愛し子の愛する人

あるのーる

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 リエルがイシュカを外に連れ出した日から、二人の関係は少しばかり変わっていっていた。リエルは恐怖と畏れ多さで一線を引き、イシュカは他人を信用しておらず。そんな隔たりが、次第に解けていったのだ。
 『世話』の一つに散歩が含まれるようになると、その時間がさらに二人の距離を縮める。とはいってもイシュカは本殿への立ち入りを許されていないため、散歩というのも渡り廊下を往復するくらい。リエルが差し出した手にイシュカが手を乗せ、二人でゆっくりと歩くのである。
 晴れた日を選んでいるのもあるが、今日もすっきりとした快晴だ。相変わらず吸い込まれそうなほどに青い空をリエルがつい眺めていると、空を見上げるリエルに合わせて立ち止まったイシュカが問いかけてきた。

「何を見てるんだい?」
「あぁ、すみません。天気がいいなぁって。王都ってあんまり雨が降らないんですかね? ここへ来てから、雨だった記憶があんまりなくて」
「そうだね……季節がらもあるけど、確かに雨の日は少ないかもね」
「しかも、こんなに雲がないのも珍しいですよ! 今も全然、筋雲が二本隣り合って並んでるくらいで、真っ青で……って、ごめんなさい! 一人で盛り上がっちゃって……」
「いいよ。私も、風が気持ちいいし。……せっかくだから、少しのんびりしようか。ちょうどその辺りにベンチがあるはずだから」

 そう言ってイシュカが指さした先には、確かにベンチが置かれていた。石畳が敷き詰められ平な渡り廊下とは違い、一歩外に足を踏み出せばそこは凹凸のある土の上。イシュカが転ばないよう一層足元に注意しリードしたリエルは、二人して隣り合ってベンチに座るとほぅと息を吐いた。
 色々とままならないことがあるにはあるが、リエルは楽しく仕事をやっている。世話と言ってもイシュカは自分でできることは自発的にやってくれるから、離宮にたまにくる他の使用人たちの方が全体的に見ればよほど忙しく動いているだろう。自由時間はかなりあり、それに何よりリエルはイシュカを好ましく思うようになっていた。
 呪いだなんだと恐れてはいたが、イシュカの世話係になってから今までリエルは怪我も病気も一つもしていない。身分を振りかざすこともなくいつだって温和で、時々無知故にリエルが無礼なことをしでかしてしまっても笑って許してくれるイシュカ。後ろめたく感じたところにそっと手を差し伸べてくれるような気遣いもできる人を、嫌いになれるはずがない。
 家族のことが一番大事、それはリエルの中で変わることはない。だがそれと同時に、傍にいる間はこの美しい人が少しでも穏やかに過ごせるように支えられればいい、とリエルは思っていた。

「……冷えてきましたね。そろそろ戻りましょうか」

 しばしの間何を話すこともなく風に吹かれていると、ふとリエルの耳に笑い声が届いた。楽しそう、というより、嘲りの色が濃いもの。そっと目線だけをそちらへ向けると、離宮の警備を担当しているのだろう騎士が、洗い物を運んでいるらしいメイドと並んでリエルたちを見ていた。
 最近、「ほとんど平民のような者にしか相手にされない王子」、とイシュカが陰口を叩かれているのをリエルは知っている。イシュカの生活全般を管理しているのだろう宰相にリエルがしつこく環境改善の要求したおかげでついでのように実害のある行動は減ったわけだが、そう簡単に消えてくれはしないらしい悪意はこうして根強く残っていた。

「そうしようか。……少し、騒がしくなってきたしね」

 まともに相手をする方がイシュカも気づいてしまうだろうとリエルはすぐこの場から離れようとしたが、残念ながらイシュカにもあの笑い声は聞こえていたようである。困ったように笑うイシュカは以前、慣れているから過度に気にしなくてもいいとリエルに伝えてはいたが、例え慣れていたからといって気分がいいものではないのは分かる。
 気休め程度ではあるが、笑う二人からイシュカを庇うようにリエルは間に立つ。手を添え歩く速度は来た時よりも僅かに早く、離宮の扉を閉じてようやく聞こえなくなった声に安心するどころかリエルは無性に腹を立てていた。

(ほとんど平民って、オレのことを笑うのはいい。事実みたいなもんだから。でも、イシュカ様はオレにしか相手にされないわけじゃない。くだらないことしかやってこない奴らを、見逃してくれているんじゃないか……!)

 乗せたイシュカの手を知らずギュッと握り、リエルはイシュカの部屋へと向かっていく。いつもならイシュカの様子を気にしながら歩調を合わせて歩くのだが、感情に任せて早足で進んでしまっていたことに部屋に到着してようやくリエルは気がついた。

「っ! すみません! 手も、こんな強く握ってしまって……」
「いいよ。……それと、ごめんね。私の事情にリエルまで巻き込んでしまって」
「そんな! オレは、別に……イシュカ様のせいではないですし……」
「……やっぱり優しいよ、リエルは。うん、とても、とてもね」

 離した手を逆に握り返され、近づいてくるイシュカをそのままリエルは受け止めた。いくらか肉付きは良くなったが、イシュカの成長しきれていない肉体はすっぽりとリエルの中に収まってしまう。ほんの少し冷えている体を握られているのとは別の手でリエルが支えると、イシュカはリエルの胸元に頭を預けた。

「っ、イシュカ、様……」
「まだ、明るい?」
「は、はい」
「……嫌?」
「…………嫌……では……」
「そう」

 胸に擦り寄ったまま顔だけを上へ向けたイシュカにねだられると、リエルは否と言えなくなる。こんな風に我儘を、きっとイシュカは誰かに言ったことなどないはずだ。それだけ心を許されていると思うと、リエルはなんだか体の奥がむず痒いような感覚になる。
 散歩の時とは逆に、イシュカに手を引かれて足を動かすリエル。辿り着いた先は、部屋の中央にあるベッドだ。
 普段ならイシュカしか使わないそこを前に未だ躊躇するリエルの背中を、イシュカの指がとん、と突く。軽い、本当に触れるだけのその刺激にすら大げさに反応したリエルは、恐る恐るではあるがベッドの上へと体を登らせた。
 ふかふかで、ずっと横になっていても体が痛くならなそうな柔らかなベッド。その真ん中までじりじりと進んだリエルがイシュカへと振り向くと、すでにイシュカはリエルの直ぐ側まで寄ってきていた。
 伸ばされた腕は、背中に回され。ベッドの上で向き合って座った二人の顔が、グッと近くなる。
 数秒の後離れ、またくっつき。何度も何度も、唇を合わせるだけの口付けが繰り返された。
 寄り添うイシュカに徐々に体重をかけられ、リエルは抗うことなくベッドへと倒れていく。背中に回されていた手は肩から腕、そして手のひらへとなぞるようにして這っていき、いつの間にかリエルはイシュカにベッドへ縫い付けられるようにして覆いかぶさられていた。
 カーテンを開けた窓からは、太陽の光が未だ煌々と注がれている。その光に照らされ輝く白髪の間から覗くイシュカは、これ以上ないほどの笑顔でリエルを見下ろしていた。
 再度、近づく唇。触れた唇は先ほどよりもさらに冷たくなったように思ったが、それはリエルの体温が上がったからだった。
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