2 / 6
2
しおりを挟むリエルがイシュカを外に連れ出した日から、二人の関係は少しばかり変わっていっていた。リエルは恐怖と畏れ多さで一線を引き、イシュカは他人を信用しておらず。そんな隔たりが、次第に解けていったのだ。
『世話』の一つに散歩が含まれるようになると、その時間がさらに二人の距離を縮める。とはいってもイシュカは本殿への立ち入りを許されていないため、散歩というのも渡り廊下を往復するくらい。リエルが差し出した手にイシュカが手を乗せ、二人でゆっくりと歩くのである。
晴れた日を選んでいるのもあるが、今日もすっきりとした快晴だ。相変わらず吸い込まれそうなほどに青い空をリエルがつい眺めていると、空を見上げるリエルに合わせて立ち止まったイシュカが問いかけてきた。
「何を見てるんだい?」
「あぁ、すみません。天気がいいなぁって。王都ってあんまり雨が降らないんですかね? ここへ来てから、雨だった記憶があんまりなくて」
「そうだね……季節がらもあるけど、確かに雨の日は少ないかもね」
「しかも、こんなに雲がないのも珍しいですよ! 今も全然、筋雲が二本隣り合って並んでるくらいで、真っ青で……って、ごめんなさい! 一人で盛り上がっちゃって……」
「いいよ。私も、風が気持ちいいし。……せっかくだから、少しのんびりしようか。ちょうどその辺りにベンチがあるはずだから」
そう言ってイシュカが指さした先には、確かにベンチが置かれていた。石畳が敷き詰められ平な渡り廊下とは違い、一歩外に足を踏み出せばそこは凹凸のある土の上。イシュカが転ばないよう一層足元に注意しリードしたリエルは、二人して隣り合ってベンチに座るとほぅと息を吐いた。
色々とままならないことがあるにはあるが、リエルは楽しく仕事をやっている。世話と言ってもイシュカは自分でできることは自発的にやってくれるから、離宮にたまにくる他の使用人たちの方が全体的に見ればよほど忙しく動いているだろう。自由時間はかなりあり、それに何よりリエルはイシュカを好ましく思うようになっていた。
呪いだなんだと恐れてはいたが、イシュカの世話係になってから今までリエルは怪我も病気も一つもしていない。身分を振りかざすこともなくいつだって温和で、時々無知故にリエルが無礼なことをしでかしてしまっても笑って許してくれるイシュカ。後ろめたく感じたところにそっと手を差し伸べてくれるような気遣いもできる人を、嫌いになれるはずがない。
家族のことが一番大事、それはリエルの中で変わることはない。だがそれと同時に、傍にいる間はこの美しい人が少しでも穏やかに過ごせるように支えられればいい、とリエルは思っていた。
「……冷えてきましたね。そろそろ戻りましょうか」
しばしの間何を話すこともなく風に吹かれていると、ふとリエルの耳に笑い声が届いた。楽しそう、というより、嘲りの色が濃いもの。そっと目線だけをそちらへ向けると、離宮の警備を担当しているのだろう騎士が、洗い物を運んでいるらしいメイドと並んでリエルたちを見ていた。
最近、「ほとんど平民のような者にしか相手にされない王子」、とイシュカが陰口を叩かれているのをリエルは知っている。イシュカの生活全般を管理しているのだろう宰相にリエルがしつこく環境改善の要求したおかげでついでのように実害のある行動は減ったわけだが、そう簡単に消えてくれはしないらしい悪意はこうして根強く残っていた。
「そうしようか。……少し、騒がしくなってきたしね」
まともに相手をする方がイシュカも気づいてしまうだろうとリエルはすぐこの場から離れようとしたが、残念ながらイシュカにもあの笑い声は聞こえていたようである。困ったように笑うイシュカは以前、慣れているから過度に気にしなくてもいいとリエルに伝えてはいたが、例え慣れていたからといって気分がいいものではないのは分かる。
気休め程度ではあるが、笑う二人からイシュカを庇うようにリエルは間に立つ。手を添え歩く速度は来た時よりも僅かに早く、離宮の扉を閉じてようやく聞こえなくなった声に安心するどころかリエルは無性に腹を立てていた。
(ほとんど平民って、オレのことを笑うのはいい。事実みたいなもんだから。でも、イシュカ様はオレにしか相手にされないわけじゃない。くだらないことしかやってこない奴らを、見逃してくれているんじゃないか……!)
乗せたイシュカの手を知らずギュッと握り、リエルはイシュカの部屋へと向かっていく。いつもならイシュカの様子を気にしながら歩調を合わせて歩くのだが、感情に任せて早足で進んでしまっていたことに部屋に到着してようやくリエルは気がついた。
「っ! すみません! 手も、こんな強く握ってしまって……」
「いいよ。……それと、ごめんね。私の事情にリエルまで巻き込んでしまって」
「そんな! オレは、別に……イシュカ様のせいではないですし……」
「……やっぱり優しいよ、リエルは。うん、とても、とてもね」
離した手を逆に握り返され、近づいてくるイシュカをそのままリエルは受け止めた。いくらか肉付きは良くなったが、イシュカの成長しきれていない肉体はすっぽりとリエルの中に収まってしまう。ほんの少し冷えている体を握られているのとは別の手でリエルが支えると、イシュカはリエルの胸元に頭を預けた。
「っ、イシュカ、様……」
「まだ、明るい?」
「は、はい」
「……嫌?」
「…………嫌……では……」
「そう」
胸に擦り寄ったまま顔だけを上へ向けたイシュカにねだられると、リエルは否と言えなくなる。こんな風に我儘を、きっとイシュカは誰かに言ったことなどないはずだ。それだけ心を許されていると思うと、リエルはなんだか体の奥がむず痒いような感覚になる。
散歩の時とは逆に、イシュカに手を引かれて足を動かすリエル。辿り着いた先は、部屋の中央にあるベッドだ。
普段ならイシュカしか使わないそこを前に未だ躊躇するリエルの背中を、イシュカの指がとん、と突く。軽い、本当に触れるだけのその刺激にすら大げさに反応したリエルは、恐る恐るではあるがベッドの上へと体を登らせた。
ふかふかで、ずっと横になっていても体が痛くならなそうな柔らかなベッド。その真ん中までじりじりと進んだリエルがイシュカへと振り向くと、すでにイシュカはリエルの直ぐ側まで寄ってきていた。
伸ばされた腕は、背中に回され。ベッドの上で向き合って座った二人の顔が、グッと近くなる。
数秒の後離れ、またくっつき。何度も何度も、唇を合わせるだけの口付けが繰り返された。
寄り添うイシュカに徐々に体重をかけられ、リエルは抗うことなくベッドへと倒れていく。背中に回されていた手は肩から腕、そして手のひらへとなぞるようにして這っていき、いつの間にかリエルはイシュカにベッドへ縫い付けられるようにして覆いかぶさられていた。
カーテンを開けた窓からは、太陽の光が未だ煌々と注がれている。その光に照らされ輝く白髪の間から覗くイシュカは、これ以上ないほどの笑顔でリエルを見下ろしていた。
再度、近づく唇。触れた唇は先ほどよりもさらに冷たくなったように思ったが、それはリエルの体温が上がったからだった。
13
あなたにおすすめの小説
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
出戻り王子が幸せになるまで
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。
一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。
※他サイトにも掲載しております。
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる