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第1章
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泣き止んだセオドアが家に帰ったのを見送り、俺は中途半端になっていた武具屋の開店準備を終わらせる。辺鄙な土地にある店にしては十分な品ぞろえが自慢の我が一家の店。村民に売れるものなど鍬か鋤くらいなものなのに、幅広の剣からちょっとした鎧まで取り揃えているのにはもちろん理由があった。
ルドル村は魔の森という深い森のすぐそばにある。森からは魔獣と呼ばれる穢れに染まった獣が出現するのだが、それの討伐のために冒険者や傭兵が度々村を通過するのだ。
そんな事情もあり、宿泊、装備の調整、備品の補充、そして束の間の休息、つまりは酒場などがルドル村の主な産業となっている。危険な森の近くということで人気がなく、繁忙期になると毎回働き手が不足している村では、基本的に歩けるようになったら子供だろうが親の仕事を手伝うことになっていた。
俺も当然物心ついたころから親父に倣って武具屋の手伝いをしていたため、村ではすっかり「武具屋の息子」として認知されている。親父が仕入れの交渉をしている間の店番だったり、細々としたおつかいだったり。そういった俺でもできる仕事を割り振られていた。
ちなみにセオドアの親は村を訪れた者たちの記録をしている。よそ者の多く出入りする場所では無用な事件が起こることがあり、記録というのはそれをある程度防止する効果があるそうだ。記録のためには文字の読み書きと信頼があることが必須であるため、6歳のセオドアは記録用紙を運ぶ程度でまだ仕事らしい仕事は出来ないでいる。
そんなちょっぴり厳しいルドル村であるが、子供が駆り出されるほど忙しくなるのは討伐のために人がやってくるときくらいだ。それ以外、よそ者が来ていない時はマージ村にある学校に勉強に行ったり遊んだりと結構自由に過ごしている。
ついこの間魔獣の調査ということで多くの冒険者たちが村を通っていったばかりなため、しばらくは俺も暇を出されるはず。そう予想した通り次の行商の来村予定を確認していた親父が帰ってくると好きに過ごしていいと俺に言ってきたため、早速村の端にある大きな建物へと足を運ぼうとした。
「おっとその前に、セオドアは、っと」
泣かれたのは今朝のこと、そのすぐ後にセオドアを放っておけるはずもない。くるりと身を翻して隣の家を覗きこめば、せっせと紙束を持って部屋の中を往復するセオドアがいた。
冒険者たちがいる間の数日間、俺たちのような本人たちを相手にする職業は大忙しだ。しかし彼らが立ち去ったあと、記録の整理や確認で忙しくなるのはセオドアたちである。
慌ただしくしているところに声をかけるのもいかがなものかと思いはするものの、黙って行ってしまえばまたセオドアは悲しむだろう。
考えた末にたまたま通りかかった宿屋のマリオンに伝言を頼み、俺は再度建物へ向かって歩を進めた。
体格のいい男たちの集まるそこは、この村の自警団の詰所である。当たり前だが魔獣や村に害をなす流れ者などが来ない訳ではないため、村の防衛手段として過剰なくらいの猛者が集っていた。
本来なら将来武具屋を継ぐことになる俺だが、それとは別にもう一つ、俺にはちょっとした夢がある。
それは騎士になるということ。魔獣の討伐のために派遣されるのはなにも小金稼ぎを目的とするものたちだけではない。定期的に魔獣の被害を広めないため、王都から大規模な騎士隊がやってくるのだ。
始めて騎士たちを見たとき、俺はその煌びやかな姿に見惚れてしまった。統率の取れた動きや高価な武具、そして自信に満ちた顔つきなどに圧倒された俺は、どうしても騎士になることに憧れていた。
「お、ウィリアムか。今日も来たんだな」
「はいっ! よろしくお願いします!」
そっと詰所の扉を開いた俺は、すぐさま中にいた男たちに見つかり声をかけられる。
騎士になるためには入団試験というものに受かる必要があるのだが、なんといってもこれが難関なのだ。必要なものはある程度の身分と実力。そう、ただの平民であり身分の無い俺は、その分確固たる実力を示さなければいけない。
幸いにも、ルドル村には先生となってくれる人たちが大勢いる。仕事は親の後を継ぐ、といっても、それは実子でなければいけないなんて決まりはない。
一目騎士を見たときから熱意を両親に伝えていたため、俺の本気は2人ともよく知っている。渋々ながら騎士への夢を期限付きで許してもらい、絶対に叶えてやると決意した俺は自警団の人たちに鍛えてもらっていた。
まだ体が成長しきっていないため、本物の剣を振るのはまだまだ先。体作りと模擬刀で素振りをするのが俺のトレーニングメニューだ。地味でつまらないものではあるが、隣で行われる模擬戦に早く参加したいという気持ちが腐らず俺を真面目に訓練に向けさせた。
「おーい、そろそろ昼だぞ! ウィリアムはどうする?」
「あ、家で食べます! 今日もありがとうございました!」
「そうか。気をつけて帰れよ!」
「はいっ!」
あっという間に数時間が経ち、真上に太陽が昇ったところで俺は詰所にいる人たちに礼を言って家へと帰る。途中花屋の前を通りがかると、ちょうど店の中から中年の女性が顔を出したところだった。
「おやウィリアム」
「メグおばさん、こんにちは」
「こんにちは。セオドアちゃんからひまわりは貰った?」
「……色々あって、貰ってない。でも、セオにひまわりあげてくれてありがと!」
「うん? なんだか分からないけど、仲良くね」
「そうするよ!」
話しかけてきたメグおばさんに笑顔で答え、ついでに家に飾る用のドライフラワーを頼んでおく。武具屋の上に俺たち家族の家があるのだが、母さんの好みで玄関にはいつも花が飾られているのだ。
どうせこうして頼むんだったら、気持ちはどうあれセオドアのひまわりを素直に受け取っておけばよかったかもしれない。
「ウィル兄! お帰り!」
しかし家の前でばったり出くわしたセオドアが俺に気付いて嬉しそうに駆け寄ってくる姿に、やっぱりああしたのは正解だったと俺は思った。嘘をついてセオドアに期待させて、それを裏切るなんて悲しませることを俺はしたくない。
それに、あのひまわりはセオドアが俺のことを考えて用意してくれたものだ。見せびらかさず俺とセオドアだけのものにしたいと、なんだか思ってしまっていた。
ルドル村は魔の森という深い森のすぐそばにある。森からは魔獣と呼ばれる穢れに染まった獣が出現するのだが、それの討伐のために冒険者や傭兵が度々村を通過するのだ。
そんな事情もあり、宿泊、装備の調整、備品の補充、そして束の間の休息、つまりは酒場などがルドル村の主な産業となっている。危険な森の近くということで人気がなく、繁忙期になると毎回働き手が不足している村では、基本的に歩けるようになったら子供だろうが親の仕事を手伝うことになっていた。
俺も当然物心ついたころから親父に倣って武具屋の手伝いをしていたため、村ではすっかり「武具屋の息子」として認知されている。親父が仕入れの交渉をしている間の店番だったり、細々としたおつかいだったり。そういった俺でもできる仕事を割り振られていた。
ちなみにセオドアの親は村を訪れた者たちの記録をしている。よそ者の多く出入りする場所では無用な事件が起こることがあり、記録というのはそれをある程度防止する効果があるそうだ。記録のためには文字の読み書きと信頼があることが必須であるため、6歳のセオドアは記録用紙を運ぶ程度でまだ仕事らしい仕事は出来ないでいる。
そんなちょっぴり厳しいルドル村であるが、子供が駆り出されるほど忙しくなるのは討伐のために人がやってくるときくらいだ。それ以外、よそ者が来ていない時はマージ村にある学校に勉強に行ったり遊んだりと結構自由に過ごしている。
ついこの間魔獣の調査ということで多くの冒険者たちが村を通っていったばかりなため、しばらくは俺も暇を出されるはず。そう予想した通り次の行商の来村予定を確認していた親父が帰ってくると好きに過ごしていいと俺に言ってきたため、早速村の端にある大きな建物へと足を運ぼうとした。
「おっとその前に、セオドアは、っと」
