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1.ドキドキ!異世界転生しちゃったぞ!
幕間 ハインリヒ・アルベント
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「……ふぅ」
侯爵領の屋敷を後にし、乗り込んだ馬車の中で私は息を吐いた。
久方ぶりに足を運んだ本邸からの帰り道。本来ならば後ろ髪引かれながらも明るい話題が飛び交うものだが、目の前に座る妻のシャミアは俯きぽろぽろと涙を流しており、その隣の娘ラウラはそんな妻の背中を撫で宥めてはいるが表情は暗い。
誰も口にはしていない。していないが、全員が思っているのだろう。
アレは『カノン』ではない、と。
「……」
我がアルベント家は領地を持っているが、侯爵領というには随分と狭いものである。実り豊かで荒れることもない加護を受けているかのように恵まれた土地ではあるがその税収は心もとなく、代々王宮に士官することで体面を保ってきた一族なのだ。
私も父から侯爵家を受け継いだ後、歴代当主と同じように領地は家令のロバートに任せて年一度程度の視察以外は本邸を訪れたことがなかった。シャミアもそんな私に付き合って、他の領地持ちの貴族から受ける少々嘲りの混じった目線を跳ねのけるため昼に夜に社交に励み王都での縁づくりに尽力してくれている。
将来侯爵家を継ぐカノンと嫁いでいくラウラの為にも、私たちのやってきたことは間違っていなかった。
間違っていなかったはずだ……
「……お父様」
重苦しい空気の中、沈黙を破ったのはラウラの声。
カノンの3つ下、今年で7歳になるラウラは早くも神童と呼ばれているほどに聡い子だ。そんな娘が真っすぐに私の顔を見て、咎めるような目線を向けていた。
「お父様は、ちゃんとお兄様の為に心を砕いていましたよ」
「……そう、だろうか」
カノンは珍しい、体内の魔力が些細なことで乱れてしまう体質であった。王都にいると落ち着くどころか悪化してしまうために、苦肉の策として本邸で養生させることにしたのだ。
一人離れて暮らすカノンが不自由しないよう、本邸に送る使用人は入念に面通しと身辺調査を行い、魔力操作も得意な者を揃えた。シャミアとラウラと共に社交界が落ち着く時期になれば休みをもぎ取り領地へ行くようになったし、隣領の辺境伯にカノンと同い年の子供がいると聞きつければ仲良くなってもらえないだろうかと手紙を送って頼み込んだ。
そう、私の思いつく限りのことはしていた。しかしそれでも、どうしても考えてしまう。私がただ流されるように王宮勤めを決めるのではなく領地改革のことも頭に浮かべていれば、カノンが養生するときに家族そろって領地で過ごせていたのではないかと。
顔を合わせると、いつも使用人たちがよくしてくれるし辺境伯家の兄妹とも仲良くなれたので寂しくない、体質は仕方ないことだし、むしろ無理に克服させようとするのではなく一番負担の少ない方法を選んでくれたことが嬉しい、とはにかむカノンに安心しきっていた。領地へ行って4年、魔力への反応が落ち着きを見せカノンの方から王都のタウンハウスを訪ねることもできるようになり、上手くいっていると思っていたのだ。
一緒に過ごしていれば、そんなカノンが抱えていたものに気付けたかもしれない。
王都の屋敷で家族で過ごし、少し観光を楽しんで帰ってから数日もしない内、自室でひっそりと、得体のしれない液体を飲み干し眠りにつこうと考えるより前に。
「お兄様は、お兄様です。それは、お父様もお母様も分かっているのでは?」
「っ! でも、あの子は……っ!」
ラウラの言葉にバッと顔を上げて声を絞り出すシャミア。
ロバートからカノンの部屋の床に落ちていたという瓶と共に一向に目覚める気配がないと記された手紙を受け取った私は、急ぎ瓶の中に僅かに残っていた液体を鑑定に回し領地へ帰る支度をした。
行きの馬車ではどうか目を覚ましていてほしいと3人で願っていたが、本邸で私たちを出迎えたのはまさかのカノンの姿をした別人だったのだ。
いや、はっきりとそう言われた訳ではない。しかし記憶喪失だとしても、言動が大幅に変わることなどないだろう。そして、あそこにいた『カノン』は生まれてから今まで一度もしたことがないような言葉遣いに動きをしていた。あれを別人と言わず何と言う。
だが、引っかかるところがあるのも確かであった。
「……ラウラは、どう感じたんだ」
「だから、『お兄様』ですよ。昔も今も変わらない、私にとってはただ一人の」
「……そうか」
使用人たちに聞き取りをしたところ何か悪だくみをする気配はなく、至っておとなしく周りに気を使いながら過ごしているとも聞いた。私たちよりも長い時間カノンと接していた使用人たちが糾弾もせず前と同じように『カノン』に仕えているあたり、私とシャミアが気付いていないだけでどこか思うところがあるのだろう。おそらく、ラウラもそれを感じ取り、『カノン』を兄と呼んでいるのだ。
何が正解か全くわからない。分からないが、悪意を持っているならまだしも、ただカノンの体を乗っ取っているだけならばどちらも傷つけることなどしたくないとは思う。話せた時間は短いものだったが、『彼』も相当こちらを気遣っていた感じはあったのだから。
とはいっても、私の主観が頼りにならないことが分かってしまったからな。使用人に監視と報告を言い付けてはあるが、魔力や魔法にも興味があるようだし、とりあえずはもうすぐ10になるカノンに魔力の判定をさせるついでに本当に悪しき者ではないか調べてもらうことにしよう。
そして、あの液体についてだ。カノンがあんな風に変わったのは、やはり目覚めてからだという。となると原因はあの液体なのだろう。
そういえば最近、王都に滞在している第一王子の婚約者候補の令嬢が数日意識を失い、人形のようにおとなしかったのが目覚めた後はすっかり明るい性格になったという話を小耳に挟んだ。……似ているな。
「おかしなことに巻き込まれたのでなければいいが……」
泣くシャミアを前にしてもケロリとしていたあたりカノンの体質はかなり落ち着きを見せたと思っていいだろうが、侯爵令息としては落第なこともありしばらくは領地で勉強をしつつ籠っていてもらおう。なんといってもカノンが液体を手に入れたのは、王都を観光している間の可能性が高いのだ。
まだ国が把握していないだけで、密かに犯罪組織や違法な品物が入り込んでいるのかもしれない。場合によっては王都より領地にいる方が安全である。
宰相補佐としてその辺りを調査しつつ、戻ったら出ているであろう液体の成分からカノンの身に起こっていることが分かればいい。どう転ぶにせよ、カノンにはこれ以上危ない目に遭ってほしくない。未だ涙を流しているがシャミアも、当然ラウラだってそう思っているはずだ。
しかし、学園に入学するとなると王都に来ることは避けられないな。貴族学園の入学まであと……5年か。それまでに、なにか対策が打てるといいのだが。
侯爵領の屋敷を後にし、乗り込んだ馬車の中で私は息を吐いた。
久方ぶりに足を運んだ本邸からの帰り道。本来ならば後ろ髪引かれながらも明るい話題が飛び交うものだが、目の前に座る妻のシャミアは俯きぽろぽろと涙を流しており、その隣の娘ラウラはそんな妻の背中を撫で宥めてはいるが表情は暗い。
誰も口にはしていない。していないが、全員が思っているのだろう。
アレは『カノン』ではない、と。
「……」
我がアルベント家は領地を持っているが、侯爵領というには随分と狭いものである。実り豊かで荒れることもない加護を受けているかのように恵まれた土地ではあるがその税収は心もとなく、代々王宮に士官することで体面を保ってきた一族なのだ。
私も父から侯爵家を受け継いだ後、歴代当主と同じように領地は家令のロバートに任せて年一度程度の視察以外は本邸を訪れたことがなかった。シャミアもそんな私に付き合って、他の領地持ちの貴族から受ける少々嘲りの混じった目線を跳ねのけるため昼に夜に社交に励み王都での縁づくりに尽力してくれている。
将来侯爵家を継ぐカノンと嫁いでいくラウラの為にも、私たちのやってきたことは間違っていなかった。
間違っていなかったはずだ……
「……お父様」
重苦しい空気の中、沈黙を破ったのはラウラの声。
カノンの3つ下、今年で7歳になるラウラは早くも神童と呼ばれているほどに聡い子だ。そんな娘が真っすぐに私の顔を見て、咎めるような目線を向けていた。
「お父様は、ちゃんとお兄様の為に心を砕いていましたよ」
「……そう、だろうか」
カノンは珍しい、体内の魔力が些細なことで乱れてしまう体質であった。王都にいると落ち着くどころか悪化してしまうために、苦肉の策として本邸で養生させることにしたのだ。
一人離れて暮らすカノンが不自由しないよう、本邸に送る使用人は入念に面通しと身辺調査を行い、魔力操作も得意な者を揃えた。シャミアとラウラと共に社交界が落ち着く時期になれば休みをもぎ取り領地へ行くようになったし、隣領の辺境伯にカノンと同い年の子供がいると聞きつければ仲良くなってもらえないだろうかと手紙を送って頼み込んだ。
