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第1章

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 駐屯地の買い出しは3ヶ月に一回ということで、次にヴィクトル様に会えるのは3ヶ月後ということになる。つまり、それまでは俺のすることに変わりないということだ。
 毎日開店準備をしては、詰所へと足を運ぶ俺。しかし普段午後は店にある武具の手入れだとか店番、売り上げの計算の勉強など「騎士になれなかった場合」に備えたことをするのだが、なんと今日は一日自由にしていてもいいということになった。
 いつものように朝詰所に向かいトレーニングをした後は、母さんに作ってもらったお弁当を食べながら自警団の人たちが模擬戦をしているのを見学する。そんな俺の横には、同じくお弁当のパンを食べているセオドアもいた。

「僕も、訓練するっ!」

 数日前、俺たち家族とセオドアの家族で夕食を食べていた時、セオドアが突然そう言った。どうにも俺が詰所で訓練している間一人で遊んでいるのが寂しいらしく、それなら自分も詰所に行きたいということらしい。
 今までセオドアは鍛えたいだとかそんなことを一度も言ったことはなかったし、一緒に行ったところで遊んでやれるわけではない。だが未だに宿屋に行くときは隣にべったり張り付いてくるほどマリーと俺の仲を怪しんでいるセオドアのことだ、詰所に昼食を運んでいくマリーを見て何やら危機感を覚えたらしかった。

「ウィル兄、美味しいね」
「そうだな。……セオ、面白くないんじゃないか?」
「ううん。見てるだけだけど、ウィル兄が頑張ってるの応援したい!」
「そっか」

 詰所についてきたはいいものの、5歳のセオドアは小さすぎて碌に鍛えることもできないと訓練をさせてもらえなかった。だからといって帰ることもなく、結局座っているだけなためつまらないだろうと思ったのだが、目を輝かせて答えるあたり本当に大丈夫なのだろう。
 それに、俺が離れている間は興味深そうに訓練場の中を見学していた。危ないからと止められていたが剣にも興味を持っており、もしかしたらセオドアも騎士に憧れるようになるかもしれない。
 そうなったら、少し嬉しい。騎士を目指すなんて言っているのは村で俺一人だから、同じ気持ちを持つ人がいるのは俺の励みにもなるのだ。

「セオは騎士になりたい?」
「騎士? んー、別になりたくはない……けど、ウィル兄みたいにはなりたい」
「! セオ、お前……帰りにお菓子買ってやる」
「本当!? ありがとう兄ちゃん!」

 ちょっとだけ期待しながらセオドアに聞いてみれば、返ってきたのは欲しいものとは違っていたが喜ばしい答え。あまりにも可愛い弟分の言葉に、俺はセオドアの頭を撫でまわしてしまう。
 そんな俺の手を緩み切った顔で受け入れているセオドアは、くすぐったそうではあるが嫌がってはいない。むしろもっとと言うように力を抜いて俺に体を預けてくるものだから、つい止め時を失って全身をわしゃわしゃと撫でまわしてしまった。

「ちょっと、犬じゃないんだからやめたげなよ」

 そうしてしばらくセオドアに構っていると、横から甲高い声がかけられる。聞き覚えのある声音に誰がいるのか分かりはしたものの、誰だとそちらへ目を向ければやはり腕を組んで呆れた顔でこちらを見てくるマリーがいた。
 突然現れたマリーにセオドアは俺の服を掴んでさらに引っ付いてくるが、マリーはそれを気にせずにっこりと笑ってセオドアと目線を合わせるように少ししゃがむ。

「マリー姉……」
「こんにちはセオドア君。嫌なら嫌って言わないとダメよ?」
「何言ってんだマリー。セオは喜んでる」
「えぇ?」
「本当だよマリー姉! 僕、ウィル兄に撫でられて嬉しかった」
「……そう」

 俺と接している時とは明らかに態度を変えセオドアに話しかけるマリー。その姿に今度はこちらが呆れた顔をする番だった。
 マリーの好みはセオドアの父であるルーカスおじさんみたいな見た目の人。まだぷくぷくと丸いセオドアだが、成長すればおじさんみたいになるとマリーは踏んでいるらしくセオドアにちょっかいをかけているのだ。
 セオドアは俺たちの関係を気にしているようだが、正直なところマリーは俺と話すよりセオドアに話しかけている方が多い。今だってセオドアの信頼を一身に受けている俺をこっそり睨みつけており、板挟みになっている俺としては勘弁してくれというほかない。

「ちょっとごめんなセオ。……おいマリー、セオはまだ5つだぞ? 今からアピールしてどうすんだよ」
「何言ってんのよ。絶対イケメンになるんだから、その時慌てても遅いわ。小さい頃からの積み重ねが大切でしょ。それより、あんたも私が魅力的だってセオドア君に擦りこんどいてよ」
「お前みたいに性格が悪い奴にセオを渡せないな」
「誰が性格悪いのよ!」
「あんなに分かりやすく態度を変える奴がいいわけないだろ!」

 座っているセオドアをその場に残し、少し離れた場所で俺はマリーに詰め寄る。まだ幼い幼馴染に対して露骨に狙っている行動を取るもう一人の幼馴染に、それでいいのかと思わなくもない。将来有望と言ってもマリーだって11になったばかりであり、セオドア以外にもいい人というのが見つかるかもしれないのに早計な気がする。
 そんな俺の心配をよそに、マリーはあれこれとセオドアの好きなものを俺から聞き出そうと絡んできた。俺の背中には痛いほどの視線が突き刺さっており、マリーの追及から逃れ早く帰るように促すと俺は急いでセオドアの元へと戻る。
 やはり悲しそうな顔をしていたセオドアは、俺が隣に座ると即座に腕を掴んできた。話している内容が聞こえなかった分長々と話し込んでいたことに不安になったらしいセオドアの頭をゆっくりと撫で、俺はお弁当を食べていた時に考えていたことをセオドアに話してみる。

「セオ、お前さえよければだけど、これからも一緒にここに来るか?」
「いいの!?……でも、邪魔じゃない……?」
「邪魔なはずない。それに、俺もセオが隣にいてくれると頑張れる気がするしな」
「! ぼ、僕、いっぱい応援するね!」
「ああ、頼んだぞ」

 沈んだ表情から一転、両手を握り締めやる気に満ちているセオドアに俺は愛おしい気持ちがいっぱいになる。ついこの間まで付きまとってくるのが鬱陶しいと思っていたはずなのに、花を渡されてコロッとセオドアのやることを許せるようになってしまったのだから俺も現金なものだ。
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