。
本は一度読めば内容を忘れることがなく、複雑な問題も直感的に解決策が見つかる。
そして人の心の奥にある思いが、不思議と手に取るように分かるのだ。
成長するにつれ、皮肉なことにその「才能」が邪魔になっていった。
目立てば目立つほど、兄との差が際立ち、家族の平和が脅かされる。
父の冷たい眼差し、母の不安げな表情、兄の複雑な感情——それらを敏感に感じ取った私は、次第に自分の能力を隠すことを覚えていった。
「才能は時に呪いとなる」
そう思いながら過ごした日々の果てに、特に熱意もなく王立大学に入学した。
田舎の領地で静かに余生を過ごすために必要な教養を身につける——それが私の口実だった。
しかし、大学での生活は、思いがけず私の心に小さな光をもたらした。
それは彼女との出会いだった。
教会学校からの推薦で入学したレイナ・カラヴァン。
貴族の子息たちからの冷たい視線や嘲笑を浴びながらも、決して揺るがない芯の強さで勉学に打ち込む彼女の姿は、まるで暗闇の中の炎のように私の目に映った。
彼女には、私にはないものがあった。「目的」だ。
「この国をより良くしたい」「公正な社会を作りたい」——それは単なる綺麗事ではなく、彼女の全身から滲み出る本気の意志だった。
基礎科目では、彼女はほとんど全ての科目で主席を取っていた。
私は努めて中位の成績を維持し、決して目立たないよう心がけた。
3年目に入り、ケーススタディなど実践的な科目が増えた。
発言を求められる場面で、私は自分の考えを隠すことができなくなっていった。
初めは適当に答えようとしたが、彼女が真剣に取り組む姿を目の当たりにすると、何故か私も本気で考えずにはいられなくなった。
そして気づけば、主席は私の手に——。
あの日、彼女が悔しそうな表情で講義室を後にする姿を見て、私は複雑な感情に襲われた。
申し訳なさと、どこか満足感が入り混じるような感覚。
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「少し、話してもいい?」
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そして、驚くべきことに私のことを認めていると言ってくれた。
「私には夢があるの。この国を変えたい。全ての人が公正に扱われる社会にしたいと思っている」
「あなたにどうしても勝ちたかった。でも今は、あなたを認めているわ」
私の心は弾んだ。誰かに認められる——その喜びに、言葉を失いそうになった。
だからこそ、私は決断した。彼女のためにできることをしようと。
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彼女が怒るであろうことを知りながら。
案の定、広場で見つけられ、詰め寄られた。
「なぜ?あなたなら主席を取れたはずよ」
「君のように意思と目的がある人間にこそ、未来は開かれるべきだと思ったんだ」
私は正直に答えた。
「ズルいわ」
彼女は眉をひそめた。
「いつか私があなたを引っ張り出して見せる」
その言葉に、私は初めて本当の意味で人生に希望を感じた。
誰かが私の才能を必要としてくれる。誰かが私自身を必要としてくれる。
「そうだね、僕はズルいよ」
思わず微笑みを浮かべていた。
「君のような人に引っ張り上げてもらうのも待っているのかもしれない。気長に待ってるよ」
それが彼女との最後の会話となった。
卒業後、私は田舎の領地に戻り、静かな日々を送ることになった。
兄は領主として忙しく、私は地元の子供たちに学問を教えながら、ひっそりと暮らしていた。
しかし、彼女との約束は、いつも心の奥に残り続けていた。
「いつか来てくれるだろうか」
「本当に私を必要としてくれるだろうか」
そんな思いを抱きながらも、自分から行動を起こすことはなかった。
それが私の性分だった。
才能がありながら、それを表に出すことを恐れる——それが私の呪いだった。
そして数年後、病に倒れた。
死の床に横たわりながら、私は考えた。
もっと早く彼女の言葉を信じ、自分から一歩踏み出していれば、違う人生があったのではないかと。
病床で、ふと窓の外に目をやると、春の陽光が暖かく差し込んでいた。
それはあの日、大学の中庭で彼女と話した時の光景と重なった。
「レイナ...」
私の口から彼女の名が漏れ出た。
最期の時、私が思い浮かべたのは、彼女の強く美しい瞳と、「いつか引っ張り出してみせる」という言葉だった。
「次の人生では...もう少し勇気を持てるだろうか」
それが、この世での最後の思いだった。
「それに...」
高橋は我に返ったように、言葉を続けた。
「『ズルい』と言われたのは初めてじゃなくて...」
彼の目には、懐かしさと何か言いようのない感情が滲んでいました。
「心の中では大切だと想っている女性に、昔そう怒られたことがあるんです」
彼は缶コーヒーを窓際のテーブルに置き、ゆっくりと私の方に体を向けました。
その姿勢には、何か重大な決意が見て取れます。
「自分が言っていることが分からなければ、今から言うことは忘れてほしい」
高橋は一度深く息を吸い、意を決したように私の目をまっすぐ見つめました。
「レイナ...なのか」
その問いかけに、私の脳内で何かが爆発したかのような感覚が走りました。
名前を聞いた瞬間、断片的な記憶の破片が走馬灯のように駆け巡ります。
王立大学の石造りの講堂。
貴族たちの冷ややかな視線。
中庭での会話。
そして、あの約束——
「いつか私があなたを引っ張り出して見せる」
ここで「人材交錯とリユニオンの組織ダイナミクス」について考えてみましょう。
この出来事から浮かび上がるのは、以下の3つのポイントです:
魂の記憶と再生の神秘: 私たちの魂は、前世での重要な関係や未完の約束を、どこかで覚えているのかもしれません。理央と高橋の間に生まれた不思議な親近感と既視感は、偶然ではなく、魂の記憶が呼び覚まされた結果なのでしょうか。人生のある時点で、私たちは前世からの約束を果たすために再会するのかもしれません。
才能と隠蔽の心理構造: 高橋とヴィンセントに共通するのは、優れた才能を持ちながらも、それを表に出すことを躊躇う性質です。それは純粋な謙虚さではなく、才能そのものが招く煩わしさや責任から逃れようとする、ある種の自己防衛メカニズムとも言えます。彼らのその性質を変えるきっかけとなったのは、両方の人生においてレイナ/理央という「認め、期待する他者」の存在でした。
「ズルい」という言葉の転換点: 表面的には批判や非難にも聞こえる「ズルい」という言葉が、実は深い理解と期待の表れであったこと。その一言が、ヴィンセント/高橋の心に強く響き、彼らの内なる変化を促す転換点となりました。言葉は時に、思いもよらぬ力を持ち、魂の奥底に長く残り続けるものなのです。
前世での約束が、偶然か必然か、現世で再び蘇ろうとしています。
それは単なる偶然の一致ではなく、魂のレベルでの深い結びつきを示唆するものかもしれません。
次回は「組織外挿と転生交錯のメタドラマ」についてお話しします。
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大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。


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