泣かれたのは今朝のこと、そのすぐ後にセオドアを放っておけるはずもない。くるりと身を翻して隣の家を覗きこめば、せっせと紙束を持って部屋の中を往復するセオドアがいた。
冒険者たちがいる間の数日間、俺たちのような本人たちを相手にする職業は大忙しだ。しかし彼らが立ち去ったあと、記録の整理や確認で忙しくなるのはセオドアたちである。
慌ただしくしているところに声をかけるのもいかがなものかと思いはするものの、黙って行ってしまえばまたセオドアは悲しむだろう。
考えた末にたまたま通りかかった宿屋のマリオンに伝言を頼み、俺は再度建物へ向かって歩を進めた。
体格のいい男たちの集まるそこは、この村の自警団の詰所である。当たり前だが魔獣や村に害をなす流れ者などが来ない訳ではないため、村の防衛手段として過剰なくらいの猛者が集っていた。
本来なら将来武具屋を継ぐことになる俺だが、それとは別にもう一つ、俺にはちょっとした夢がある。
それは騎士になるということ。魔獣の討伐のために派遣されるのはなにも小金稼ぎを目的とするものたちだけではない。定期的に魔獣の被害を広めないため、王都から大規模な騎士隊がやってくるのだ。
始めて騎士たちを見たとき、俺はその煌びやかな姿に見惚れてしまった。統率の取れた動きや高価な武具、そして自信に満ちた顔つきなどに圧倒された俺は、どうしても騎士になることに憧れていた。
「お、ウィリアムか。今日も来たんだな」
「はいっ! よろしくお願いします!」
そっと詰所の扉を開いた俺は、すぐさま中にいた男たちに見つかり声をかけられる。
騎士になるためには入団試験というものに受かる必要があるのだが、なんといってもこれが難関なのだ。必要なものはある程度の身分と実力。そう、ただの平民であり身分の無い俺は、その分確固たる実力を示さなければいけない。
幸いにも、ルドル村には先生となってくれる人たちが大勢いる。仕事は親の後を継ぐ、といっても、それは実子でなければいけないなんて決まりはない。
一目騎士を見たときから熱意を両親に伝えていたため、俺の本気は2人ともよく知っている。渋々ながら騎士への夢を期限付きで許してもらい、絶対に叶えてやると決意した俺は自警団の人たちに鍛えてもらっていた。
まだ体が成長しきっていないため、本物の剣を振るのはまだまだ先。体作りと模擬刀で素振りをするのが俺のトレーニングメニューだ。地味でつまらないものではあるが、隣で行われる模擬戦に早く参加したいという気持ちが腐らず俺を真面目に訓練に向けさせた。
「おーい、そろそろ昼だぞ! ウィリアムはどうする?」
「あ、家で食べます! 今日もありがとうございました!」
「そうか。気をつけて帰れよ!」
「はいっ!」
あっという間に数時間が経ち、真上に太陽が昇ったところで俺は詰所にいる人たちに礼を言って家へと帰る。途中花屋の前を通りがかると、ちょうど店の中から中年の女性が顔を出したところだった。
「おやウィリアム」
「メグおばさん、こんにちは」
「こんにちは。セオドアちゃんからひまわりは貰った?」
「……色々あって、貰ってない。でも、セオにひまわりあげてくれてありがと!」
「うん? なんだか分からないけど、仲良くね」
「そうするよ!」
話しかけてきたメグおばさんに笑顔で答え、ついでに家に飾る用のドライフラワーを頼んでおく。武具屋の上に俺たち家族の家があるのだが、母さんの好みで玄関にはいつも花が飾られているのだ。
どうせこうして頼むんだったら、気持ちはどうあれセオドアのひまわりを素直に受け取っておけばよかったかもしれない。
「ウィル兄! お帰り!」
しかし家の前でばったり出くわしたセオドアが俺に気付いて嬉しそうに駆け寄ってくる姿に、やっぱりああしたのは正解だったと俺は思った。嘘をついてセオドアに期待させて、それを裏切るなんて悲しませることを俺はしたくない。
それに、あのひまわりはセオドアが俺のことを考えて用意してくれたものだ。見せびらかさず俺とセオドアだけのものにしたいと、なんだか思ってしまっていた。
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