そう、私の思いつく限りのことはしていた。しかしそれでも、どうしても考えてしまう。私がただ流されるように王宮勤めを決めるのではなく領地改革のことも頭に浮かべていれば、カノンが養生するときに家族そろって領地で過ごせていたのではないかと。
顔を合わせると、いつも使用人たちがよくしてくれるし辺境伯家の兄妹とも仲良くなれたので寂しくない、体質は仕方ないことだし、むしろ無理に克服させようとするのではなく一番負担の少ない方法を選んでくれたことが嬉しい、とはにかむカノンに安心しきっていた。領地へ行って4年、魔力への反応が落ち着きを見せカノンの方から王都のタウンハウスを訪ねることもできるようになり、上手くいっていると思っていたのだ。
一緒に過ごしていれば、そんなカノンが抱えていたものに気付けたかもしれない。
王都の屋敷で家族で過ごし、少し観光を楽しんで帰ってから数日もしない内、自室でひっそりと、得体のしれない液体を飲み干し眠りにつこうと考えるより前に。
「お兄様は、お兄様です。それは、お父様もお母様も分かっているのでは?」
「っ! でも、あの子は……っ!」
ラウラの言葉にバッと顔を上げて声を絞り出すシャミア。
ロバートからカノンの部屋の床に落ちていたという瓶と共に一向に目覚める気配がないと記された手紙を受け取った私は、急ぎ瓶の中に僅かに残っていた液体を鑑定に回し領地へ帰る支度をした。
行きの馬車ではどうか目を覚ましていてほしいと3人で願っていたが、本邸で私たちを出迎えたのはまさかのカノンの姿をした別人だったのだ。
いや、はっきりとそう言われた訳ではない。しかし記憶喪失だとしても、言動が大幅に変わることなどないだろう。そして、あそこにいた『カノン』は生まれてから今まで一度もしたことがないような言葉遣いに動きをしていた。あれを別人と言わず何と言う。
だが、引っかかるところがあるのも確かであった。
「……ラウラは、どう感じたんだ」
「だから、『お兄様』ですよ。昔も今も変わらない、私にとってはただ一人の」
「……そうか」
使用人たちに聞き取りをしたところ何か悪だくみをする気配はなく、至っておとなしく周りに気を使いながら過ごしているとも聞いた。私たちよりも長い時間カノンと接していた使用人たちが糾弾もせず前と同じように『カノン』に仕えているあたり、私とシャミアが気付いていないだけでどこか思うところがあるのだろう。おそらく、ラウラもそれを感じ取り、『カノン』を兄と呼んでいるのだ。
何が正解か全くわからない。分からないが、悪意を持っているならまだしも、ただカノンの体を乗っ取っているだけならばどちらも傷つけることなどしたくないとは思う。話せた時間は短いものだったが、『彼』も相当こちらを気遣っていた感じはあったのだから。
とはいっても、私の主観が頼りにならないことが分かってしまったからな。使用人に監視と報告を言い付けてはあるが、魔力や魔法にも興味があるようだし、とりあえずはもうすぐ10になるカノンに魔力の判定をさせるついでに本当に悪しき者ではないか調べてもらうことにしよう。
そして、あの液体についてだ。カノンがあんな風に変わったのは、やはり目覚めてからだという。となると原因はあの液体なのだろう。
そういえば最近、王都に滞在している第一王子の婚約者候補の令嬢が数日意識を失い、人形のようにおとなしかったのが目覚めた後はすっかり明るい性格になったという話を小耳に挟んだ。……似ているな。
「おかしなことに巻き込まれたのでなければいいが……」
泣くシャミアを前にしてもケロリとしていたあたりカノンの体質はかなり落ち着きを見せたと思っていいだろうが、侯爵令息としては落第なこともありしばらくは領地で勉強をしつつ籠っていてもらおう。なんといってもカノンが液体を手に入れたのは、王都を観光している間の可能性が高いのだ。
まだ国が把握していないだけで、密かに犯罪組織や違法な品物が入り込んでいるのかもしれない。場合によっては王都より領地にいる方が安全である。
宰相補佐としてその辺りを調査しつつ、戻ったら出ているであろう液体の成分からカノンの身に起こっていることが分かればいい。どう転ぶにせよ、カノンにはこれ以上危ない目に遭ってほしくない。未だ涙を流しているがシャミアも、当然ラウラだってそう思っているはずだ。
しかし、学園に入学するとなると王都に来ることは避けられないな。貴族学園の入学まであと……5年か。それまでに、なにか対策が打てるといいのだが。
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